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彩を忘れた私の世界  作者: uniーうに


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闘《へいわ》への道

 数日が経った。

 オーガストホルンの街は、少しずつその姿を変えていた。

 街道を行き交う馬車。

 次々と運び込まれる武器や食料。

 城へ集められていく兵士たち。

 数日前まで、穏やかな日常が広がっていた街には、戦いへ向けた緊張が少しずつ広がっていた。

 私は城の中を歩きながら、その光景を眺めていた。

「こちらが帝都から届いた物資になります!」

「武器は兵士たちの配置に合わせて分けておけ!」

「食料は余裕を持って確保しておけ。進軍が長引く可能性もある!」

 あちらこちらから兵士たちの声が聞こえてくる。

 帝都からの増援も、少しずつ到着していた。

 必要な物資も揃いつつある。

 ヴォルカグリムへ進軍するための準備は、着実に整っていた。

 私は足を止め、窓の外を見る。

 城門の向こうには、集められた兵士たちが見える。

 これから始まる戦いのために、彼らはここへ集まっている。

 私は静かに息を吐いた。

 もう、後戻りはできない。

 それでも――迷いはなかった。

 ヴォルカグリムを止める。

 そのために、私は戦うと決めたのだから。


 その日の夕刻。

 私は会議室へ向かっていた。

 扉を開けると、すでにダルマンが一人で地図を眺めていた。

「ダルマン」

「アシュ様」

 ダルマンは地図から顔を上げる。

「少し、お話があります」

「何だ?」

「私は、一度帝都へ戻ろうと思います」

「……帝都へ?」

 突然の言葉に、私は眉を寄せた。

「はい」

 ダルマンは地図の上に置かれていた補給路を指差した。

「今回の進軍では、多くの兵士と物資が必要になります。前線へ運び続けるためには、帝都との連携が欠かせません」

「それなら、ここから帝都へ指示を出せばいいのではないか?」

「もちろん、それでも可能ではあります」

 ダルマンは一度言葉を切った。

「ですが、今回ばかりは後方の管理を私自身が行った方がいいでしょう」

「……なるほど」

 私は地図を見る。

 オーガストホルンからヴォルカグリムへ向かうには、長い補給路が必要になる。

 兵士が増えれば、それだけ必要となる食料も武器も増える。

 戦いが長引けば、さらに多くの物資が必要になるだろう。

「前線だけを見ていては、戦争は続けられない……ということか」

「その通りです」

 ダルマンは頷いた。

「帝都には、まだ多くの仕事があります。増援の手配、物資の確保、それらを前線へ送り届けるための調整。私が帝都に戻れば、アシュ様が戦場に集中できる環境を整えられます」

