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23 夢の店


 結局ギルさんは、私がいくつかのお店を見て回るのにつき合ってくれて、帰る時にはコマドリ亭の方面に向かう辻馬車を止めて乗せてくれた。御者さんに、あの娘をアドレイド洋品店の前で降ろしてやってと頼む程の過保護ぶりだ。

 さっきはレディーって言ってくれたけれど、やっぱりギルさんにも私が子供に見えているんだろうなぁ。

 ギルさん自身はこれから工房に行くそうで、辻馬車の中から手を振ってお別れだ。

 アドレイド洋品店には、お店とは違う場所に縫製工房があるんだって。その工房でスカートズボンと重ね着ワンピース(そういう商品名になったらしい)の試作品を作るのだとか。

 スカートズボンが出来たら持って行くからと言ってくれて、それはかなり楽しみ。ギルさんは、どんなガウチョパンツを作ってくれるのだろう。


 そして、今日も来ました『マドウグ ゴルドノミセ』。

 毎日来てるよね、私。


「こんにちは」

「おお、パンジーか! よう来た、よう来た」


 お店に入ると小学生くらいの男の子が三人いて、その接客をゴルド親方がしていた。子供がお小遣い稼ぎに魔力晶を売りに来るってノエさんが言ってたね、この男の子たちも魔力晶を売りに来たのかな?


「おやかた、またね」

「坊主ども、気ぃつけて帰れ」


 三人の男の子たちは、走って帰って行った。元気だなぁ。


「親方、おいしそうなクッキーを見つけてから、お土産です」


 さっき、焼き菓子のお店で見つけた直径が十センチほどもある大きなクッキー。前の世界では、アメリカンクッキーって呼ばれていた、ごつごつとした素朴なクッキーが美味しそうだったからたくさん買ったのだ。

 一袋は、今日はお店の方はお休みにして工房に籠って試作に励んでいるというコレットにあげてとギルさんに預けた。

 二袋目は、リタかあさんにお土産。

 三袋目は、リュシオンにお供えしようと思う。

 四袋目は、自分用。

 そして五袋目は、ゴルド親方とノエさんにお土産だ。


「じゃあ、お茶にしようかの。ノエ、パンジーが来てくれたぞ」


 ゴルド親方はお店の方の扉に鍵をかけてから、工房に続く扉を開けてノエさんを呼んだ。窓際の作業机でノエさんが振り向くのが見えた。

 前にも思ったけれどこの世界のお店って、お客さんに何の断りもなく開けたり閉めたりするみたい。アドレイド洋品店も今日は閉まっているらしいし、もしかして決まった定休日とかはなくて、こんな風にお店の人の都合で開けたり閉めたりするものなのかな?


「パンジー、今日は可愛い格好をしとるの」

「このワンピース、ギルさんのお店で買ったんです」

「そうかそうか、よう似合っとる」


 二階に続く階段を上りながら、ゴルド親方がワンピースを褒めてくれた。やっぱりこの世界では、女性を褒める習慣があるんだと思う。もっとも、ノエさんはちっとも褒めてくれないけどね。

 

「ほら、先に出せ」


 ノエさんは二階にあがって来ると、昨日も座らせてもらった椅子に早速座った私に向かって手を突き出してきた。


「何? お土産のクッキーなら、親方に渡したよ」

「違う、魔力晶」

「ああ……」


 また魔力晶を売りに来たと思われたんだね。


「ノエさん、今日の私はお金持ちなんですよ」

「だから?」

「だから、魔力晶を売らなくても大丈夫」

「あるんだろ?」

「ありますけど」

「出せ」

「……」


 もしかしてノエさん、私のことを魔力晶製造機だと思ってない?


