冠《けつい》の行く末
王族と貴族たちを追放した後、私たちはヴォルカグリムの今後について話し合っていた。
国を治める者がいなくなった今、この国をどうするのか。
「新たな王を立てる、という方法もあります」
帝国の臣下の一人が口を開く。
「しかし、それでは再び同じことが起こる可能性があります」
「ならば、帝国が直接統治するというのはどうでしょう」
次々と意見が出されていく。
私はそれらを黙って聞いていた。
どの意見にも、それぞれの理由がある。
けれど――。
私は、もう誰かの意見だけで決めるつもりはなかった。
ヴォルカグリムで見たものを思い返す。
飢えに苦しむ人々。
手入れされていない街。
その一方で、城の中だけは贅沢に彩られていた。
そして、その状況を当然のものとして受け入れていた王。
同じことを繰り返させるわけにはいかない。
「……ヴォルカグリムは、レオニス帝国に併合する」
私がそう告げると、周囲が静かになった。
「帝国の領土として、この国を治める」
誰かに任せるのではない。
新たな王を立てるのでもない。
少なくとも、今までと同じ形には戻さない。
それが、私の判断だった。
「それと――」
私は続ける。
「ルナリアも、レオニス帝国に併合する」
その言葉に、今度は何人かが顔を見合わせた。
ヴォルカグリムとは理由が違う。
ルナリアは、すでに国としての機能をほとんど失っている。
けれど、そこに暮らしている人々まで消えたわけではない。
国を失ったからといって、その人々まで見捨てるわけにはいかなかった。
「ルナリアの人々も、帝国の民として受け入れる」
私はそう決めた。
こうして、ヴォルカグリムとルナリア。
二つの国は、レオニス帝国の領土となった。
その後、戦後の処理を進めながら、私たちは帝都へ戻る準備を始めた。
けれど、帝都へ戻る前に――。
私たちには、もう一つ向かわなければならない場所があった。
オーガストホルン。
そこには、戦いの間ずっと待っている者がいる。
私たちは軍を率いて、オーガストホルンへ向かった。
街が見えてくる。
戦争が始まる前とは違い、ところどころに戦いの跡が残っていた。
そして――。
そこには、戦いを終えた兵士たちの姿があり、街の人々も少しずつ日常を取り戻し始めていた。
「アシュ様!」
聞き慣れた声がした。
顔を上げる。
街の入口に、一人の少女が立っていた。
「……ルミア」
私が名前を呼ぶと、ルミアは嬉しそうに駆け寄ってくる。
不思議と小動物が駆け寄ってくるのを見ている気分になった。
「お帰りなさいませ」
「……ただいま」
その一言を口にした瞬間、不思議と肩の力が抜けた。
長かった。
本当に、長い戦いだった。
それでも――。
こうして帰ってこられた。
「ご無事で、本当によかったです」
「ルミアも、ここでよく頑張ってくれたな」
「私は何も……」
「そんなことはない」
私は首を横に振る。
戦場に立たなくても、守るためにできることはある。
ルミアがここで人々を支えていたことを、私は知っている。
「……ありがとう」
私がそう言うと、ルミアは少し驚いたように目を丸くした。
そして――。
「はい」
いつものように、穏やかに笑った。
「それで、ルミア」
「なんですか?」
「私たちはこれから帝都へ帰るが、ルミアはどうする?」
ルミアは少し困った表情をしていた。
「……どうしましょう」
「私は一緒に帝都へ来て欲しいと思っているのだが、ダメだろうか?」
そう尋ねると、ルミアは少しだけ目を見開いた。
「私も……帝都へ行ってよろしいのですか?」
「もちろん」
「では、急ぎ準備いたしますね」
ルミアはそう言うとオーガストホルンの城へ向かった。
しばらくすると、準備を終えたルミアが戻ってきた。
「お待たせしました」
「早かったな」
「必要なものは、あまり多くありませんから」
そう言って、ルミアは小さな荷物を抱えていた。
「では、行こう」
「はい!」
私たちは帝国軍と合流し、帝都へ向けて進み始めた。
オーガストホルンを離れていく。
街が少しずつ遠ざかっていくのを、私は振り返って見つめた。
ここで始まった戦いも、ここで多くの時間を過ごしたことも、すべてが過去になっていく。
そして――。
私たちは、帝都へと帰還した。
帝都へ戻った私たちを、多くの人々が出迎えていた。
道の両脇には、帝国軍の帰還を待っていた民たちが集まっている。
兵士たちの姿を見つけると、あちこちから声が上がった。
「帝国軍が帰ってきたぞ!」
「戦争は終わったのか?」
喜びの声が広がっていく。
その中を、私たちはゆっくりと進んでいく。
レイやルミアも、私のすぐそばにいた。
私は集まった人々を見渡す。
