26 エルフ村③
揺れる乗り物に乗る前に満腹になっては、いけません。
「ノエじゃないか、久しぶりだな」
「ああ、久しぶり」
「後ろに乗せてるの、誰だ? すげえしがみついてるけど」
「パンジーっていう子なんだけど悪い、馬のままで入っていいか?」
「いいけど」
「多分、降ろした途端に座り込むと思うから、このまま村長の家の前まで行きたいんだよ」
「具合が悪そうだもんな、早く連れて行ってやれ」
私、乗り物酔いはそんなにしないタイプなんだよね。初めて船に乗った時も、春は青い顔して吐きそうって言ってたけど、私は平気だったし。だけど、お尻にモロに響く馬の振動は凶悪だった。まだ元気だった朝は大丈夫でも、腰とお尻と足にダメージを負って、HPをかなり削られた上で満腹になってから揺られると酔います、バカだ私。
「ちょっとここで待ってろ」
村長さんの家なのか、レンガ作りの大きな建物の前まで行ってからノエさんは、私をララさんから降ろしてくれた。そしてそのまま、階段になっているところに座らせてくれる。
「すぐに戻るから」
ララさんから降りても、まだ揺れているような気がする。せっかくエルフ村に来れたのに、こんなんじゃ見て回るどころじゃない。
「ちょっと、あなた」
冷たい風が気持ちいいなと目を閉じていたら、いつの間にかすぐ目の前に三人の女の子たちが立っていた。三人とも、何故か怒っている顔だ。
三人のうち、先頭に立っているのは癖のない金髪を腰まで伸ばした、私と同年代くらいの女の子だった。真っ赤なワンピースが可愛い。
「あなたよね、ノエ様の後ろに乗っていたの」
ノエ様って……え、ノエさん? まさかノエさんって、この村では様付けされるような身分のお方だったの?
「あなた、誰よ。ノエ様とどういう関係なの」
「……私?」
「そうよ、あなたよ」
ごめんなさい、私は今ちょっと気分が悪いんです。なので、頭の回転も悪いんですよ。私とノエさんの関係……友達では、ないような気がする。お店の人と客? いや、私ってゴルドノミセで何も買ったことなかった。じゃあ、泊まっている宿の近所の人? 確かにその通りなんだけど、なんか違うような。
「知り合い?」
「ふざけてるの!?」
ふざけていません、すごく真面目に答えました。ダメだ、近くで怒鳴られたらくらくらする。
「ノエ様はね、私が馬のうしろに乗せてっていくら頼んでも乗せてくれないのよ。なのにどうして、こんな子を乗せるのよぉ」
あ、そうか。この娘は、ノエさんを好きなんだね。美人だもんね、ノエさん。さぞやモテるんだろうなと、思っていましたよ。
「ちょっと、何とか言いなさいよ!」
「あ、パンジーです。はじめまして」
「ふざけないでっ! もう、なんで偉そうに座ってるのよ。立ちなさいってば、立て!」
赤いワンピースの女の子は、私の腕を取って引っ張った。いつもならこんなことぐらいは、どうということないのだけど、今の私はダウン寸前だ。腰は痛いしお尻は痛いし足はガクガクだし、おまけに乗り物酔いで気持ち悪い、くらくらなんだよ。
「おまけにあなた、ノエ様に抱きかかえられて馬からおろしてもらっていたじゃない……もう、信じられない。ノエ様は、女の子には誰にでも冷たいって思っていたから我慢してたのに、なのにどうしてぇ……」
腕を引っ張られ、女の子の今にも泣きそうな声を聞きながら立ち上がった。ダメだ、足の踏ん張りがきかない。
「もう、何とか言いなさいってば!」
どんっと、肩を押された。そんなに強く押されたわけではない、いつもならよろめきもしないくらいの可愛い力加減だ。
だけど、今だけはダメだった。
「パンジー!」
ノエさんの焦った声、今日だけで何回聞いたかなと思いながら私は、後ろ向きにゆっくりと倒れて行った。
夢を見た。
この世界に来る前にいた、あの白い空間の夢だ。
白い空間でリュシオンが、両手をパタパタと上げたり下げたりしながら何かを言っている 何、聞こえないと言ったけれど、私の声もリュシオンに届いていないみたいだ。
リュシオンの口が大きく、ゆっくりと動く。何、ひー……る?
