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彩を忘れた私の世界  作者: uniーうに


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18/28

砦《じじん》の先は盤《せんじょう》

 まだ朝日が昇りきる前のオーガストホルンに、兵士たちの足音が響いていた。

 城門の前には、整列した兵士たち。

 その後方には、武器や食料を積んだ馬車が続いている。

 私は馬に乗り、並んだ兵士たちを見渡した。

 その隣には、レイがいる。

「準備は?」

「すでに整っています」

 レイは短く答えた。

 私は一度、城へ振り返る。

 ここには、ルミアがいる。

 そして、この街で暮らす人々もいる。

 昨日まで見ていた穏やかな光景が、脳裏に浮かんだ。

 それを守るために、私は戦う。

「……行くぞ」

 私の言葉を合図に、先頭の兵士たちが動き始めた。

 馬の蹄が地面を叩く。

 一頭、また一頭と続き、やがて大勢の兵士たちが城門を抜けていく。

 レオニス帝国軍は、ヴォルカグリムへ向けて進軍を開始した。

 街道を進む軍勢の列は長く、先頭が見えなくなるほどだった。

 しばらくは、何も起こらなかった。

 周囲を警戒しながら進んでいたが、敵の姿は見えない。

 それでも、誰も気を緩めてはいなかった。

 今回の戦いでは、敵がどこから現れるか分からない。

 私も時折、周囲へ視線を向ける。

「……静かですね」

 隣を進むレイが呟いた。

「ああ」

「それより、アシュ様も戦場へ出てきてよろしかったのですか?」

 全然行きたくない!

 なんなら、城の中で守られていたい!