皆、戦争が終わったことを喜んでいる。
けれど――。
私は、まだ伝えなければならないことがあった。
城へ戻った後、私はすぐに臣下たちへ指示を出した。
「城の前に民を集めてほしい」
「承知しました」
やがて準備が整い、私は城の外へ続く大きなバルコニーへ向かった。
扉の前で、一度足を止める。
その先には、帝都に暮らす多くの民がいる。
レイやルミア、そして帝国の臣下たちも後ろに控えている。
私はゆっくりと扉を開いた。
外へ出る。
その瞬間、城の前から大きな歓声が上がった。
私はバルコニーの前へ歩み出る。
集まった人々の視線が、一斉に私へ向けられた。
私はその光景を見渡し、静かに口を開く。
「皆に、伝えなければならないことがある」
少しずつ、歓声が静まっていく。
「二代目皇帝、アルバート・レオニスは――」
私は一度、言葉を止めた。
父上の姿が脳裏に浮かぶ。
そして――。
「……崩御した」
静寂が広がった。
先ほどまでの歓声が嘘のように消えていく。
誰もが、私の言葉を聞いていた。
「これまで、父上の死を皆に伝えることができなかった」
「だが、今ここで伝える」
私は民衆を見渡した。
「父上は、最後までこの国のことを考えていた」
その言葉に、胸の奥が少しだけ締めつけられる。
「そして――」
私は前を向いた。
「私は、父上の後を継ぎ、三代目皇帝となる」
再び、静寂が訪れた。
誰もが、新たな皇帝となる私を見つめていた。
「正式な戴冠の儀は、追って公表する」
私が言い終えると、民衆の間からざわめきが広がった。
「アシュ様が……次の皇帝に?」
「アシュ様が、三代目皇帝に……!」
「ついに皇帝になられるのか!」
「レオニス帝国の次なる皇帝が……!」
驚きの声が次々と上がる。
「アシュ様なら、きっと……」
「あの方が皇帝になるのか」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
その中で――。
「……え?」
すぐ後ろから、小さな声が聞こえた。
振り返る。
そこには、目を大きく見開いたルミアが立っていた。
「アシュ様……皇太子、だったんですか……?」
「……ん?」
私は首を傾げる。
「知らなかったのか?」
「知りませんよ!」
珍しく声を張ったルミアに、私は少し驚いた。
「だって、アシュ様は……その……普通の兵士ではないことくらいは分かっていましたけど」
「なら、何だと思っていたんだ?」
「帝国軍の中でも、かなり偉い将軍の方なのかと……」
「……将軍」
思わず、私は呟いた。
「はい。レイ様もアシュ様の指示に従っていますし、兵士たちも皆、アシュ様の言葉を聞いていましたから」
「まあ……確かに」
「それに――」
ルミアは少し困ったように眉を下げる。
「普通、皇太子が自ら戦地へ来るなんて思わないじゃないですか……」
「…………」
言われてみれば、その通りだった。
私は少しだけ考え――。
「……それもそうか」
「そうですよ!?」
ルミアがほっとしたように頷いた。
「ですから、まさか皇太子殿下だったなんて……」
「今まで通りの呼び方にしてくれ」
「いえ、そういうわけには……!」
慌てるルミアを見て、私は少しだけ笑った。
それから数日後。
帝都では、三代目皇帝となる私の戴冠式が執り行われることになった。
城内には多くの臣下が集まり、普段とは違う緊張感が漂っている。
私は用意された衣装に袖を通し、鏡の前に立っていた。
「……これでいいのか?」
「はい。問題ございません」
侍従の言葉を聞きながら、私は自分の姿を見つめる。
これまで戦場で身につけていたものとは、まるで違う。
けれど――。
今日から私は、正式にこの国を治める立場になる。
扉の向こうから、声が聞こえた。
「アシュ様。お時間です」
「分かった」
私はゆっくりと歩き出す。
大きな扉が開かれる。
その先には、帝国の臣下たちが並んでいた。
そして、その奥にはレイとルミアの姿もある。
レイはいつもと変わらない表情で立っている。
その隣で、ルミアは少し緊張した様子で私を見つめていた。
私は二人に小さく頷く。
そして――。
私は、戴冠の場へと歩みを進めた。
そこには、帝国の重臣たちが並んでいた。
その中央には、一人の人物が立っている。
その手には――。
黄金の冠があった。
私はその冠を見つめる。
これが、皇帝の証なのだろう。
やがて、戴冠の儀が始まった。
厳かな言葉が読み上げられていく。
私はその一つ一つを静かに聞いていた。
そして――。
最後に、冠を戴く時が来た。
目の前の人物が、ゆっくりと冠を持ち上げる。
私はその動きを見つめる。
……。
(……これ、被ればいいの?)
