表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/30

13. 自覚した

 いつの間にか、自分の体を持ち上げる為に掴む木が少なくなってきている事に気付いた。

 上を眺めるともう既に、草も殆ど生えていない裸の大地が近くにあった。そして、雲も間近にあった。

 そして、雲を掴む事が出来ないのはそこからもう察した。雲は、濃い霧のようなものなのだろう。

 何でふわふわとこんな高さで浮いているのかは知らないが。それだけ分かれば十分だった。掴む事は出来ない。千切る事も出来ない。乗る事も出来ない。

 つまらないな。そう思いながら、ふと、後ろを眺めた。

 かなり高くまで登って来ていた。雲のせいで遠くまでは良く見えなかったが、眼下に広がる光景は今までに見た事の無い、胸が震えるような何かを感じるものだった。

 晴れていたら、はっきりとした光景をここよりも上の頂上から見たら、この震えはどの位まで大きくなるのだろう。

 それはとても楽しみな事だった。

 岩を掴んで体を持ち上げる。やっぱり、重い体でこんな事をやるのはとても疲れる。ある程度の高さなら跳んでいく事も可能だけれど、全身の筋肉に力を溜めて跳ばないといけない。勿論、それは腕で体を持ち上げるより疲れるからしない。

 後ろを振り向くと、不安げな様子を見せながら白青混じりが付いて来ている。

 今は頂上まで登りに行くだけだ。伝えられはしないが、まだここから先へ行くつもりはない。少しの間だけここに居ようと思う。

 刃持ちや炎持ち、物を使う種族達について知っておける機会なのだからもっと知っておきたいと言うのもあれば、やはり白青混じりとすぐに別れるのは惜しい気持ちも強かった。

 腕の疲れを振って誤魔化すと、少しだけ空腹を感じた。

 昨日貰った、丸っこい根を焼いた物は美味かった。今までに食った事の無い食い物で、密な食感と少しの甘みがかなり自分の舌に合っていた。

 やっぱり、あっさりした味の方が自分には合っている、と何となく思う。刃持ちに焼いて貰った肉を食った時でも、塩が多いのは好きではなかった。もったりした味の果物も余り好きじゃない。

 あの根は、とても良い。

 ただ、舌が少し火傷してしまった。ちょっとまだ違和感がある。

 でもまた今日も貰えるのなら、貰いたい。貰えたら、今日は火傷しないように気を付けよう。


 木は振り返らなければもう無かった。砂や石だけの大地には温かさが失せ始めていた。毛皮でなく硬い表皮で覆われている自分の体は、寒さには白青混じりより弱い気がする。

 滑り易そうな場所を避けて登り、見えて来た一番高い場所、頂上に興奮を覚える。今は後ろを振り返ようとは思わなかった。ここから振り返った光景は殆どあの頂上から見た光景と変わらないだろうから。

 頂上に立って、その光景を見たい。

 もう、その頂上には後ほんの僅かだった。目の前にあるのはちょっとした高さの崖。ぐっ、と体に力を込める。手の届く場所に体重を預けられそうな取っ掛かりは無いが、跳べばある。そこから一気に登れそうだ。目の前にもう頂上があるのに、遠回りする気にはもうなれない。

 こうして跳ぶのはいつ振りだろうか。刃持ちと最初に戦った時以来か、いや、それ以降で狩りで数度使った事があった。けれどあの場所から出てからは、川を越える時でもやってない。

