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24 エルフ村①


 明日は六の鐘が鳴ったらすぐにコマドリ亭の食堂におりて来いとノエさんに言われていたので、異世界生活四日目の朝はがんばって早起きした。今日の服装は、白のタートルネックのセーターにいつものカーディガン、それになんとすみれ色のガウチョパンツだ。

 昨日の夜、仕事が終わって帰って来ていたユーゴさんと一緒に食堂で夕飯を食べているところにギルさんが試作品第一号を届けてくれたのだ。数時間で縫いあげてしまうなんて、服飾師ってすごい。

 なので、念願のガウチョパンツで足取り軽く食堂に下りて行ったら、ノエさんがすでに兵士の制服を着ているユーゴさんと一緒に朝ご飯を食べていた。お前も早く食べろと言われて、慌てて席に着く。


「もっと早く言ってくれたら、俺も休みを取ってついて行ったのに」

「ユーゴは、村に入れないだろ」

「入口前の広場で待ってるっての、行き帰りが心配なんだろうが。本当にノエ一人でパンジーを守れるのか?」

「行き帰りって、そんなに危険なんですか?」

「そんなことない、魔物も出ないしな。ユーゴが心配性なだけだ」

「山道だぞ、何があるかわからねえだろうが」


 今朝も絶好調なご近所幼馴染兄弟の掛け合いを聞きながら、いつもより急ぎめでおいしい朝食をいただく。この世界に来てから私、ちょっと食べすぎかもしれない。太りそう……と、こっそりテーブルの下でお腹にお肉がついていないか確かめてみたけれど、パンジーのボディはしっかりスレンダーだった。


「ノエ、これ弁当。あと、コメを頼むね」

「ああ」


 そう言ってリタかあさんが茶色い紙で包まれた物を二つと、黒い鞄をノエさんに渡した。あの鞄、もしかしたらマジカルバッグなのかな。


「お米?」

「ルシアの店が好調でコマドリ亭で育てているコメだけでは足りなくなりそうだから、エルフ村で買って来て欲しいって頼まれたんだ」

「エルフ村で米の実を栽培してるんだね」

「エルフ村には、広大な畑があるぞ。魔素が濃いから、何の実でもよく育つ」


 広大な畑、見てみたいかも。カラフルなラグビーボールがボコボコと生ってるんだろうな。


「じゃあ、行くか」

「俺も門まで一緒に行く」

「パンジー、気をつけて行っといで」

「リタかあさん、行って来ます」


 仕事に行くユーゴさんと、ノエさんと私の三人で西門に向かった。ゴルド親方の馬を西門で預かってもらってるんだって。

 冬の夜明けは遅く、あたりはまだ薄暗い。それでもとっくに街は起きているらしく、何人もの人と行違う。


「一応聞くが、馬には乗れるか?」

「乗れません」

「そうだと思った」

「どうしてそう思ったの?」

「馬に乗れたら、アスカム山から歩いて来ないだろ」

「成程」


 ノエさんとユーゴさんに挟まれる形で歩いていると。左側のユーゴさんがなんだかじっと見て来る。


「……ユーゴさん?」

「なんか二人、仲良くなってるな」

「そうですか?」

「ああ」

「でも私、ユーゴさんと一緒の時間の方がずっと長いですけど」


 街の案内をしてもらったし、コマドリ亭にユーゴさんがいる時には一緒にご飯を食べているしね。ノエさんとは、二日連続でお茶してるけど、そんなに長い時間じゃないよ。


「喋り方」

「はい?」

「パンジーの喋り方が、俺とノエでは微妙に違う」

「そう……でしょうか」


 そう言われても、自分ではよくわからない。わからないからノエさんの方を見たら、知らん顔されました。


「もっと丁寧な言葉使いにした方がいいですか?」


 これで結構、丁寧な言葉使いをしているつもりなんだけど、これ以上となるとどうだろう? 「いいですか」じゃなくて、「よろしいですか」とかにすべきかな。


「いや、逆。もっと気楽に話して欲しい」

「気楽に……」

「なんなら呼び捨てにしてもらっていいし」

「それは……五歳も年上の方を呼び捨てにするのは厳しいです」

「そこをなんとか」

「えええ」

「ほら、ユーゴ」

「ユ、ユーゴ……さん」

「惜しい!」

「惜しくないです」

「呼び続けてたら慣れるから」

「慣れそうな気がしない……」


 頭を抱えそうになった時、右側からぐっと腕を引かれた。いつの間にか、西門についていたのだ。


「ユーゴ、ララを出して来てくれ」

「ララさん?」

「親方の馬の名前」

「ああ、クラーラさんから取ったんだ」

「正解」

「やっぱり何か喋り方が違うんだよなぁ」

「ユーゴ」


 ノエさんのいつもより低い声に、ユーゴさんは門のすぐ内側にある兵士の詰め所に入って行く。ノエさんも入って行くのでついて行ったら、渡り廊下みたいな通路を抜けた先に馬車がたくさん停まっている広い場所に出た。


