ブランコなんて乗ったの、小学生以来
(好きかどうか分からない?)
(キライじゃない?)
(告白されたし?)
一色と別れた後、一人で夕暮れの道を歩きながら千倉は頭の中で先ほどの一色との会話を反芻していた。しないようにしようとしても自然に蘇ってきて、気づくとその事を考えていた。
(だったらそんなの、誰でもいいんじゃん! 告白したモン勝ちじゃん!)
背後には黒く長い影が伸びていた。日の傾き方のせいか、その影は実物よりスレンダーだ。
(告白したモン勝ちだったら、すればよかった)
自分だって、一色のことを良いな、と思っていた。真希子と一色が会話を交わしだす前から思っていた。むしろ、真希子は千倉を通して一色と交わるようになったようなものなのだ。
(もし私が真希子より早く告白してたら……)
そこまで考えて、自分がソレをできなかった理由を思い出す。足元の細長い黒い影を、ちらりと見る。
(……私じゃ、無理だ)
やはりソレは、真希子だから彼女になれたのだ。だって真希子は、一色いわく「結構可愛い」んだから。人並みの女子高生的に可愛い。自分は真希子程度に可愛いわけでもない。到底追いつかない。……なにしろこんなに太っているのだから。
きっと千倉が告白したら一色は千倉が傷つかないような方法で断っただろう、と千倉は考えた。だからそれが恐くて、告白するだなんて思いつきもしなかった。
『今のあんたはあの人たちどころかうちら平凡な生徒たちより下に見られてんの』
『千倉さんの隣並ぶの悪いかなあって思っちゃうもん』
『見てて痛々しい感じするよね』
真希子の言葉や顔も知らない女の子たちの陰口が、頭の中でぐるぐると反芻される。つまり、これが今の自分の「女子として」の評価なのだ。女子として、平均から随分劣っている。そして誰の恋愛対象もしくは恋敵にもなり得ない。
足が重い。胃がむかむかする。
「千倉よ千倉、そんなに急いでどこへ行く?」
不意にそんな声が聞こえて千倉はハッと我に返った。
(……空耳?)
とも考えたが自分の立ち止まった場所を確認して、そうでもないかもしれないと思い直す。丁度千倉は公園の前を通りがかるところだった。以前、白雪姫が黒須に拉致されていた公園。
案の定、その公園の中を見ると、薄暮れの中、点いたばかりの外灯の下のブランコに座って、黒須が「よ」と片手を上げた。
「同じネタを二度使うとは手抜きでない? 黒須君」
公園に入り、黒須の座るブランコに近づきながら言うと、黒須はちょっとおどけた顔をした。
「うお。辛口だな」
「最近甘いもの断たされてるからね」
「そうかなるほど! 血糖値が下がってそんな事に……」
千倉は黒須の座るブランコの目の前にようやく到着して、ちょっと首をかしげる。
「で、何やってんの? こんなトコで一人。童心に返ってるの?」
「そうそう。ブランコちょーたのしー」
「マジで!? じゃあ、邪魔しちゃ悪いから私帰るね」
「いやいやマジ楽しいから千倉もやってけって」
言いながら、黒須は自分の隣のブランコを指差す。
「えー。スカートめくれるし」
「なに女子みたいな事言ってんだって」
「女子だし!」
言いながらも、ついつい付き合ってブランコに座ってしまう。
「おお。良かったな。チェーン切れなくて」
「勧めておいてその失礼さ!」
言うと、黒須はちょっと笑った。それから、ぽん、と跳ねるように立ち上がる。
「よし押してやる押してやる」
「は!? いいよ。やめてよ」
言っているのに、構わず黒須は身軽に千倉の後ろに回ってその背中を両手で前に押し出した。
「うあ。やだやだやだ! 恐いって」
「ブランコごときで何を恐がるか」
「いやマジで」
「しっかり掴んでろよー」
「ぎゃー! 止めてホント」
ブランコは結構速度が出て、足元が心もとなくてふわふわする感覚が恐ろしい。耳元でチェーンの軋む音が聞こえる。
「なっさけねーな」
数回漕いで、千倉があまりにも叫ぶので、黒須はげらげらと笑いながらブランコを止めた。
「や。ほんと酷いから。イジメだからこれ」
青くなったまま、いまだにチェーンをしっかり握って千倉は言う。
「そうかな? 結構すっきりするかと思ったんだけど」
「はあ? すっきり?」
千倉が言うと、黒須はちょっと曖昧に笑う。
「ああ。まあ。……だって千倉、今朝やっぱ元気ねーかったもん」
「今朝?」
「俺がこんにゃくあげた時」
「ああ。あのこんにゃく……」
今でも鞄の中に入っているあのこんにゃく。
「あれやった時の反応がいまいちだったし。っていうかその前から朝珍しいくらいテンション低かったしな」
その言葉に、千倉は目を瞬かせる。
「心配してくれてたんだ?」
「まあ、一応。人として」
「人じゃないくせに」
千倉が言うと、軽く頭をはたかれた。
「気安くそういう事を言うな。誰かに聞かれたらどうする」
「……すいません」
「まああれだ。悩みとかあるんなら聞いてやらない事もないぜ?」
茶化して言ってはいるけれど、多分これは心からの言葉なのだろう。でなきゃこんなところで、ブランコなんかに乗って……多分千倉を待っていたりはしないだろうし。
(黒須君、吸血鬼のクセになんかいい人だなー)
千倉は感心して黒須の顔を見る。
「なんだよ?」
黒須は照れ隠しなのか少しぶっきらぼうに言うけれど。その気持ちが嬉しくて、千倉はちょっと息を吸ってから明瞭ではない口調ながら話し出す。
「や。……悩みって言うか。単純に、昨日からちょっと自信喪失してて」
「自信喪失?」
「今更この体型について色々思うところありまして」
言ったら、黒須は不可解そうに首をかしげる。
「ホント、今更だな。俺があんなに言ってもケロリとしてたヤツが。……ってあれ? もしかしてアレ、傷ついてた?」
「いや全然。別に」
「良かった。で、なんで今更」
「いや、なんか急に……周りの人からどう見られてるんだとか、気になっちゃって」
千倉が言葉を濁すと、黒須はそこには深く言及せずにちょっと考えるように「うーん」と唸った。
「自信喪失してんなら、その原因解消すればよくね?」
「原因?」
「だから俺が前から言ってる通り……って言ってもまあ、面白半分で言ってただけだけど。もし千倉がホントに気にしてるんならダイエットすればいいじゃん」
今だってなんやかんやで間食断ちできてるんだから簡単な事だよ、と黒須は言う。
簡単なもんか、と千倉は思うけれど、そうか、とも思った。なるほど今まで自分はダイエットと慣習のように言いながらも特にその意義を見出してなかった。世間の女の子たちは自分の見た目を磨く為にダイエットをしているのだ。女の子としての地位を磨く為に。
「やってみようかな」
「おう。頑張れ」
黒須がいつものように余裕の顔で笑うので、千倉もつられてちょっと笑った。




