20 ガウチョパンツ
異世界生活三日目の朝、前の夜にリュシオンと遅くまで話していたせいかちょっと寝坊して、起きたのは七の鐘を聞いてからだった。朝食の時間には間に合ったので、今日は何も予定がないからどうしようかなと考えながら食堂に降りたら、何故かカウンター席にギルさんが座っていた。
ギルさんの前には、お皿が置かれている。そういえばユーゴさんが、近所の人たちがよく食べに来るって言ってたね。
「ギルさん、おはようございます」
「お、パンジー、今日も可愛いね」
ギルさんは、今日も軽いですね!
「本当だ、すっごくすっごくすっごく可愛い」
「だろ?」
「お兄は、女の子なら誰にでも可愛いって言うじゃない」
「何、信じてなかった?」
ギルさんの隣に女の子が座っていた。ギルさんより濃い砂色の緩やかにウェーブのある髪を腰のあたりまで伸ばして、小花の刺繍が入ったヘアバンドをしている。瞳は、ギルさんと同じ榛色だ。
顔立ちも似ているし、どう見ても妹さんだね。オレンジ色のおしゃれなワンピースがすごく似合っている。
「えっと、コレットさん?」
「はい、コレットです。パンジーだよね、はじめまして。仲良くしてもらえたら、嬉しいな」
「はい、こちらこそお願いします」
「タメ語でいいよぉ、さん付けもいらない。コレットって呼んで」
「コレット」
「うん、パンジー」
コレットさん……じゃなくて、コレット。すごくフランクな人だね、兄妹揃ってコミュ強だわ。
しかし、タメ語か。これって多分、スキルが仕事してるんだよね?
「お兄ね、昨日は徹夜でデザイン画描いてたんだよ。パンジーの可愛さに触発されたんだって」
「デザイン画? ギルさんって、デザインもするんですか?」
「お兄は、デザインも縫製もするよ。服が大好きなの、服屋の跡取りの鑑だね」
「お前もだろうが」
「否定はしない」
いいな、息の合った兄妹って。春にも五歳下の妹がいて、一人っ子の私はすごく羨ましかったんだよね。どうしてるかな、凪ちゃん。私のことを菫香ねえって呼んでくれて仲良かったから今頃、もしかしたら泣いてくれているかもしれないな。
「パンジー、これ昨日のワンピース」
「ギルさん、ありがとう」
昨日、買ったワンピースのお直しをお願いしていたんだよね。裾上げだけとはいえ、一日で直してくれたみたい。
「着て見せて欲しいな」
「朝ご飯、食べてから着替えるね」
ご飯こぼして、まっさらなワンピースを汚しちゃったら嫌だからね。
コレットにあとで着替えると約束してから、リタかあさんが運んで来てくれたおいしい朝ごはんを食べる。飲み物は、何も注文していないのにカフェオレが出て来たよ。私はカフェオレ、永年無料なんだって。
「何、その飲み物」
「カフェオレっていうの、コーヒーとミルクを混ぜた物だよ」
「おいしいの?」
「私は、好き」
「飲んでみたい、リタかあさんお願い」
「はいよ、カフェオレね」
「俺も」
「ギルもだね、ちょっとお待ち」
おお、カフェオレが大人気だ。リュシオンも気に入っていたからね、おいしいのは神様のお墨付きですよ。
そして、コレットとおしゃべりしながらご飯を食べた。やっぱり誰かと一緒だとおいしいよね。
おじいちゃんと暮らしていたけれど、おじいちゃんが亡くなったので山をおりて来たと言う話もした。この話をすればするほど、嘘を重ねるのが苦しくなって来る。だってみんな、大変だったねって言ってくれるんだよ。本当に、この世界の人たちは優しすぎるよ。
昨日、帰り際にリュシオンにもっと詳しい設定を考えて欲しいと頼んでおいた。少しだけ時間をくださいとリュシオンは言っていたけど。
「じゃあ、同い年なんだ」
「私って、そんなに幼く見える?」
「うーん、十七歳って言われたら十七歳に見えるかなぁ。でも、知らなかったら十五……ううん、もっと下に見えるかも」
「このまま見た目が変わらなかったら、嫌なんだけど」
「ハーフエルフだもんね、その可能性はあるよね」
「やっぱりそうなんだ……」
「私なら嬉しいけどな、幼く見えるのって可愛いじゃない」
「嫌だよ、大人っぽい方がいいよ」
「可愛い方がいいと思うよ、可愛い服がいっぱい着れるし」
「大人っぽい服が着たい」
「パンジーって、大人っぽいのが好きなんだ。うちで買ってくれたワンピースもスカートもシンプルなデザインだもんね」
選んでくれたのはギルさんだけど、どちらも一目で気に入っちゃったんだよね。チョコレート色のスカートは、今日も着ているよ。
「私はね、可愛いのが好き。レースとかフリルとかリボンとか、大好き」
「そのワンピースも可愛い」
「本当? これね、私がデザインして自分で縫ったの」
「すごい!」
「ちょっとだけ、お兄に手伝ってもらったんだけどね」
ちょっとじゃなかったぞーと、横からギルさんが茶々を入れる。もう三人とも食べ終わって、ゆっくりとカフェオレタイムだ。ギルさんもコレットもカフェオレを気に入ったみたいで、すでに二杯目。コレットはリタかあさんにお砂糖を三杯も入れてもらっていた、甘党なのかも。
「お兄、パンジーにデザイン画を見てもらいなよ」
「そうだった、どれか気に入ったのがあったら教えて」
ギルさんから紙の束を受け取ると、結構な厚みだった。本当に徹夜で描いていたのかも。この柔らかな線は、ペンじゃないよね。鉛筆ってあるのかな、それとも木炭とか?
