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彩を忘れた私の世界  作者: uniーうに


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15/28

懐《まもる》べき日常

 翌朝。

 オーガストホルンの街は、戦いがあったとは思えないほど、穏やかな朝を迎えていた。

 通りには人々が行き交い、店先には商品が並べられている。

 聞こえてくるのは、商人たちの呼び声や、道を走り回る子供たちの声。

 いつもと変わらない日常が、そこにはあった。

 私は城の窓から、その光景を眺めていた。

 数日前まで、ここにはヴォルカグリム軍が迫っていた。

 それでも街の人々は、何もなかったかのように今日を生きている。

 それが、少し不思議だった。 

「アシュ様」

 後ろから声が聞こえた。

 振り返ると、そこにはルミアが立っていた。

「どうした?」

「せっかく街に来たのですから、少し歩いてみませんか?」

「……街を?」

「はい」

 ルミアは小さく笑った。

「今日は、少しくらい街を見て回ってもいいのではないでしょうか」

「そうだな」

 私は頷いた。

 そして、ルミアと共に城を出た。

 街へ降りると、すぐに人々の声が耳に入ってくる。

「いらっしゃい!」

「今日は新しい野菜が入ってるよ!」

「こら! 走るな!」

 そんな声が、あちらこちらから聞こえてくる。

 私はその光景を眺めながら歩いた。

「……賑やかですね」

「ああ」

 隣を歩くルミアも、楽しそうに街を見回している。

 しばらく歩いていると、彼女が一軒の店の前で足を止めた。

「……」

「どうした?」

「いえ……」

 ルミアの視線の先には、生地を薄く広げクリームやフルーツを包んだ菓子が作られていた。

「……食べたいのか?」

「え?」

「食べたそうな顔をしながら見ていただろう」

「そ、そういうわけでは……」

 ルミアは少しだけ視線を逸らした。

「ただ、綺麗だなと思っただけです」

「そうか」

 私は店へ向かう。

「えっ、アシュ様?」

「一つもらおう」

「ちょっと、待ってください!」

 慌てて追いかけてくるルミアを見て、私は思わず笑った。

 昨日までの緊張が嘘のように、街には穏やかな空気が流れていた。

 ここには、こんな何気ない時間がある。

 それが、妙に心地よかった。

 店を出ると、ルミアは手にした菓子を眺めていた。

「……ありがとうございます」

「礼を言うほどのものではないだろう」

「でも、買っていただきましたから」

「そうか」

「はい」

 ルミアは嬉しそうに笑うと、小さく一口かじった。

「……美味しいです」

「私も一口もらおうか」

「えっ!」

 驚いた表情を浮かべるルミアを横目に一口食べる。

 甘い。

「そういえば」

 歩きながら、ふと思った。

「ルミアは普段から街を歩くのか?」

「そうですね……。あまり出歩くことはありませんでした」

「そうなのか?」

「はい。私は賑やかなのも好きですが、家でゆったりと過ごす時間も好きなので」

「なるほど」

 それからしばらく、他愛のない話をしながら歩いた。

 どんな食べ物が好きなのか。

 普段は何をしているのか。

 そんな話をしているうちに、私はふと気になった。

「そういえば、ルミア」

「はい?」

「歳はいくつなんだ?」

「……私ですか?」

「ああ」

 ルミアは少し考えるように首を傾げた。

「十九歳です」

「…………」

 私は足を止めた。

「……十九?」

「はい」

「私より二つ上なのか?」

「……ということは、アシュ様は十七歳なのですね」

 ルミアは驚きながらも不思議そうに私を見る。

「ああ」

「では、私の方が年上ですね」

「……そうだな」

 私は改めてルミアを見る。

 小柄な身体。

 穏やかな表情。

 どう見ても、私より年上には見えない。

「……もっと下かと思っていた」

「……やっぱり」

 ルミアの頬がぷくっと膨れた。

 指でつつきたくなる咄嗟の衝動をなんとか抑えていると、ルミアが何か言いたそうにしていることに気づいた。

「何だ?」

「いえ。以前からよく言われていたので」

「そうなのか?」

「はい。子供に間違われることもあります」

「…………」

 確かに、この街に来た時も間違われていたな。

 私は少し考えた。

「……では、これからはルミアさんとお呼びした方がいいでしょうか」

「え?」

「年上ですから」

「い、いえ! そこまで気を遣わなくても大丈夫です!」

「しかし……」

「今まで通りでお願いします」

 ルミアは困ったように笑った。

「私も、今まで通りアシュ様とお呼びしますから」

「……分かった」

 私は頷いた。

「では、今まで通りにしよう」

「はい」

 そう言って、ルミアは笑った。

 私も、つられて少しだけ笑う。

「それに……せっかくルミアと呼んでくれるようになったのですから」