「そうだよ!」
目を開けた途端に、私の顔を覗き込んでいたらしいノエさんとバチッと目が合った。おおう、きれいな顔だなぁ。
「起きるなり叫ぶとか、お前……」
呆れ顔、見慣れてきちゃったよ。ノエさんって実は結構、表情豊かなのかも。
「頭は打たなかったみたいだけど、大丈夫か?」
「大丈夫です」
「お前の大丈夫ほど、信用できないものもないな」
「え、ひどくない?」
「ひどくない」
ノエさんの手のひらが私の額に触れた。熱を測ってるのかな。冷たくて、気持ちいい。
「ここ、どこですか」
見知らぬ部屋に私は、寝かされていた。古そうだけど、隅々まで掃除が行き届いているような部屋だ。いくら寒い日でもこの中だけは暖かい、そんな感じがする。
「村長の家だ、休ませてもらってる」
「それは、ご迷惑をおかけして」
「本当だよ、驚いただろ」
いや、私はノエさんにではなくて、村長さんに迷惑をかけたと言ったんだけど、まあいいか。実際にノエさんには、迷惑をかけまくっているのだし。
「ノエさん、お水が欲しい」
「ああ、貰ってくる」
ノエさんが部屋を出て行ってから私は、大きく息を吸った。イメージするのは、元気な私だ。
「ヒール」
寝ているから、魔法陣は確認できなかった。それでも私の体がパァッと光って、すぐに消える。光が消えるのと共に、痛みや気持ち悪さも消えた。
おお、すごい効果だ。
治癒魔法は、私がいの一番にリュシオンに願ってもらった力だ。すっかり忘れてたよ、ほんの三日前のことなのにね。
「リュシオン、教えに来てくれたんだ……もしかして、さっきのが神託?」
違うのかなぁ、声が聞こえなかったしね。単なる夢だったのかも。
「パンジー、水だ」
「ありがとうございます」
「大丈夫そうなら俺は、仕入れに行って来ようと思うんだが」
「今更だけど、何を仕入れるの。お米?」
「本当に今更だな。コメもだが、魔鉱石とか、魔金属とかだな。魔道具作りには、欠かせない」
「そうか、わかった」
「絶対にわかってないだろうが、行って来る」
「行ってらっしゃい」
「いい子にしてろよ、この部屋から出るな」
「寝てる」
「そうしろ」
私が飲み終わったグラスを受け取ってから、ノエさんは出て行った。寝てるという宣言通りにベッドに横たわって私は、目を閉じた。
ヒールで回復はしたけど、まだ眠い。体力は、魔法では戻らないのかな?
どれくらいそうしていただろう、たいした時間ではなかったと思う。部屋の扉がノックされて、うつらうつらと現実と眠りの間をさまよっていた私の意識が急速に浮上した。
「はい、どうぞ」
ノエさんがもう戻って来たのかと思ったけれど、扉の向こうから顔を出したのは、女の子だった。赤いワンピースが似合っている、さっきの娘だ。
「入っても、いいかな?」
「いいですよ」
私は身を起こし、ベッドの上で座った。ササッと手櫛で、乱れているであろう髪を整える。
赤いワンピースの娘のあとから、さっきも一緒にいた二人も入って来た。そして、三人揃って頭をさげる。
「ごめんなさい、何も知らないのに勝手に怒って、怪我までさせて」
「怪我はないよ、大丈夫」
「事情を聞いたの。そんな事情なら、ノエ様があなたを連れて来るのは、当たり前だった」
事情っていうのは、あれだろうね。おじいちゃんと暮らしていたけど、おじいちゃんが亡くなったからっていう、何度もついたあの嘘だ。
「ごめっ……ごめんなさい……」
涙声だ、本当はいい娘なんだろうな。さっきは、ちょっと嫉妬しちゃったんだよね。
「そんなに謝らなくていいですよ、泣かないで」
「でも……」
「私の名前は、パンジー。あなたのお名前、教えてもらえたら嬉しいな」
「レベッカよ、この村の村長の娘なの」
村長さんの娘さんでしたか、勝ち気な感じが可愛いですよ。
「私は、リジー。十八歳よ」
「私、ミア。もうすぐ十三歳になるの」
向かってレベッカの左にいた、薄茶色の髪を一本の三つ編みにしている、ブルーグレーのワンピースがちょっと大人っぽい娘さんがリジーさんで、レベッカの後ろに半分隠れて顔だけ出している、オレンジベージュの髪をツインテールにしているクリーム色のワンピースの娘が、ミアさんというらしい。
「私は、十六よ。パンジーは?」
「十七歳です」
私が子供に見られるわけがわかったよ。リジーさんはもちろん、ひとつ年下のレベッカさんも私よりずっと大人っぽく見える。現在十二歳のミアさんより私の方がいくらか大人っぽいと思うんだけど、もしかしたらいい勝負?