「小さいのと大きいの、どっちがいいですか」

「両方」

「……」


 というわけで、今日も五ミリサイズを十個とビー玉サイズを一個を買ってもらった。これで、今日の収入は百九万円だよ。うれしいけど、戸惑いの方が大きい。何度でも言おう、私はバイトさえしたことのない高校生ですってば。


「で、どうして今日は金持ちなんだ?」


 私から魔力晶を強奪(違う)してからノエさんは、魔力晶製造機扱いされてちょっと仏頂面になっている私の隣に座った。お茶はゴルド親方が淹れてくれるみたいで、カチャカチャと食器を出す音が聞こえる。お手伝いしようと思ったけれど、親方がご機嫌だから任せておけとノエさんに言われたんだよね。

 ゴルド親方、ご機嫌だとお茶を淹れるの?


「カフェオレのアイデア料を貰ったんです」

「カフェオレ?」


 昨日の朝の、リタかあさんにカフェオレを作ってもらったことから今日の商業組合に行ったことまで話したら、ノエさんがいきなり立ち上がった。


「親方、紅茶淹れるのちょっと待って」


 お湯を沸かしていた親方にそう声をかけてからベランダの方に向かうから、何かと思ってついて行ったら、そこには見覚えのある真っ黒なラグビーボールが生っていた。


「ノエさんもコーヒーの実を育ててるんだ?」

「ああ、コーヒーは眠気覚ましになるんだ」


 実のコーヒーでも、カフェインはしっかり含まれてるんだね。


「眠い時は寝た方が、結局は効率がいいんですよ」

「まあ、そうなんだろうな」


 そう言いながらノエさんは、ベランダの鉢植えから黒い実とオフホワイトの実を収穫した。オフホワイトは、ミルクだよね。そんなに広いベランダではないけれど、他にも色々と育てているみたいだ。もしかしてあの小さい白い実は、卵?


「ノエさん、このお隣ってパン屋さんだったんですよね」

「ソフィアおばさんのパン屋か」


 卵の実を近くで見ようと私もベランダに出てみたら、お隣もここと同じようなベランダがあるのが見えた。それに、ベランダから上に向かう外階段があるみたいだ。


「屋上もあるの?」

「ああ、ソフィアおばさんが屋上で色々と育ててたんだ。パンの材料とかな」

「そうなんだ……」


 この家いいなと、ふと思った。屋上があるのにも惹かれるけれど、何と言ってもパン屋だったというのがいい。


 前の世界での私には、夢があった。

 くるみベーカリーの閉店作業を手伝いながら、いつか私もお店を開きたいと思ったのだ。


 いつになるかわからないけれど、だけどいつかイートインコーナーのあるパン屋をやりたい。くるみベーカリーにもテーブルと椅子が置いてあって、買ったパンをそこで食べられるようになっていた。その席が私は小さい頃から大好きで、お客さんがいない時にはよく座って、働いているおじいちゃんとおばあちゃんを見ていたのだ。


 あんな素敵な空間のあるお店をやりたい。

 ベーカリーカフェ、それが私の夢。


「ノエさん、お隣くらいの家を借りるとしたらいくらくらいですか?」

「一人暮らしで一軒家を借りるのは、広すぎるだろ」

「お店をやりたいんです」

「店?」


 ノエさんが中に入って行ったので、私もついて行く。ノエさんは左手で不安定な形の実を支えて、慣れた手つきで上の方をスパッと切った。


「何の店をやりたいんだ?」

「パン屋さん」

「パン、焼けるのか?」

「多分」


 くるみベーカリーでは、パンを並べたり接客をしたりして手伝っていたけれど、作る方も手伝っていたのだ。おじいちゃんから、パン作りのコツをたくさん教わったよ。もちろん、実家でもパンを焼いていた。ただ、生地作りまではホームベーカリーを使っていたんだよね。

 ホームベーカリーなしで作れるのかと聞かれたら、多分としか答えられない。それに前の世界のようなオーブンってあるのかな……石窯とかだと、途端に自信がなくなるのだけれど。


