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彩を忘れた私の世界  作者: uniーうに


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厄《こうせき》を積む者

 戴冠の儀を終えた翌朝。

 私は皇帝の執務室にある大きな窓から、帝都を眺めていた。

 戦争が終わってから、まだそれほど時間は経っていない。

 街には少しずつ人々の声が戻り、戦場へ向かっていた兵士たちも、それぞれの場所へ帰り始めている。

 けれど――私の中では、まだ戦いが終わった気がしていなかった。

 昨日、私は決めた。

 この世界を、一つにする。

 争いをなくすために。

 同じことを繰り返さないために。

 だが、それを口にしただけで世界が変わるわけではない。

 世界を一つにするというのなら、まずは自分が治める国のことを知らなければならない。

 私は、レオニス帝国のことをどれほど知っているのだろう。

「……何も知らないな」

 私は小さく呟いた。

 私が生まれたときには、すでにレオニス帝国は巨大な国だった。

 だからこそ――この国が、どうやってここまで大きくなったのかを、私は知らない。

 そんなことを考えていると、ふと頭にある言葉が浮かんだ。

 ヴォルカグリムとの戦いの前にダルマンが言っていた言葉だ。

『厄災』『返済王』

 (ダルマンならこの国の歴史について詳しいかもしれない)

 そう思った私は、ダルマンを執務室へ呼び出した。


 しばらくして、執務室の扉が軽く叩かれた。

「入れ」

「失礼いたします」

 扉が開き、ダルマンが姿を現した。

「お呼びでしょうか、アシュ様」

「ああ。少し聞きたいことがある」

「私に答えられることであれば、何なりと」

 ダルマンはそう言って、私の前に立った。

「戦場へ向かう前に、お前が言っていただろう」

「……何をでしょうか?」

「『厄災』と『返済王』だ」

 その言葉を聞いた瞬間、ダルマンは僅かに目を細めた。

「……そのことですか」

「ああ。この国の歴史についても知りたい。知っていることを教えてくれ」

「かしこまりました」

 ダルマンは一度頷くと、静かに口を開いた。

「では、まずは――『厄災』と呼ばれた、アシュ様の祖父君についてお話しいたしましょう」

 ダルマンはそう言って、一人の名を口にした。

「ギルヴェルト・ゼノン・レオニス陛下です」

「私の……祖父?」

「はい。今でこそレオニス帝国は、この大陸でも指折りの大国となっています。ですが――ギルヴェルト陛下が王位に就かれた当時、レオニスは決して大国とは呼べぬ小さな国でした」

「小さな国……」

 今の帝国からは、とても想像できない。

「当時の周辺諸国には、レオニスよりも遥かに大きな国がいくつも存在していました。しかし、その多くでは王侯貴族が権力を私物化し、民から過剰な税を取り立て、自らの贅沢のために使うような有様だったと聞いております」

