20話
星が点々と煌めく夜の下、ホテルの前に佇んでいるとタクシーがとまった。
そのドアを開けて出てきたのは、一咲だ。
「こんばんは、百目鬼くん」
「こ、こんばんは。伊原さん」
「待たせちゃってごめんね。ここから少し離れたところのお店に行こうと思うんだけれど、いいかな。もちろん、帰りは送るから」
「はい、大丈夫、です」
「よかった」
微笑む一咲に促されタクシーに乗り、しばらく揺られて辿り着いたのはお好み焼き屋だった。予約をしていたらしく座敷に通され、一咲とあずさは鉄板がはまったテーブルを挟んで向かい合う。
「昨夜話した海鮮豚玉が美味しいお店、ここなんだ。是非百目鬼くんに食べてほしくて」
店員を呼んだ一咲は注文を済ませ、二人の前にドリンクが運ばれ、他愛ないことを話しながら、お好み焼きを楽しんだ。一咲お勧めの海鮮豚玉は、とても美味しかった。一通り焼き終わり、鉄板の温度を下げたところで、一咲が言った。
「今日は誘い受けてくれてありがとう」
「こちらこそ、誘ってくださりありがとうございます。色さん経由でお返事も下さって、ありがとうございます」
「色さんから百目鬼くんからの伝言が届いたときは、ちょっとびっくりしたな」
「……伊原さんの連絡先を私的に使いたくなかったんです」
「うん、そう、書いてたね。話したいことがあるけど、それは、俺を困らせることかもしれない、それえでもよければ会ってください、って」
——どっちかしか選べないなら、どっちかを選ぶか、もしくは折り合いをつけるしかない。
天乃にそう助言を貰ってから、あずさは考えた。あずさは自分が彼を推していることを明かしてしまうのは怖く、かといって推すのをやめるなんてことは現実的に不可能。じゃあ、どうやって折り合いをつけるか。検討するも、しかしあずさは理想的な落としどころを見つけることが出来なかった。どれを選んだところで、多かれ少なかれ遅かれ早かれ、一咲を傷つけるし、あずさも傷つく。後ろめたさを覚え、今までのように接することはできなくなる。
それでもあずさは今日の夜までに決断を下さなくてはいけなくて、今度は短い人生で少しでも心残りなく生きるためには、なりたい自分になるにはどうすればいいかを考えてみることにした。
そう考えると、考えてしまうと真っ先に浮かんだのは——一咲に対して真摯な自分であありたいと思った。
「僕は、百目鬼あずさと申します。名前のまま、百目鬼の、半妖です。この二つの目の他にも、体中に、二十三個、目を持っています」
不器用な自分ができる、怖くても、失うことになっても。
「人見知りで、食べることが好きで、それから……それから、四月にとある作品を観て、舞台が、好きになりました」
なりたい自分に少しでも近づくための、答えだった。
「僕は——伊原、一咲さんという方を、推しています……大千秋楽、本当に、本当に素敵でした」
あずさに変革を齎した、憧れの人に。親しみを寄せようとしてくれた、とても大切な人に真摯に向き合うには。すべての選択肢をなげうって、自分を曝け出すしかないと思った。
「僕は、生涯、伊原さんを推すことをやめられません。だから……貴方と親しくなることは、出来ません。親しくなりたいと言ってくれた伊原さんの純粋あ気持ちには、答えられないんです」
きゅっとこぶしを握り込む。目を逸らしたくなるけれど、ぐっと堪える。
「ずっと、隠していて、ごめんなさい。あなたの大切な行きつけのお店で、そのことを隠しながら働いていて、ごめんなさい」
一咲はじっとあずさを見つめていた。それから彼はひとつ呼吸をすると、居住まいを正し、口を開いた。
「伊原一咲と申します。歳は、二十四歳。好きなことは、ダンスと、食べること。寝ることも好きです。舞台出演を中心とした、俳優として活動をしています」
いきなり一体どうしたのだろうか。あずさが困惑している間にも、一咲は言葉を紡ぐ。
「四月に出演した舞台で、とても興味深い子を見つけました。その子は人よりも少し目が多い子で」
「……え」
「そのすべての目をきらりと煌めかせながら、熱烈に、俺を見つめてくれるとても素敵な子でした。それからもその子を見かける機会があって、そのたびに俺は嬉しくなりました。生きつけのカフェでその子に出会ったときは、運命に感謝をしました」
「あ、の」
「俺は、その子と、親しくなりたいと思いました……隠し事をしていたのは、百目鬼くんだけじゃない。むしろ、俺の方が、狡いことしてるよ」
そっと首を傾げた一咲は、そっと瞳を細めた。
「俺は、百目鬼くんが俺のことを推してくれているのを知りながら、それを俺に悟られないように気を遣ってくれていることを知りながら、仲良くなりたいって思って、近づいたんだから」
ちっとも、気づいてなかった。そりゃあ上映会で二度も目が合ったときは、ひやっとしたし、切腹も脳裏にちらついていた。だが、一咲はなんともない態度であずさに接するものだから、うまく隠せているものだと、ずっと。
「幻滅した? こんな隠し事をしながらファンに近づような人が、推しだって」
「す、するわけないです!」
「百目鬼くんが俺を推してくれているから、好意的に捉えてくれているだけじゃなくて?」
「そんなこと」
「でも俺は、それでも嬉しいと思っちゃうし、今もまだ、どうにか友達になれないかなって、思ってる」
一咲は力なく微笑んだ。
「君が素敵な人だから。君が知りたいし、君と親しくなりたい」
それは、困っているようにも、不安そうにも見えた。
それは舞台上の演技でも、観たことがない顔だった。
あずさのせいで、一咲はそんな顔をしているのか。自分が彼にそんな顔をさせてしまっているのか。
不思議だった。とても申し訳ないと思うのに。なんだか、少し、嬉しくて。
「駄目かな」
「……伊原さんに、そう言われて拒める人がいたら、教えてほしい、って思うくらいには、僕は本当に、伊原さんのことが好きで」
「うん」
「こんな……こんな僕で、いいんですか」
「こんな俺を受け入れてくれるなら、百目鬼くんがいいな」
「う……」
逆方向にこてんと首を傾げた一咲に、開蕾間際の花が透く。
「……よろしく、お願いします」
その日、新しくできた友達は、眩しくて、尊くて、とても憧れている……けれどちょっぴり狡いかもしれない、推しだった。




