5話
「銀河歌劇「スター・ウィッシュ」に、出演決定」
ゴールデンウィーク半ばの正午前。連休に大量の宿題を出されるのは中学も高校も変わらないようで、あずさは朝から黙々と机に向かっていた。が、それなりに時間が経てば集中も切れてしまう。それで息抜きに一咲のSNSを見たら、そんな情報が上がっていた。
「スター・ウィッシュ」は原作はソーシャルゲームで、星座をモチーフとした男の子たちがある星の平和と秩序を守る存在「アイドル」として、異星からやってきたモンスターや侵略者を相手に歌とダンスから成るエネルギーを使って戦う、という作品らしい。
一咲はりゅう座をモチーフとしたクールなエリートアイドル、ドーラという青年を演じる。銀髪で右目は眼帯で隠れており、衣装は黒をベースに金が映え、ひらひらと布量が多い。背面の方は竜を意識してかロングテールの作りになっている。
「か、かっこいい……」
立ち絵の時点でこれだけかっこいい存在を生で観られたら。しかし、原作を知らない作品の舞台を観に行っていいものだろうか。
「……ゲーム、入れてみようかな」
ゲームもそれなりに嗜んではいるが、ソーシャルゲームはあまりやったことがない。だが一咲が出る舞台は気になるし、一咲が扮するドーラがかっこよくてどんな存在なのかが気になった。基本プレイは無料らしからさっそくダウンロードをしつつ、あずさは公演スケジュールを見た。
公演は八月末。部活に入っていない学生のあずさは、平日の昼公演でなければいつでも行けはする。できることなら複数回通いたい。
「ヘヴステ」の公演を二度観た今のあずさには、かつて遥が熱烈に語っていた「それ以外の日程のパフォーマンスは見逃したら生涯見れない」がなんとなく理解できていた。シナリオの内容は変わらずとも、生きている人間がリアルタイムで演じているのだ、声も表情も仕草もその日そのときによって違う部分があったりする。そしてその変化が新たな感動や想像を観客に齎すこともある。
それに、その人が演じるそのキャラクターや物語を生で観られる機会は限られている。
「ヘヴステ」が終わった後の喪失感はすごかった。千秋楽の配信映像は配信期間いっぱい何度も繰り返し見たし、公演の映像が収録されたディスクは販売されれるし予約もしたが、それはそれとしてもう二度と肉眼で一咲が演じるトーマが観れないと思うと……とても、寂しい。「すごい人気だったからきっと続編あるよ元気出して」遥は泣きそうな顔で言ってくれたが。
今日からチケットの最速先行抽選がはじまるらしく、本当にたくさんの日程を指定して賭けたいところではあるのだが……。
一咲は五月末には朗読劇、六月にはあずさも見ていたアニメ作品を原作とした舞台の出演が予定されている。そのどちらもすでにリセールや一般販売でチケットを獲得していた。そしてチケット代は安くはない。
ところで。
あずさの父は多忙な人で、この家に帰ってくることは月に一、二度あれば多い方だ。
顔を合わせる機会こそは少ないが、しかし、親子仲は決して悪くはない。というか……自分で言うのもなんだが、父はだいぶ、親バカ気味なところがある。毎日欠かさずメッセージは入れてくれるし、帰宅したした際には全力ではハグをされ猫かわいがりされる。世界のあちこちで買ったらしい大量のお土産も渡される。
そして——滅多に会えずほぼひとり暮らし状態になっている息子の生活費とお小遣いにとんでもない額を振り込もうとしてきたこともあった。
趣味でも生活でも多くを望んではこなかったし、金銭感覚もおかしくはなりたくなかったから、長時間にわたり説得したすえ減額をしてもらった。それでもまだ多いくらいなのだが。
とはいえ、無限に舞台を観ればいずれそこは尽きる。なにより、自分が好きなものに、父から与えられているお金をばかすか費やすのは、なんだか嫌だった。
しかし、ならば、一咲の舞台をたくさん観たいあずさはどうすればよいのだろうか——答えは簡単だ、推しごとのためのお仕事をすればいい。
