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そういうお年頃なんだよね

 (とはいえあの言い様はさすがにないんじゃないか……)

 千倉は自分で自覚がある程割と楽天的で、良く言えばおおらか悪く言えば能天気及び無頓着なのだが、それでも流石に顔も見えない相手に言われた教室での陰口には気が滅入った。いつもなら嫌な事は一晩眠れば忘れてしまうのに、今回は翌朝の今になってももやもやとすっきりとしない気分でいた。

 (大体私、そんなに太ってるか!?)

 思ってがばっと顔を上げた先、丁度階段の踊り場の姿見の大きな鏡が目に入る。

 (……太ってるわ)

 通りすがる他の女子生徒たちと差が歴然だ。

 がくりと肩を落として、歩いていると楽しそうな笑い声が背後から聞こえてきた。なんとなく振り返って、黒須が数人の生徒たちと朝からはしゃいでいるのを目撃する。その中にいる女の子たちはみんなほっそりとしていて可愛い子たちだ。なんとなく見たくなくて、顔を戻して何事もなかったかのように歩いていると、軽快な足音が背後から聞こえてきた。

 「よーお千倉! 今日も朝から肥えてるな」

 黒須がいかにも屈託なくそう言って、自然に隣に並んでくる。

 「お前本当に約束守ってるのかよ」

 (うっ……) 

 いつも通り反論しようとして、一瞬千倉が怯んだのは、昨日の女子たちの言葉が頭を過ぎったからだ。

 (痛々しい、かぁ)

 「なんだよ。どうかした?」

 黙りこんでしまった千倉の顔をなんのこだわりもなく覗き込んでくるので、千倉はのけぞった。黒須はいつものからかうような顔を引っ込めて、代わりに少し真面目な顔をして尋ねる。

 「どうしたんだよマジで。体調悪い?」

 「そういうわけじゃないけどさー」

 ようやく喋った声はなんだか自分でも拗ねてるみたいに聞こえて、慌てていつもの調子を取り戻すように明るい声を出す。

 「お腹すきすぎて元気でなかっただけだよー。黒須君のせいじゃん」

 「なんだよ。心配させんなよー。あーびっくりした」

 黒須はちょっと安心したようにいつものように笑って、それからポケットから何かを取り出す。

 「まあお前の腹が減ってるのは分かる。学年中で腹虫って話題になってるんだってな。知らなかったよ、俺。……というわけで、そんな千倉に俺からプレゼントだ」

 「は?」

 何でいきなりプレゼント? 疑問を抱きながらも、千倉は手を出せといわれたので手を出した。その手の中に乗せられたのは。

 「こんにゃく?」

 しかも未加工。スーパー等で売っている袋詰めされたものそのままだ。

 「食べろと?」

 「おう。いくら食べてもカロリーにならない奇蹟の食材だ」

 「あの、これ調理してないんですが」

 「千倉ならそのまま齧れるだろ?」

 「だろ、じゃないよ……齧れるかいこんなもん……ていうか齧らないよ人として」

 「なんだよー。まあ、本当に齧らずいられるかが見ものだな」

 げらげらと笑って、黒須は「じゃあな」と千倉に手を上げる。

 千倉は手の中のこんにゃくを見つめて、ちょっとため息をついた。


 それでも、流石におおらかを自認するだけあって、クラスに入って一色や真希子や小春たちといつも通り過ごすうちにだんだんと千倉の気持ちは晴れて行った。ちょっと気にしながらも白雪姫とまた一緒にお昼を食べた。白雪姫も千倉も、昨日の言い合いは蒸し返す事はなかったので、お互いまた当たり障りのない会話をした。だけど、一つだけ変わった事がある。千倉が何度も「白雪姫」と言いそうになるのを「龍川さん」と直すので、5回目で白雪姫が「もう白雪姫でいいです」と折れた。


