ワンスアイヤー 2017
海の声 ー 海の 声が 聴きたくて 君の 声を 探してる
新年早々彼が横浜の本社に転勤になった。「あぁこれでまた会いやすくなる」と嬉しい気持ちの反面、彼がのびのびと暮らしていた大阪から、窮屈そうな横浜に戻ることを考えると手放しで喜べない。彼が2年前に異動になった時、きっと地元の友人たちと楽しく過ごす時間が増えるのだろう。もしかしたら同じ文化圏で育った女性、同じ言葉を話す人を見つけて、今度こそ幸せに・・・つまりパパになってくれるのではないかと期待する気持ちがあったのも否めない。
しかし彼は戻ってきてくれた。彼の勤める会社は、彼が大阪支社長を務めている間に、みなとみらいのランドマークタワーから天王町に引っ越しをしていた。必然的に彼の新しいアパートは、相鉄線沿いになった。
不思議なのは、彼が横浜に戻ったのとほぼ同じ時期に、主人が大阪に本社のある製薬会社から東京の企業に転職したことだ。二人はこれまで不思議なシンクロ振り見せている。
彼が奥さんと別居したのとほぼ同じ時期に、主人は韓国に転勤になり、彼が大阪に転勤になったのとほぼ同じ時期に主人は大阪の会社に転職した。そして今回まったく同じ月に二人は関東に戻って来たのだ。
もし少しでもずれていたら・・・彼の転勤よりも主人の転職が遅れていたら、彼のアパートに入りびたりになれたのにと少々残念に思う。いずれにしても私たちの舞台は再び横浜に絞られることになった。
彼の異動が決まって最初に思ったのは、大学院はどうするのかということだ。しかしこれは案外すんなり解決策があった。1年目に相当詰めて学校に通い、研究を進めていた彼は、担当教授にバーチャルで指示を受けることを了解してもらったそうなのだ。
彼のアパートは最寄駅から徒歩で3分ほどの閑静な住宅街にあった。窓からは近くの公園が臨め、小さいながらも独立したキッチンがあり、シャッターがついた駐車場の中に彼の大切なバイクを駐車できるスペースもあった。近くにはよくテレビで紹介される名物商店街があり、彼は引っ越しして以来、あちこち探索して街を知ろうとしていた。
初めて訪ねた時のことは今もよく覚えている。駅前で食事を済ませ、彼がいつも通勤に使う経路を辿り、アパートの1階に到着すると、大ぶりのフラワーアレンジメントが静かに迎えてくれた。どうやらこのアパートの上階にはオーナー家族が住んでいて、いつもエントランスに季節の花を飾っているようだ。そんな心遣いがこの建物に魅力を加え、来るたびにいつも良い気持ちにさせられる。
大阪のアパートに比べ、スペース的に手狭になった彼の家には、入りきらないほどの荷物が置かれていた。その中には去年私が誕生日に贈った三線があった。彼がAUの三太郎シリーズのCMで流れていた「海の声」を聴いて、「覚えたい」と希望したものだ。いろいろなことに興味を持つ、彼の新たなプロジェクトが始まった。いつか彼が私のために三線を奏でながら歌ってくる日を、ひそかに楽しみにしている。
そんな中、私の家庭にはちょっとした波風が立っていた。
転職したばかりの主人がすでに「会社を辞めたい」と言い出したのだ。大阪に本社のあった製薬会社で働いていた時には、会社全体が「どうしたら人を救えるか」を目標に仕事に集中し、パワーゲームとは無関係だった。ところが今度勤めた米国系の金融会社は、顧客よりも社内政治にばかり力が注がれ、ちょっと気を許すと寝首を掻かれる状態らしい。具体的には日本人の副社長に徹底的に無視され、その副社長一派に主人だけでなく部下まで会議の場で罵倒されることもあるという。何とか関係を良好にしようと試みているが、状況は悪くなるばかりだった。
私は驚いていなかった。きっとこうなると思っていたからだ。
製薬会社は大阪と東京を毎週移動しなければならないという難点はあったが、家庭的な雰囲気で、同僚を蹴落とすような文化ではなかった。だからヘッドハンティングされた時には反対したほどだった。ポジションが上がり、お給料が増えることは喜ばしいが、子供もいない私たち夫婦にそんなにお金は必要ない。それよりも文句を言わずに、平和な会社生活を送ってほしかったのだ。
主人はだんだん無口になり、見る見るうちに痩せて行った。基本的に褒められて伸びるタイプなので、困難に立ち向かえるほど強靭な精神力を持ち合わせていないのだ。
主人を叱咤激励することは避けていた。小さなころから褒められたことしかない主人にとって、「こうしたら?」とか「頑張って」という言葉はイコール「批判している」ことをになる。そのたびに感情的になるので、相談されても「いいんじゃない?」しか言いようがないのだ。
8月の最後の日曜日、鎌倉に行こうと誘われた。鎌倉駅から海岸線を歩いて江の島まで行くのはこれまで何度も辿ったルートだ。長谷寺を抜けて由比ヶ浜に出る直前で主人が突然「車を買おうと思う」と言い出した。それもフェアレディZを買おうと思っているというのだ。幸い会社で駐車場を用意してくれるので、横浜の自宅から会社のある永田町までその車で通勤する事ができる。実は同僚から受ける冷たい仕打ちの次に主人のストレスの元になっていたのは、日々の満員電車での通勤だった。
それを聞いて、やっと解決の一筋の光が見えたような気がした。
基本的に単純な主人は、へこむのも早いが、小さなきっかけで立ち直るのも早い。車の運転が好きなので、通勤のストレスから解放され、気に入った車で颯爽と会社に通えるのであればこんな良いことはない。気持ちが上がれば会社での振る舞いにも自信が加わるのではないかと期待する。それに、これまで何十年も働いてきた私たちだが、車を所有するのは私のふる里長野に住んでいた時以来だった。それくらいの贅沢をして良いだろう。
車を買うことで主人のストレスは軽減されたかも知れないが、私のストレスはピークに達していた。
私のストレスを解消してくれるのが彼の存在だった。二人でおいしいものを食べに行ったり、彼の家でおしゃべりしたりすることが私の日々の生活にどれほど助けになっているかわからない。壊れた水道のように、常に何らかの不平不満を口にする主人に比べ、黙々と一人で頑張っている彼の姿を見ると、つくづく「偉いなぁ」と思う。
彼の家を出るのは夜の10時と決めていた。その時間に出るとちょうど22:08発の相鉄線に乗れて、30分後には自宅に戻ることができるからだ。別れを惜しんでいると、電車に乗り遅れそうになるので、アパートの目の前の公園を突っ切って走る。
ある時振り返ると、彼が窓から私がもたもた走る姿を、悲しげな目で見ていた。私が焦って家に戻ろうとする様子を、哀れに思っているような眼差しだ。
ついさっきまでしみじみと温かな二人の時間を過ごしていたのに、まるですべて忘れたかのように、スイッチを切り替えるかのように、私は髪を振り乱して走っていた。
恥ずかしい。
遠くに浮かぶ窓の中央に見える彼に向かって振り返りながら心で叫ぶ、「ごめんね」と。
決してあなたのことを振り切っているわけじゃない。すごく大切に思っている。信じて・・・そんな私の言い訳は決して彼には届かないのだ。




