19 隠れ家③
気が済むまでリュシオンをモフってから、人をダメにするクッションは本当にダメになりそうなので戻らずに、カーペットの上に足をのばして座った。こちらに来る前にスカートからブラックウォッチのパンツに着替えたので、ちょっと柔軟体操なんてしてみたりして。
スカートが嫌いなわけじゃないんだけど、やっぱりパンツの方が楽なんだよね。
「それより菫香さん、これはいつも身に着けてないとダメですよ」
「何?」
「変身ブローチです」
「はい?」
リュシオンが手に持っていたのは、この世界に来た時に着ていたパンジーのバトルコスチュームの胸にあったあのブローチだった。マジパンのアニメでは変身アイテムだった、あれだ。
バトルコスチュームは、二階の端の部屋のクローゼットの中だよね。リュシオン、ブローチだけ持って来たの?
「これを身につけてないと、バトルコスチュームに変身できないじゃないですか」
「なぜに変身しなきゃならん!?」
思わず立ち上がったわ、ゆっくりと柔軟もできないとか。
「え、だってパンジーだから?」
「不思議そうな顔するなぁー」
何か手元にあったら投げつけてるところだった、何もなかったから投げなかったけど。人をダメにするクッションは、投げるには大きすぎるしね。
そもそも、マジパンではすみれちゃんからパンジーに変身するんだよ。私は元からパンジーなんだから、変身も何もないと思うんだけど。
「でも菫香さん、あのバトルコスチュームはすごいんです。菫香さんは魔力無限大ですが、あまりに大きな力を使うと体がもちません。完全に無敵な体を創造することもできましたが、そういうのは菫香さんが嫌がるかなと思って程々にしたんです」
「程々……」
「そうです、程々なんです。ですがあのバトルコスチュームを着ると、リミッターが解除されます。どんな強大な力を使っても負荷をコスチュームが肩代わりするので、安全安心なのです」
「ほほう」
「いつどこで、何があるかわかりません。マジカルバッグから変身ブローチを取り出す暇がない場合だって、あるかもしれないんです。例えば、突然目の前にドラゴンが現れたとしたら、菫香さんはどうするんですか」
「いや、そんな突然にドラゴンは現れないと思うんだけど」
「菫香さん、甘いです」
「甘いのか……」
「あまあまです!」
ブローチを手に力説するリュシオンの口の端がピクピクしている。まさか、こいつ……。
「リュシオン、まさかと思うけどパンジーのコスチューム姿が見たいだけとか」
「そんなはず、あるわけないじゃないですか」
「だよね」
「でも、変身の練習はしておいた方がいいと思います」
「リュシオーン?」
「なにごとも、ぶっつけ本番なのはいけません。練習しましょう、そうしましょう」
「するかっ!」
私はやる、大きすぎても人をダメにするクッションを投げてやる。
「菫香さん、どうしてクッションを持ち上げてるんですか!」
「動くな、外れる」
「何が!?」
クッションは、見事に命中した。だけどもちふわなクッションだからなのか、相手が神様だからなのかダメージはゼロだった、無念。
「マジパンの変身シーンて一瞬、下着姿になるじゃない。絶対にやらない」
「じゃあ、そこは光で見えなくします」
「大体ね、そんな大きな宝石をつけてる平民なんていないってば」
「えー、でも変身アイテムは必要……」
「まだ言うか」
「わーっ」
私が再びクッションを持ち上げたら、リュシオンが見事なジャンピング土下座を決めた。まったく、このパンジリアンめ!
「でも、本当に念のために持っておいて欲しいんです。菫香さんには、どうしても九十年間を生き抜いていただかないと僕が困ります」
「そんなに危険な世界じゃないじゃない」
「それは、エシャールだからです。他の地は、もっとずっと危険なんです」
「じゃあ、エシャールから出ないよ」
「九十年間、ずっとですか?」
「……」
うん、多分それは無理だ。
私だって、色んなところを見てみたい。せっかく異世界になんて来たんだから、エシャールにだけ閉じこもっているなんてもったいな過ぎる。
「でも、やっぱりそのブローチは目立つよ」
「そうですか……あ、いい物を持ってるじゃないですか」
「え?」
リュシオンが指さしたのは昼間、ノエさんが作ってくれた魔砂ガラスの腕輪だった。ノエさんがずっと着けてろって言ってたから、着けたままだったのだ。
「男性からの贈り物ですか、菫香さんもやりますねぇ」
「神様がそんな下世話なこと言うな」
「ちょうどいいので、その腕輪にブローチの機能を移しましょう」
「そんなことできるの?」
「僕、これでも管理者なので」
「それは、知ってるけど」
ほいっと、リュシオンがまた指を振った。すると、ノエさんからもらった腕輪がぱあっと光を放って、すぐに消えた。
「これでその腕輪、絶対に割れませんよ」
「そうなんだ」
「神具になりましたから」
「神具!?」
「いや、菫香さんが持っているマジカルバッグもマジカルディクショナリーも神具ですし。なんなら、この家もこの家にある物も全部神具ですけど」
「人をダメにするクッションも?」
「人をダメにするクッションもです」
ノエさんからもらった腕輪をまじまじと見る、何もかわってないようだけど。
「その腕輪、菫香さんが一定以上の魔力を使うとオートで発動します」
「わかった、一定以上の魔力は絶対に使わない」
「そんなぁ」
やっぱりこいつ、パンジーのバトルコスチューム姿を見たいだけじゃないか!
