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彩を忘れた私の世界  作者: uniーうに


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9/28

目《たくらみ》を読む者

 戦場に、幾度目かの怒号が響いた。

 城壁の下では、帝国兵とヴォルカグリム兵が激しくぶつかり合っている。

 剣が交わる。

 盾が軋む。

 倒れた兵士の横を、次の兵士が駆け抜けていく。

 私は城壁の上から、その光景を見つめていた。

「中央、まだ持ちこたえています!」

「右側も突破を許していません!」

 次々と届く報告。

 私はその一つ一つを聞きながら、戦場を見渡した。

 ――守れている。

 先ほど下された命令によって、帝国兵たちは動いている。

 けれど。

 敵軍の勢いも、未だ衰えてはいなかった。

 むしろ。

 こちらの防衛線を測るように、幾度も攻撃を繰り返している。

「……強い」

 思わず口から漏れた。

 ルナリアを落とした直後だというのに。

 疲弊しているはずなのに。

 ヴォルカグリム軍は、まるでそれを感じさせない。

 それでも――

 この砦は落ちない。

 西方の難攻不落。

 そう呼ばれてきた理由が、今なら分かる。

「アシュ様!」

 伝令の声が響いた。

「南西より報告です!」

「どうした?」

「第三砦――敵軍の攻撃を受けています!」

「……第三砦?」

 私は思わず地図へ目を落とした。

 この砦から離れた場所にある、第一防衛線の一つ。

「状況は?」

「現在も交戦中とのことです!」

 なら、まだ大丈夫だ。

 そう思った。

 だが。

 しばらくして、再び伝令が駆け込んできた。

「第三砦より報告!」

「……!」

「敵軍、城壁を突破しました!」

 空気が凍った。

「……突破?」

「はい!」

 私は地図を見る。

 第三砦。

 そこは決して、守りの薄い砦ではない。

 むしろ西方防衛を担う重要拠点の一つ。

 十分な兵が配置されていたはずだ。

「被害は?」

「守備兵は奮戦しました。しかし敵軍の攻勢を抑えきれず……」

 兵士が俯く。

「残存兵は第二防衛線へ後退しております!」

 私は何も言えなかった。

 すると――

「アシュ様!」

 また別の伝令が飛び込んでくる。

「第四砦も、敵軍の攻撃を受けております!」

「……第四砦まで?」

 次々と報告が入る。

「第五砦、交戦中!」

「第六砦、敵軍接近!」

 戦場は、この場所だけではなかった。

 私たちがここで戦っている間にも。

 西方の至るところで、戦いが起きている。

「……」

 私は、目の前の敵軍を見た。

 そして、その後方に掲げられた二つの旗を見る。

 ヴォルカグリム。

 そして――

 泥にまみれ、裂けたルナリアの旗。

 その旗が、風に揺れている。

「……最初から」

 私は呟いた。

「ここだけを攻めるつもりじゃなかったんだ」

 ダルマンが静かに頷いた。

「そのようです」

「でも……どうして、この砦を?」

「この砦が西方の要だからでしょう」

 違う。

 それだけじゃない。

 この砦が難攻不落だからこそ。

 ここへ大軍を向ければ――

 帝国は必ず、この戦場を最重要と判断する。

 だから。

 私たちはここを見ていた。

 ここを守ることに集中していた。

 その裏側で。

 別の砦が攻撃されていた。

 まるで――

 戦場そのものが、一枚の盤であるかのように。

 駒を一つ動かせば。

 別の場所に隙が生まれる。

 私は、初めてそのことを理解した。

 だが。

「アシュ様!」

 新たな伝令が駆け込んできた。

「ヴォルカグリム軍、後退を開始しました!」

「……え?」

 私は再び戦場を見る。

 先ほどまで猛攻を続けていた敵軍が。

 まるで示し合わせたかのように、撤退を始めていた。

「追撃しますか!?」

「待て!」

 私は即座に叫んだ。

 追ってはいけない。

 なぜかは分からない。

 ただ――

 あまりにも撤退が綺麗すぎる。

 乱れていない。

 焦っていない。

 兵士たちは互いを庇いながら、一定の間隔を保って後退している。

 まるで。

 撤退することすら、最初から作戦の一部だったかのように。

「……敵軍の指揮官」

 ダルマンが呟いた。

「?」

「相当な手練れです」

 私も、そう思った。

 この砦を落とせないと判断した瞬間。

 無駄に兵を失うことなく、戦場から離れていく。

 勝てない戦いを続けない。

 それは――

 敵ながら、恐ろしいほど冷静な判断だった。


 ◇


 一方。

 帝都から西へ離れた場所。

 そこには、一つの帝国軍がいた。

 レイ率いる部隊だった。

「前方、敵軍!」

 報告を受けても、レイは動じなかった。

「数は?」

「およそ六千!」

「こちらは?」

「……五百です」

 圧倒的な兵力差。

 だが、レイは地図を広げた。

「問題ない」

 そう言って、地図上の一点を指差した。

「ここで止める」

「しかし、ここは開けすぎています!」

「だからこそだ」

 レイは淡々と答える。

「敵は第三砦を落としたばかりだ。勢いに乗っている」

「……」

「そして、我々の存在を知らない」

 レイの指が、敵軍の進路をなぞる。

「ならば、敵はこのまま第二防衛線へ向かう」

「はい」

「だが――」

 レイは別の場所を指した。

「ここを通れば、敵軍は隊列が伸びる」

 そして。

「その瞬間を狙う」

 帝国兵たちは、黙って頷いた。


 ◇


