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彩を忘れた私の世界  作者: uniーうに


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12/28

識《し》りて、惑う

 私はルミアと出会ったその日の夜、あることに気づいた。

 オーガストホルンへ来る時に馬車の中で見たあの夢のような光景。

 もし、あれが実際に過去に起きた出来事だったとしたら——

 この戦いが始まる前に、話し合いが行われていないのはおかしい。

 それに、あの時に来ていた使者。

 身に纏っていたのは、間違いなくルナリア王国の紋章が入った装いだった。


 ならば、なぜ——。


 ルナリア王国は、レオニス帝国と話し合うことなく戦争を始めたのだろうか。

 

 ……いや。

 

 そもそもあれは本当にルナリア王国の使者だったのだろうか。

 いくら考えても、答えは出なかった。

 私はその疑問を抱えたまま、眠りについた。


 ――夢を見ていた。

 何かを追いかけるように。

 何かから逃げるように。

「……違う……」

 自分でも何を言っているのか分からない。

 ただ、頭の中をいくつもの光景が駆け巡っていた。

「……やめろ……」

 苦しさに身体を動かす。

 すると——。

「……大丈夫ですよ」

 優しい声が聞こえた。

 その声に導かれるように、私はゆっくりと目を開けた。

「……ルミア?」

「はい」

 目の前には、心配そうにこちらを見つめるルミアがいた。

「ずっとうなされていました」

「……そう、だったのか」

「何度か声をかけたのですが、なかなか目を覚まさなくて……」

 そう言って、ルミアは少し困ったように笑った。

「なので、起きるまでここにいました」

「……ありがとう」

 まだ頭の中には、先ほどまで見ていた光景が残っている。

 けれど、ルミアの声を聞いていると、不思議と心が落ち着いていった。

 昨夜まで胸を締めつけていた疑問も、今は少しだけ遠く感じる。

 私はゆっくりと身体を起こした。

「……もう、大丈夫」

「本当ですか?」

「うん」

 ルミアは安心したように微笑んだ。

 その笑顔に、私は小さく息を吐いた。

 そして、部屋の外へ目を向ける。

 朝の光が、静かに差し込んでいた。


 私はルミアとともに、宿を出た。

 朝の街には、人の姿がほとんどなかった。

 戦争に巻き込まれる前なら、もっと多くの人が行き交っていたのだろう。

 けれど今は、通りを歩く人々の表情から活気が失われていた。

「……こっちです」

 ルミアが先を歩く。

 私はその後を追いながら、周囲を見渡した。

 昨日は気づかなかったものが、次々と目に入ってくる。

 壁に残された傷。

 崩れた建物。

 瓦礫の中から何かを探す人々。

 そして——。

「……」

 足が止まった。

 一人の老人が、崩れた家の前に座り込んでいた。

 その手には、焼け焦げた木片が握られている。

「ここに……家があったんだ」

 誰に聞かせるでもなく、老人は呟いた。

「妻と……息子と……ずっと暮らしていた」

 私は何も言えなかった。

 少し先では、母親が子どもの手を握って歩いている。

 子どもは何度も振り返りながら、壊れた街を見ていた。

「……怖い」

 小さな声が聞こえた。

 その一言が、胸に突き刺さった。

 私は拳を握った。

 戦争。

 その言葉だけなら、私は何度も聞いてきた。

 国同士が争い、兵士同士が戦う。

 けれど——。

 ここにいる人たちは、戦ってなどいない。

 ただ、そこで暮らしていただけだ。

 それなのに、家を奪われ、家族を失い、怯えながら明日を待っている。

「……こんなの」

 声が震えた。

「……戦争なんて、やるべきでない」

 ルミアが振り返る。

「アシュ様……」

「どうして……」

 私は街を見渡した。

「どうして、こんなことが平気でできるんだ」

 答えは返ってこなかった。

 当然だ。

 誰にも答えられるはずがない。

 ただ、遠くから聞こえる人々の声だけが、静かな街に響いていた。

 私は目を伏せる。

 そして、昨夜の疑問が再び頭をよぎった。

 あの使者。

 ルナリア王国の紋章を身につけていた人物。

 もし、本当にルナリア王国の使者だったのなら——。

 なぜ、こんなことになった?

 なぜ、ルナリアはレオニス帝国との話し合いを求めたのだろう。

 そして——。

 なぜ、帝国を攻めてきたのは、ルナリアではなくヴォルカグリムなのだろう。

 私は拳を強く握りしめた。

 何かがおかしい。

 私が見た過去と、今ここにある現実。

 その二つは、完全には重ならない。

 まるで——。

 どこか一箇所だけ、歴史の歯車が噛み合っていないように。

 その違和感を抱えたまま、私はルミアとともに街を歩き続けた。

 

