21 商業組合
結局、私も着替えてから出かけることにした。着るのはもちろん、ラベンダー色のワンピースだ。
約束通りにギルさんが入れておいてくれた共布のリボンが思っていたより長かったので、ちょっと考えてからコレットがしていたようにヘアバンドみたいに巻いて、首の後ろで蝶々結びにしてみた。菫香がやったらハチマキだけど、パンジーだと可愛いんだよね。このリボンが先にちょっとした飾りがついていて、それが揺れてよけいに可愛い。
ワンピースだけだと寒いから、こちらに来てからずっと着ているアラン模様のカーディガンを着て、もちろんマジカルバッグも忘れずに出発だ。
商業組合までは、トマス商会さんの馬車に乗せてもらった。この立派な馬車はどこから出て来たのだろうと思ったけれど、門で預かってもらえるんだって。もちろん有料だそうだけど、馬の世話も兵士がやってくれるから、窃盗などの心配もなくて安心なのだそうだ。
馬車には、メイソンさんと私、それにギルさんと、ギルさんのお父さんでアドレイド洋品店の店長でもあるカルヴィンさんが乗っている。ギルさんとカルヴィンさんは最初、馬車に乗るのを遠慮したのだけれど、メイソンさんにどうせ行先は同じですのでどうぞどうぞと言われて乗ることにしたようだ。
リタかあさんがついて行こうかと言ってくれたけれど、ギルさんが一緒だから大丈夫と断った。コマドリ亭の仕事が忙しいリタかあさんに面倒をかけるのは、悪いものね。
御者台には、メイソンさんの部下の若い人族の男性と、冒険者パーティー『炎の剣』のうちの一人、焦げ茶色の尖った耳が格好いい男性の獣人さんが乗っている。手綱を握っているのは、その獣人さんみたいだ。
「パンジーさんは、本当に紫色がお似合いですね」
馬車が走り出してすぐに、メイソンさんが新しいワンピースを褒めてくれた。するとギルさんとカルヴィンさんも「似合う」「似合う」と言ってくれて、なんとも恥ずかしい。
お願い、もうやめて。
この世界には、女性を褒める習慣があるんだろうな。前の世界でもスペインとかは、そうだったよね。でも私は、褒められ慣れていない元日本人なんですよ。
「パンジーさんの瞳は、まるで宝石のような……」
「あー、メイソンさん。質問してもいいですか?」
言葉を途中で遮っちゃうのは無作法だとわかっているけれど、もうこれ以上は褒め殺されたくなくて私は、こちらから質問することにした。
「はい、何でもお尋ねください」
「さっきのスカートズボンって、私の名前で登録したらアドレイド洋品店さんとトマス商会さんで販売することになるんですか?」
「どんな契約を結ぶかによります。つまり、パンジーさんがどちらにデザインを託すかです。パンジーさんがアドレイド洋品店さんにデザインの使用権を委託すれば、アドレイド用品店さんが作って販売できます。そして私は、その出来上がった商品をなんとか仕入れようと企んでいるわけですな」
「トマス商会さんは、お洋服も売ってるんですか?」
「私共は、総合商会でございます。王都の店では、ありとあらゆる商品を取り扱っております」
「そうなんですね」
「よろしければご招待いたしますよ、パンジーさんなら大歓迎です」
「王都にですか?」
「はい、王都にです」
行ってみたい気持ちは、もちろんある。せっかく異世界に来たのだから、色んな景色を見てみたい。だけど私は、この世界に来てまだ三日目だ。まずはエシャールでの暮らしの基盤をしっかりと固めたいと思う。
「いつか、お願いするかもしれません」
「いつでもどうぞ、お待ちしております」