「この村で十代の女の子は、私たち三人だけなの。パンジーで四人目。仲間が増えて、嬉しい」
「ねえ、私の伯母さん……お母さんのお姉さんなんだけど、子供がいないの。パンジーが来てくれたら、きっと喜ぶと思う」
「ミア、ズルい。それだったら、私の大叔父さんのところも子供がいないわ。パンジー、どう?」
「ミアもレベッカも、パンジーが困るでしょう。パンジー、自分で選んでいいのよ。お試しで暮らしてみて、合わなかったら別の家に行ってもいいし」
「ちょ、ちょっと待って」
いつの間にか私、この村の子になることになってる?
「私は、エシャールで暮らすつもりなんだけど」
「え、そうなの?」
「でも、パンジーには家族がいないんでしょう?」
「エシャールで、一人で暮らすの? それとも、もう結婚相手が決まってるとかなの?」
リジーさんが一番年上だけど、三人のリーダーは村長の娘であるレベッカさんみたい。レベッカさんが代表するように色々と聞いて来る。
「結婚は、しないよ。私ね、お店を持つのが夢なの」
「お店って、何の店?」
「パン屋さん」
「そうなんだ……でも、すごく大変じゃないの?」
「そうなのかな、でもやってみたいの」
「てっきりこの村に住むために来たんだと思ってた」
「ノエさんが、挨拶をしておいた方がいいって言って連れて来てくれたの」
「ノエ様が……」
レベッカは一度、リジーとミアの方を見て、それから私の方へと向き直った。なんだろう、何かを決意したような真剣な顔をしているのだけれど。
「パンジーは、ノエ様の恋人なの?」
ああ、そうか。それが聞きたかったんだね。恋する乙女だね、可愛いなぁ。
「違うよ」
「でも、あんなノエ様は、初めて見たのよ。さっき、私がパンジーを押しちゃった時にもすごい勢いで走って来て、倒れるパンジーを抱き留めて」
ああそうか、後ろ向きに倒れたと思ったのに頭を打たなかったのは、ノエさんのおかげでしたか。あとでお礼を言わなくちゃだね。
「それでパンジーをものすごく大切そうに抱き上げて……なんだかね、お姫様を助けた王子様みたいだったの。すごくきれいで、すごく恰好よくて私、羨ましいのも忘れて見惚れちゃった」
うん、ちょっと待とうか。なんだって、抱き上げた?
「え、私ってノエさんに抱き上げられたの?」
「そうだよ、それでこの部屋まで運んでね」
そりゃそうか、表で倒れたところで意識を失って、気づいたらここだったってことは、ここまで誰かが運んでくれたってことだ。ノエさん以外は、いないよねぇ。あとでお礼を言う項目が一つ増えたわ。
「それで、パンジーが目を覚ますまで傍を離れなかったんだよ。すごく大切にされているよね、パンジー」
「違うと思う」
「違わないよ。ノエ様って私たちが話しかけたらいつも迷惑そうな顔で、一言二言しか返事をしてくれないんだよ」
「あー、ノエさんってそういうとこあるよね」
「でもパンジーには、よく喋るんだよね?」
「喋るというか、色々と説明してもらっているというか」
「いいなぁ」
「……そう?」
うーん、ノエさんが私の世話を焼いてくれるのは、単に自分がここまで連れて来たという責任感なんだと思うんだけど。恋する乙女たちには、責任感由来でも羨ましいものなのかな。
「いいなぁ、ノエ様に抱き上げてもらえて」
そこか!
「でも私、覚えてないし」
「気を失ってたんだもんね」
「パンジーが頼んだら、またしてくれるんじゃない?」
横から言葉を挟んだのは、にこにこ笑っているミアさん……いや、もう呼び捨てにしてしまおう。三人とも同年代だし、向こうも呼び捨てにしてるしね。
「頼むって、どうやって?」
「抱っこしてー、とか」
子供か!