 ヴォルカグリム軍は、砦を突破した。

 その勢いのまま、帝国領奥へ進もうとしていた。

「このまま第二防衛線を――」

 その時。

「敵襲!」

 突然、側面から帝国兵が現れた。

「なに!?」

 ヴォルカグリム軍が動揺する。

 だが、それは一瞬だった。

「迎え撃て!」

 敵指揮官の声が響く。

 兵士たちが即座に隊列を組む。

 それでも。

 帝国軍の攻撃は止まらない。

 正面。

 そして――

 両側面。

「いつの間に……!」

 ヴォルカグリム軍は囲まれていた。

 だが、完全包囲ではない。

 レイはあえて一方向だけを開けていた。

「退路を残している……?」

 ヴォルカグリム側の指揮官が気づく。

 罠だ。

 逃げ道だと思わせ、その方向へ兵を流す。

 そこへ帝国軍が追撃する。

 しかし。

「……いや」

 指揮官は即座に判断した。

「退くぞ!」

「ですが……」

「このまま戦えば損害が増える!」

 判断は早かった。

 ヴォルカグリム軍は、一斉に退却を開始する。

 レイはそれを見ても、追わなかった。

「追撃は不要だ」

「よろしいのですか?」

「目的は達成した」

 レイは地図を見る。

「奴らをここより先へ進ませなければ、それでいい」

 その目は、すでに次の戦場を見ていた。


 ◇


「……レイが?」

 私は報告を聞き返した。

「はい」

 伝令が頷く。

「第三砦を突破した敵軍は、そのまま第二防衛線へ進もうとしていました」

「それを……レイが止めた?」

「はい」

 私は言葉を失った。

 レイは帝都に残されていたはずだ。

 帝都を守るために。

 それなのに。

 私たちがこの砦で戦っている間。

 彼は別の戦場を見ていた。

 そして。

 敵が次にどこへ向かうのかを予測して。

 そこへ先回りしていた。

「……すごい」

 思わず、そう呟いていた。

 私には、まだ理解できない。

 どうしてそこまで先を読めるのか。

 どうして戦場にいないのに、戦場を見ているように判断できるのか。

 けれど。

 一つだけ分かった。

 レイは――

 私とは、見ているものが違う。


 ◇


 戦闘が終わった。

 第一防衛線の一部は突破された。

 しかし、第二防衛線への侵攻は許さなかった。

 帝国は、どうにか戦線を維持した。

 だが。

 勝利と呼ぶには、失ったものが多すぎた。

「……ルナリア」

 私は、あの旗を思い出していた。

 泥にまみれた旗。

 裂けた旗。

 あれを見せつけるように掲げていたヴォルカグリム兵。

 いったい、ルナリアで何が起きたのか。

「アシュ様」

 ダルマンが声をかける。

「少し前にルナリアから逃げて来たと思われる者が保護されているそうなのですが」

「……そうか」

 私は立ち上がった。

「話を聞きたい」

「今からですか?」

「今からだ」

 私はルナリアとの国境へ目を向けた。

 ここで戦っているだけでは。

 何も分からない。

 なぜ、あの旗を掲げているのか。

 そして――

 ルナリアで何が起きたのか。

「……私が、直接聞きに行こう」

 案内された場所には今にも息絶えそうな幼い少年がいた。

「大丈夫か?」

「……っ」

「何か飲み物や食べる物は与えたのか?」

 私は近くにいた兵士に聞いた。

「はい、何度か与えたのですが……飲み込む力も無いようでして」

「何があったか話せるか?」

 私がそう問うと、今にも消えてしまいそうな声で答えた。

「……父さん……母さんが……」

 それだけ言うと少年は静かに息絶えた。

 ボロボロになったルナリアの旗などから鑑みるに、ヴォルカグリムがルナリアへ侵攻したという認識で間違いないだろう。

「兵士でも無い民にまで手を出したのか……あの国は」

 私はこの世界に来て初めてやり場のない憤りを感じた。

「明朝、ルナリア王国へ向かう」

 私はその旨をダルマンに伝えた。

「なりません。あまりにも危険すぎます」

 ダルマンは話を聞くや否やそれを許さなかった。

「なぜだ!民が傷つけられているんだぞ」

「だからこそです。そんな場所へ殿下が兵を連れて行けば、余計に刺激するだけです」

「それに……お言葉ですが」

 ダルマンは一度言葉を止めた。

「殿下がルナリアへ向かって何ができましょう?」

「……」

 言葉が出なかった。

 確かに、私は何も知らない。

 戦い方も。

 国の動かし方も。

 そして――

 ルナリアで、何が起きているのかさえ。

 けれど。

「……だからこそ、行くんだ」

 私はそう答えた。

「私は戦争とは何なのか。それによってどのようなことがもたらされるのか——知らなければならない」

 しばらくの沈黙のあと、ダルマンは答えた。

「意思は固いようですな」

「まったく、クレンバルト様といいアシュ様といい頑固なのは遺伝なのでしょうね」

 ダルマンの表情は先程とは違い柔らかくなった。

「わかりました。ただし、敵兵を見つけた場合は即刻引き返します」

「もちろんだ」

「それと……ルナリアの民を連れてくることは厳禁です」

「ん?なぜだ」

「殿下の目的は、ルナリアの現状を知ることです。救出ではありません」

「……」

「一人を助ければ、それを見た者たちも助けを求めるでしょう。そうなれば、殿下は目の前の民を見捨てられなくなる」

「……」

「そして、その最中に敵兵が現れれば――我々は守るべきものを増やした状態で逃げなければならなくなる」

「わかった」

 私は少しの兵を連れてルナリアへ向かえることになった。

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