「……」

「民が苦しんでいても、支配する者たちは見向きもしない。そんな国が、決して少なくなかったのです」

 私は黙ってダルマンの話を聞いていた。

「そんな状況を、ギルヴェルト陛下は見過ごされませんでした」

「だから……戦ったのか?」

「はい」

 ダルマンは静かに頷いた。

「陛下は周辺諸国へ戦いを挑みました。ですが、それは領土を広げるためだけの戦いではありません」

「……民を救うため?」

「その通りです」

 ダルマンの声には、僅かな敬意が滲んでいた。

「そして――その戦いこそが、レオニスを大きく変えることになるのです」

「陛下は周辺諸国へ戦いを挑みました。ですが――」

 ダルマンは一度言葉を切った。

「普通ならば、一国ずつ相手にするでしょう。ですが、ギルヴェルト陛下は違いました」

「……どういうことだ?」

「複数の国を、同時に相手にしたのです」

「複数……?」

「はい。それも、当時のレオニスより遥かに大きな国々を」

 私は思わず言葉を失った。

「一つの国を相手にするだけでも、大国に挑むことになります。それを陛下は恐れることなく、同時にいくつもの戦場へ兵を送り――」

 ダルマンは淡々と語る。

「そのすべてに勝利しました」

「……全部?」

「はい。全ての戦いにおいて圧勝と言えるほどに」

 あまりにも簡単に言うものだから、私は一瞬聞き間違えたのかと思った。

「その戦いによって、レオニスの領土は急速に広がっていきました」

 小さな国だったレオニス。

 それが、いくつもの国を打ち破り、その領土を取り込んでいく。

「そして最終的に――レオニスは、一つの国を治めるだけの王国ではなくなりました」

「……帝国に?」

「はい」

 ダルマンは頷いた。

「ギルヴェルト陛下の治世、その一代だけでレオニスは巨大な領土を持つ国へと変わったのです」

「……」

「そして、帝国となったその時から、ギルヴェルト陛下は――我が国の初代皇帝と呼ばれるようになりました」

「……それほどの人物が、なぜ『厄災』と呼ばれていたんだ?」

 私は素直に疑問を口にした。

 これまで聞いた話だけなら、むしろ偉大な人物と呼ばれていてもおかしくない。

 しかし、ダルマンは少しだけ困ったような表情を浮かべた。

「……それは、ギルヴェルト陛下の功績だけを聞けば、偉大な人物という認識になるでしょう」

「どういう意味だ?」

「陛下は、確かに偉大なお方でした」

 ダルマンは一度言葉を切る。

「ですが――同時に、多くの問題を残されたお方でもあります」

「問題?」

「はい」

 ダルマンは小さく息を吐いた。

「それこそが、陛下が『厄災』と呼ばれるようになった理由です」

「……」

「戦争に勝ち、領土を広げ、国を帝国へと変えた。その功績は疑いようがありません」

 そこまで言って、ダルマンは少しだけ遠い目をした。

「ですが……陛下には、戦争以外に大きな問題がありまして」

「どんな問題が……?」

「金遣いと、女性関係です」

「…………」

 思わず言葉が出なかった。

「それが……『厄災』の理由なのか?」

「それだけではありません」

 ダルマンは淡々と続ける。

「むしろ、本当の問題は――その二つが、国の財政にまで影響を及ぼしたことです」

「そこまでなのか……?」

「はい」

 ダルマンは頷いた。

「ギルヴェルト陛下は、とにかくお金を惜しまないお方でした」

「……豪快な人だったんだな」

「豪快、という言葉で済めばよかったのですが」

 ダルマンは苦笑する。

「気に入った者には惜しみなく金を与え、特に女性には高価な贈り物をすることも珍しくなかったそうです」

「……なるほど」

「さらに、戦争で得た領土の復興支援などに多額の資金を割いたらしいです」

「それで国の金がなくなったのか?」

「正確には、それだけが原因ではありません」

 ダルマンは首を横に振る。

「陛下は戦争にも莫大な費用をかけられました。兵士を動かし、武器を揃え、食料を用意する。それだけでも、一つの戦争には膨大な金が必要となります」

「それを……何度も?」

「はい。しかも陛下は、複数の国を同時に相手にされました」

「……」

 私は改めて、祖父が成し遂げた戦争の規模を思い知らされた。

「その結果、陛下が手元に残していた資金だけでは、戦争を続けることが難しくなっていったのです」

「それなら、どうしたんだ?」

「借りたのです」

「誰から?」

「貴族たちからです」

「……嫌がられなかったのか?」

「それが、不思議なことにそうでもなかったようで」

 ダルマンは少しだけ笑った。

「ギルヴェルト陛下は、多くの貴族から慕われていましたから」

「金を借りる王が?」

「ええ。陛下は身分に関係なく人と接し、困っている者がいれば手を差し伸べる方だったそうです」

 戦場では圧倒的な強さを誇りながら、国に戻れば民や臣下を大切にする。

 そんな人物だったのだろう。

「だからこそ、貴族たちも陛下を信じて金を貸した」

「……それで?」

「陛下は、その借金を抱えたまま亡くなられました」

「……」

 私は言葉を失った。

「国を大きくし、多くの功績をあげる一方で、その度に問題が積み重なっていきました」

 ダルマンはそう言って、少し間をあけた。

「だから人々は、陛下をこう呼ぶようになりました」


「……『厄災』」


「ですが――その呼び名に、悪意が込められていたわけではありません」

「……そうなのか?」

「ええ。むしろ、親しみを込めてそう呼ぶ者も多かったそうです」

「親しみ……?」

「陛下は確かに多くの問題を残されました。ですが、それ以上に多くのものを民へ残されたお方でもあります」

 ダルマンは僅かに笑った。

「偉大な功績を成し遂げる。けれど、その度に後の世代が頭を抱えるような問題まで残していく――」

「……それで『厄災』か」

「はい。まさに、ギルヴェルト陛下らしい呼び名だったのでしょう」

 私はしばらく黙り込んだ。

 偉大で、強くて、民に慕われる。

 それなのに、国へ莫大な借金まで残していく。

「……随分と変わった祖父だったんだな」

「ええ。私もそう思います」

 ダルマンは苦笑した。

「そして――その後始末を引き受けることになったのが、アシュ様の父君です」

 

かなり遅くなってしまい申し訳ないです。

おそらく更新の頻度は週1〜2回程度にまで落ちてしまいますが、引き続き読んでいただけると幸いです。

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