ワンスアイヤー 2004
夏の終わり - 夏の終わりにはただあなたに会いたくなるの。
地下鉄の始発駅が自分の家の最寄り駅であると言うのはなんと便利なんだろうと思う。半年前に引っ越した。そしてその3カ月後に開通したのがみなとみらい線だ。元町・中華街駅から横浜を経由し、東横線に乗り入れているのでそのまま渋谷まで行くことができる。もちろん座れないことがない。どんなに混んでいても、通勤時には先頭車両のドアの横、私のお気に入りの席を確保していた。
思い切ってマンションを買ってからというもの、少しずつ自分の運気が上がっている。前の仕事を辞めた直後は、あちこちのエージェントに行ってもなかなか仕事が見つからなかったのに、ここに引っ越した瞬間にいくつかの仕事のオファーがあった。その中から責任がなく、1番楽そうで、なおかつオフィスの綺麗な今の仕事を選んだ。なるべく残業をせずに日々の暮らしを楽しむ方向にシフトしようと思ったのだ。
というのも前の仕事は残業が続き、ほぼ毎日最終電車で家にたどり着いていたからだ。家事もロクにできず、ボロボロになっていた上に、嫌な同僚のせいで精神的に追い詰められていた。
そんな時に出会ったのが彼だった。たった3ヶ月ほどで別れたが、これまで生きてきた中でも大きな出来事だった。
幸せで楽しかったのは最初の短い期間だけだったような気がする。付き合い始めてしばらくすると自分の気持ちが空回りし、ただただ会いたい気持ちが積もり、言わなくてもいいような皮肉を言ってしまうため、大好きな人にどんどん嫌われていった。
そんな状態は長続きするわけもなく、あっという間にまるでゴミクズのように捨てられた。その後は体の不調があちこちに出て、いまだに万全とは言えない。特に体重の減少が著しくあった。たった数ヶ月の間に10キロ減り、ふられたその日から生理も止まり、欲しいと思っていた赤ちゃんの夢がまた遠のいた。
その彼と付き合うのをきっかけに書き始めた日記は今も続いていた。最初は2人の出会いの記録を残したいと思っていたのだが、それが失恋日記に変わり、そして今では自分の精神を落ち着かせるための貴重な手段となっていた。
文章を書くことで自分の気持ちが整理でき、本質を見極めることができるような気がしている。もしこの日記を書いていなかったら、きっと彼を責めて、惨めな姿を晒し、ひどい言葉を口にしていたかもしれない。
自分に夫がいることも、彼に新婚の奥さんがいることもお構いなしに、いろいろな人を傷つけていたと思う。それをしないで済んだのはひとえにこの日記のおかげだった。しかし心の真ん中に穴が開いて、風がすーすーと通り抜けるような、そんな満たされない気持ちはまだある。時々ふとひきつったように胸が締め付けられることがある。それはしゃくり上げるのと同じ感覚だ。自分はこんなにも執着心が強かったのかとびっくりさせられる。
今働いている職場は、細々と勉強してきた英語が役立っている。英語を使って海外とやり取りすると言う高校生の頃に漠然と憧れていた夢に近い。あまり大きな責任もないので、暇な時はさっさと帰ることも可能だ。いつかは転職してちゃんとした仕事につきたいとは思っているが、あまりの居心地の良さになかなか新しいスタートを切れずにいた。
私は幸せだ。
言葉に出して言ってみる。あんなことがあったのに、まるで何もなかったかのように人生が続いている。なくしたものは何もなかった、彼の他には。
最初は泣いてばかりだった。少しずつ泣いた日の間隔が開いていき、今では数週間に1度ほどになっていた。横浜は泣くのにぴったりの街だ。30代半ばまで住んでいた故郷では、失恋しても泣ける場所がなく、悲しい時は自分の部屋にこもって泣いていた。それに比べて横浜の街は泣きながら歩ける。目的もなくただ街の灯りを眺めながらさまよっていると、少しずつ心が整理出来てくる。歩くと言うのはすごく前向きな行為だと思う。彼のことを振り切るために始めたウォーキングだが、いつの間にか横浜に身も心も委ねると言うものになっていた。横浜の街はやさしい。涙も悲しみも包んで隠してくれる。
その日も日課の街歩きに出かけようと支度をしていた、すると何気なく付けていたテレビからある歌が流れてきた。
夏の終わりには、ただあなたに会いたくなるの。
一瞬胸を矢が貫いたのかと思った。それほど自分の心にすっとそのフレーズが入ってきた。数日前に8月が終わり、あの苦しい夏からちょっと1年が経とうとしていた。
少しずつ前向きに考えられるようになって以来、彼のことを思い出すことを自分に禁じていた。もうそろそろ忘れなくてはいけないと自分を戒めていた。
でもこの歌のたったワンフレーズを聞いたときに、自分の気持ちをごまかしていることを悟った。
そうだった。私はただひたすら彼に会いたかった。
もう抱いてくれなくてもいい。キスをしてくれなくてもいい。ただ会って元気でいるのを確かめたい。そして最後に彼に会った時に、「貞子みたいでっせ」と言われたほどちっとも幸せそうじゃなかった自分を、本来の笑顔でいっぱいのイメージにしたかった。
あぁ自分はまだ彼のことを忘れていないんだ。
そんな切ない思いを抱きながら、季節は秋の終わりへと移っていった。ちょうどその頃個人のメールとして使っているhotmailにMessenger機能と言うものがついた。ITに疎い私はよくその機能を理解しないまま、便利そうだと思い、アドレス帳にある全ての人の名前を登録してみた。
その中には彼のメールアドレスも入っていた。
しかしその中の1人から「Messengerの登録ありがとう」と言うメッセージが来て驚愕した。彼女のところに登録を知らせる自動メッセージがいったと言う事は、彼のところにも当然私がMessengerで彼のアドレスを登録したと言うことがわかってしまうということだ。
約1年半、毎日のように涙を流し、眠れない日々を過ごし、体調を壊すまで苦しみながら、自分の存在を消し去ろうとしたのが、たったこれだけのことで全て無になってしまう。もう二度と自分から連絡を取らないと、辛い決心をしたことが無駄にならないように速攻で彼にお詫びのメールを打つ。
間違えてMessenger登録をしてしまいました。連絡が行っているかもしれませんが削除願います。
事務的に、必要最低限の文章になるように、たった1行のメッセージを何度書き換えたことだろう。そそっかしい自分がほとほと嫌になる。
どうせ向こうからは何の返信もないだろう。それが余計自分自身を傷つけることになることもわかっている。だからこそこんな事は避けたかったのに…。
ところが事態は動いた。まるでルービックキューブの最後の一面が揃ったかのように。
彼から特に何のメッセージも届かなかったと言う言葉とともに、簡単な近況と「嫌じゃなければ会いませんか?」と言う返信が来た。
意外な展開に大きく動揺している自分がいた。まさか向こうからそんな言葉をかけてくるなんて。だって「もう会いません」と私に宣言したのは彼だった。だからこそこんなに苦しんできたのに。それなのにいとも簡単に「会いませんか?」って一体どういう了見なのか?
なのでそのことには一切触れずに、再度お詫びのメールを送る。彼は「さらりと流してくれてありがとう」と返信を送ってきた。これでいいのか?せっかく繋がったのに、このままでいいのか?と自分に何度も問いかける。自分の動揺が見透かされないように、また会いたいと思っている事が伝わらないように、再度事務的に仕事の動向などを聞いてみた。そんな騙し合いのようなメールのやり取りが数日間続いた後、いつしか会う約束をしていた。