私は少しだけ首を傾げた。
けれど、誰も何も言わない。
ならば――。
私は手を伸ばした。
冠を受け取る。
そして、そのまま自分の頭へ乗せた。
――静寂。
その場にいた誰もが、息を呑んだ。
「…………」
レイだけが、頭を抱えていた。
私はそんなことには気づかず、頭の上に乗った冠を少しだけ触る。
(……これで、合っているのだろうか)
すると――。
「……なんと」
誰かが、呟いた。
「自ら、冠を……」
その言葉をきっかけに、周囲からざわめきが広がっていく。
「己の手で皇帝の冠を戴くとは……」
「なんという覚悟だ……」
「新たなる皇帝の意思を、これほどまでに明確に示されるとは……」
私は周囲を見渡した。
なぜか、皆が驚いている。
「……?」
私には、何がそんなに驚くことなのか分からなかった。
その横で、レイが小さく目を閉じる。
そして――。
「……アシュ様らしいですね」
そう呟いた。
その日の夜。
戴冠式を終えた私は、城の中庭にいた。
夜空には、無数の星が浮かんでいる。
昼間の騒がしさが嘘のように、辺りは静まり返っていた。
「……アシュ様」
後ろから声がする。
「レイか」
「はい」
レイが私の隣まで歩いてくる。
しばらく、二人で夜空を見上げていた。
「今日で、本当に皇帝になられたのですね」
「……そうだな」
……結局、戴冠の仕方はあれで合っていたのだろうか。
そんなことを考えながら、私は口を開いた。
「レイ」
「はい」
「私は――世界を統一しようと思う」
「…………」
レイの動きが止まった。
そして、数秒もしないうちに口を開く。
「世界征服でもなさるおつもりですか?」
「違うわ」
食い気味に否定した。
「いや、ですが……世界を統一するというのは、言い換えれば――」
「分かっている」
私は小さく息を吐く。
「私が言いたいのは、戦争をなくすための方法だ」
「戦争を……なくす?」
「ヴォルカグリムだけじゃない」
私は夜空を見上げる。
「この世界には、きっとヴォルカグリムのような国が他にもある」
「…………」
「権力を持つ者が、自分の欲のために国を使う。民が苦しんでいても、それを当然だと思う者がいる」
ヴォルカグリムで見た光景が、頭に浮かぶ。
飢えに苦しむ人々。
その一方で、贅沢な暮らしを続けていた王族や貴族たち。
「そんな国が存在する限り、戦争はなくならない」
私は静かに言った。
「だから――」
一度、言葉を止める。
「そういう者が、国を好き勝手に動かせない世界にする」
レイは黙って私の言葉を聞いていた。
「そのためには、どうすればいいのか」
私は、夜空の先を見る。
「……私は、世界を一つにする必要があると思っている」
「それが……戦争をなくす方法だと?」
「ああ」
私は静かに頷いた。
「国が違えば、王も違う。考え方も違う。守ろうとするものも違う」
「だからこそ、争いが生まれる」
「ならば――」
私は再度、夜空を見上げた。
「すべての国を、一つにすればいい」
レイは何も言わなかった。
私自身、この考えが正しいのかは分からない。
けれど――。
少なくとも、私はもう誰かに決められた答えを選ぶつもりはなかった。
「もちろん、基本的には戦わない方針だ」
「話し合いによる合併、ということですか?」
「ああ」
「……ですが」
レイが少しだけ間を置く。
「相手が、それを拒んだ場合は?」
「…………」
私は少し考えた。
「その時は――戦うしかない」
「それでは、結局は征服と変わらないのでは?」
「……そうかもしれない」
私は小さく息を吐いた。
「けれど、最初から力で奪うつもりはない。まずは話し合う。それでも戦いを望む者がいるのなら、その時に戦う」
「なるほど……」
レイはそれ以上、何も言わなかった。
「私は、この世界から戦争をなくす」
そのために――。
「世界を統一する。」
――レオニス帝国から、遥か遠く。
