12. 歩いた
遠くから別の子供達の声が聞こえて来ても、その子供は自分を見たまま固まっていた。
恐怖で固まってしまうのは分かると言えば分かるが、逃げろよとも思った。目の前には指一本でさえ体を壊せる、体躯も全く違う獣が居るのだから。
逃げられないと分かろうとも、普通なら逃げるぞ。
いや、獣は逃げられない何て考えないか? 動けなくなるまで逃げようとするのは、とにかく生きようと必死になっているだけだろうか。
そんな事を思っていると、白青混じりがやっとやって来た。そして自分の手に握られていた丸い物を咥えて奪うと、子供に渡した。
そこでやっと、子供は正気に返ったようで、大声で泣きながら白青混じりに抱き付いた。
ただ泣き叫んで感情をぶちまけるその子供にも驚いたが、それ以上に白青混じりはその子供の手で毛皮がぐしゃぐしゃになろうとも、顔を埋められようとも優しく受け止めていたのに驚いた。
白青混じりは、あの炎持ちとだけ親しくなっているのではなかった。薄々その可能性もあるだろうとも思っていたが、実際にこうして頼りにされている姿、馴染んでいる姿を見ると驚きは隠せなかった。
白青混じりが子供の涙を舐めて慰めていると、遠くから聞こえていた子供の声が大きくなって来て、草を数人が掻き分ける音も聞こえて来た。すると、白青混じりは子供を背中に乗せて、昨夜と同じように来いよ、と言うように首を振った。
どうしようか、と太陽が輝いている今でも少し悩む。本当にこの生物達の領域に踏み込んで大丈夫なのか? 子供の声が数多く居ると言う事は、その父母も沢山居る。
強力な飛び道具で一斉に狙われたら、最悪死ぬ。そうならないとは言い切れない。
ただ、そう悩んでいると白青混じりがまた自分の方を見て、睨み付けた。
それは、昨夜のような自分に選択肢のあるものでは無かった。来い、と自分に命令していた。
何故? 自分をどうするつもりなんだ?
そんな事は分からなかった。けれども、従わなかったら、きっと悪い事になるとだけは分かった。
白青混じりは、子供達の声に背を向けて歩き始めた。
乗っている子供は、付いて来る自分に対して恐れを隠さずに、白青混じりに抱き付いていた。
草食獣のように、一匹じゃ生きていけない生物であるのは間違い無かった。
多分、いや、確実に自分もそうだったけれど。
少しの間だけ歩く。そして、子供でなく成長しきったその種族達の前に出た。
白青混じりが子供を降ろして先に行かせる。その種族達は、当然だが自分を警戒していた。持っている物は見慣れない物が多かったが、強いて警戒するべきは細長い物を飛ばす物を持っている奴だけだろう。
後は手に持つ爪や刃のような物ばかりだった。恐らくは。
どうするべきか。白青混じりを見るが、視線は合わせてくれなかった。ただ、堂々としているその姿を見て、自分もそうするべきだと思った。
怖気づいて舐められる事は親の元から離れた時に経験している。自分より弱い奴に舐められるのは全く良い気分ではない。
この種族に対して狩りは自らしないだろうが、捕食者は捕食者らしくしていれば良い。
真直ぐ前を見据える。すると、白青混じりがまた歩き始めた。
その後ろに付いて行く。自然と道が開けた。
けれども、支配しているとは思えなかった。白青混じりはこの種族の誰よりも確実に強い。多分、この種族が飛び道具を使って来ずに刃や爪を武器として単純に襲って来たならば、自分でも群れで襲って来たとしても勝てるだろう。怖気づいているこの種族達からは、刃持ちのような強さを感じられなかった。炎持ちも見掛けたが、同じだった。
けれども、この中で自分と白青混じりが別格だとしても、この場所は白青混じりによって支配はされていない。白青混じりが歩いている様は威厳溢れるものではあったが、緊張もしている気がした。
それに何より、昨夜に見せた炎持ちとの態度は、支配しているようなものでは無かった。親しくしているものだった。
……。
歩きながら、考えながら、段々と今の状況が分かって来る。捕食者らしくしていれば良いのではなく、してなければいけない。堂々と、ただ歩かなくてはいけない。
白青混じりの緊張は、自分の為にしてくれているものだ。
自分は今、脅迫と同時に庇護もされている。
白青混じりは、自分が無闇にここの種族を襲わない事を信じて自分を歩かせている。そして襲わない事をここの種族達にも分からせようとしている。
きっと自分が今戦う姿勢でも見せたら、全てが崩れてしまう。白青混じりにとっても敵にならざるを得ない。
ただ、とちょっと思ってしまう。
確かに、同種である白青混じりと出会えた事はとても嬉しい。けれども、ここに新しく住処を決めるつもり何て全く無い。少しは留まるかもしれないが、もっと先へ行ってみたい気持ちは未だに強い。白青混じりと居るよりも、それは強い。
この場所に長く居続けようが消えるものでも無いと思う。
行こうとは思っていたけれど、こんな住処の真中まで行こうとまでは思っていなければ、ここの種族とは敵にならなければ良い程度だった。
そこまでしてくれなくとも、ただ近くで少し眺められればそれで十分だったのに。
頭をぽりぽりと掻こうとして、止めた。それさえも、今はここの種族にとっては敵対する行為に見られるかもしれない。何せ、小さい体の生物からすれば、この巨体は全身が武器みたいなものだ。
白青混じりはそのままこの住処の外れまで歩き続けた。
子供達の声はずっと遠くから聞こえていたが、白青混じりはそこへ行く事は無かった。
外れまで歩いて、白青混じりは隠していた緊張を解いてゆっくりと座った。少し疲れているように見えた。
子供に抱き付かれ、引っ張られて乱れた毛並みはそのままだ。獣も座って頭をぽりぽりと掻いた。
白青混じりは自分がここに留まるともう思っているのだろうか。
そうだとしたら、ここから去ろうとした時、白青混じりは自分を止めようとするだろうか。そうされたら、どうしよう。
止めないかもしれない。その時考えれば良い事か?
いや、でも。力づくでも止めようとして来たら、どうすれば良いのだろうか。
全く分からなかった。更に先へと行きたい自分と、ここに留まらせたい白青混じり、どちらも折れなかったらどうなるのだろう。
戦うのは止したかった。気配を消されて寝ている間に襲って来たりされたら気付かない内に殺されてしまうとは思うが、真正面から戦うならば、勝てる可能性はある。けれども、初めて出会った同種とそうして戦うのは、殺す、殺される結果にまでは至らないとしても止したかった。
近くに転がっていた、手頃な石を拾って何となく握る。力を込めると皹が入った。更に力を込めると割れた。そんな感じになりそうだと、やってみて気付いた。
石を捨てて、上を眺めた。そこそこの高さまで来たと思ったが、まだ頂上まで行くのには骨が折れそうだった。どの位の高さまで登ったかも見たかったが、残念ながらこの場所では見れなかった。
白青混じりが立ち上がった。また、来い、と言うように首を振って住処の方へと歩き始めた。
まだ、信じさせる事は十分じゃないのだろうと思いながら、それに従う事にした。
白青混じりがやっている事は、自分にとって損になる事では無いのだし。




