21話
「へヴステ続編十二月に上演決定……!」
遠征を終え、東京に戻って間もなく、「へヴンリー・デヴンリー」の原作最新刊が発売された。夏休みであることも幸いし朝一で書店に向かって本を受け取り、帰宅後すぐに読んだあずさは巻末のその情報を見てとても喜んだ。
上映会で重大情報と先出しされていたから続編が来るだろうとファンの間で予想は飛び交ってはいたものの、明確に情報を出されると、とてつもなく胸が躍る。
ひとしきり歓喜に浸ったあずさはもう一度そのページに目を落とし——そして、驚愕した。
「トーマ修行編も舞台化決定……!?」
「ヘヴデヴ」は複数章で構成されており、舞台第一弾は第一章まで、十二月の続編で第二章が公演され、その次の第三章がトーマ修行編に当たる。学園を揺るがす大事変でレイを身を挺して守ったことをきっかけに、重傷を負い意識を失ったトーマ。目を覚ますと、これまで暮らしてきた世界とよく似ているけれどどこか違う世界にいた。それは天使を守ったことに対する悪魔界からの懲罰であり、悪魔としての彼の師から与えられた試練でもあった。元の世界に戻るためにトーマは一人奮闘する、といった内容だ。
これまでの「ヘヴデヴ」の物語はダブル主人公だが、「へヴステ」座長はこれまでレイ役の御崎楽が座長を務めていた。だが、トーマ修行編はトーマ視点で進む話が多く、レイが登場するのは終盤のみ。
一咲はデビューしてから2.5次元作品を中心に多くの舞台に出演しているが単独主演はこれまでなく、座長の席に座ったことがない。まだ正式な発表などはされていないが……もしかしたらこれが、初座長作品となるのではないか。
推しの初座長作品。全通はさすがに叶わないかもしれないが、それでも。
「絶対、初日も大千秋楽も見届けたい……!」
ひとりぐっと高らかにこぶしを掲げると、スマホが震えた。遥からのメッセージで、このタイミングからして内容は「へヴステ」続編に関することだった。トーマ修行編はユエルの出番もかなり多い。遥もかなりてんしょんがあがっているようだった。
『ところで、さっき更新された「No⇆CK」のSNS、見た!? 今日祝日に認定すべきじゃない!?』
続いて届いた興奮ったぷりのそのメッセージに、あずさは『見てないです、見てきます』と返信してから、SNSを開く。そこには、「「No⇆CK」ニューアルバム発売決定! アルバム発売記念サイン会&ツアー開催!」という情報が上がっていた。
「サイン会、ツアー……」
怒涛の情報量に呆然としながらも、あずさの手は自然と、スマホの画面をアルバムの予約サイトへと導いていた。
「サイン会参加抽選券付、注文してしまった……」
「ギャラスタ」大千秋楽の夜に、一咲に推していることを打ち明け最終的に友達になったものの、やはり、少しの気まずさは感じる。友達が握手会に来るというのは一咲にとっていかがなものだろうか。
それでもあずさはどうしたって一咲のことを推していて、一咲を拝める、しかもサインも書いてもらえるかもしれない機会に抗えるわけがなかった。
遥にSNSを見た旨を返信をしたところで、あずさのスマホは新たなメッセージを受信した。まさに思いを馳せていた相手、一咲からだった。
友達となって正式に連絡先を交換してから、一咲は朝夜の挨拶だったり、他愛ないメッセージを送ってくれる。一咲は自身のSNSはめったに更新しないから、筆不精なタイプだと思っていたから少し意外だった。
今日届いたのは、「ヘヴデヴ」新刊の表紙を撮った写真。それから、『読んだ?』というメッセージ。
「……もしかして」
このタイミングにこの連絡は、舞台続編の情報を見たかどうかを窺っているのだろうか。そうだとしたら、なんだかいじらしくて、ちょっぴりおかしくて、あずさは頬が緩んでしまう。
『読みました』
と返事をして、あずさは逡巡する。
正直、友達となった一咲にどう接すればいいのか分からない。一咲を推している事実を盛大に告白した。だからといってプライベートな空間で本人に堂々と好意を伝えるのはなんだか違うとも思う。一咲を推すなら、劇場で、適切な距離を保ってがよいと。
それでも……一咲が「俺にとって百目鬼くんの応援はとんでないバフになる」と言ってくれたことを思い出す。一咲は、数多の出演情報を発表するという形で、これからもあずさたちファンに光を届けてくれる約束を結んでくれた。その歓喜と感謝はあずさの胸を痛くなるほどに満たし、そして伝える術があるのならば少しでも届けたいと思ってしまった。
『がんばってください。応援しています』
友達と推しのラインをゆらゆら行き来し戸惑いながらも、それでも応援をするくらいならば……とメッセージを打ち込み、躊躇いながらもええいままよと送信した。
すぐに既読がついたかと思うと、のほほんとした顔の花がお辞儀しているスタンプに次いで、返事が届く。
『ありがとう。頑張るね』
その文章を何度もなぞって、やっぱり少しの気まずさと、なんともいえないくすぐったさを覚える。
春。
希望をもって高校に進学したものの、薄暗い性質はそう簡単に変えられず、また暗澹とした青春を歩むことになると思っていた。
だが、ちょっとの勇気から思いがけない出会いを果たし、推しができて、友達に恵まれた。
そうして、気づけば迎えた、夏の盛り。
肌にはじめじめと蒸した熱気を感じるのに、心の中には爽風が吹き続けている。古い傷はそう簡単には消えないけれど、苦悩も困惑も尽きないけれど。
それでも、昔よりも、自分のことが嫌いじゃなくなった。
大好きな母から受け継いだ力でありながら、自他に恐怖を齎す体にある数多の目が、今では欠かせないものになった。なんなら、常人が顔に持つ一対を含めて二十五個も目があるのに、足りないと思うことがあるくらいだ。
「よし」
あずさはぐっと伸びをする。
今日は午後からアルバイトがある。カフェでの楽しいお仕事を頑張って、これから待ち構える舞台やイベントへの軍資金を稼がねば。
「頑張れ、百目鬼あずさ」
百目鬼あずさの推しごとは、まだまだ続く。