 内心そう思いながらも今の私は雫ではなくアシュなのだからそんな情けないこと言える訳がない。

「まぁ、今度は自分が守る番だと決めたからな」

「さすがアシュ様です」

 そんな会話をしているとルナリアとの国境が見えてきた。

 あまりにも静かだった。

 その時――

「アシュ様!」

 前方から、一人の兵士が馬を駆けさせてきた。

「どうした?」

「偵察隊から報告がございます!」

 兵士は馬を止め、息を整えながら続ける。

「国境付近にて、ヴォルカグリムの小隊を確認したとのことです」

「……敵部隊か」

「はい」

 私はレイを見る。

「規模は?」

「詳しい数はまだ確認できておりません。ただ、少数の部隊だったようです」

「動きは?」

 兵士は一瞬、言葉を詰まらせた。

「それが……」

「何だ?」

「偵察隊が追跡していたところ、途中で見失ったとのことです」

「……見失った?」

 私は眉を寄せた。

 敵は、どこへ消えたのだろう。

 やはり、山間側へ向かうのは避けて正解だな。

「どの辺りで見失った?」

「ルナリア側へ少し入った地点とのことです。偵察隊は周囲を捜索したようですが、発見できなかったと」

「そうか……」

 私は前方へ視線を向ける。

 今いる場所からでは、まだ敵の姿は見えない。

「レイはどう思う?」

「山間部へ向かった可能性はあるでしょう」

「やはりそう思うか」

「はい。山間部なら、身を隠せる場所も多いですから」

 レイは周囲を見渡す。

「ただ、それだけでは断定できません。平地側へ移動した可能性もあります」

「……なるほど」

 敵がどこへ向かったのか。

 今の情報だけでは、判断できない。

「偵察隊には、引き続き周囲を警戒させておいてくれ」

「承知しました」

 兵士は一礼すると、すぐに来た道を戻っていった。

「……妙ですね」

 レイが小さく呟く。

「何がだ?」

「敵がここにいること自体です」

 レイは前方へ目を向けた。

「ヴォルカグリムの本隊がこちらへ進軍している様子はありません。それなのに、小隊だけが国境付近にいる」

「……確かにな」

 何のために、ここへ来ていたのか。

 それが分からない。

「だが、今は考えても答えは出ないな」

「はい」

「ならば、進軍を続けよう」

「分かりました」

 アシュ達は進軍を続けた。


 ◇

 同時刻 ヴォルカグリム軍司令部にて

「そうですか。帝国軍は進軍を開始したのですね」

「はい。現在はルナリアと帝国の国境付近まで進んだようです」

「想定よりも速いですね」

「途中で足止めでも致しましょうか?」

「放っておきましょう。どちらにせよ帝国軍がここまで到達することは不可能ですから」

「承知致しました。アヤ様」

 ◇


 ルナリアへ入ってから、しばらく経ったが、何も起こらなかった。

 街道の両脇には、ところどころ戦いの痕跡が残っている。

 壊れた柵。

 荒らされた畑。

 人の気配がなくなった家々。

 兵士たちも、それらを目にするたびに口数が少なくなっていった。

 私は馬を進めながら、周囲を見渡す。

 何度見てもこの光景には心を苦しめられる。

 今では、人の姿がほとんどない。

「……アシュ様」

 隣からレイの声が聞こえた。

「何だ?」

「先ほどから、ずっと周囲を見ておられますが」

「……少し気になってな」

 私は視線を前へ戻す。

「以前、ルナリアへ来た時よりも悪化していてな」

「なんとも心苦しい光景です」

 レイも周囲へ目を向ける。

「戦争とは、こういうものなのでしょう」

「……ああ」

 短く答える。

 以前の私は、戦争をただの愚行だと思っていた。

 人が人であることを諦め、武器を取り、互いを傷つける。

 だからこそ、戦わずに済む方法を探すべきだと思っていた。

 だが――

 目の前に広がる光景を見ていると、それだけでは足りないのだと思い知らされる。

 戦わないことが、必ず誰かを守るとは限らない。

 そう思わせたのは、あの町の人々だった。

 自分たちではなく、ルミアを生かすために残った人々。

 彼らが残したものを、私は無駄にしたくなかった。

 私は前を向いた。

「もう二度と、同じようなことは起きてほしくないな」

「そうですね」

 それ以上、レイは何も言わなかった。

 軍勢は、静かにルナリアを進んでいく。

 やがて、遠くに大きな山々が見えてきた。

 その手前には、広く開けた平地が続いている。

 私は目を細めた。

「……あそこか」

 レイも頷く。

「ええ。ここから先は、進路が分かれています」

 私は地図を取り出した。

 その先には、二つの道が伸びていた。

 一つは山間部へ続く道。

 もう一つは、広い平地を抜けていく道。

 進軍前にレイと話し合った二つの道だ。

「……ここですね」

 レイが地図を覗き込む。

「ああ。進軍前に話していた場所だ」

「平地側を進む予定でしたね」

「ああ」

 私は山間部へ目を向ける。

「それに、国境付近で見失った小隊のことを考えると……」

「山間部へ入るのは、やはり避けた方がよさそうですね」

「そうだな」

 あの小隊がどこへ消えたのかは、まだ分かっていない。

 もし山間部へ移動していたのなら、あの辺りには身を隠せる場所がいくらでもある。

「では、予定通り平地側を進みましょう」

「ああ」

 レイは頷くと、近くにいた兵士へ指示を出した。

「本隊は平地側へ。山間部への偵察隊も念の為向かわせる」

「承知しました!」

 兵士が駆けていく。

 やがて、長く続いていた軍勢の列が少しずつ進路を変え始めた。

 私たちも馬を進める。

 目指す先は――ヴォルカグリム。

 その国境までは、まだ距離がある。

 しかし、ここまで敵軍が出てこないのは妙に引っかかる。

 てっきりルナリア領土に入ると敵軍に待ち伏せされているものだと思っていたが、そうではないらしい。


 ◇

 その頃、ヴォルカグリム軍司令部では

「帝国軍は平地側の道へと進軍したようです」

「そうでしょうね」

 (そのために見える場所に小隊を配置したのですから)