世界の果てとも呼ばれる地に、一つの帝国が存在していた。
その帝国の王城。
広大な謁見の間には、一人の男が玉座に座っていた。
この国を治める皇帝である。
その前には、ヴォルカグリムから逃れてきた王侯貴族たちが並んでいた。
彼らは皆、疲れ果てた様子を見せながらも、必死に言葉を重ねていた。
「……我々は、レオニス帝国によって国を奪われました」
「王として、貴族として持っていた権利も、すべて奪われたのです」
「我々は何も悪くなどありません。ただ、あの国の皇帝に目をつけられただけなのです」
口々に語られる言葉を、皇帝は黙って聞いていた。
表情は変わらない。
怒りも、哀れみもない。
ただ、静かに彼らを見ている。
「どうか……我々にお力をお貸しください」
「このままでは、我々は何もかも失ってしまいます」
「もし陛下のお力をお借りできるのであれば――」
そこで、皇帝が初めて口を開いた。
「……事情は分かった」
それだけだった。
王侯貴族たちは顔を見合わせる。
そして――
「ありがとうございます、皇帝陛下!」
「このご恩は決して忘れません!」
「これで……これで我々も、再び立ち上がることができます!」
「レオニス帝国に、必ずや報いを――」
皇帝は何も答えなかった。
ただ、玉座から彼らを見下ろしている。
それでも彼らは、それを拒絶とは受け取らなかった。
むしろ、自分たちを受け入れてくれたのだと確信していた。
「それでは、失礼いたします」
「改めまして、心より感謝申し上げます」
王侯貴族たちは深々と頭を下げる。
そして、皇帝に背を向け、謁見の間を後にしていった。
重い扉が、ゆっくりと閉じる。
――その瞬間。
皇帝の表情が、ほんの僅かに変わった。
「……レオニス帝国は、甘いな」
その声は、部屋に残った者たちにだけ届くほど小さかった。
皇帝は玉座から立ち上がる。
そして、静かに告げる。
「我が国に、他国の血族が入ることは認めん」
「一人たりともな」
「王侯貴族なら――なおさらだ」
――――
謁見の間を出たヴォルカグリムの王侯貴族たちは、安堵したように息を吐いていた。
「これで……なんとかなる」
「ええ。皇帝陛下が我々を見捨てるはずがありません」
「レオニス帝国も、まさかこの帝国まで敵に回すとは思っていないでしょうな」
「ふふ……」
一人の貴族が、口元を緩める。
「これで、レオニス帝国に仕返しができる」
誰もが、これから始まる未来を想像していた。
失った地位を取り戻すこと。
奪われたものを取り返すこと。
そして――自分たちを追放したレオニス帝国へ、報いを受けさせること。
そんな話をしながら、彼らは廊下を歩いていく。
しかし――
その先から、数人の兵士がこちらへ向かって歩いてきた。
「……?」
王侯貴族たちは足を止めた。
兵士たちは、何も言わない。
ただ、静かに彼らの前まで歩み寄る。
「な、何だ……?」
誰かがそう呟いた。
ーーその声を最期に、彼らが再び人前に姿を現すことはなかった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
今回で第一部が完結となります。
最初に物語を書こうと思いついてから、こうして第一部の最後まで書き切ることができて、自分自身かなり感慨深いです。
ここまで読んでくださった皆様には、本当に感謝しています。
第二部では、ここまでの物語を踏まえて、さらに大きく動いていく予定です。
まだ全くと言っていいほど書けていませんが!
(ほんとに申し訳ないです)
更新は学業との兼ね合いで少し遅くなる可能性がありますが、これからも少しずつ続きを書いていきたいと思います。
実は10月に入ってから、細々とXの方で登場人物のイラストを載せたりしています。
興味を持ってくださった方は、ぜひそちらも覗いてみてください!
以下Xアカウント
@uniunied