「あ、トマス商会の馬車だ」

「知ってるのか?」

「昨日、乗せてもらったから」

「ああ、商業組合に行った時か」

「そうそう」


 馬車の停車場の先に厩があった。ユーゴさんが入って行ったけどノエさんは立ち止まったので、私も止まった。少し待っているとユーゴさんが立派な黒い馬を引いて出て来た。


「二人乗り用の鞍にしといたけど、それでいいか?」

「ああ」

「二人乗り用の鞍があるんだ」

「そりゃ、お前みたいなのがいるからな」

「馬って普通、女の人でも乗れるもの?」

「いや、街で暮らす分には必要ないから乗れない方が多いだろ。貴族だと、乗馬は女性でも嗜みの一つらしいけど」

「ギルさんがそんなようなことを言ってた、貴族って大変そう」

「まあな」


 喋りながらもノエさんの手はてきぱきと動いて、荷物をララさんのお腹の横あたりにつけてしまった。


「よし、乗れ」

「へい?」


 変な声が出ちゃったけど、ノエさんがひょいっと私を抱え上げてララさんの上に座らせてしまった。


「高い! 怖い! グラグラする! 怖い!」

「うるさい」

「む、む、無理。ばしゃ……馬車は……」

「馬車じゃ行けないんだよ、道が狭くてな」

「こ、こ、こ」

「怖いんだな、やめておくか?」


 ララさんはおとなしい馬なのか、私が背中の上で騒いでもじっとしてくれていた。こんなおとなしいララさんにも乗れないとなると私、一生馬に乗れないのかも。ということは、エルフ村には一生行けない?


「それは、嫌」

「でも、怖いんだろ」

「横座りだから怖いんだよ。ノエさん、しっかり支えてて」


 確か、馬って両足で挟んで乗るんだよね? 何かテレビの番組で観た覚えがある、ぎゅっと両足に力を入れるからシェイプアップになるとか。


「とりゃあ!」


 自分でもそれはどうなのと思う掛け声と共に私は、右足を勢いよく振り上げた。その勢いのまま、鞍にまたがる。


「おま、スカート……って、それはズボンなのか?」

「ギルさんの新作、スカートズボンでっす!」


 自慢げに背筋を伸ばしてみた、本当は足がガクブルだったけど。


「ギルも妙な服を作ったな」

「いいでしょう?」

「まあな、これなら行けそうだ」

「大丈夫なのか?」


 ずっとララさんの手綱を持ってくれていたユーゴさんが心配そうな顔をしている。


「パンジー、無理しない方がいいぞ」

「大丈夫です」


 ノエさんは、ひらりと簡単そうに私の前に乗った。しっかり捕まれと言うから、その背中にがしっと抱き着いてやった。


「普通、こういうのはもう少しこう……」

「恥ずかしさより、命が大事」

「……まあ、いいけど」

「出発!」

「お前が言うか?」


 ノエさんがユーゴさんから手綱を受け取り、ララさんがゆっくりと歩き出した。兵士の詰め所を出て朝焼けの中、ユーゴさんが先回りして開けてくれた門をくぐる。


「本当に大丈夫なのか?」

「平気です。ユーゴさん、行ってきます」

「ノエ、絶対にパンジーを落とすなよ」

「しがみついてるから、大丈夫だろ」

「しがみついてるから、大丈夫です」

「全然っ、大丈夫そうに見えねえ!」


 ユーゴさんの心配そうな声に押されたように、ララさんの足が速くなる。それでもパカパカというぐらいの感じだ。もっと速いのかと思ってた。


「私が乗っているからいつもより遅い?」

「そうだな」

「鐘四つで着かないんじゃ?」

「かもな。まあ、遅くなったら泊めてもらえるから心配しなくていいぞ」

「私、野営道具なら持ってるよ」

「いや、野営はしない」

「えー」

「なんで残念そうなんだよ」


 昨日の夜もお風呂に入りに隠れ家に行ったけど、リュシオンは来ていなかった。もしかしてと思ってマジカルディクショナリーを開いたら案の定、リュシオンからの手紙があった。

 師匠に仕事をたくさん押しつけられたから今夜は行けそうにないことと、野営道具を二階の奥の部屋に置いてあることが書かれていた。

 確認しに二階に行ってみると、これまでリュシオンがくれた可愛い神具とはまるで違う、いかにも使い古されたという感じの野営道具が置かれていた。

 テントと毛布、フライパンとケトル。あとは、食器やナイフなどの旅に必要な物が一式。クッキーの缶みたいな形の謎物体があったからマジカルディクショナリーで調べてみたら、携帯用の調理用魔道具だった。この上にフライパンを置いて調理をしたり、ケトルを置いてお湯を沸かしたりできるみたい。つまり、IHヒーターの携帯版だね。

 なるほど、これらがパンジーがアスカム山からエシャールまで旅をする間に使った野営道具なんだね。私がリュシオンにもっと細かい設定を考えてって頼んだから、用意してくれたみたい。

 感謝の気持ちを込めて、お土産のクッキーはキッチンのテーブルの上に置いておいた。ちゃんと二礼二拍手一礼してから、「創造神リュシオン様にお供え物です」と言っておいたから、捧げられた物しか口に出来ないリュシオンでもきっと食べられるはず。


「いい天気ですね」

「ああ、晴れてよかった」


 乗った時はあんなに怖かったのに、ノエさんがララさんをゆっくり歩かせてくれるおかげもあってすぐに慣れてしまった。スピードを上げられたらきっと怖いのだろうけれど、パカパカ速度の今は気持ちよくさえある。ノエさんの背中にしがみついていた手を緩めて、きれいに晴れた空を見上げてみたりして。


「馬、一人で乗れるようになりたいな」

「あんなに怖がってたのにか?」

「もう怖くないし」

「まあ、乗れないより乗れた方がいいだろうな。練習したらいいんじゃないか、ユーゴがつき合うだろ」

「ノエさんは、教えてくれないの?」

「俺は、忙しい」

「ユーゴさんだって、お仕事が忙しいじゃない」

「いいんだよ、ユーゴで」

「なにそれ」


 パカパカと、ララさんの足音が響く。今は確かに冬のはずなのに、木々の若葉がまぶしい山道をララさんの背に揺られてゆっくりと登って行った。


出発するだけで1話分になってしまった……。

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