「あ、神具といえば、これも聞きたいと思ってたんだった」
「何です?」
「私がここにいる時、マジカルバッグってどうなっているの。誰かに盗られたりしない?」
「しません。菫香さんが中にいる時は、マジカルバッグは誰にも認識できなくなっています」
「認識できない?」
「見えるのに気づけない、触れるのに感じない」
「じゃあ、もし私が誰かに持っていてと頼んだら?」
「菫香さんが許可を与えれば、その人は見えますし触れます。なので、よっぽど信用できる人だけにしておいた方がいいです」
「うん、わかった」
これは、聞いておきたかったんだよね。あと、他に何かあったかな?
「他に何かありますか?」
「うーん、今は思いつかないな」
「でしたら僕から」
「何?」
「さっき、カフェオレって言ってましたよね。それって、コーヒーにミルクを入れた、あれですか?」
「そうだよ」
「僕、コーヒーを飲んでみたかったからコーヒーの実を創造して、ベネディクトに捧げてもらったんですけどあれ、苦くておいしくなくて」
「まあ、コーヒーってそういうものだから」
「だから、コーヒーの実に関しては放置していたんですけど」
「もしかして、コーヒーがあまり広まっていないのって、リュシオンのせい?」
「そうですね、僕がベネディクトにもういらないって言いましたから、ベネディクトが自分の本に僕が気に入らなかったと書いたみたいで」
「あー、それだと広まらないかも」
神様が気に入らなかったならおいしくないと、誰でも思うよね。おいしくないであろう物をわざわざ育てる人も少ないだろうし。
「でも、もしかしてカフェオレにしたらおいしいんですか?」
「おいしいかどうかは、それぞれじゃない?」
「菫香さんは、好きなんですよね」
「うん、好き」
「飲んでみたいです」
「ベネディクトさんに頼むの?」
「いえ、菫香さんが捧げてください。そうすれば飲めます」
「捧げるって、神殿にでも持って行けばいいの?」
「今飲みたいです、これから作りましょう」
「作る?」
「まずは、畑を作りましょう」
リュシオンは、すっくと立ちあがった。そして、やっぱり裏ですかねと言ってから歩き出す。私は脱いでいた靴を履いてから、慌てて追いかけた。
「家の裏を畑にしましょう、キッチンから出られた方がいいですね」
リビングの隣は、キッチンだ。私がキッチンに入った時にはリュシオンは、奥の何もない壁の前に立っていた。そして、その壁を人差し指でとんっと押す。
「ドア!」
たったそれだけで、何もなかったはずの壁に扉が出現した。リュシオンが扉を開けて、外に出て行く。
「リュシオン、裸足じゃないの?」
リュシオンは白い空間にいた時と同じように、白いシャツに白いズボン、そして足元は裸足だった。だけど、外に出た途端にその足が白い靴を履いている。
「暗いですね。暗くても僕は問題なく見えますが、菫香さんは見えませんよね」
リュシオンがそう言った途端に、五十メートルくらい離れた場所で何かが土の中から生えて来て、すぐに幹が太くなり枝葉が茂り、そして灯りがともった。すっかり大木となった木自体が淡い光を放ち、明るくあたりを照らす。
光の粒子が木から散っていく、あれって魔素だよね。すごく幻想的な景色だ。
私が木に見とれている間にもリュシオンは、ひょいひょいと指を振っている。リュシオンが指を振るたびに土が盛り上がり畝が出来て行くのだ。家の裏の一角をすっかり畑に変えてしまってからリュシオンは、どこから取り出したのか手のひらの上の種に向けてふっと息を吐いた。
そんなに強い息ではなかったようなのに、種たちは畑に向かって飛んで行った。そして、土の上に着陸するなり芽を出し、茎を伸ばして葉を茂らして、そしてラグビーボールのような実をつけた。
「黒いのがコーヒーの実で、白いのがミルクの実です」
あの黒いの、コーヒーの実だったんだ。いや、それよりもミルクって牛のお乳じゃなかったの? もしかしてだけど、牛乳って言葉を聞かないのは、ミルクが牛由来じゃないからだったりして。
「さっそくカフェオレにしましょう」
「あ、お砂糖を入れた方がおいしいかも」
「砂糖ですか!」
またリュシオンの手のひらにいつの間にか種が乗っていた。息を吐いて、種を撒く。またもや、瞬く間に実が成っていた。
「ひとつずつ収穫して、キッチンに行きましょう」
「うん、もう何を見ても驚かないから」
砂糖の実も白かったけれど、ミルクの実と比べてみたら、砂糖の方は真っ白で、ミルクの方はほんのりとアイボリーだった。
