22 マルゲリータピザ
組合長さんは忙しいのか、猫人族のお姉さんにあとは頼んだよと言って部屋を出て行った。
「では、改めまして私はトマス商会様の担当のシャルロットと申します。パンジー様の担当でもありますので、今後ともよろしくお願いいたします」
真っ白な耳にばかり目がいっていたけれどこのシャルロットさん、びっくりするくらい美人だ。邪魔にならないようにか、金色の長い髪は後ろで無造作にぎゅっと結んでいるけれど、それでも艶やかで美しい髪だとわかる。目は、きれいなブルーグリーンだ。
本当にこの世界は、きれいな人が多すぎじゃない?
「こちらは、カフェオレの商品登録証です。パンジー様がお持ちください」
「あ、はい」
シャルロットさんから渡されたのは、一枚の紙だ。文字は、もちろんカタカナ。カフェオレの作り方と、開発者はパンジーである、みたいなことが書かれてあり、それらのことをエシャール商業組合が証明するとあった。
これ、大事な書類なんだよね。マジカルバッグにしまっておこう。
「カフェオレを一年間の専売契約で間違いないでしょうか。トマス商会様以外では、パンジー様自身とコマドリ亭様が販売権を有するとお伺いしておりますが」
「はい、間違いございません」
「では、書類をご確認ください」
カタカナで書かれた書類をがんばって読んではサインするのを何度か繰り返すと、それで契約は終わりだった。意外と簡単だったなと思ったけれど、簡単だったのはきっと煩雑な手続きを全てトマス商会さんがやってくれたからなんだろうな。
「契約料の百万エンは、パンジー様の口座に入金されます。いつでもお引き出し可能ですので、その際は組合員証をお持ちの上で商業組合の窓口までお越しくださいませ」
「はい、わかりました」
通帳みたいなものは、ないみたい。組合員証で引き出せるなら、失くさないように気をつけなきゃだね。首にかけておいた方がいいのかな?
「あと、アドレイド洋品店様から受付の方に二点のパンジー様名義の商品登録の申請がこざいました。お飲み物とは違って、服飾商品の確認には時間がかかりますので、その点はご了承いただけますでしょうか」
ここで書類にサインとかしている間にギルさんがガウチョパンツの商品登録の申請をしてくれたみたい。二点ということは、ワンピースの重ね着の方も申請したみたい。それはいいんだけど、服飾商品の確認って、何?
「えっと、どうして服飾関係だと確認に時間がかかるのですか?」
もしかして知っていて当たり前な常識なのかもしれないけれど、思い切って聞いてみた。シャルロットさんは少しも嫌な顔なんてせずに、優しい笑顔で説明してくれた。
「お飲み物などは、商品登録されている件数が少ないので、同じ商品がすでに登録されていないかの確認がすぐに済みます。ですが、服飾関係は膨大な登録がございます。なので、確認にお時間をいただかなくてはならないのです」
「あ、そういうことなんですね。よくわかりました、ありがとうございます」
そっか、言われてみれば当たり前のことだった。同じ物がすでに登録されていたら、登録できないよね。この世界にコンピューターなんてないから、検索かけるなんてできないし。飲み物は登録が少なくて服は多いというのも、そうなんだろうなと思う。だって、カフェオレが登録できちゃうくらいだから、リュシオンが嘆いていたようにこの世界の食文化はまだ発展途上なんだろう。
それに比べて服は、ちょっと街を歩いただけでおしゃれな人をたくさん見かける。つまりは食より衣の方が発展しているのだろうと思う。
「それでは、本日のお手続きは以上になります。お時間を頂戴いたしまして、ありがとうございました」
受付のところで待っていてくれたギルさんと合流して、シャルロットさんに見送られて商業組合をあとにした。メイソンさんがコマドリ亭まで馬車で送ってくれると言ってくれたけれど、それは断った。
だって、せっかく街の中心部まで来たのだから色々と見て回りたい。時間だってまだお昼前だし、お金の余裕もあるから買い物したいんだよね。
「だったら、俺がつき合うよ。パンジーは、まだこの街に不慣れだろ」
「でもギルさんは、忙しいんじゃ?」
「大丈夫、パンジーとのデートより大切な仕事なんてあるわけない」
「デート……」
「いいよな、親父」
「ああ、我らが女神様が最優先だ」
「女神様って、誰」