「そのまま寝台に連れて行かれたりして」
「「きゃー!」」
大人だったわ!
しかし、前の世界ならテレビやネットや本とかでその手の知識は仕入れ放題だったけれど、この世界ではどうしてるんだろうね。口伝か、口伝なのか。
「とにかく、恋人とかじゃないから」
「本当に? まだ恋人じゃない、だけじゃないの?」
「そんなことない」
「じゃあさ、もしノエ様に結婚を申し込まれたら、パンジーはどうするの?」
「ケッコン……」
「そうだよ、俺と結婚してくれとか!」
「「きゃー!」」
似たようなことは言われた、いや違うか。結婚してくれじゃなくて、俺の嫁になるという手もあるぞ、だったな。全然ちがったわ。
「三人ともノエさんが好きなんじゃないの?」
「「「大好き!」」」
「だったら、私がつき合ってないって言ってるんだから、そこを喜ぼうよ」
「うん、そうなんだけどね、パンジーならいいかなぁと、思って」
「いやいや、どうしてこんな子をーとか言われたの、ついさっきよ?」
「「「忘れて!」」」
「おーい」
三人の息はぴったりだ、シンクロ率がすご過ぎる。
「だって、本当に素敵だったの!」
「だよね、『君に永遠の愛を誓う』の主人公みたいだった」
「何……君にえいえんの……?」
「恋愛小説よ」
「ああ、成程」
「君愛でもね」
「きみあい……」
「熱を出して倒れたヒロインを主人公が抱き上げて運ぶシーンがあって」
「そこか……」
「「「すっごく素敵なの!」」」
「はいはい」
お姫様抱っこは、前の世界でもこの世界でも乙女の夢なんだね。しかし、『君愛』だっけ? この世界にも恋愛小説があるんだなぁ。
「もう一度見たい、ノエ様がパンジーを抱き上げてるところ」
「ねえ、パンジー。ノエ様に抱っこしてって言ってよ」
「言わんわ!」
しかし、結構長く喋っているんだけれど、三人は立ったままで私だけ座っているのがどうにも居心地が悪い。でも、座ってよと言いたくても、椅子らしき物がノエさんが座っていた一脚しかない。
「ね、ずっと立ってるのは疲れるでしょう。ここに座る?」
このベッドなら四人並んで座れるよね、ちょっと変な構図になるけど。
「だったら、私の部屋に行こうよ。私の部屋には、素敵な絨毯があるの。絨毯に座って、お喋りしよう」
「レベッカったら、絨毯に上がる時には靴を脱いでって言うのよ」
「だって、靴のままだと汚れるじゃない。きれいな桃色なのよ、蝶の模様でね」
「靴を脱ぐの、大賛成」
「パンジーは、賛成してくれる?」
「もちろん」
日本人ですからね、部屋の中では靴を脱ぎたいんだよ。
「じゃあ、私の部屋に行こう。私、何か飲み物を貰って来る」
「あ、クッキーがあるよ。一緒に食べよう」
昨日買った、アメリカンクッキー。自分用のは、まだ食べずにマジカルバッグに入れていたんだった。
「え、街のクッキー?」
「うん、エシャールで買ったよ」
「やった、嬉しい」
わいわいと、四人でレベッカの部屋に行くべく移動を開始した。だけど部屋を出て、廊下をいくらも行かないうちに仕入れから帰って来たらしいノエさんと出くわしてしまった。
「どこ行くんだ」
「レベッカの部屋だよ」
「もう仲良くなったのか、お前は誰とでもすぐに仲良くなるな」
「そうかな、結構人見知りな方だと思うけど」
「俺は、部屋から出るなと言ったと思うが」
「あ……」
「忘れてたな」
「家からは出てないから、いいでしょう?」
「まったくお前は、目が離せないな」
「いえ、そこは是非とも離してください」
「断る」
「え、そんな」
「また倒れられたら困るからな」
「そうだ、さっき倒れた時に抱っこしてくれたんだってね、ありがとう」
「抱っこ……」
後ろからの圧を感じる。三人娘が、パンジー行けーとか、抱っこしてって言えーとか、小声で煽ってるね。
「ノエ様」
「は?」
「モテモテだね!」
むにーっと、両方の頬を引っ張られた。乙女の顔に何をするんだ!