デザイン画は、ほとんどがワンピースだった。スカートのデザインも何枚かある、あとはブラウスとか。
「お兄のデザインって、あんまり可愛くないんだよね。ここにレースをつけたら、もっと可愛くなるのに」
「私、ギルさんのデザイン好きかも。レースも好きだけど、普段着にするならない方がよくない?」
「パンジーって、大人っぽい服が好きって言うより、機能的なのが好きなのかな」
「あー、そうかも」
うん、動きやすさで服を選んでる自覚はあるね。前の世界では、制服以外のスカートは持ってなかったくらいだし。
これでも可愛いのは、好きなんだよ。コレットじゃないけど、レースもフリルもリボンだって好き。でもパンツ、楽だよね。この世界の女性はスカートだから、ちょっと辛いな。パンツで生活したい。
「あ、これ可愛い」
サロペットスカートみたいなのがあった、ブラウスと組み合わせて着るタイプみたいだね。ウエストを絞らない、すとんとしたデザインだ。肩は細い紐になっていて、前に上から下までボタンがずらっと並んでいる。うん、楽そう。
「中のブラウスをもっと可愛いのにしたらいいのに、フリルをいっぱいつけて」
コレットは、日本にいたらゴスロリとか着そうだね。私も可愛いとは思うんだけどさ、似合わないから……あ、今のパンジーの姿なら似合うかも。菫香じゃ似合わないけど、パンジーがゴスロリ着たら絶対に可愛いよね。
「フリルいっぱいのブラウス、いいかも」
「だよね!」
そうだよ、今の私は普通の範疇で最上位に可愛いパンジーなんだった。レースでもフリルでもリボンでも似合うよね。
「下に着るの、ブラウスじゃなくてワンピースにするのもいいかも。それこそ、レースやリボンがついた可愛いの」
「え、ワンピースの下にワンピース?」
あ、サロペットスカートは、ワンピースって認識だったんだ。ワンピースにワンピースを重ねると考えると、変なのかな。
「それ、いいかもしれない。上のワンピースのボタンをいくつかわざと外して、下のワンピースを見せて……」
コレットは、ワンピースを重ねるというのがすぐにはピンと来ないのか首を捻ったけれど、ギルさんは考え込んで小さな声でブツブツ言いだした。
「ちょっとリタかあさん、何か描くもの貸して!」
「何だい、ギル。大きな声を出して」
「描くもの、何でもいいから貸して」
「ペンしかないよ」
「いいよ」
受付に置いてあったやつだと思うけど、リタかあさんがペンとインクを持って来るとギルさんは、私が見ていたデザイン画の余白部分にすごい勢いで絵を描き始めた。ワンピースの上にサロペットスカート、私が言った通りのデザインだ。
「あ、可愛い」
「だよな!」
「上のワンピース、無地より柄物がよくない? 花柄とか」
「花柄もいいな、チェックでもよくないか?」
「いいと思う。下のワンピースと上のワンピースで、組み合わせが無限に出来そうじゃない?」
「下のワンピースは白もいいけど、ピンクとか水色もありだよな。ベージュやグレーもありかもしれない」
「色々と作ってみようよ」
「ああ……っと、パンジーいいかな?」
「そうだった、パンジーのアイデアだもんね。試作品、作ってみてもいい? パンジーの許可なしで売ったりしないから」
服飾師兄妹にずいっと迫られて、ちょっとのけぞってしまった。うーん、でもカフェオレと同じく、これも私のアイデアってわけじゃないんだけどなぁ。ゴスロリファッションでよくこういう重ね着があったなと思って、ちょっと言ってみただけだし。
「別に私の許可なんていらないよ、好きに作ってよ」
「そういうわけには、いかない」
あ、これってカフェオレの流れと同じだ。何言ってもダメなやつ。
「とりあえず、作ってみて」
「ありがとう、パンジー」
「パンジー、ありがとう。出来上がったらまず、パンジーに着て欲しいな。絶対に似合うもの」
そうだねぇ、パンジーならきっと似合うよねぇ。ふふふ、ちょっと遠い目になってきたよ。
「ね、他に何か欲しい服ない? 私、パンジーの服を作りたい」
コレットがキラキラな目でそんなことを言ってくれたけど、頼んじゃっていいのだろうか。正直なところ、ワンピースとスカートを一着ずつしか持っていないのが現状だからね。パンツなら持ってるけど、この世界は女性がパンツを着ない世界だし……っと、そうだ。
「ね、コレット。こんな感じのは、作れない?」
ギルさんに許可をもらってから、デザイン画の余白部分に描かせてもらったのは、いわゆるガウチョパンツというやつだ。フレアパンツとかスカーチョとか呼ぶことあるんだったかな? 幅が広いパンツで、スカートに見えるけど実はパンツという、あれだ。
「これ、ズボンなの?」
「ズボンの、すっごく幅が広いやつ。立ってるとスカートに見えるけど、実はズボンなの」
「これ……お兄」
「ああ」
この世界の女性は、スカートが常識。それはわかっているし、郷に入っては郷に従うけれど、でも私はパンツが楽で好きなんだよね。だから、スカートに見えるガウチョパンツならいいんじゃないかなと思っただけなんだけど。
ごくりと、服飾師兄妹が揃って唾を飲み込む音がはっきりと聞こえた。何、二人とも顔が怖いよ……?