「ではお手をどうぞ、女神様」
「だから、女神様って誰よ」
私に手を差し出して、お願いしますとでもいうように頭をさげるギルさんにちょっと遠い目になってしまった。こういうの、昔のテレビでなかったっけ? お見合い番組みたいなやつで、男の人がつき合って欲しい女の人にこんなポーズで交際を申し込んでいたような覚えがあるよ。
本当の本音を言うと、一人でぶらぶらしたいんだけどなぁ。でも、ギルさんは親切でつき合ってくれるって言っているんだろうし。
「じゃあ、お昼ご飯をつき合ってください」
「女神様の仰せの通りに」
「その女神様っていうのをやめてくれないなら、一人で行っちゃいます」
「わー、ごめん、やめるから、俺を置いていかないで」
私とギルさんのやり取りが面白かったのか、メイソンさんが声をあげて笑った。カルヴィンさんが頭を振っているのは、跡取り息子が情けない姿だからかな。
「ではカルヴィンさん、我々もどこかで昼食はいかがですかな。ご相談させていただきたいこともございますし」
「はい、もちろんおつき合いさせていただきます」
食事をしながら商談をするのであろうメイソンさんとカルヴィンさんは、二人でさっさとどこかに行ってしまった。なんだか強制的にギルさんと二人きりにされたような気がするんだけど、気のせい? デート……いやいや、街に不慣れな私につき合ってくれるだけだよね。
「パンジー、何か食べたいものはある?」
「そうですね……」
真っ先に思い浮かんだのは、ルシアさんのドーン屋さんだけど、昨日行ったばかりだから今日は別のお店に行きたいな。この世界に確実にあるであろう料理で、丼ものの他に知っているのは、ハンバーガーと……。
「ピザとか?」
「おいしいピザ屋、知ってるよ!」
「いいですね、連れて行ってもらえますか」
「喜んで」
ギルさんがまた手を差し出すから、両手を背中に隠してちょっと睨んでやった。子供の頃なら春と手を繋いで歩いていたけど、もうこの歳になれば恥ずかしすぎて無理だ。
「ギルさん、私を子供扱いしてるでしょう?」
「まさか、パンジーはレディーにしか見えないよ」
「一人で歩けます」
「残念」
ちっとも残念そうじゃない顔でギルさんが笑う。この人、本当に女の子の扱いに慣れてるみたいだ。
ユーゴさんとノエさんとギルさん。三人とも優しいけど、それぞれタイプの違う優しさだよね。ユーゴさんは、誠実って感じ。ノエさんは、ちょっとぶっきらぼうな優しさ。そしてギルさんは、軽いというより慣れている感じがする。妹がいるからなのかな? でも、ユーゴさんにだってルシアさんがいるよね。
「ギルさんて、何歳なんですか?」
「ニ十三だよ」
「ユーゴさんより一つ年上なんですね、ご近所幼馴染兄弟の長男?」
「ご近所幼馴染兄弟!」
私の歩幅に合わせてだろう、ギルさんがゆっくりと歩きながら声をあげて笑う。ご近所幼馴染兄弟ってなんとなく言っただけだけど、我ながら言い得て妙だよね。
「ノエさんが、兄貴きどりの幼馴染が近所にゴロゴロいるって言ってました」
「ノエ? あいつがそんなこと言ったの」
「はい、言ってました。だから寂しくなかったって」
「うちの末っ子、めっちゃ可愛いな!」
あー、やっぱりそんな感じなんだね。ノエさんって、ご近所幼馴染お兄ちゃんたちに可愛がられてるんだろうなと思ってたけど、大当たりだったみたい。ノエさんより下にルシアさんとコレットがいるけど、女の子たちはまた別の可愛さなんだろうな。
「残念ながら、俺は長男じゃないよ。俺より五歳上のレオンってのがいてさ、子供の頃はレオンが俺らをまとめて面倒見てるって感じだった」
「レオンさん?」
「そう、うちとノエの魔道具屋の間に一軒、あるだろ? あれが、レオンの家。お袋さんがパン屋をやってたんだ」
「パン屋さん!?」
何度か前を通ったけど、いつも閉まってるなと思ってたんだ。まさかパン屋さんだったなんて! すっごく行ってみたかったけど、ギルさんはパン屋をやってたと過去形で言ったよね。
「パン屋さん、閉店しちゃったんですか?」
「そう、二年前にね。レオンは王都で竜騎士をやってるんだけど、ソフィアおばさん……パン屋をやってたレオンのお袋さんのソフィアおばさんは、レオンと一緒に暮らすって言って、店をたたんで王都に行っちゃったんだ」
いやいやいやいや、パン屋も気になるけど、竜騎士って何ぞ!