「しかし、小隊への指示は帝国軍が進軍を始め次第、撤退というだけでよろしかったのでしょうか?」

「ええ、問題ありません。それに、万が一帝国軍に捕まっても指示がそれだけなら作戦に影響は出ませんから」

「そこまで読んでいたのですね。失礼致しました」 

「帝国軍の全軍が平地へ入り次第、作戦を開始してください」

「では、そのように指示致します」

「帝国領を一歩出れば、そこはすでに戦場ですよ」

 ◇


 平地へ入ってから少し経った時だった。

「……何だ?」

 先頭を進んでいた兵士の声が聞こえた。

 その直後――

 馬の足が、地面へ沈んだ。

「うわっ!」

 馬が大きく体勢を崩す。

 兵士が慌てて手綱を引いた。

「どうした!」

 後方から声が飛ぶ。

「足元が……!」

 私は前方へ目を向けた。

 先ほどまで見えていたのは、広く平らな道だった。

 だが――

 近づいてみると、その地面は異様なほどぬかるんでいた。

 馬の蹄が沈み、車輪も泥に取られている。

「……これは」

 レイが眉を寄せた。

「地面がぬかるんでいます」

「見れば分かる」

 私は馬を少し進める。

 私の馬の蹄も、柔らかな地面へ沈んだ。

「……っ」

 思っていたより深い。

 これでは、普段のようには進めない。

「全軍、注意して進め!」

 レイが兵士たちへ指示を出す。

「馬車は速度を落とせ! 隊列を崩すな!」

「承知しました!」

 次々と兵士たちが指示を伝えていく。

 だが、問題はそれだけではなかった。

 前方へはどこまでも、ぬかるみが続いていた。

「……ここだけではないのか」

「そのようですね」

 レイが周囲を確認する。

「この先も、同じ状態のようです」

 私は地面を見つめた。

 平地なら、山道よりも進みやすい。

 だからこそ、この道を選んだ。

 それなのに――

「……妙だな」

「ええ」

 レイも同じことを感じているようだった。

「雨でも降ったのでしょうか?」

「しかし、ここまでぬかるむほどの雨が降ったようには見えない」

 空を見上げる。

 雲は少ない。

 少なくとも、直前まで大雨が降っていたようには思えなかった。

「……何かがおかしいですね」

「ああ」

「それに、水によるぬかるみよりもまとわりついてくる気がする」

「確かにそうですね」

 私は前方を見る。

 このままでは、進軍速度が大きく落ちる。

「アシュ様。進路を戻しますか?」

 近くにいた兵士が尋ねてきた。

 私は後方へ目を向ける。

 そこには、長く続く帝国軍の列があった。

 これだけの大軍を、今から方向転換させる。

 それだけでも相当な時間がかかるだろう。

 ましてや、後方には大量の物資を積んだ馬車まで続いている。

「……いや」

 私は前方へ向き直った。

「このまま進む」

「よろしいのですか?」

「ああ」

 私はぬかるんだ道を見つめる。

「確かに進む速度は落ちる。だが、今から全軍を引き返して別の道へ向かう方が時間がかかる」

「……確かに」

「それに、ここまで進んできた軍を一度止めれば、隊列を整えるだけでも時間を使う」

 私は手綱を握り直した。

「遅くても、進んだ方が早い」

「承知しました」

 兵士は頷き、前方へ戻っていった。

「レイ」

「はい」

「進軍速度が落ちる分、周囲への警戒を強めよう」

「分かりました」

 レイは周囲の兵士へ指示を出す。

 帝国軍は、ぬかるんだ平地をゆっくりと進み始めた。

 馬の蹄が泥へ沈む。

 馬車の車輪が重く回る。

 先ほどまでとは比べものにならないほど、進軍速度は落ちていた。

 それでも――

 私たちは前へ進むしかなかった。

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