ワンスアイヤー 2019
ハナミズキ - 僕の我慢が いつか実を結び はてない闇が ちゃんと 終わりますように 君と好きな人が 百年続きますように
新年早々主人が会社を退職した。辞職の形を取っているが、ほぼクビになったと言っていいだろう。ちょうど2年前に入社して以来、副社長に疎まれ、役員会議で罵倒され、精神的に追い詰められていた。昨年は身体にも異常をきたし、半年以上も休職したほどだ。血液検査でガンの疑いがでて、全身ガン検査のPETを受けた時には、主人だけではなく、私も覚悟を決めた。せっかく買った車も主人のストレス解消と、気持ちの盛り上げには役立たなかったようだ。
以前の家族的な製薬会社を辞めて、生き馬の目を抜くような金融系に転職した時から心配はしていた。これまでは奇跡的にキャリアアップに成功してきたが、幸運だけで渡り歩いてきた主人が、そろそろ痛い目を見てもおかしくなかった。人生そこまで安泰なわけがない。
結局ガンは見つからなかったが、体調不良は続いていたので、復職した後も本格的に仕事を再開することができず、最終的には会社の人事から退職のパッケージを受け取るように促されたのだった。
もともと自分に甘い主人は「1年くらい休んでもいいだろう」とのんきに構えていた。そして退職した翌日に買ってきたのが仔犬だった。小さい頃から犬と一緒に育ってきた主人は、長年いつかは自分の犬を飼いたいと言っていたが、これまでは来年どこに住むかわからないような日々が続いていたので、身軽でいなければならず、犬を飼うことを躊躇していたのだ。しかしもう海外駐在をすることもないだろうと、この機会に飼うことに決めたらしい。
私も犬は大好きで、小さい頃は雑誌「愛犬の友」を愛読していたくらいだが、主人とは違う理由で躊躇していた。今のマンションに越して以来、近くの山下公園で、よく同年代のご夫婦が犬を散歩している姿を目にした。ある時主人が「子供がいないからその代わりに犬を可愛がっている」と呟いたことがある。その侮辱したような言葉が耳に残っていた。自分たちは今まさにそれと同じことをしようとしているのではないかと思ったのだ。
しかし家に連れてこられた仔犬は幼気で、はかなげで、小さな前足を私の膝にかけた瞬間、私のつまらない見栄は吹き飛んだ。私は思わずその仔犬を抱きしめていた。この仔は私がいないと生きて行かれない。そう思うと無条件で大切な存在に思える。
仔犬を飼い始めた事で私の日常は変わった。あまりの可愛さにペットホテルに預けるなど論外で、夫婦一緒の宿泊での旅行をしないことを決めた。どうしても外泊せざるを得ない場合は、どちらかが必ず家に残ることにしたのだ。加えて主人が無職で家にいることになり、親せきや知り合いが長期で滞在することが増えた。春は義母がひと月滞在し、義母が帰ると普段はニューヨークに住む主人のいとこがまたひと月、そして主人のマレーシアでの同僚も長期で来日した。その合間に主人自身も気晴らしの海外に旅行に行く。その都度私が一人で愛犬の世話をしなければならなかった、おかげでこれまで朝はぎりぎりまで寝ていたのに、今では6時半には起きて、仔犬の散歩に行くのが日課だ。。
我が家に仔犬が来てすぐに主人がスキー旅行に行った時、彼が数日間泊りに来た。仔犬にとって初めてのゲストが彼だった。仔犬は彼のことが一目で気に入ったようで、飼い主の気持ちを汲み取るかのように、彼を追う。そんな仔犬の様子を見ると、まるで自分自身を見ているような気持になる。
彼とは今も1週間に一度会っていた。彼の住む東神奈川周辺の食堂はほぼ制覇していたので、最近では川崎で待ち合わせて、食事をするようにしている。駅前のラゾーナ川崎をメインに、レストランやフードコートをあちこちトライし、お気に入りのお店を探すのが二人の楽しみになっていた。