そうこうしている間に、馬車がゆっくりと速度を落とし始めた。辻馬車と違ってほとんどお尻に衝撃が来ないのは、丁寧に走らせてくれているのか、それとも馬車の作りが違うのか。
うん、きっとどっちもだと思う。
「お手をどうぞ、お嬢さん」
「ありがとうございます」
馬車を降りる時、『炎の剣』の獣人さんが支えておろしてくれた。お耳さわっていいですかって言いたかったよ、もちろん言わないけど。
商業組合は、昨日ユーゴさんが案内してくれた中央広場のすぐ近くだった。ほとんどが二階建てか三階建ての建物が並ぶ街で五階建てなのは、すごく立派に見えた。
まずは、カフェオレの手続きをするそうで、ギルさんはその間に、私の落書きみたいな絵を組合に提出できるようにきれいに描き直すと言って、商業組合に入ったすぐのところで別れた。奥に商談に使える小部屋がたくさんあって、あいていたら借りられるのだそうだ。カルヴィンさんは、リタかあさんの代わりに私に付き添ってくれるそうで、メイソンさんと一緒に受付に向かった。
「いらっしゃいませ、商業組合にようこそ」
受付で迎えてくれたのは、猫獣人のお姉さんだった。カフェオレの、『オレ』の意味を知っていた人なのかも。三角の耳は真っ白で、見るからにふわふわだ。やっぱり触ってみたいけど、もちろん我慢する。もしかしたら、ものすごく失礼なことかもしれないもんね。
「お世話になります、トマス商会でございます」
「トマス商会のメイソン様、並びにパンジー様とアドレイド洋品店のカルヴィン様、お待ちしておりました。よろしければ奥の部屋でご用件をお伺いしようと思いますが、いかがでしょう」
「お心遣いに感謝いたします」
受付で手続きするのだと思っていたけれど、すぐに奥に案内された。受付の横を通って、階段を上って、絨毯が敷かれた廊下を進んだ先にあった部屋にメイソンさんに続いて中に入る。
一目みただけでその部屋が、特別な客を迎えるための部屋なのだとわかった。部屋の真ん中に置かれたソファーとローテーブルの応接セットはいかにも高級そうだし、壁にかかった絵も、窓のカーテンですら高そうだ。
これって、メイソンさんだからこそだよね? トマス商会さんが大きな商会だからこんないい部屋に案内されたのであって、もし私だけだったら受付で手続きなんだよね?
「すぐに組合長が参りますが、それまでにパンジー様の加入手続きをさせていただいてもよろしいでしょうか」
メイソンさんとカルヴィンに挟まれてソファーに座ると、向いに座った猫人族のお姉さんがそう言った。
「パンジーさん、カフェオレを商品登録するためには、パンジーさんが商業組合の組合員になる必要があるのです。組合員になったからと言って何か義務が生じたりすることはありませんので、お願いできますでしょうか」
メイソンさんが丁寧に説明してくれたので、私はすぐにうなずいた。何も義務がないってことは、会費なんかもないのかな?
「パンジーさんの入会費と年会費は、トマス商会が負担いたします」
あ、やっぱり会費は必要だった。しかも、入会費と年会費の両方が必要なんだね。それ、高くないの?
「申し訳ないです。私、会費くらいなら払えると思いますから」
いくらなのかは知らないけれど、もしすごく高くても魔力晶を売れば何とかなるよね? それに、カフェオレのアイデア料ももらえる予定だし。
「いえいえ、滅相もございません。私どものために入会していただくのですから」
昨日、リュシオンが言ってたよね。カフェオレでトマス商会は、大儲けするだろうって。だったらここは、甘えちゃってもいいのかな?