竜騎士っていうからには、ドラゴンライダーな騎士様だよね。何それ、本当に実在するの?
「あの、竜騎士って……」
「そう、レオンは竜騎士なんだよ。すごいっしょ?」
「すごいです」
あーん、すごいはすごいけどそうじゃなくて、竜騎士の説明プリーズ。いや、竜騎士も知ってて当たり前の常識なんだろうな。ギルさんだって聞けば詳しく説明してくれるのだろうけど、ここはやはり帰りにノエ先生のところに寄って聞くべきだろうか……じゃなくて、マジカルディクショナリーで調べろよ、私!
「ここだよ、ビザ屋」
ギルさんが連れて行ってくれたのは、小さなお店だった。というかこの世界のお店って、みんな小さくないかな? ノエさんの魔道具屋さんは、工房は広いけれど店舗部分は狭かった。ギルさんのお店もそんなに大きくはなかったし、ルシアさんのお店もそうだ。ユーゴさんが連れて行ってくれた雑貨屋さんは少し広かったけど、前の世界の感覚で言えばそんなに大きなお店じゃなかったよね。
「ソーセージがのってるのと野菜がのってるの、それか何ものってないの、どれがいい?」
「じゃあ、野菜で」
「飲み物は?」
「紅茶は、ありますか?」
「あるよ、紅茶ね」
お店の人が来る前に、ギルさんが注文しに行ってくれた。久しぶりとか聞こえたから、常連なのかも。戻って来る時には、紅茶のグラスを持ってきてくれたしね。
うん、常温だ。
この世界の飲み物は、常温が当たり前なのかと思っていたけど、そじゃなくて誰もあまり温度に頓着していない? 淹れたては熱いまま飲むし、冷めても気にせず飲む感じ。
「多分だけど」
「何ですか?」
「スカートズボン、すごいことになると思う」
「すごいことって……たくさん売れそうってことですか?」
「まあ、そうなんだけど、パンジーが想像しているより何倍どころか何百倍も売れると思うんだ」
「そう……なんですね」
よくわからなくて首を傾げたら、頬杖をついたギルさんが目を細めた。
「乗馬をする女性って、スカートだから横座りで乗るよね。でも、あれって危ないんだよ。だからスカートズボンは乗馬をする女性、特に乗馬が嗜みの一つである貴族女性にバカ売れすると思う」
「貴族に売れるの?」
「そう。貴族は、俺ら平民みたいに一着の服を擦り切れるまで着たりしないから、それこそかなりの売り上げが見込めるんだ」
うん、服って高いもんね。平民なら、そんなにたくさん買えないんだろうな。必要最低限な数着を着まわす感じなんだろう。
「スカートズボンのおかげで、うちみたいな小さな洋品店が王都でも指折りの商会であるトマス商会に取引を持ち掛けられているんだよ、ちょっと信じられないよね」
トマス商会って、やっぱりすごい商会なんだね。そしてガウチョパンツ、お前もそんなにすごいやつだったのか。
「実を言うとうちね、ちょっと経営が厳しかったんだ。だからパンジーは、うちの店の救いの女神なんだよ。パンジーは女神様って呼ばれるのは嫌みたいだけど、そこのところは本当だから」
「そういう意味の女神様だったんだ……」
「ん? どういう女神様だと思ってたの?」
ふふふ、パンジーが可愛いから女神呼びされたんだと、実は思ってました。自意識過剰なのか、私。だって、パンジーになって三日だからまだ慣れてないんだってばさ!
「お待ちどうさま」
「うわぁ、おいしそう」
「熱いから、気をつけて食べなぁ」
ピザを持って来てくれたのは、二十代後半くらいの男の人だった。ギルさんと仲がいいのか、戻り際にギルさんの肩をポンポンと叩いて行った。
さて、ピザだ。
生地は、薄いタイプみたい。トマトソースの上に、私のは玉ねぎとトマトとピーマン、それにチーズがのっている。ギルさんのは、ソーセージトッピングだね。これ、ベースはマルゲリータだ。
「おいしいー」
とけたチーズで火傷しないように、ハフハフと言いながら食べた。私、チーズが好きなんだよ。おじいちゃんの角切りチーズのパンも大好き。
「気に入った?」
「はい、すごくおいしいです」
「よかった」
この世界でおいしいものを食べるたびにリュシオン、グッジョブと思う。ピザおいしいよ、リュシオン。