 この町にいる人々の多くが、どこか疲れ切った表情をしている。

「……ルミア」

「はい?」

「この町にいる人たちは、ここに住んでいる人たちなのか?」

 私が尋ねると、ルミアは少しだけ周囲を見渡した。

「いいえ」

「……違う?」

「この町の人もいます。でも……多くは、近くの町から逃げてきた人たちです」

「近くの町から?」

「はい。ヴォルカグリム軍が攻めてきて……逃げることができた人たちが、ここへ集まってきました」

 私は黙って周囲を見渡した。

 昨日見た人々。

 老人も。

 子供も。

 家族を連れた者も。

 その多くが、この町で暮らしていたわけではない。

 ただ、生き延びるためにここへ逃げてきたのだ。

「ここの町は安全なのか?」

「……いいえ」

ルミアは静かに首を横に振った。

「今はヴォルカグリム軍が一時的に離れているだけです。いつ戻ってきても、おかしくありません」

「……それなのに、みんなここにいるのか?」

「行く場所がないんです」

 ルミアはそう答えた。

 近隣の町から逃げてきた人たちは、さらに逃げようにもヴォルカグリム軍がどこにいるか分からない。

だから、神をも縋る思いでルミアを頼ってこの町に身を寄せている。

「……それで、みんなルミアを頼っているのか」

 私がそう言うと、ルミアは少し困ったように笑った。

「私にできることなんて、ほんの少しですよ」

「それでも、みんなは君のところへ来たんだろ」

「……はい」

 ルミアは小さく頷いた後に続けて言った。

「だから……私にできることがあるうちは、ここにいます」

 

 その時だった。

 

 遠くから、重い足音が聞こえてきた。

 複数。

 それも、こちらへ近づいてくる。

 ルミアの表情が変わった。

「……ヴォルカグリム軍です」

「……!」

 町の空気が、一瞬で変わった。

 誰かが叫ぶ。

「ヴォルカグリム軍が戻ってきたぞ!」

 その声を合図に、人々が一斉に動き始めた。

「隠れてください!」

 ルミアが声を上げる。

 人々は建物の中へ入り、物陰へ身を隠していく。

 先程まで人の声がしていた通りは一瞬にして静寂に包まれた。

 私とルミアも、建物の陰へ身を隠す。

 しばらくして――。

 鎧の擦れる音が聞こえてきた。

 ヴォルカグリム軍が、町へ入ってきた。

 兵士たちは周囲を見渡しながら、ゆっくりと通りを進んでいく。

 まるで、自分たちの町であるかのように。

「…………」

 私は息を殺して、その様子を見つめる。

 その時だった。

「……お母さん?」

 小さな声が聞こえた。

 私は声のした方へ視線を向けた。

 少し離れたところに、一人の子供が立っている。

 隠れるのが遅れたのだろう。

 周囲を見渡し、不安そうにしている。

「……お母さん、どこ?」

 その声に、ルミアが身を乗り出した。

「……!」

 私はすぐにルミアの腕を掴んだ。

「待て」

「でも……!」

 子供は周囲を見渡しながら、誰かを探している。

 そして――。

 自分の知っている人の姿を見つけたのか、別の建物へ向かって走り出した。

「……こっち!」

 隠れていた住民の一人が、子供を建物の中へ招き入れる。

 しかし。

「……今、声が聞こえなかったか?」

 兵士の声がした。

 足音が止まる。

 そして――。

「……あっちの方でした気がするな」

 複数の兵士が、建物へ向かって歩き始めた。

「まずい……」

 私が呟く。

 扉が乱暴に開かれた。

「いたぞ!」

 建物の中から悲鳴が上がる。

 隠れていた人々が、次々と外へ引きずり出されていく。

「嫌だ!」

「離して!」

「この子だけは……!」

 その中に、先ほどの子供もいた。

「お母さん……!」

 泣きながら叫ぶ。

 その声を聞いた瞬間――。

「……!」

 ルミアが立ち上がろうとした。

「ルミア!」

 私は慌てて腕を掴む。

「離してください!」

「駄目だ!」

「でも、あの子が……!」

「今出たら、君まで捕まる!」

「それでも……!」

 ルミアは必死に子供たちの方を見つめている。

 その目には、恐怖よりも強いものがあった。

 ――助けなければ。

 ただ、それだけだった。

 私はルミアを押さえながら、歯を食いしばった。

「……今は、駄目だ」

 自分に言い聞かせるように呟く。

「ここで出れば……隠れている人たちまで見つかる」

 ルミアの身体が止まった。

 けれど、その視線だけは離れない。

 ヴォルカグリム兵たちは、捕らえた人々を連れていく。

 子供たち。

 そして、若い女性たち。

 抵抗する者には容赦なく手を上げ、逃げようとする者を力ずくで押さえつけていく。

 やがて、通りの一角から悲鳴が聞こえた。

 そして――再び静かになった。

「…………」

 誰も動けない。

 誰も声を出せない。

 ただ、目の前で連れていかれる人々を見つめるしかなかった。

 ルミアは、唇を噛みしめていた。

 その目には、涙が浮かんでいる。

「……助けられなかった」

 小さく、震える声だった。

 私は何も言えなかった。

 正しい判断だったのか。

 それすら、自信が持てない。

 ただ一つ分かるのは――。

 この町に残っている人々も、もう安全ではないということだった。


 私はその時になって気づいた。

 ここへ来るまでの道で増えていた馬車の跡。

 建物を避けることなく進んでいた、いくつもの痕跡。

 あれが何を意味していたのか。

 ヴォルカグリム軍は、ただ町を攻め落としていたのではない。

 人々を追い立て、逃げ場を奪い――

 若い女性や子供たちを攫いながら、侵攻していたのだ。

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