「じゃあ、すみません、お願いします」
「はい、もちろんです」
メイソンさんがうなずいて見せたのを合図に、猫人族のお姉さんがさっと書類を取り出した。よく読んでサインしてくださいと言われたので、よく読むことにする。
そんなに難しいことは、書いてなかった。商業組合に所属している間は、年五万円の会費を納める義務があることと、商品の登録や、商取引の立ち合いをしてくれるとか、資金融資のこととか、お店を開く場合は相談できるとか、そのあたりのことが簡潔な文章で箇条書きにしてある。
ただし、全てカタカナで。
そうなんだよ、内容そのものはそんなに難しくないのに、とにかく読みにくいの! 全部がカタカナだと、すんなりとは頭に入って来ないんだね。
あ、口座が使えるみたい。お金を預かってもらえて、いつでも出し入れ出来るって。それは、うれしいかも。いくらマジカルバッグが私以外の人には使えないとはいえ、全財産をいつも持ち歩くのはちょっと怖いよね。
ちゃんと読んでから、サインをした。クルミトウカではなくて、ちゃんとパンジーと書いたよ。
「では、パンジーさんの入会費と初年度の年会費です」
そう言ってメイソンさんが猫人族のお姉さんに渡したのは、金貨が二枚だった。
「え、金貨? 年会費は、五万円なんですよね。じゃあ、入会費って……」
さっきの入会届の書類に年会費は書かれていたけど、入会費の金額は書かれていなかった。私が初めて見た金貨に驚いていると、猫人族のお姉さんがにっこりと笑って説明してくれた。
「当組合の入会費は、十五万エンです。初年度の年会費と合わせて、ニ十万エンになります」
「そんなに高いんですか!」
年会費が五万円だから、入会費も同じくらいだろうと思ってたよ。やっぱりこの世界って、物価が高いよね。それとも、これくらいで普通なの? 私、バイトさえしたことのない高校生だったから、そのあたりの知識に自信がないんだよね。
「メイソンさん、やっぱり自分で払います。今は持っていないですけど、あとで」
「いえいえ、お気になさらず」
「でも」
だって、カフェオレのアイデア料に百万円も貰っちゃうんだよ? その上にニ十万も出してもらうだなんて、さすがに貰いすぎだ。
だけどメイソンさんはにこにこと笑うばかりで、私に払わせてくれそうにない。
「では組合員証を作ってまいりますので、少しお待ちください」
猫人族のお姉さんが部屋を出て行くのと入れ替わりに、恰幅のいい四十代くらいのおじさんが入って来た。メイソンさんとカルヴィンさんが立ち上がったので、慌てて私も立ち上がった。
「はじめまして、パンジー様。私はエシャール商業組合、組合長のロナルドと申します」
はじめましてと言われたのは、私だけだった。メイソンさんはもちろん、カルヴィンさんもはじめましてじゃないってことだね。そりゃあそうか、メイソンさんは商人だし、カルヴィンさんは洋品店の経営者なんだからやっぱり商人だ。商人が商業組合の会長さんとはじめましてな訳ないね。
「はじめまして、パンジーです。よろしくお願いします」
私が挨拶をすると、メイソンさんとカルヴィンもそれぞれ挨拶をしてから腰をおろした。こういう取引みたいなのは初めてだから、ちょっとしたことでも戸惑ってしまうなぁ。
「カフェオレ、私もいただきました。本当においしかった。パンジー様の柔軟な発想には、脱帽です。メイソンさん、これは流行りますよ」
「はい、私も確信しております」
「トマスカフェの二号店は、ぜひエシャールにお願いします」
「王都の店が軌道にのりましたら、考えさせていただきます」
「店舗の準備や従業員の手配は、出来る限りの協力をお約束いたしますので」
「その際には、お願いします」
メイソンさんとロナルドさんが話しているのを私は、黙って聞いているだけだった。エシャールにカフェオレが飲めるカフェが出来たら、私だってうれしいけど。
「失礼します、パンジー様の組合員証をお持ちしました」
ノックのあとに入って来たのは、先ほどの猫人族のお姉さんだった。私の向かい、商会長さんの隣に座ってから浅いトレーのような物を私に向かって差し出して来る。
「これが組合員証?」
トレーの上には、何となく見覚えのある金属のプレートがあった。この大きさ、この形、どこかで見たと思うんだけど。
「身分証は銅板ですが、商業組合の組合員証は、魔金なんですよ」
また出たな、マのつくホニャララ! 今度は、魔金ですか。でもそうか、見たことあると思ったのは身分証にそっくりだったからだ。
この街に入る時にユーゴさんに見せて以来、マジカルバッグに入れっぱなしだった身分証を出してみた。鎖にぶらさがっているのは、金属のプレートだ。これ、銅板だったんだね。
「おつけしましょう」
猫人族のお姉さんがそう言ってくれたので、身分証を渡した。するとおねえさんはスカートのポケットからペンチのようなものを出して、慣れた手つきであっという間に組合員証を身分証のプレートと重なるようにつけてくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
そうか、こうやって身分証の鎖につける物だったんだね。確かに同じ大きさ、同じ形だ。目の前に掲げて少し揺らしてみたら、色違いの二枚のプレートがぶつかって小さな音を立てた。