どうやって実を割るのかと思っていたら、リュシオンはどこからともなく出したナイフで実の上の部分を切り取り、こちらもどこからともなく出した、リタかあさんも使っていたようなガラスピッチャーの上に実を傾けた。
黒い実からはコーヒーが、アイボリーの実からはミルクが出て来た。まさかの、液体で出て来たよ……ミルクはともかく、コーヒーはコーヒー豆で出て来ると思ってた。
砂糖は、これまたどこからともなく出てきた砂糖壺の中にサラサラと入れていた。これで材料は、揃ったね。
「調理は、菫香さんお願いします」
調理ってほどのことは、ないんだけどね。
「ホットにするなら、お鍋がいるよ」
「はい、お鍋ですね」
ミルクパンみたいな片手鍋が出て来た。内側は白で、外側はもちろんすみれ色だ。
「あと、カフェオレボウル」
「カフェオレボウルって、持ち手のないカップですよね」
「スプーンも欲しい」
「はい」
薄紫色にパンジーの花の絵が描かれたカフェオレボウルが二つと、柄の先にパンジーの花がついている陶器のティースプーンが二本。どっちも可愛い。リュシオンって、デザインするのとかが好きなんだね。
二つのガラスピッチャーからコーヒーとミルクを適当に半分くらいずつ鍋に入れて、IHヒーターの上に置く。前面に紫色の石がついていたので、ノエさんがやっていたみたいに指先で触れてみた。
触れた指先に、かすかにピリッと電流が流れたような感じがした。これって、魔力に反応したってことかな。
「リュシオン、このIHヒーターも神具なの?」
「そうですよ」
「魔道具と神具って、どう違うの?」
「魔道具には、必ず動力源があります。魔力晶とかですね。神具には、そんなものはありません。それ自体がエネルギーの固まりのようなものなので」
「そのエネルギーって、なくならないの?」
「物によってはなくなることもありますが、この空間ならなくならないですよ」
「この空間って、マジカルバッグの中ってこと?」
「はい、ここは魔素が特濃ですから」
「そんな、特濃牛乳みたいに言わないで」
「それにさっき世界樹を植えたので、余計に濃くなりましたね」
「世界樹って……まさか、さっきの木?」
「はい」
「あれ、世界樹だったの!?」
「ですです」
世界樹って、世界の中心とかじゃなかったっけ? ファンタジー世界では、ものごく大切なものだったと思うけど。それを灯りがわりに植えるとか、何を考えてるの。
「何すんねん」
「あ、関西弁」
あー、もう、色々と考えるのがばからしくなってきた。さすが神様、何でもありなんだと思うことにする。
「それより菫香さん、カフェオレは?」
「あ、もういいかな」
端の方がフツフツしてきたから、鍋をIHヒーターからおろした。カフェオレボウルに注いで、リュシオンの方にだけ砂糖をちょっと多めに入れる。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます!」
どうぞと言っただけで、捧げたことになるらしい。リュシオンはダイニングテーブルについて、両手で持ったカフェオレボウルから熱いカフェオレをフーフーしながら飲みだした。
「熱い、甘い、おいしい」
「そりゃ、ようございました」
「コーヒーって、おいしかったんだ」
「気に入ったんなら、もっとコーヒーを流行らせてよ」
「ベネディクトに言っておきます。今度の本には、僕がカフェオレ大好きだって書いてもらいましょう」
「あ、そういえば私、カフェオレのアイデアをトマス商会に売ったんだった」
「それは、トマス商会が大儲けですね」
「やっぱりそうなる?」
「ですです」
私も座ってカフェオレをいただく。これ、今日何杯目のカフェオレだっけ?
「いいですね、この家。隠れ家って感じでゆったりできます」
「隠れ家? そっか、ここって確かに隠れ家だよね」
『マジカルバッグの中の家』って、長くて面倒だったんだよね。これからこの家のことは、隠れ家って呼ぶことにしよう。
「菫香さん、おかわりください」
「夜にあまり飲むと、寝れなくなっちゃうよ」
「僕、管理者だから眠りませんけど」
「え、そうなの?」
「はい、そうですよ」
リュシオンって本当に神様なんだねって、今夜だけで何度思ったことか。でも、これだけ不思議な光景を見せられたらさすがにね。
リュシオンのカップにおかわりを入れてあげると、また嬉しそうに飲み始める。私は一人っ子だけど、もし弟がいたらこんな感じなんだろうかと思った。
誤字報告、ありがとうございます!
何度も確認してから投稿してるのに、間違いはなくならない……。
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頑張って続き書きます。