「……」

 確かに、気づいた時にはルミアのことを呼び捨てにしていた。

 出会ったばかりなのにルミアの飛び抜けた親しみやすさと安心感から呼び捨てにしてしまっていたのか。

「やはりルミアさんと呼んだ方がいいかな?」

「なぜですか!」

「冗談だ」

 私がそう言うとルミアは笑った。

 眩しすぎる笑顔だった。

 それからも、私たちは街を歩き続けた。

 店を眺めたり、行き交う人々の様子を見たり。

 特別なことは何も起こらない。

 けれど、それが妙に心地よかった。

 しばらく歩いていると、通りの端で一人の男性が手を押さえているのが見えた。

「どうしました?」

 ルミアが声をかける。

「いや、大したことじゃない。ちょっと切っただけだ」

 男性の手には、小さな傷があった。

「少し見せてください」

「え? いや、これくらいなら――」

「大丈夫ですから」

 ルミアは男性の手をそっと取った。

 ルミアは持っていた布を取り出し、傷口を丁寧に拭う。

「少し染みるかもしれません」

 そう言って、薬草から作られた軟膏を塗り、布を巻いていく。

 その手つきは慣れていて、無駄がなかった。

「これで大丈夫です。今日はあまり無理をしないでくださいね」

「……ありがとう」

 男性は少し照れくさそうに笑った。

「いえ。お大事にしてくださいね」

 男性が去っていく。

 ルミアは何事もなかったかのように、再び歩き始めた。

「どこにいても、人を助けるんだな」

「困っている人がいたら、助けたいと思うだけですよ」

「そうか」

 その言葉に、私は少しだけ考えた。

 あの町でも、彼女は同じだった。

 誰かを癒やし、誰かの心に寄り添っていた。

 だからこそ、あの人たちはルミアを逃がそうとしたのだろう。

「……ルミアは、強いな」

「え?」

「いや……何でもない」

 ルミアは不思議そうに私を見たが、それ以上は聞かなかった。

 しばらく歩いていると、ルミアは手にしていた菓子を食べ終えていた。

「……美味しかったです」

「そうか」

 満足そうに笑うルミアを見て、私は少しだけ笑った。

 そのとき、通りの先から子供たちの笑い声が聞こえてきた。

 数人の子供たちが、道の端で楽しそうに遊んでいる。

 そのうちの一人が、私たちに気づきこちらへ駆け寄ってくる。

「見たことない目の色してる」

「……私ですか?」

 ルミアが自分を指差す。

「うん!」

 確かに、ルミアの瞳や髪の色は帝国内では珍しいものだった。

 子供はルミアの前まで来ると、今度は隣にいる私を見上げた。

「お兄ちゃんと一緒なの?」

「え?」

 ルミアが目を丸くする。

「この方は――」

「お兄ちゃん、背高いね!」

「強そう」

「…………」

 思わず言葉に詰まった。

「いいなぁ、こんなお兄ちゃんがいて!」

「ち、違います!」

 ルミアが慌てて首を横に振る。

「この方は私の兄ではありません!」

「えー? でも、お兄ちゃんでしょ?」

「違いますってば!」

 必死に否定するルミアを見て、私は少しだけ笑った。

「……どうやら、また間違えられたな」

「笑い事ではありませんよ!」

 ルミアが頬を膨らませる。

「私はこれでも十九歳なんですから」

「そうだったな」

「さっきも言いましたよね?」

「ああ」

 そんなやり取りをしていると、別の子供がこちらへ駆け寄ってきた。

「ねえねえ! どこから来たの?」

「えっと……」

 ルミアは少しだけ考えてから、柔らかく笑った。

「遠いところから来たんですよ」

「どこ?」

「それは秘密です」

「えー!」

 子供たちが一斉に声を上げる。

 その様子を見て、ルミアは楽しそうに笑った。

 けれど――

 ほんの一瞬だけ。

 その笑顔が、寂しそうに揺れた。

「……ルミア?」

「……いえ」

 私が声をかけると、ルミアはすぐに笑顔へ戻った。

「何でもありません」

 そう言って、子供たちへ目を向ける。

 その姿を見ながら、私は何も聞かなかった。

 きっと、今は聞かない方がいい。

 それでも、彼女が何を思い出したのかは分かっていた。

 あの町で出会った子供たち。

 笑っていた人々。

 そして――もう戻らない日常。

 私は静かに街を見渡した。

 人々は笑い、商人は声を上げ、子供たちは走り回っている。

 何も変わらないように見える、いつもの街。

 けれど、昨日までの私には見えていなかった。

 この何気ない光景が、どれほど大切なものなのか。

「……アシュ様?」

「何でもない」

 私はそう答え、再び歩き出した。

 隣にはルミアがいる。

 そんな何でもない一日が、妙に心地良い。

 そして私は思う。

 この街にあるような、何気ない日々を。

 笑い声が聞こえる毎日を。

 誰もが当たり前のように過ごせる時間を。


 ――これからも、失わせたくない。


 そう思いながら、私はルミアと並んで歩いていた。

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