 張り詰めた筋肉を一気に解放して高く跳ぶ。岩を掴み、落ちる前に更に上へ腕を掛ける。そして、登り、立った。

 振り向いた。

 …………。

 数瞬の間、何もかもを忘れた。どさり、と力を抜いて座った。

 雲の上から見たその光景はとても、広大だった。その衝撃は、草原に初めて出た時の比ではなかった。

 遥か遠くの地平線まで、だだっ広い草原と点々と生えている木がただただ広がっている。自分が渡った、大顎の獣が沢山居た川も見えない。

 その広大さは、自分は小さいのだと、とても強い力で叩きつけられるように教えた。

 自分が一番嫌っている、無駄死。もしそうなった所で、自分がいつも獣を殺しているのと、自分の無駄死は全く変わらないのだ。

 ごろり、と寝転がった。鳥はこんな景色を毎日のように見ているのだろう。鳥は、広大さの中で自分の小ささまで理解して生きているのだろうか。

 白青混じりが自分の顔を上から覗いてから隣に座った。

 見える空は、ここからでも低い場所からでも大して変わらなかった。

 そんな事、分かっていようが分かっていまいが、変わらないか。死にたくないのは頭の良さに関わらず、誰だって同じだ。

 起き上がってまた、景色を眺めた。

 小さいな、と何度でも思ってしまう広大さだ。草食獣の群れがゆっくりと移動している。鳥が空を飛んでいる。それら全てが点だ。

 どういう形をしているかも見えない程の遠くで、沢山の獣が生きている。きっと毎日、変わらずそれが続いている。

 それが分かっている事だったのか、そうでなかった事なのか、良く分からなかった。こうして鳥の高さから見て、自分もその続いている毎日のほんの僅かな一部分に過ぎないとはっきりと自覚したものの。

 刃持ちと出会ったのも、森を出たのも、こうして白青混じりと出会ったのも、自分の中では大きな事であっても、大きな毎日の中では全く特別な事ではない。

元から自覚していただろうか。今までを思い返して、ぼうっとしながら考えた。

 父が、刃持ちと同じ種族と相打ちになって死んでいた。兄にぶん殴られて気絶した。姉にぶん殴られて吐いた。やり返せたのはそんなに多くない。そんな、もうぼやけた記憶。

 明らかに毒のある蛙を食ってみて、すぐに吐いた。その後も数日間気分が悪かった。池で泳げるようになった。石を投げて肉食獣をも殺せた。そして、刃持ちと出会った。そんな、まだぼやけていない記憶。

 自覚は、していない気がした。特に、刃持ちと会う以前までは。

 そうだ。刃持ちと会う以前までは、本当に森の中だけが、自分の暮らしていた場所だけが、自分の全てだったのだ。

 外の事に興味が湧かなかった。出ようとも思っていなかった。

 自分が森の王者で、ただそれだけだった。

 森から出て、白青混じりと言う自分と同種の、自分より強い存在に出会って、そして自分がちっぽけである事を知って、それは良かったのだろうか。

 もう自分は王者ではもう無い。今は単なる一匹の獣だ。

 いや、刃持ちがと会った時から、もう既にそうだった。そうか、刃持ちと会って外に興味が出始めた時点で、自分の世界は森の中だけではなくなっていた。

 自分の意志で森から出たと思っていたけれど、刃持ちに出されたようなものだったのだ。

 こうしてここまで来たのも、刃持ちと出会ったからだった。

 ああ、また戦いたいな。

 まだ、季節は巡っていない。そんな短い時間なのに、あの森が、そして刃持ちと戦うのが恋しくなっていた。

 ここで終わりにしようかな。

 引き返して、帰ろうかな。

 でも、この距離をまた引き返すのか。それも面倒だな。どうしようか。

 白青混じりに顔を向けた。目が合う。

 自分がここから去ってしまう事を、白青混じりは確実に恐れていた。自分にとっても初めての同種の繋がりはとても嬉しく、重いものだったけれど、白青混じりにとってそれは自分よりももっと強いもののようだった。

 多分、立場が逆だったら、白青混じりは刃持ちを放って外に出る何て出来なかったんじゃないか。

 そう思った。

 立ち上がって、少しだけ歩いて頂上の反対側を眺める。地平線までずっと同じ草原が続いていた。木がぽつぽつと生え、岩がぽつぽつとあり、草食獣が群れを為して移動している。鳥が飛んでいる。

 草原に出てから、かなり歩いて来たけれど、これから先もずっと同じような光景が続くだけなのか?

