25 エルフ村②
ノエさんは、道を急がなかった。人間だったら速足くらいの速度をキープして、一時間ほど進んだら必ず十分くらいの休憩をとるのだ。
馬ってすごいスピードで走るイメージがあったけれど、休憩もとらずにそんな走らせ方をしたらすぐに潰れてしまうんだって。潰れるってどういう意味って聞いたら、死ぬってことだとノエさんは平然と答えた。なにそれ、馬が可哀そう過ぎる。
そんな質問をしたり、景色を楽しんだりする余裕があったのは、二度目の休憩までだった。リズミカルに揺れる馬から落ちないようにずっと踏ん張っていたせいで腰とお尻、そして足が痛くなってきたのだ。
「おい、大丈夫か」
「だ、だ、だ、だいじょうぶぅ……」
三度目の休憩までは何とか耐えたけれど、四度目の、これが最後の休憩だとノエさんがララさんと止めた時にはもう、腰とお尻が痛くて痛くて、足もガクガクでまともに力が入らなくて、ノエさんがララさんからおろしてくれた途端に地面に座り込んでしまった。
「長めに休憩しよう、弁当は食えるか?」
「食べるのは、ちょっと無理かも」
「じゃあ、水だけでも飲んでおけ」
そう言ってノエさんは、水袋を渡してくれた。ファンタジー世界でお馴染みの、皮製の水筒だ。
ぬるくて正直あまりおいしくない水を少しずつ飲んでいると、ノエさんはリタかあさんから渡されていた茶色い包みを開いて食べだした。お弁当は、サンドイッチみたい。そうだよね、夜明けとともに出発したけれど、もうお昼だよね。
「ノエさんだけならもう着いてるよね、足手まといになっちゃってごめんなさい」
「謝らなくていい、連れて行くと言ったのは俺だ」
「馬に乗るのがこんなに大変とは……」
「慣れたら、どうってことなくなるんだけどな」
お水、あまり飲めなかったけど、これ以上はいらないと思って水袋をノエさんに返した。ノエさんは水袋を受け取ると、そのまま口をつけてゴクゴクと飲んだ。
間接キスだぁーとかって、赤面したり、わたわたと慌てたりしたら可愛いんだろうけれど、生憎とそんな乙女機能は装備していない。なので、その場でごろんと横になった。あー、腰が痛い。
「これ、パンジーに言っておくべきかどうか迷ったんだけど」
水袋を片手にノエさんは、草がちらほらと生えている地面に寝転んでいる私を見下ろしながら言った。
「何ですか?」
「知っておいた方がいいと思うから言う、もし知りたくなかったと思ったらごめん」
「その前置きが怖いんですけど」
「いいから聞け」
「はい」
ノエさんは、お水をもう一口飲んでからフーっと息を吐き出した。ノエさんはいつも無表情だけど、今はさらに表情がないように見える。
「エルフは、自尊心が高い」
「はい」
「ものすごく傲慢で、ものすごく身勝手。子供ができにくくて一族全体の数が少ないのもあって、自分たちほど貴重で高貴な存在はいないと思っている」
「はい」
「エルフにとって、エルフ以外の種族なんて虫けら同然。どんな扱いをしてもかまわないと思っている」
「はい?」
「だからたまに、エルフの男が気まぐれに郷から出て来て女を襲うんだ」
「……」
「パンジーは、自分の親のことを何も知らないんだったな」
「……はい」
「多分だけど、お前の母親は……」
「エルフに襲われて、私を身籠った?」
「推測だ。もしかしたら、パンジーの両親は本当に愛し合っていた恋人同士だったのかもしれない」
「そっか」
ノエさんは、私の表情の変化を見ているんだろう。いつもよりも無表情だと思ったけれど、違った。すごく真剣な目をしている。
私は、ゆっくりと身を起こした。足を伸ばして座ってから、ニッと笑って見せる。
「大丈夫、傷ついてないよ」
本当に、本気で心配してくれているんだよね。ごめんなさい、出来ることなら土下座して謝りたいくらいだよ。
おじいちゃんと二人暮らしだったというのは、嘘です。リュシオンが適当に考えた設定です。私の両親はごく普通の夫婦で、今も日本で暮らしています。
「親が誰であれ、私が私であることにかわりはないでしょう?」
「強いな、お前。俺も似たような境遇だけど、子供の頃に思い悩んだ時期が少しくらいはあったぞ」
「その頃のノエさんに会いたかった」
「なんで?」
「絶対に可愛かったから」
「……話すかどうか迷った俺の時間を返せ」
「ノエさんって、実は優しいよね」
「もう一切、お前に気を使うのはやめる」
「えー」
ノエさんは、残っていたサンドイッチを口に放り込んだ。中身がなくなった茶色い紙をぐしゃっと潰す。
「まあ、私には気を使わなくていいよ。これで結構、打たれ強い方だと思うし」
「根性がなきゃ、アスカム山から一人で来れないよな」
「そうそう」
「最初に聞いた時には嘘だろうと思ったけど、お前なら納得だ」
「え、そこまで?」
「褒めてるぞ」
「どこが!」
何かがツボったのか、ノエさんが肩を震わせて笑っている。おお、こんな笑顔は初めて見たかも。相変わらずの美人さんですね。
「話を戻すぞ。エルフの気まぐれで襲われてしまった娘は、遠くに嫁にやられることが多い。子供が出来た場合は、出産後に嫁に出されるな」
「それって、襲われたことを隠してお嫁に行くってこと?」
「隠してか、正直に事情を話した上でかはわからないけどな。嫁入りじゃなくて、遠くに働きに出るということもある」