「買ったパンをその場で食べることもできるお店をやりたいの」

「それだと、パン屋じゃなくて食堂だろうが」

「パンを買って帰ることもできるから、パン屋だよ」

「買って帰って家で食べてもいいし、店で食べてもいいってことか?」

「そう、そういうお店ってないの?」

「ないんじゃないか、少なくとも俺は知らない」


 二つのガラスピッチャーにそれぞれコーヒーとミルクを入れたノエさんは、それをそのままテーブルに持って行ってしまった。どうやら、温める気はないらしい。


「そんな店、一人でやるのは無理だろ。人を雇うつもりか?」

「できたら一人でやりたい、小さいお店でいいから」

「パンを焼いて売るだけでも大変なのに、店で食べられるということはその分、やることが増える。無理だな」

「パンの種類を少なくしたら、出来そうな気がするんだけど」

「ロールパンだけ、とかか? そんな店、すぐに潰れるぞ」

「日替わりにするの、毎日ちがうパンを焼くよ。パンが二、三種類と焼き菓子が一種類か二種類。それくらいなら、私一人でも焼けると思う」

「焼き菓子も売るのか、ますますパン屋じゃないな」

「だから、ベーカリーカフェだってば」

「何だそりゃ」


 昨日行ったドーン屋さんと今日行ったピザ屋さんで気づいたことは、この世界の食べ物屋さんはメニューが少ない。ドーン屋さんは三種類だったし、ピザ屋さんも三種類だった。特にピザ屋さんなんて、マルゲリータにソーセージをトッピングするか、野菜をトッピングするか、何も乗せないかの三択だった。その程度のメニュー数でいいなら、一人でもお店ができるのではないだろうか。

 思いがけずこの世界に来てしまって、毎日が必死で夢のことなんて忘れていた。だけど、もしかしたら可能なんじゃないかと思うと急にお店を持ちたくなってしまった。

 いつまでも宿暮らしをするわけにはいかない、そう遠くない未来には住む場所を決めてコマドリ亭を出ることになる。それに、何か仕事をしたいと思っていた。

 魔力晶のおかげでお金には困らないけど、それでも何もしないでぶらぶらするだけの毎日なんて嫌だしね。でも、子供に見える私を雇ってくれるところがあるのかという不安があったし、雇ってもらえたとしてもちゃんと働けるのだろうかとか、色々考え込んでしまっていた。

 それならいっそ、自分のお店を開いたらどうだろう? ベーカリーカフェをすやってみたいのだけど。


「パンと焼き菓子、紅茶とコーヒーくらいならいけるかも」

「大変だと思うぞ」

「売り切れたら閉店」

「儲からなさそうだな」


 そうだよ、別に儲からなくてもいいんだ。私一人が生活するだけなら魔力晶を売れば十分だし、これからきっとガウチョパンツのアイデア料を貰えると思うし。ガウチョパンツは、すごくたくさん売れそうだってギルさんが言ってたよね。

 だからお店は、儲からなくてもかまわない。それなら私の夢、もしかしたら叶ってしまうかも。


「儲からなくてもいいんです、私の夢のお店だから」

「まあ、お前なら魔力晶で十分に稼げるからな」

「お家賃、どれくらいだと思いますか?」

「建物の大きさや古さにもよるし、場所にもよる。一概には言えないな」

「例えば、お隣なら?」

「端の方といえども大通り沿いだ、いくら安くても月に金貨はいくだろうな」

「金貨……十万円以上ってことか」

「ああ」


 前の世界の感覚だと店舗つきの一軒家の家賃なら十万円以上でも安いよね、そのくらいなら楽に払えそうだし。今日だって、魔力晶だけで九万円の収入だもんね。これ、もしかしたら楽勝でいけるんじゃない?