食後は電車に乗り、彼のマンションに移動するのが常だ。時には散髪直後の彼の白髪染めを私がする。当初は黒々としていた彼の髪に、ちらほら白いものが目立つようになったのは、彼の一人暮らしが始まった頃だった。以来私はチクチクと小さなハサミを使って彼の白髪の根切りをしてきた。しかしここ数年は白髪染めに変わってきている。根切りをすると髪がなくなるのではと心配するほど、彼の白髪が増えてきたからだ。白髪を染めると一気に男振りが上がる。40代後半の彼は、髪が黒くなるとどう見ても30代半ばにしか見えなかった。
私が白髪染を率先して行うのには理由があった。彼に若い彼女を見つけてほしかったのだ。自分の好きな人に「彼女を見つけて」と懇願するのは変だろうか。しかし私は真剣だった。「彼の子供をこの手で抱きたい」と心から願っていた。だから彼がいつ誰と知り合って恋に落ちたとしてもいいように、そして願わくば、その人が子供が産める年代であるように、願いを込めて彼の白髪を染めていたのだ。
その気持ちは彼にも伝えていた、「若い彼女を見つけて、子供を作って、私に抱かせて」と。
私は一人っ子で、後継者がいない。大した財産はないが、信州の実家や、横浜の家、そしてわずかばかりの預貯金を託す人がいないのだ。だからそれを彼の子供に託そうと思うようになっていた。またそうでも言わないと、彼が若い恋人を真剣に探さないのではと思ってもいた。日々の生活に忙しく、そして出会いがないとぼやく彼に、本腰を入れてほしかったのだ。若いと思っていた彼も、来年はもう50歳になる。男性はいくつになっても父親になれるとは言え、経済的にも時間の猶予はそんなにないだろう。
この頃の私はすこし思い上がっていたと思う。「彼の子供を見たい、抱きたい」という妄想に囚われ過ぎて、彼に早く若い恋人を作るように促していたが、それは「私は彼に愛されている」という大前提があった。私は自惚れていたのだ。彼が誰かと知り合って、それが最終的に結婚につながったとしても、私と別れることはないだろうと高を括っていたのだ。ありえない話だが、できることなら彼と一緒に子供を育てたいとすら思っていた。
なぜこんなに彼の子供にこだわったのか・・・。
彼は口には出さないが、これまでの様子を見ると、子供が欲しいと思っているのは明確だった。そして私は彼と一緒に未来を見たいと思っていたのだと思う。悲しいが自分の将来が漠然と想像できる年齢になってきていた。そんな私の唯一の希望が彼だったのだ。
彼との子供を諦めた数日後、ソウルの街を歩いていた時に耳に入ってきた歌がある。徳永英明が歌う「ハナミズキ」だった。本家の一青窈が歌った時にはなんとも思わなかったこの歌が、徳永英明の声で聴いた時には心をぎゅっと鷲掴みにされた。
僕の我慢がいつか実を結び はてない闇がちゃんと 終わりますように 君と好きな人が 百年続きますように
彼と将来彼が好きになる人とが末永く幸せになれるように、祈るのが私の役割なのだと、この歌が私に優しく伝えようとしているのかなと思った。それ以来この歌を何度静かに口ずさんだことだろう。「すべてを捨てて彼の胸に飛び込みたい」と思うたびに、この歌で自分を制していた。そう言いながらも、彼が私から離れていくことは想像すらしていなかった。
この年の年末、再び義母が長期の滞在のために我が家に来ていた。嫁としての務めを果たしながら、合間を縫うように彼と会う。お正月前、最後に一緒にいた時には、漫才のチャンピオンを決めるM-1を一緒に見ることができた。チャンピオンになったミルクボーイの漫才に、お笑いに厳しい彼が、久しぶりに大きな声で笑っている、初めて会った時のように口を四角にして。
彼は気づいているのだろうか、クシャっと笑う顔がとてもかわいいことを。ずっと見ていたいと思わせることを。