 「あ。梓、今日一緒に帰らない?」

 放課後になって、部活もない日だったので帰り支度をしていると一色が声をかけてきた。

 「一緒に? 別にいいけど」

 なんで? と思いながらもちょっと嬉しくなる。

 一色が隣で待っているから、急いで帰り支度をしていたら真希子が寄ってきた。

 「孝行! 帰るよ」

 てっきり千倉のところに来るのかと思っていたら、一色にそう言うので、千倉はちょっと意外に思う。

 「ごめんマキちゃん。俺今日は梓と帰るよ」

 「えー?」

 真希子は不満そうに口を尖らせるけれど、「まあいいや、千倉なら」と言ってあっさりと手を振る。

 「じゃーまた明日ね。千倉も」

 「うん。バイバイ」

 上手く言葉に言い表せないような微妙な違和感を感じながら、千倉はとりあえず荷物を詰め終わった鞄を肩に掛ける。一色と並んで歩くと、また昨日の女子たちの言葉が蘇った。

 (そういえば、普通の男の子と話してても痛々しいとか言われてなかったっけ?)

 特に一色はひょろひょろとしているから、その体格差は大きいだろう。ちょっと気分が落ち込みそうになる。

 (やだなー私、あんな陰口をこんな引き摺って)

 どうしようもないものはどうしようもないんだから、開き直るしかない。今までだってそうやってきたし、自分の体格がそうである以上、これからもそうやっていくつもりだ。こんなことでいちいちへこたれてどうするのだ!

 自分に言い聞かせて、いつも通り一色と話す。一色とは中学も一緒だったから家の方向も割と同じだった。

 部活の話や授業の話などをしながら歩いていて、ちらほら他の生徒も見かけなくなった頃だった。ちょっと改まったように一色が千倉を見下ろした。

 「あのさ、俺、一応梓には報告しとこうと思って」

 「報告?」

 真面目な一色の顔にちょっとどきりとする。首をかしげた千倉に一つ頷いて、一色は続けた。

 「俺、マキちゃんと付き合う事になった」

 一瞬、目の前が暗くなった気がした。一瞬だけ。息が止まった。

 「……へー。全然気づかなかった」

 静かにひとつ息を飲み込んで、ゆっくり吐き出して。千倉は努めていつも通りの声を出す。声が震えないように気をつけながら少しゆっくりなテンポで。

 「孝行、真希子の事好きだったんだ?」

 からかうように言ってやると、一色は生真面目にちょっと小首をかしげて「んー?」と言った。

 「正直俺、好きかどうかとかあんまよくわからないけど。マキちゃん結構可愛いし。告白されたし。もちろん、キライじゃないしね。彼女も欲しかったし」

 その言葉が、千倉にはちょっと理解しがたくて、困惑して尋ねる。

 「え。彼女ってそーゆーもんなの?」

 「俺はそれでいいんじゃないかって思うかな。別に他に特に好きな人がいるわけでもないし。付き合ってたら好きになるかも知れないし」

 「そうなんだ……」

 「俺たち、結構ずっとみんなで一緒につるんでた感じあったし、特に俺は梓とは仲が良かったから、一応梓には報告しとかなきゃって思って。……別に俺たちが付き合ったって、今までみたいにみんなでつるむと思うけどさ。なんか報告してないのも隠してるみたいで嫌じゃん?」

 千倉は気づかれないようにもう一つ大きく深呼吸した。

 「そうだね。報告ご苦労! 真希子と上手くやりなよー」

 「それはちょっと自信ないんだけどね。マキちゃん、結構気性荒いし。ご協力、よろしくお願いします」

 「一回協力につき1ケーキね」

 「梓、間食断ちしてたんじゃないの?」

 「あ……」

 千倉の反応に、一色はぷっと吹き出す。

 「やっぱ、梓は梓だなあ」

 「何よそれー」

 軽く一色をどつこうとして、どうしてだかその手を途中で止めて、一緒になって笑ったふりをした。

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