「うん、誰も知らないところに行きたいって気持ちならわかるかな」
つまりは、レイプされたってことだもんね。小さな村とかなら、すぐに知れ渡ってしまうだろう。そんなの居たたまれない、どこか遠くに行きたいと思うのは当たり前だ。
「それでな、問題は生まれた子供の方だ。隠して育てられるか、もしくは……」
「まさか、エルフ村に?」
「お前、察しがいいな」
そうか……うん、色々と辻褄が合ってきたよ。おじいちゃんと二人で暮らしていたという設定の私は、ノエさんに隠されて育った子供だと思われているんだ。そして、これから行くエルフ村というのは……。
「いい風に言えば預ける、悪く言えば捨てるんだよ、生まれたばかりの赤ん坊をな」
「エルフ村には、そういうハーフエルフがたくさんいるの?」
「多いわけじゃない。普通にハーフエルフやクォーターエルフの夫婦から生まれた者が大半で、どこか別の土地から流れて来て住み着いた者もいる。でもな、そんなに少なくもないんだ。エルフ種は子供を授かりにくいから、赤子を引き取りたい夫婦は多い。血のつながらない子供を育てている家庭は、お前が想像しているよりずっと多いんだよ」
「もしかしてノエさん、私はエルフ村に住んだ方がいいと思ってる?」
「街でお前みたいな女の子が一人で暮らしていくのは、やはり大変だろう。エルフ村なら、お前を娘にしたいという者がいくらでもいる。何なら、息子の嫁に来て欲しいと言われるかもな」
「そっか、それで連れて来てくれたんだね」
私がエシャールで家を借りるとか、お店を開きたいとか言ったからノエさんは、こういう道もあるんだと選択肢を示してくれているんだ。どこかの家の娘になるなら、何の苦労もなく暮らせるのかもしれない。お嫁に行くのは、私的には却下だけど、それだって確かに幸せになる道の一つだよね。
「どうしてもエシャールに住みたいなら、俺の嫁になる手もあるぞ」
「ごめんなさい」
「本当に迷いなく断るよな」
「へへへ」
「俺じゃなくても、ユーゴとかな」
「ユーゴさん?」
「あいつも二十二だしな、そろそろ所帯を持つ頃合いだ」
ニ十二歳なんて、前の世界ではまだ大学生だよね。なのにこの世界では、結婚適齢期なんだ?
「もしユーゴさんと結婚したら、リタかあさんの義娘になれる……」
「……意外と乗り気なのか?」
「いや、ないな!」
「お前……」
ノエさんの呆れた顔、プライスレスです。本当に格好いい人だなぁ。いや、人じゃなくてハーフエルフか……もう面倒だから、人でいいや。
「やっぱりお店をやりたい、夢なの」
「パン屋か」
「そう」
「お前がそう言うなら、応援はするけど」
「ありがとうございます、ぜひぜひお願いいたしますです、ノエ先生」
「先生言うな」
ひとしきり笑ったら、お腹がすいてきた。もう食べられそうと言ったらノエさんは、親方のリュックからお弁当の包みを出してくれた。
「おいしい、やっぱりマルロとうさんの料理は最高だね」
「元気になったか、村まであと少しだから頑張ってくれ」
「うん、大丈夫そう……そういえば今朝、ユーゴさんは村に入れない、みたいなことを言ってたよね」
「ああ、エルフ村には、エルフ種しか入れない」
「どうして?」
「村の掟というか、そういう決まりなんだ」
「掟……」
卵サンドをもぐもぐしながら首を傾げたら、ノエさんは苦笑いを浮かべた。どうやら説明してくれるらしい。
「エルフは傲慢、そこはいいな?」
「うん、エルフは傲慢」
「同じエルフ種でも、エルフ以外の血が入ったハーフエルフやクォーターエルフも純粋なエルフにしてみれば他の種族と同じ蔑む対象なんだ」
「エルフ、嫌なやつら」
「……いや、まあ、ほとんどは嫌なやつらだけど、中には気のいいエルフもいるからな」
「たまにいいエルフもいる」
「妙な合いの手を入れるな、話が進まないだろ」
「合いの手、入れない」
「あー……だから、エルフ村の連中は、エルフの郷には入れないんだ」
【エルフの郷とは、エルフが集まって暮らす集落のことである。世界各地に点在し、その多くは山や深い森の中などにあるが、郷の周りには強力な結界がはられているので、エルフ以外の種族が郷に入ることはまず不可能だ。】
昨日の夜、エルフの郷についてマジカルディクショナリーで調べてみたら、こんなことが書いてあった。人族や獣人族は入れないんだなと思ったのだけれど、エルフの血が半分流れているハーフエルフでも入れないんだね。
「でも、エルフ種である以上はシステアに惹かれる。だから少しでもシステア山脈の近くで暮らしたい者たちがエルフ村を作ったんだ」
【システア山脈とは、世界で唯一のハイエルフの郷がある場所である。エルフの王族であるハイエルフの郷がシステア山脈のどこかにあるとされているが、辿り着けた者はいないので確かではない。伝承では、ハイエルフの郷の中心には世界樹があるとされ、その世界樹こそが世界の中心であるとされている。】
この解説を読んだ時、思わず遠い目になっちゃったよね。世界樹、私のマジカルバッグの中に生えてるんですけど。リュシオンが灯り代わりに植えやがったんですけど。
やっぱりヤバいやつなんじゃん、世界樹。なんで気軽に植えるかなぁ?
