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ワンスアイヤー  作者: 丸顔のうさぎ
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ワンスアイヤー 2018

風になりたいー あなたに会えた幸せ 感じて 風になりたい



初めて訪れる沖縄がこんなに心地の良い場所だとは想像もしていなかった。日差しは強いが、木陰に行くと涼やかな空気が体を包み込む。空はどこまでも青く、そして広い。小回りの利くレンタカーで那覇空港を出ると、彼が下調べをしてくれていたお魚のおいしいレストランにまず向かう。本土では見たこともないような不思議な魚。これがこれまでに食べたことがないくらいおいしい。お店の雰囲気も南国らしい開放的な作りで、私の沖縄の第一印象は最高に良いものになった。


自他ともに認める雨男の彼だが、沖縄滞在中は一度も天気が崩れることがなかった。窓を全開にして車の運転をする彼の横に、当然のように私が座る。あぁなんかいい。この上もない喜びを感じながらひめゆりの塔、平和記念公園、斎場御嶽せーふぁうたきなどの観光スポットを巡る。赤信号で止まった時、私が持ってきたサングラスが彼にとても似合うことが分かり、お互いのサングラスを急遽交換することにした。彼が持っていたサングラスは私にはまったく似合わないのだが、彼のものを身に着けられる・・・それだけでずっと大切にしようと静かに誓う。


ドライブをする彼の横顔を見るのが好きだ。バイクが趣味だっただけあって、彼は車の運転も上手い。普段は隙あらば寝てしまう彼なので、最初は居眠り運転でもするのではと思っていたが、そんな心配はすぐに無用だとわかる。それからは彼にすべてをゆだね。時折うたた寝をするほど私はリラックスしていた。


空も海も町もすべてが気持ちいい。まっすぐな道をドライブしていると、このまま風になって飛んでいけるのではないかと思うほどだった。彼に出会えて、そして今も一緒にいられる幸せを感じている。ずっとここに二人でいられればいいのに・・・私の初の沖縄は彼のおかげで忘れられないものとなった。


今年は彼と旅行に行く機会が増えた。夏の終わりには彼が下田への旅行を計画してくれ、水族館のイルカと一緒に泳いだこともあった。私がもたもたしていると、泳ぎが得意な彼が、手を引っ張ってイルカに触らせようとしてくれる。ほかの参加者に比べ格段に年齢も、胴回りも上回る私のことを、恥ずかしがることもなく連れ歩いてくれる彼に対し、心から申し訳なく思う。他の参加者も大体カップルで、女性は皆細く、ビキニを着ていた。これは沖縄でシュノーケリングをした時もそうだった。次に彼と旅行に行って、水着になる機会がある時には、さすがにビキニは着ないだろうけど、着ても大丈夫なくらいな肢体になりたいと密かに願う。


彼と会うのは週に1度、月曜になると「今週はいつ会える?」と聞いてくれる。二人で「今日は何を食べようか」と彼の家の周辺だけでなく、横浜駅から歩いて行かれる立地を生かして、色々なお店を探索した。その中で二人が一番気に入っているのが「平和苑」という焼肉屋さんだ。今までいろいろな役肉屋さんに行ったが、どこと比べてもここのタン塩と上カルビは引けを取らない。決して安くはないが、二人にとって大切な日に、ここに行っておいしい焼き肉を食べる機会が増えた。何より彼の家からもっとも近いお店の一つというのもありがたかった。


ある日いつものように彼の家にお邪魔すると、彼が最近見つけたというお散歩コースに連れて行ってくれるという。行先は内緒のミステリーツアーだ。横浜は案外坂道が多く、彼がこれから連れて行ってくれようとする場所も、途中から結構な角度の坂道だった。やっと登り切ったと思ったら、今度は下り坂、そしてまた登る・・・ハアハア言っていたら、ビールの缶を片手に少しご機嫌な彼がほほ笑んでいた。やっとたどり着いた先は野毛山動物園の入り口。展望台に上って横浜の夜景を眺める。トレーニングを兼ねて街をお散歩していた彼が、偶然見つけたこの風景を私に見せたいと思ってくれたのだそうだ。


嬉しかった。たどり着くまでは結構な道のりで、「いつになったら着くの?」と何度も口にしてしまった。彼がそんな風に思っていてくれたなんて・・・。心がキュッとして、思わず両手で胸を押さえてしまったほどだ。帰り道は案外楽に帰って来られた。なぜ行く時にはあんなにキツイと思ってしまったのだろうか。