「……分かった」

 私は頷いた。

「帝都のことは任せる」

「お任せください」

 ダルマンはそう答えると、地図の上へ視線を戻した。

「それと、もう一つございます」

「何だ?」

「前線のことです」

 ダルマンはオーガストホルンを指差した。

「私が帝都へ戻る以上、ここでアシュ様を支える者が必要になります」

「……確かに」

「そこで、すでに手配してあります」

「手配?」

「はい」

 ダルマンは静かに頷いた。

「レイ殿を、帝都からオーガストホルンへ向かわせています」

「……レイを?」

「ええ」

 私は少し驚いた。

 レイは武力だけではない。

 戦況を読む力にも長けている。

 前線で軍を動かすのであれば、これ以上ない人材だろう。

「そこまで考えていたのか?」

「前線と後方、その両方を整える必要がありますから」

 ダルマンは淡々と答えた。

「戦力を増やすだけでは、戦争には勝てません。兵士を動かし、支える者も必要です」

「……なるほどな」

 私は思わず笑った。

「相変わらず、抜け目がないな」

「必要なことをしているだけですよ」

 そう言って、ダルマンは小さく笑った。

「レイ殿が到着すれば、前線での策についても相談できるでしょう」

「そうだな」

 私は頷く。

「ならば、後方は任せる。私はここでレイと共に軍をまとめよう」

「承知しました」

 ダルマンは地図を見つめながら続けた。

「では、明日の朝には帝都へ向かいます」

「分かった」

 私はダルマンへ向き直る。

「帝都を頼む」

「お任せください、アシュ様」

 そう答えたダルマンの表情には、迷いがなかった。

 前線に立つ者。

 後方を支える者。

 それぞれの役割が、少しずつ定まっていく。


 翌朝。

 ダルマンは予定通り、帝都へ向けて出発した。

 城門の前まで見送りに出た私は、遠ざかっていく馬車をしばらく眺めていた。

「……行ったな」

「はい」

 隣にいた兵士が答える。

 これからダルマンは帝都で、増援や物資の手配を行う。

 前線にいる私たちとは、別の場所で戦争を支えることになる。

「さて……」

 私は城へ戻ろうとした。

 その時だった。

「アシュ様!」

 後ろから兵士が駆けてくる。

「どうした?」

「先ほど、帝都からの部隊が到着しました」

「帝都から?」

「はい。ですが――」

 兵士は少しだけ言葉を濁した。

「その中に、レイ殿がいるようです」

「……もう着いたのか?」

 私はすぐに城門へ向かった。

 城門の外には、数人の兵士とともに一人の男が立っていた。

 見慣れた姿。

 レイ・ヤクモ。

「アシュ様」

「レイ」

 久しぶりに見る顔だった。

「お待たせしました」

「ダルマンから聞いた。私と共に戦うために来たんだな」

「はい」

 レイは頷いた。

「ダルマン殿から、前線でアシュ様を支えるようにと」

「そうか」

 私はレイを見る。

 その姿からは、以前と変わらない落ち着きが感じられる。

「……それにしても」

 私は少しだけ笑った。

「相変わらず早いな。昨日手配したと思ったら、もう来たのか」

「帝都からここまでは、それほど時間はかかりませんから」

 そこまで近くないのだがと内心思いながら私は会話を続けた。

「早速だが、場所を移そうか」

「そうですね」

 レイが隣へ並ぶ。

 歩きながら、私はヴォルカグリムのことを話した。

 国境付近で確認された複数の部隊。

 明確な進軍の動きはないこと。

 そして、こちらも進軍の準備を進めていること。

 レイは黙って聞いていた。

「……妙ですね」

「やはりそう思うか?」

「はい」

 レイは少し考えるように目を細めた。

「部隊を分散させている理由が分かりません」

「私もだ」

「実際に地図を見ながら考えましょう」

「ああ」

 城の中へ入り、会議室へ向かう。

 扉を開くと、そこには昨日と同じように地図が広げられていた。

 地図にはオーガストホルン周辺からヴォルカグリムまでの地形が細かく描かれてた。

 私は席につく。

 レイも向かい側へ座った。

「さて……」

 私は国境付近に置かれたいくつもの印を見つめた。

「まずは、ここだな」

 私は指で国境付近を示す。

「先日の報告にあったヴォルカグリムの部隊だ」

「はい」

 レイも地図へ視線を落とす。

「複数の部隊が、一定の距離を保ちながら展開しているようですね」

「ああ。だが、どの部隊もこちらへ向かってくる様子はない」

「ならば、再び侵攻してきているとは考えにくいですね」

「私もそう思う」

 レイはしばらく地図を見つめていた。

「……ですが、撤退した軍がここまで国境へ近づく理由も分かりません」

「そうなんだ」

 私は腕を組む。

「何かを警戒しているのか。それとも、別の目的があるのか」

「可能性はいくつかあります」

 レイは地図上の印を一つずつ確認していく。

「ですが、今の情報だけでは絞り込めませんね」

「そうだな」

「……無理に答えを出す必要はないですね」

「なぜだ」

「分からないものを、分かったつもりになる方が危険です」

 レイは地図から目を離さずに言った。

「今は敵の目的を探ること。それと同時に、こちらの準備を進める。その方がいいでしょう」

「なるほど」

 私は小さく頷いた。

「では、軍の進路について考えましょう」

「ああ」

 レイは地図の上を指でなぞった。

「ヴォルカグリムへ向かうなら、まずこの街道を通ることになります」

「そうだな」

「ですが、ここには山があります」

 指が山間部へ移る。

「大軍を通すには時間がかかるでしょう。敵が潜んでいる可能性も高い」

「なら、平地を通るか」

「はい。ただし、こちらは敵を見つけやすいですが、逆もまた然りです」

「……どちらも一長一短か」

「そういうことです」

 私は地図を見つめる。

 戦争では、完璧な道など存在しない。

 どの道を選んでも、何かしらの危険がある。

「レイ」

「はい」

「お前なら、どちらを選ぶ?」

 レイは少し考えた。

「……平地側です」

「なぜだ?」

「敵の位置が分からないので、仮に敵が現れてもすぐに対応できる広い道を通るべきかと」

「なるほど」

 私は頷く。

「それに、敵小隊が見張っている以上見つかるのは時間の問題です」

「確かに」

「ならば、こちらから見つける前提で動いた方がいいな」

「そうですね」

 レイは少し考えたあと、口元を緩めた。

「では、平地側へ進軍致しましょう」

「ああ」

「ですが、この選択が必ずしも正しいとは限りません」

「なら――」

「両方の可能性を考えておこう」

「分かりました」

 レイも頷く。

「実際の進軍までに偵察を増やし、敵の配置が分かれば判断を変える」

「わかりました」

 私たちは再び地図へ目を落とした。

 まだ、敵の目的は分からない。

 それでも、少しずつ戦いへ向けた準備は整っていく。


 それから、さらに数日が経った。

 帝都からの増援も揃い、武器や食料も十分に確保された。

 兵士たちはそれぞれの隊へ配置され、進軍するための準備も整っている。

 私は城壁の上から、街の外に広がる光景を眺めていた。

 そこには、出陣を待つ兵士たちが並んでいる。

 その隣には、何台もの物資を積んだ馬車が並べられていた。

「準備は整ったようですね」

 隣に立つレイが言う。

「ああ」

 私は頷いた。

「これなら、いつでも出られる」

 レイは城下へ視線を向ける。

「……いよいよですね」

「ああ」

 私はヴォルカグリムのある方角へ目を向けた。

 ルナリアで見た光景が、脳裏をよぎる。

 もう、あのような光景を見たくはない。

 だからこそ――

「隊列を組み終え次第、進軍を開始する」

「承知しました」

 レイが静かに頷く。

 私はもう一度、街を見た。

 人々が暮らす街。

 家族と過ごす人々。

 笑い合う人々。

 その日常を守るために、私は戦う。

「……行こう」

 小さく呟く。

 ——数刻後。

 レオニス帝国軍は、ヴォルカグリムへ向けて進軍を開始した。

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