「エルフ村の連中もエルフ種だけあって、傲慢なところがあるんだ。エルフの血が流れていない種族は自分たちより下等だから村に入れない、くらいには尊大なんだよ。それ以外は、気のいい連中なんだけどな。俺はハーフエルフだし、お前もそうだから悪い扱いはされないが、その他の種族、特に魔力が弱い人族に対してはひどい態度をとるやつもいる」
「だからノエさんは、ユーゴさんを連れて来なかったの?」
「わざわざ嫌な思いをさせることもないだろう」
【エルフ村とは、ハーフエルフやクォーターエルフなど、純粋なエルフではないが、エルフの血を持つ者たちが集まって作った村である。世界各地にあるが、システア山脈の山裾にある村が一番大きく、現在は三百人ほどのエルフ種が暮らしている】
システア山脈の山裾ということは、今から行く村のことだよね。三百人ってことは、村というより街と呼ぶべき規模なんじゃないかな。
「そろそろ行けそうか?」
私がサンドイッチを食べ終わったのを見て、ノエさんがそう聞いてきた。行けそうなことは行けそうなんだけど……ちょっと、お手洗いに行きたくなってきちゃったんですけど……。
「そのへんで済ませてこい、あまり遠くまで行くんじゃないぞ」
私がもじもじしたからか、ノエさんにすぐにバレた。うひー、恥ずかしい。でもこういう場合って、やっぱり草陰なんだね……。
私は今、リュシオンに大声でありがとうと言いたい。リュシオンがマジカルバッグの中に隠れ家を建ててくれたから、草陰でしゃがまなくていいんだよ。
ノエさんから見えないあたりまで行ってから斜め掛けにしていたマジカルバッグを外して、大きな木の根元に置く。私がマジカルバッグの中に入っている間は誰も認識できなくなるそうだから、何の心配もなく隠れ家に行ってトイレを使った。
そして、無事に戻ったその時になぜか赤いトサカが見えた。ほんの十メートルほど先に、私と同じくらいの背丈の白い動物。鋭いくちばし、ぎょろりとした目、そして真っ赤なトサカ……え、ニワトリなの? いや、違うよね。だって、私と同じくらいの背丈なんてありえないサイズだ。
ということは、ニワトリの魔物? このあたりって、魔物は出ないんじゃないの!?
「ぎゃー、いやぁぁぁぁぁー!」
来ないでとばかりに手を振り回した。すると、左手の手首にはめたノエさんからもらったガラスの腕輪がキラリと光った。
鳥って、光る物が好きなんだよね。ニワトリよ、お前も鳥だったな!
「嫌っ、来ないで来ないで」
走って逃げたいけれど、地面に縫い付けられたように足が動かない。ニワトリは、コッココッコと鳴きながら近づいて来る。
どうしよう、あんなでっかいくちばしで突かれたくない! 何か、攻撃手段……腕輪は神具だけど、雷の腕輪ではないから雷は出ない。いや、私は魔道具なしで魔法が使えるんじゃないか。確か、強力な雷の腕輪なら魔物の上に雷を落とせるんだったっけ!
「サンダー!」
ニワトリの真上に、ニワトリが感電して動けなくなるくらいの雷をイメージして魔法を放つ。ビリビリという音が鳴ると同時に巨大ニワトリは青白く光って、その場に崩れ落ちた。
「パンジー!」
ニワトリが崩れ落ちるのと同時にノエさんが飛び込んで来た。まずはへっぴり腰で両手をニワトリに向けて突き出したままで、えぐえぐと泣いている私を見て、それから感電してぴくぴくしているニワトリに視線を向ける。
「ノ、ノ、ノエさん、ま、ま、魔物が」
「魔物って、ただのチキンじゃないか」
「……ただのチキン?」
「一撃でやったのか、すごいな」
ノエさんは腰につけていた短剣を抜くと、まだぴくぴくと動いているニワトリにさっくりととどめを刺した。そして、親方のリュックを取って来て巨大ニワトリを入れてしまう。
「いい土産ができたな」
「……」
「パンジー?」
チキンって私、アレを照り焼き丼にして食べてたの?