帰り道にも追加の飲み物を買って、二人でとりとめのない会話をしながら歩く。すると彼が言いにくそうに、今度の日曜日婚活パーティーで会った人とデートをすると打ち明けてくれた。


予想はしていた。


実は少し前に彼の家を片付けていた時に、婚活パーティーに参加した時に書いていたメモのようなものを見つけていたのだ。だから彼が本格的に婚活を始めたことは、なんとなくわかっていた。ショックではなかった・・・いやそれは嘘だ。もちろん心がざわついた。でもそれよりも彼が自分のこれからを真剣に考え直そうとしていることに安心した。だから何も言わずに見守ろうと思っていたのに、なんて馬鹿正直な人なんだろう。なんて誠実な人なんだろう。私なんかにそんなこと言わなくたって良かったのに。


その週末、旦那が不在の我が家に泊りに来た彼は、日曜日の朝8時50分に東京でのデートのために出かけて行った。そんな彼を起こして、朝風呂に入らせ、朝食を作り食べさせて、歯を磨いたか確認して送り出したのは私だった。非常に不思議な気分だったが、それは彼もきっと同じだったんだと思う。彼が私に打ち明けてくれた夜、台風が来た直後のようだった彼の部屋に女性を招くことを考え、いきなりお風呂場やお部屋を掃除し始めた私に対し「女が来るからっていきなり掃除に気を使わなくていいよ」と言っていた。いつも思うが、彼は本当に私の鏡のような人だ。いいところも悪いところも見てくれている。私が何を感じて考えているのか、不思議なほど言い当てる。そしてそれをちゃんと私にストレートに伝えてくれる。


しかし彼の婚活はうまくいかなかったようだ。それから数週間後、戸田駅で待ち合わせをして食事をし、歩いて東海道から八王子街道に差し掛かる時に、また言いにくそうに「やっぱり無理だった」と教えてくれた。数人と会ったようだが結局「付き合いたい」と思える人がいなかったとも、やっぱり私がいいとも言ってくれた。


涙が出る。彼のこの気持ちに。そしてそれに応える資格のない私に。


彼は誤解をしている。彼には私よりもっと相応しい人が、きっと近い将来現れるだろう。今はまだ巡り合っていないだけだ。そしてたまたま今彼の身近にいるのが私、ただそれだけのことだ。


でもそれでいい。彼が勘違いしているのなら、その勘違いに気づくまで私は彼のそばにいたい。彼の未来のお相手が現れるまで、その人を見つけるまで私は彼の仮の恋人でいよう。彼の幸せを見届ける、それは私の誇りとなるだろう。


7月の終わり、私たちはまた焼き肉の平和苑にいた。そして多分これがここに来る最後になると思う。なぜなら彼の転職が成功し、引っ越すことになったからだ。今彼が勤めている会社ではこれ以上の昇進が臨めないと見切りをつけ、人材紹介会社に登録し、すんなりとではないが、思っていたよりも早く転機が訪れた。彼は転職を機にマンションの購入を決めていた。今度は浜松町に通勤するために、京浜東北線沿線で住居を探すとは聞いていたが、私が横浜にいるということでわざわざ東神奈川を選んでくれたのだ。


新居はこれまで住んでいた家の3倍の広さだった。そこに積み重なった段ボールから中身を全部出し、とりあえずクローゼットに入れて整理をする。思っていた以上に洋服や書籍があって、よくこれだけのものがあの小さなアパートに入っていたなと感心したほどだ。ある程度整理ができたら、次は二人でIKEAに行き、広くなった家にふさわしいベッドとピローケースを一式購入した。そして翌週には到着したベッドの部品を二人で組み立てた。


出来上がったばかりのクイーンサイズのベッドに、二人でゴロリと横になってみる。


気持ちがいい。なんて広々としていて寝心地がいいんだろう。マットの硬さもちょうどいい。


あぁ・・・このベッドは彼がいつか迎え入れる新しい奥さんを抱くための場所になるのだろう。私は知らないうちに、そのための準備をしているのだろう。


そしてやはりそれでいいのだ。


彼の幸せと、未来と、そしてきっと生まれて来てくれるだろう彼の子供のために、私ができることはこれくらいしかないのだから。

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