「もっとも隣は、貸してもらえないだろう。ソフィアおばさんが王都に発つ時に売りに出したらしいけれど、レオンが慌てて戻って来て取り消していた。金に困ってないのにどうして家を売るんだと怒っていたな。今は、コマドリ亭に管理を頼んでると思うぞ」

「そうなんだ……」


 喋りながらもノエさんはグラスを出して来て、コーヒーとミルクを半々ぐらいに入れた。一口飲んで、なるほどなと呟く。


「これのためにトマス商会が変な魔道具を注文してきたんだな」

「変な魔道具?」

「飲み物を冷やして保存する魔道具」

「それ、冷蔵庫に入れておけばいいだけでは?」

「レイゾウコって、何だ?」

「え?」


 冷蔵庫という単語がそのまま伝わったということは、スキルが仕事しなかったってことだよね。それってつまり、この世界に冷蔵庫がないってこと? でも、食器棚の隣にあるよね。ワンドアの小さな冷蔵庫。


「あれは、冷蔵庫じゃないの?」

「あれは、時間停止の魔道具だぞ。食材を入れてる」

「時間停止!」


 そうか、そうだよ。時間停止機能がついているマジカルバッグがあるんだから、時間停止の魔道具もあって当たり前だよ。食材を長持ちさせるという利用目的は同じでも、根本的なところが違うんだ。


「そっかぁ、時間停止かぁ」

「で、レイゾウコって何だ?」

「中が冷たい箱だよ、食材を冷やすの」

「なるほど、中が冷たい箱か。それなら作れそうだな」

「作れるの?」

「ああ、時間停止の魔道具を作るよりずっと簡単だ」

「確かに、時間を止めるより冷やす方が簡単そう」

「お前ら、やっぱり仲がいいな!」


 紅茶を淹れるのを待てとノエさんに言われたのに淹れたのか、ガルド親方がティーポットを持ってニコニコしている。親方、もしかしてまだ私とノエさんを結婚させようと思ってる?


「私、親方の紅茶の方がいいな」


 カフェオレは好きだけど、昨日から飲み過ぎてるんだよね。それに、常温のカフェオレより熱い紅茶の方がいいです。


「そうかそうか、レモンパイもまだあるぞ」

「親方、大好き」

「パンジーは、ほんにええ子じゃな」


 ガハハと笑いながら親方が時間停止の魔道具からレモンメレンゲパイを出してくれた。私はパイ、ノエさんと親方は私のお土産のクッキーで午後のティータイムだ。


「そうだ、パンジー。明日は店を休みにするから、魔力晶は明後日まとめて持って来いな」

「明日は、お休み?」

「ああ、俺は仕入れに行くし、親方は鍛冶工房に籠るそうだ」

「そっか、わかった」


 なんだかんだと毎日来ているから、明日は来れないと思うとちょっとだけ寂しいね。私、ここでのお茶の時間がかなり好きになっているみたい。


「仕入れって、どこに行くの?」

「エルフ村」

「エルフ村?」


 ノエさんは、カフェオレは飲み干してしまって、今度はグラスにコーヒーだけを注いでいる。ブラックで飲むんだね。


「エルフ村って、エルフが住んでる村?」

「ハーフエルフやクォーターエルフが住んでいる村」

「ここから近いの?」

「馬で鐘四つ分くらいだな」

「へえ」


 鐘四つということは、四時間だね。馬で四時間と言われてもどれくらいの距離かはわからないけど、そんなに遠くはなさそうかな。


「……お前も行くか?」

「え?」


 行くかと聞かれて反射的にどこにと聞きそうになったけど、当然エルフ村にだよね。行きたいかと行きたくないかと聞かれたら、もちろん行ってみたいけど。


「これからエシャールに住むなら一度、挨拶しておいた方がいいだろう。お前もハーフエルフだしな」

「そうじゃな、それがええ」

「ご挨拶をしておいた方がいいの?」

「挨拶というか、顔見せしといた方がいい。同族だからな、何かあった時に力になってもらえる」

「そういうものなんだ……」


 人間しかいない世界から来たから同族とかの感覚がまだよくわからないけれど、ノエさんがそういうならきっとご挨拶しに行った方がいいんだろうな。

 それに、エシャールの外を見てみたい気持ちもある。せっかく異世界に来たのだから、色んなところに行ってみたい。


「行きたい、連れて行ってください」

「ああ」


 これで明日の予定が決まった。一人で街をぶらぶらしたいと思っているのだけれど、なかなか実現しないな。


パンジーとノエと親方の会話を書くのがすごく楽しいです!

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