(やるのは最高難易度だけど……そもそも対人が苦手なのに)
容姿は特異、コミュニケーションは下手、性格も陰気。果たして自分は社会人として働くことは出来るのだろうか、という将来の不安をすでに抱いている。でも、父が懸命に働き稼いだお金を吸って生き続ける存在にもなりたくなかった。
「アルバイト……」
もし今アルバイトをはじめられたら、舞台を観るための資金を得られるだけでなく、将来の不安も多少は払拭されるかもしれない。
そう思って重たい指でアルバイトを検索してみるも……高校生可となっている求人は飲食店の接客ばかり。自分にできるとは到底思えない。
項垂れたあずさは深々とため息を吐きつつ、ひとまず宿題を再開することにした。だが、そう経たないうちにシャープペンシルの芯が折れてしまい、背をノックしても新たな芯が出てこず、替え芯を探したが見つからない。
仕方ない、と「ヘヴステ」の物販で買った愛用になっているトートバッグを肩に下げ、文具屋へ行こうとした。と、スマホが震える。
今まさに思い馳せていた父からのメッセージで——「クローゼットの一番右手側にあるスリーピースのスーツを持ってきて♡」という言葉とともに都心の地図が添えられていた。
自宅がある横浜から三十分ほど電車に揺られて向かった都心部は、連休ということもあり人で溢れ返っていた。
父は相変わらず多忙らしく、スーツを届けたついでに数分あずさを猫かわいがりするとすぐに仕事へと戻っていった。久々に父に合えた喜び半分、人混みへの疲弊半分にあずさはそのまま近くの文具屋で替え芯を買い、さっさと帰ろう……と思った。
しかし、昼食を食べずに出てきてしまったあずさのお腹がぐうっと鳴る。それと同時に、この間遥と行ったファミレスで食べたドリアが美味しかったことを思い出してしまって、すっかりドリアの口になってしまった。
(でも、ファミレスもきっと混んでるだろうしなぁ……)
ファミレス以外でドリアを食べれるところはないだろうか。隅の日陰に寄ってスマホで調べてみると、とあるカフェがヒットした。
ショップが多く立ち並ぶ大通りを外れた、住宅街の少し入り組んだ所にあるらしい。
(こういう場所なら、もしかしたら、空いてるかな)
グルメレビューサイトをちらりと覗いてみると、メニューの名前はいくつか載っているが、写真はない。少し心配だが……さらにぐうっと腹は鳴る。
確実に店員との会話が発生するため、これまであまり飲食店に行ったことはなかった。だが、何度か遥とファミレスに行ったおかげで少しハードルが下がっていたのもあり、あずさは少しのためらいはありつつも行ってみようと思った。
少し迷いながらも辿り着いたそこは、レトロな雰囲気が漂うおしゃれな装いをしていた。店先には薔薇が咲くプランター、それから黒板のスタンドが置かれていた。チョークで「本日のおすすめ」と記されている。
(フードは海鮮ドリア、スイーツはチーズケーキ、抹茶スコーン……)
どれも美味しそうでそそられる。じゅるりと滲んだ唾液を呑み、深呼吸をして店のドアを開けようとしたところで、窓に張られた紙に気づいた。
——『cafe ZASHIKI』、アルバイト募集。
あずさの中でホットな話題であるそれをついじっと見つめていると、ふいに、店のドアが開いた。出てきたのは、白いシャツに黒のカフェエプロンを付けた二十代後半くらい見える、柔和な面立ちをした店員と思しき男性。
あずさは突然人が出てきて硬直してしまう。そして店員はそんなあずさをじっと見つめる。それから彼はぱっと笑顔を浮かべた。
「山上くんだね?」
「へ」
「よかった。時間が過ぎても来ないから、近くで迷子になっていないか様子を見に行こうと思っていたところなんだ。ここら辺少し入り組んでいるからね。ほら、中へどうぞ」
「え、あの、えっと」
(山上くんって、誰……!?)
