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彩を忘れた私の世界  作者: uniーうに


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統《ちから》の使い道

 私が剣を掲げると、周囲の兵士たちが一斉に武器を構えた。

 先ほどまで守ることしかできなかった帝国軍が、今度は自ら敵軍へ向かって動き始める。

 その動きを見たヴォルカグリムの兵士たちが、こちらへ振り返った。

「敵が来るぞ!」

 誰かの叫び声が響く。

 だが、その声に続く指示はなかった。

 兵士たちはそれぞれの判断で武器を構え、こちらへ向かおうとする。

 その中でも――。

「レイ!」

「はい」

 レイが短く答える。

 彼の視線は、先ほどから騎兵への対応に追われている一つの部隊へ向いていた。

「今です」

 アヤが告げる。

 直後、レイが剣を掲げた。

「帝国軍、あの部隊を狙う!」

 その声に応じるように、帝国兵たちが一斉に駆け出した。

 正面から迫る帝国軍。

 後方から迫るダルマンの騎兵。

 挟まれた部隊は、どちらへ対応すべきか判断できずにいる。

「怯むな! 前の敵を止めろ!」

 ようやく誰かが叫ぶ。

 だが、その声は周囲へ広がらなかった。

 命令に従う者もいれば、後方の騎兵へ振り返る者もいる。

 統率された軍ならば、ここで一つの判断を下すはずだった。

 しかし――。

「……遅い」

 アヤが小さく呟く。

 その瞬間、帝国軍が敵部隊へとぶつかった。

 帝国兵の剣が、ヴォルカグリム兵の武器とぶつかった。

 だが――。

「押せ!」

 誰かの声と共に、帝国兵たちがさらに前へ出る。

 敵兵はそれを受け止めようとするが、周囲との連携が取れていない。

 隣にいた兵士が後退すれば、その分だけ隊列に隙間が生まれる。

 その隙間へ、別の帝国兵が入り込んだ。

「左が空いている!」

「そこを塞げ!」

 敵軍の声が次々と飛び交う。

 ヴォルカグリム軍から聞こえてくるのは、統一された命令ではなかった。

「後ろから来ているぞ!」

「そっちは任せた!」

「誰か指示を――!」

 それぞれが別々の声を上げている。

 その様子を見ながら、私は剣を振るった。

 先ほどまでとは、明らかに違う。

 数で圧倒されているはずなのに――。

「……戦いやすい」

 思わず口から漏れた。

「そうでしょうな」

 隣からダルマンの声が聞こえる。

「敵が多いことと、敵全員と戦わなければならないことは同じではありません」

「……ああ」

 その言葉の意味を、今なら実感できる。

 目の前にいる敵だけを見ればいい。

 後ろから別の部隊が押し寄せてくることもない。

 少なくとも今は――。

「アシュ様!」

 レイの声が響いた。

 視線を向けると、先ほどの部隊が徐々に後退している。

「崩れ始めています」

「ならば――」

 私は敵軍のさらに奥へ目を向けた。

 乱れた部隊がいくつも存在している。

 その中には、まだこちらに気づいていない部隊もある。

「次は、あそこだ」

 私が指を向ける。

 レイとアヤも、同じ方向を見る。

「ええ」

 アヤが頷いた。

「今なら、まだ間に合います」

 レイが剣を構える。

「次へ行きましょう」

 二つ目の部隊へ向かい、さらに一つ。

 敵軍は確実に崩れていた。

 だが――。

「……っ」

 剣を振るう腕が、重い。

 私だけではない。

 周囲の兵士たちも、息を荒くしている。

 確かに敵は混乱している。

 だが、その数そのものが減ったわけではない。

 一つの部隊を崩しても、その先にはまた別の部隊がいる。

「まだ……これほどいるのか」

 目の前には、未だ数え切れないほどのヴォルカグリム兵が残っている。

「アシュ様」

 レイが声を掛ける。

「兵士たちの疲労が限界に近づいています」

「……分かっている」

 ここまで来ても、数の差は消えない。

 作戦によって一度に戦う敵を減らすことはできても、敵軍そのものを消せるわけではなかった。

「このままでは――」

 アヤが言葉を止めた。

 その視線が、敵軍のさらに後方へ向けられている。

「……何だ?」

 私もそちらを見る。

 遠くにあるヴォルカグリムの砦。

 その城門が、ゆっくりと開いていく。

「まさか……」

 門の奥から、次々と兵士が姿を現した。

「……まだ軍がいたのか」

 誰かが呟いた。

 その数は、決して少なくない。

 先ほどまで戦っていた兵士たちとは違う。

 装備も統一され、隊列も整っている。

「国王直属の部隊でしょうな」

 ダルマンが言った。

「……」

 一瞬、誰も言葉を発しなかった。

 疲弊した帝国軍。

 そして、今になって現れた新たな敵軍。

「まずいな……」

 周囲から、そんな声が漏れる。

 私も剣を握り直した。

 ここでさらに戦うとなれば、こちらも無事では済まない。

 だが――。

「……様子がおかしい」

 アヤが呟いた。

「何?」

「あの兵士たち、こちらへ向かってきてはいますが……」

 彼女の視線の先。

 整然と並ぶ兵士たちの中央に、一台の馬車があった。

 その馬車は兵士たちに守られるようにして、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

「……馬車?」

 やがて、馬車が帝国軍の前で止まった。

 扉が開く。

 そして――。