 それなら、帰っても良いかな。いや、でも、そんな事流石にあり得ない。……多分。

 でも、今日はもう戻ろう。まだここに居るつもりなのは変わらない。戻るか先に行くか、決めるのにはまだ早い。

 自分の今の気持ちが、少し経ってどうなるのかも分からないのだし。ここに来るまでだって、帰りたいと思った事は何度もあったし、そしてそれは何度も消えて来た。

 今の気持ちは結構強いものだけれど、それが続くかどうかは時間が経ってからでないと分からない。

 引き返す事にすると、白青混じりが嬉しそうに早く来いよと、さっさと先へ行ってしまう。

 白青混じりにとっては、ここからの景色は見慣れたものらしい。歩き始めると、白青混じりが崖を小さな段差を降りるように軽く降りて、慌てて追いかけた。

 急がないと置いて行かれる。日中ずっと一緒に居たい訳でもないが、ゆっくり降りていると更に急かされそうな気がした。


 近くまで戻って来た時にはもう、日が暮れ始めていた。寝る場所は流石にここからやや離れた場所が良いけれど、白青混じりがこの住処の中のどこかを寝床にしているのなら、一緒に寝ても良いかもしれない。

 住処の中へ入るのに躊躇いはまだある。

 けれども、白青混じりと一緒に居るのならば大丈夫だ。そこまでの信頼はもうあった。

 同種だから、まだ出会ってそんなに時間が経ってないのにそこまでの信頼を持てている。

 白青混じりは住処の真中へと歩いて行く。まだこの住処の中で、白青混じりと離れようとまではしたくなかった。入ってしまった以上、付いて行くしかない。

 何か、休む感じでもない。外でゆっくりしていれば良かったと後悔しながら付いて行くと平らで全く障害の無い、広い場所に来た。

 その先で炎持ちが、刃持ちが持っている得物とは全く違う、長い得物を構えていた。鋭く尖った刃がその先に付いている。

 自分の足が止まった。この先へ行けば、戦いになる。けれど、白青混じりがそのまま歩いて行く。

 周りにはそこそこの数の炎持ちの同種達が、何も持たずに立って、白青混じりが炎持ちに近付いて行くのをじっと見ていた。

 白青混じりが、自分の方を振り向いて睨んだ。

 邪魔はするな、だろう。自分にとっての刃持ちは、白青混じりにとっての炎持ちだった。

 そう言う存在が、白青混じりにも居たのだ。

 そして、白青混じりが顔を前に戻した瞬間、炎持ちが白青混じりに突っ込んで行く。白青混じりは横へ走り、すぐに方向を変えて炎持ちとの距離を詰めた。

 けれど、炎持ちの矛先はしっかりと白青混じりを捉えている。目にも留まらない速さに翻弄されていない。

 白青混じりがその得物の間合いに入った瞬間、それが横へ風切り音と共に振るわれた。

 自分の体がびく、と動いた。心配している自分が居る。けれど、その得物に血は全く付いていない。白青混じりはその得物の間合いの中で、それを躱していた。

 距離が迫る。その長い得物は近付かれたら意味を為さない事を今、知った。別の得物も持っていたようだが、それを取る暇も無い。白青混じりは炎持ちの首を噛んで、押し倒した。

 殺した? いや、血が出ていない。

 白青混じりが首から口を放すと、悔しそうに炎持ちが起き上がった。

 ……違う、のか。

 それを見て、凄く残念に思う自分が居た。自分でも驚く程に。

 白青混じりはその後、戦いを挑んで来る同種達を軽く倒していた。命は奪わずに、止めが刺せる状態で牙や爪を離して。

 一匹ではなく、二匹や三匹で挑んで来ていても、同じように軽く倒していた。まるで、戦い方を教授しているようだった。

 刃持ち程の強さを持つ者も、ここには居ない。白青混じりが殺さずに倒していく様を見れば見る程、何か自分の中でがっかりしていくのが感じられた。

 何故だろう。理由が分からなかった。白青混じりが自分の方へ戻って来て、自分の隣に座って寛いだ。

 そんな白青混じりが、自分とは全く違う存在のように見えた。

 自分にとっての刃持ちは、白青混じりにとっての炎持ちでは無かった。ただ、それは何故か強い理由では無かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