困惑している間に店内に通されたあずさは、気づけばテーブル席に着席させられていた。
「とりあえず、コーヒーでもどうだい? 飲める?」
「の、飲めます……」
「じゃあ、本日のおすすめを用意するね。ちょっと待ってて」
「あ」
店員はカウンターの内側に入りコーヒーの準備を始めてしまう。邪魔をするのは申し訳ないと思い、状況を理解できないままにあずさはあたりをきょろきょろと見ることしかできない。
席数は多くなく、客もカウンター席の奥に歳を召した男性がひとりいるのみ。うっすらとクラシック音楽らしいものが流れ、内側も雰囲気がいい。
「お待たせ。どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
あずさの前にコーヒーを置いた男性は、そのまま向かいの座席に腰を下ろす。
「山上くんはどういうきっかけでうちの店を知ったの?」
「え? えっと、ネットで調べて……」
「そうなんだ。どこに興味を持ってくれたのかな」
「ど、ドリアが、美味しそうで……」
「お、嬉しいね。ドリアは私の自信作だから」
彼はこの店の厨房担当なのだろうか。だとして、厨房担当と客がテーブル席を囲っているのはどういう状態だ。それにあずさは山上くんではない。
「あ、あの」
「——君は妖怪や半妖のこと、どう思う?」
「え……?」
「人間と妖怪が共生するようになって短くないけれど、それでもやっぱり、妖怪や半妖への苦手意識がある人間は世の中にはいる。見た目や性質が違うものを怖がるのは、仕方のないことだけれどね。ただ僕はこのお店においては、訪れるすべてのお客様に、種族や立場関係なく、穏やかな時間を楽しんでほしいと思っている。だから、君の考えが知りたい」
向かいの店員はそっと瞳を細める。それは笑顔のようでありながら、品定めするかのようだった。
「……どう思うかと言われたら、どうも思わないというか……あ、えっと」
「大丈夫だよ、ゆっくりで」
「妖怪だから、半妖だから、良いとか悪いとかは、ないと思います。その……括りが大きすぎる、というか。他の人たちと上手くやれるかとか、受け入れてもらえるかとかは……その、個々によるものだと思うので……」
小学生の頃、あずさはクラスの中でつまはじきにされていたが、他にもクラスに十人近くいた半妖は馴染んで生活できていた。他クラスには妖怪もいたが、これといって悪い噂を聞いたことはなかった。
あずさが百目鬼の半妖で目がたくさんある特異な容姿をしていたから——けれど特異な容姿をしていても、友達に囲まれている者もいた。だから、あずさにひとりも友達ができなかったのは、結局のところは……受け入れてもらおうと頑張れなかった、怯えることしかできない小心者の自分だったから、よくなかったのだと、思う。
「なるほど、なるほど……うん、いいね。ちょっぴり気が弱いところはあるようだけれど、自分の考えは持っているし、気質も穏やかだ。人間限定の大学に通っているって聞いたから妖の類が苦手なタイプかなって少し心配していたんだけれど、やりたい学問の都合とかかな」
「人間限定……?」
「あれ、君が通ってるって言ってた大学ってそうだよね?」
「え、えっと、僕が通っているのは種族共学の高校です」
「んんん……?」
「えっと、僕は、半妖ですし……その、山上くん? じゃなく……百目鬼と、いいます」
店員はぱちりと瞬く。
「おとといにアルバイトの面接受けたいってメールをくれた、大学生の山上くんじゃなく……高校生の百目鬼くん?」
「は、はい」
あずさは、ここに来た経緯をしどろもどろになりつつも説明すると、店員は額を押さえた。
「そっかぁ、普通にお客さんだったかぁ……ごめんね、先走っちゃって」
「い、いえ。すぐに訂正できなかった僕が悪いので……」
「いやいや、ちゃんと身分を確認しなかった私が悪いよ。ドリアもすぐ用意するから。ちょっと待っててね」
カウンターの内側へ入っていく店員を見送って、あずさは息を吐いた。
それからしばらくして、彼はドリアを運んできてくれた。鼻腔を擽る香ばしさ、チーズはこんがりと焼き色がつき、入っているエビやイカは大きくぷりっとしている。空腹が限界値に達していたお腹はひときわ大きな音を立ててしまい、あずさは顔を真っ赤にした。
「す、すみません……」
「謝ることなんてないよ。持ってきた料理にお腹を鳴らしてくれるなんて、むしろ最高の歓迎じゃないかい?」
店員はにこりと微笑んだ。
思いがけないことが発生はしたが、このお店も、店員も、とてもやさしいと感じた。
とカウンターに戻っていくその人の背を見ながら思っていると、彼はもう一皿ドリアを持って再びこちらに来た。そしてそれをあずさの向かいの席に置くと、店員は再びそこに着席をした。
「私もまだ昼食を食べれてなくてね。よかったら、相席してもいいかな?」
「え、は、はい」
なぜ、とも、店員は客席で食事を取る者なのだろうか、とも思わないでもないが、あずさは頷いた。
初対面の人と食事を摂るなんてこれまでの人生で一度も経験したことがなかったのに、ここ二か月は連続で発生している。あずさがどうこうというより、遥や店員が積極性と引力のある人だからだろうけれど。
「百目鬼くんってことは、その苗字のまま、百目鬼の半妖?」
