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ワンスアイヤー  作者: 丸顔のうさぎ
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ワンスアイヤー 2005

まちぶせ - もうすぐ私きっとあなたを振り向かせる。


1年半ぶりに彼と再会したのは昨年末のことだった。お互いの仕事終わりに渋谷で待ち合わせをし、30分ほど一緒にお茶をした。嬉しさと恥ずかしさで顔を直接見ることができない。もっと話したいなと思ったところで、通っている空手道場の忘年会に行くと言う彼が慌ただしく席を立った。


こんなあっさりとした再会のために、私はさまざまな理由をつけて渋谷の街に降り立っていた。「健康診断で渋谷のセンターに行きます。同じビルなのでお茶でもしませんか?」私が考えた精一杯の口実だ。嘘にならないように、実際そこで受診もした。その直後に建物の中のカフェで久しぶりに会ったのだ。彼は空手の稽古の成果か、精悍さが増していた。懐かしいような、この人と私は本当に付き合っていたのかわからないなような、静かに色々な感情が心を占めていた。

渋谷駅で彼を見送り、少し心が癒されたような気持ちになる。やっぱりきれいな別れをしていてよかった。誰も傷つけなくてよかった。自分で自分を褒めながら、少し物足りなさを感じつつも、私も師走の街に紛れた。


これでよかったんだ。


もう会う事は無いだろうと思っていたのに、年が明けて早々に彼が横浜に遊びに来ることになった。別に私に会うためではない。知り合いの空手道場が横浜にあり、新年会でこちらに来るついでに中華街を案内することになったのだ。


たまたま主人が中国に長期出張中だったので、自宅に来てもらうことになった。今住んでいるマンションは彼にふられた時にあまり辛すぎて、生活をガラリと変えねばならず、そのために思い切って買ったものだった。なので彼に来てもらうことで、あの最悪の日々にやっと終止符が打てる気がしていた。


オムライスかハンバーグが食べたいと言う彼のために、お昼の準備をする。料理は全体的に苦手な私なので、朝早くから調理に取り掛かるも、彼が到着する時間ギリギリまでかかってしまった。そして駅に着いたと言う連絡を公衆電話からかけてきた彼は、元町・中華街駅の改札の真ん前に所在無さげ立っていた。その姿を見ただけで、胸が締め付けられる思いがする。


地下通路からマンションの入り口に入る。

まず最初に最上階の共用ラウンジに連れて行った。ここは私も初めて入った時に、その景色に圧倒され、絶対にこのマンションに住みたいと思わされた場所だった。なので彼にはぜひ見てほしかった。「あなたのおかげで私はここに住むことができました」と心の中でそっとつぶやく。こんな日が来ると思わなかった。


彼を自宅に連れて行き、用意をした食事を出し、彼が持ってきてくれたカードゲームで遊ぶ。このカードゲームはちょうど私と付き合っていた短い期間に彼が担当していたものだった。残念ながら大きなヒットとはならず、それが今彼の会社での立場を微妙なものにしているらしい。


1年半前、彼は仕事が忙しく、新しいプロジェクトを任され、波に乗っている時に私と出会い、そしてあっという間に別れた。私と別れた後、彼はきっと仕事で成功していて、子供もできて、着実に明るい人生の階段を昇っていることだろうと想像していたが、彼にもいろいろと困難なことがあったんだと言うことを感じられた。彼は今の会社からの転職を考え、故郷の大阪に戻るつもりで、最後に会ってほしいと今回の再会が実現したのだった。


彼が常に吸っていたような気がしていたタバコも、再び会ったときには止めていた。タバコを吸う姿がとても印象的だったので、それだけでも時が経ったことを実感する。


不思議な時間が流れていた。


彼が私とどうしたいのかよくわからないまま、彼の出かけなくてはいけない時間が近づいてきていた。私が彼とどうしたいのかはよくわかっていた。そしてまだそんなはかない望みを持っている自分が情けなくなってきた。


つくづく学ばない女だな、私は。


と思った瞬間に彼が「はい!」と言って大きな手を差し出してきた。

まるで海で溺れている人のようにその手を掴むと、ぐっと彼のほうに引き寄せられ抱きしめられた。


暖かい床暖房の上に2人が重なりあった。なんて言う気持ち良さなんだろう。私の肌が、体中の毛穴が喜びの悲鳴をあげているような感覚だ。ずっとこうなりたかったんだ。ずっとこうして欲しかったんだ。あの1年半の日々はこの日を迎えるためにあったんだということがわかる。


新年会に行く時間を少しずらし、彼は予定よりも長く私と一緒に時間を過ごしてくれた。そしていよいよ私の家を後にする時にはもう次に会う日も決めていた。


私は彼にふられた後に怒りのメールも、悲しみのメッセージも送らなかった。それは無意味のうちにいつかまた会った時に今日のように関係を戻せる事を期待していたからなのかもしれない。


ある意味自分の待ちぶせは成功したのだ。「こんな日が来ると思わなかった…」今日何度も思った言葉を口にしてみる。彼にもう一度会えただけでなく、彼の体に触れて、そして抱いてもらった。

事態が急展開して1番びっくりしているのは自分自身だ。


一年半の間、1日だって忘れたことがなかった。胸の奥でずっと好きだった彼が振り向いてくれたのだ。


結局この日私たちは一歩も中華街を歩かないで終わっていた。

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