「これは、すぐに商品登録することをお勧めしますな」
「え?」
後ろから声が聞こえて、慌てて振り向いた。いつの間にか、トマス商会のメイソンさんがすぐ後ろに立ち、コレットが握っているデザイン画を覗き込んでいた。
「君は、表の洋品店の方でしたかな」
「はい、アドレイド洋品店のギルです。これは、妹のコレット。失礼ですが、トマス商会の……」
「メイソンと申します、お見知りおきを」
「こちらこそ」
メイソンさんは、ギルさんとコレットと順に握手をしてから、私の方に向き直った。今日は、チャコールグレーの三つ揃えをぴしっと着こなしている。
「パンジーさん、カフェオレの登録と専売契約の準備が整いましたので、よろしければ私と一緒に商業組合の方までご足労お願いできませんでしょうか」
「もう準備できたんですか?」
「はい」
今日は、何も予定がないからすぐにでも行けるんだけど、どうしようかな。リタかあさんがついて来てくれるって言ってたけど、朝食の時間が終わるまでは無理だよね。あともう少しだと思うんだけど。
「私は、すぐにでも行けるんですけど」
「おかみさんが一緒に行くとおっしゃってましたな。もちろん、おかみさんの手があくまでお待ちしますよ」
「リタかあさんの代わりに、俺が行っていいかな? ついでに、パンジーの名前でこのスカート……いや、ズボンか……」
「……スカートズボン?」
「それ! スカートズボンの登録をしよう」
ガウチョパンツと言いたいところだけど、スキルがどんな風に働くかわからないからね。
「それで、出来たらうちで作らせて欲しいんだけど」
「いいですよ」
「そんな、簡単に決めていいのか? いや、俺はうれしいけど」
「いいですよ、作ってもらえたら私もうれしいし」
いつの間にか、ギルさんもコレットも立っていた。デザイン画を手に、まだ座っている私の方にグイグイ来るんだけど、こめんグイグイはやめて。
「では、商品が出来上がりましたらトマス商会で仕入れさせていただけませんかな。もし工房を拡張する必要があれば、ご相談に乗れると思いますし」
「本当ですか!?」
「はい、アドレイド洋品店さんとは、よいお取引をさせていただけたらと思っております」
「お兄、すごいよ!」
「ああ……おい、コレット。すぐに親父を呼んで来い」
「わかった!」
まずコレットが飛び出して行って、続けてギルさんも、身だしなみを整えて来ると言ってやっぱり飛び出して行ってしまった。何だか、いつの間にか大ごとになってない?
「そういえば、パンジーさん。カフェオレの意味がわかりましたぞ」
「カフェオレの意味、ですか?」
「はい、商業組合の受付に猫人族の女性がおられましてな、カフェはわからないけれど、オレのレは、猫人族の言葉でミルクの意味だそうです。オレだと、ミルクが入っているという意味だそうです。ということは、カフェはコーヒーという意味なのでしょうな。パンジーさんのおじい様は、お知り合いに猫人族がおられたのかもしれませんな」
「へえ、そうだったんだ」
コーヒーは、あまり広まってないそうだから、その猫人族の女性は知らなかったのかも。今回は、うまく誤魔化せたようでよかったけれど、言葉にはもっと気をつかった方がいいね。スキルがどう翻訳するか、もしくは翻訳しないかがわからないというのもあるし、トーカがものすごく卑猥な意味だったりするのだから、あちらの世界の物の名前とかを迂闊に言わないようにしなきゃ。
「それで、私共の王都のコーヒー専門店をトマスカフェと改名しようかと考えております。パンジーさんの許可をいただきたいのですが」
「私の許可なんていりませんよ、猫人族の言葉みたいですし。トマスカフェ、いいと思います」
「ありがとうございます」
もしかして今、この世界にカフェが爆誕したかも。うーん、喫茶店みたいなお店がこれまであったかどうか知らないからなぁ。どうなんだろう?