 一人の男が姿を現した。

 豪華な衣服に身を包んだ、年老いた男。

 男は周囲の兵士たちを見渡した後、こちらへ歩いてくる。

「私はヴォルカグリム国王である!」

 その言葉に、周囲が静まり返った。

「……国王?」

 私は思わず呟く。

 男はそのまま私の前まで来ると、両手を広げた。

「降参する!」

「……」

「ヴォルカグリムの民も、領土も、すべて貴国に譲ろう!」

 あまりにも迷いのない言葉だった。

「だから――」

 国王は私を見つめる。

「私だけは助けてくれ!」

「…………」

 沈黙が落ちた。

 私は隣を見る。

 レイも、アヤも。

 そしてダルマンまでもが、何とも言えない表情をしていた。

「……アシュ様」

 レイが口を開く。

「何だ?」

「この方は、本当にヴォルカグリムの国王なのでしょうか」

「……私も今、同じことを考えている」

 国王は、私たちの沈黙をどう受け取ったのか、さらに言葉を続けた。

「私さえ生きていれば、王家という尊い血筋は途絶えぬ。そうであろう?」

「……」

 私は一度、国王の後ろへ視線を向けた。

 そこには、彼に付き従う兵士たちがいる。

 そして、そのさらに後ろにはヴォルカグリムの砦がある。

「一つ、聞いてもいいか」

「もちろんだとも!」

「あなたは、ヴォルカグリムの国王なのだな?」

「そうだ!」

「ならば、なぜ民を守らない?」

 国王の表情が固まった。

「……何?」

「あなたは今、民も領土もすべて譲ると言った」

「ああ。それが最も賢い選択であろう」

「では、その民たちはこれからどうなる?」

「それは……」

 国王は少し考えるように目を逸らした。

「知ったことか。私がなぜ平民のこれからを考えなければならないのだ」

「……」

 思わず、言葉を失った。

 隣にいたアヤは、冷めた表情を浮かべている。

 レイに至っては、珍しく眉を寄せていた。

「では、領土は?」

「好きに使えばよい」

「……あなたが治めてきた国だろう?」

「だからこそ、私が生き残る代わりにくれてやると申しておるのだ!」

 国王は胸を張って答えた。

「……」

 私はしばらく国王を見つめた。

 そして――。

「ダルマン」

「はい」

「私は今まで、これほど理解に苦しむ話を聞いたことがない」

「私も同感ですな」

 ダルマンが珍しく即答した。

「なっ……!」

 国王が顔を赤くする。

「貴様ら、王である私に向かって――!」

 だが、その言葉を最後まで聞く気にはなれなかった。

 私は国王から視線を外し、後ろにいるヴォルカグリム兵たちを見る。

 彼らは何も言わない。

 ただ、自分たちの王を見つめていた。

 その表情から何を思っているのかは、私には分からない。

 だが少なくとも――。

 この国王を守るために、命を懸けたいと思っているようには見えなかった。


 その後、私たちはヴォルカグリム王国の領土へ入った。

 名目は、降伏を受け入れる前に領土の状態を確認するため。

 だが――。

 門を抜けた瞬間、私は言葉を失った。

「……これは」

 街道は酷く荒れていた。

 舗装されていたはずの道には大きな亀裂が走り、場所によっては土が剥き出しになっている。

 道の脇に建つ家々も、長い間修繕されていないのだろう。

 壁は崩れ、屋根には穴が空いている。

 それでも、そこには人が暮らしていた。

「……」

 街を歩く人々の姿も、明らかにおかしかった。

 痩せ細った身体。

 力なく歩く者。

 店先に並ぶ食料を、ただ黙って見つめる者。

 中には、道端に座り込んでいる者までいる。

「この国は飢餓で亡くなる方が大勢います」

 アヤが小さく呟いた。

「兵士が大勢いるのも他の職では生活できないからです」

 アヤは続けて言った。

 私は返事をしなかった。

 目の前に広がる光景が、あまりにも重かったからだ。

 戦場では、ヴォルカグリムの兵士たちを何度も見た。

 だが――。

 その兵士たちが守ろうとしていたはずの国が、こんな状態になっているとは思わなかった。

「アシュ様」

 レイが前方を指差した。

「……あれは」

 その先に、一際綺麗な建物が並んでいた。

 周囲の建物とは明らかに違う。

 壁は綺麗に整えられ、道もきちんと舗装されている。

 庭まで手入れされていた。

「貴族の屋敷でしょうな」

 ダルマンが淡々と言った。

 私たちはさらに進んだ。

 すると、また同じような建物が現れる。

 一つではない。

 二つ、三つと続いている。

 その一方で、その建物のすぐ近くには――。

 崩れかけた家々が並んでいた。

「……同じ国なのか?」

 思わず口に出た。

「どうやら、そうらしいですね」

 ダルマンが答える。

 そして、その先に見えたものを見て、私は足を止めた。

 巨大な城。

 高くそびえる城壁。

 装飾の施された塔。

 遠くからでも分かるほど、豪華な造りだった。

 街のどこよりも立派で、どこよりも手入れされている。

 私はしばらく、その城を見つめていた。

 そのすぐ足元では――。

 一人の子供が、道端に落ちていた何かを拾っている。

「……」

 私は城と、その子供を交互に見た。

 そしてようやく理解した。

 この国では――。

 国を豊かにするために金が使われたのではない。

 民が生きるために必要なものよりも、別のものが優先されていたのだ。

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