「そ、そうです。母が、百目鬼だったので」
「私もね、半妖なんだ」
「そう、なんですか」
「ふふ、なんの半妖だと思う?」
あずさは瞬く。動物妖怪の血を持った半妖にある耳や尻尾といった特徴的な要素は見当たらない。それ以外にも常人に食らえて体のパーツが多い少ないもないし、紋様とかも見当たらない。
首を傾げるあずさに、店員は「ヒント」と人差し指を立てた。
「この店の名前、知ってる?」
「えっと、カフェ、ざしき……え、座敷童、ですか」
「ピンポーン。大正解」
座敷童——棲む家に富を齎し、離れた家には衰えを辿らせる妖怪、と聞くが。
「そのわりはこのカフェ客が入っていないなって思った?」
「そ、そこまでは」
「あはは、素直だね。半妖だから純粋な座敷童とはちょっと能力が違ってね。私は、私が触れたものから短期間だけほどほどの富を得られるんだ。そしてその期間が過ぎると、そのものにほどほどのトラブルが発生する。例えば……パソコンを操作して宝くじを買ったら三等くらいは当たるけれど、その後パソコンは壊れる、みたいなね」
それは、十分凄い能力なのでは。
「この店にも触れたらきっとお客さんは呼べるだろうけれど」
ふいに神妙な顔をして、彼は言った。
「多分、ドアとか壊れるだろうね」
「それは……困りますね」
「うん。まぁ、お金には困っていないし繁盛を目指して開いているわけではないから、やらないけれどね」
というか、店名がこの人にゆかりのあるものということは。
「もしかして……このカフェの、店長さん、ですか?」
「あ、そっか。そういえば私の方は自己紹介してなかったね」
スプーンを置き、居住まいをただした彼は柔和に微笑んだ。
「改めまして、このカフェのオーナーである、沢座色です。よろしくね」
「ど、百目鬼あずさ、です。よろしくお願いします。あ、あの、ドリア、美味しいです」
あずさもスプーンを置き、ぺこりとお辞儀をした。
「ふふ、ありがとう。そういえば、山上くんは来れなくなったって」
「あ、アルバイトの面接の方、ですか」
「うん。さっきメール見たら、店先で君に出会ったくらいの頃に受信してみたい。すれ違いだね。でも、そのおかげでこうして君と話してみたいと思えたから、よかったよ」
君と、話してみたい。
先の勘違いへのフォローとしてここに来たりそんなことを言ってくれるのだろうか、と真っ先に思った。
けれど、俯き癖がついている顔をわずかに持ち上げて見てみれば。
そこにあった色の顔は、あずさのことを友達とだと言ってくれた遥の表情にも、あずさの目を見ても引かずファンサをしてくれた一咲の表情にも、どことなく似ているような気がした。
人よりもたくさん目があるあずさは、人の目を見ないで生きてきた。
容姿に関するトラウマがきっかけで、自分を見られるのが怖かった。周囲の人の表情を見ることが怖かった。その思いがあるうちは、環境を変えたところで友達ができるわけがないことも、本当はどこかで、分かっていた。自分は、ずっと、変わる勇気のない自分を正当化する理由を集めたかっただけなのかもしれない。
けれど、あずさは出会った。
あずさを受け入れてくれて、友達と呼んでくれる人。
体の目すべてで見つめても気持ち悪がらず、やわらかな微笑みを浮かべてくれた人。
多分、おそらく、きっと。あのとき、一咲はあずさにファンサというものをしてくれた。あずさが持つうちわを指差した……ように見えたし、「ありがとう」と言ってくれた。その姿は脳裏にしっかりと刻まれていて、思い出すたびに胸がきゅうっと締め付けられる。
誰も彼もがあずさの容姿を悪く思っているわけではない。
ささやかでも行動をしたら、応えてくれる人がいる。
あずさに、微笑んでくれる人がいる。
嫌悪や好奇だけじゃない、明るい感情をあずさに向けてくれている人がいることも、ちゃんと相手を見れば、目を合わせれば、分かる。
あずさは今それを知っていっている。これからも、知っていきたいと思う。変わりたい、と思う。
「あの! アルバイト、まだ、募集してますか。高校生でも、応募できますか」
勇気を振り絞って掠れた声で、あずさは色を見つめた。ぽかんとした表情になった色に、あずさはたまらず目を逸らしたくなったが、ぐっと堪えて見つめ続ける。
「募集定員は一名までで今日面接する予定だったんだけれど、流れちゃったからね。絶賛募集中だ。どの日も時間も特別忙しいってわけじゃないから、高校生が授業を終える放課後とか、土日とか、入れるタイミングのシフトで大丈夫。ちなみに——君は不慮の事故によってもう僕の面接を通っているから、即採用になるけれど。応募、するかい?」
「ふ、ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いします……!」
あずさが勢いよく頭を下げると、色はからりと笑った。
「こちらこそ、よろしくね。百目鬼くん。ところでひとつだけ、相談なんだけれど」
「は、はい。なんでしょう」
「うちは服装自由だし、その人の個性を尊重する……けど、君はきっと、何か望みを持ってアルバイトに応募してくれたんだろう。なら——目を隠しているその前髪。もう少しだけ短くしてみないかい?」




