表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百目鬼くんの推しごと  作者: 鈍野世海
8章・百目鬼くんと遠征

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/25

17話

 波乱万丈の体育祭を乗り越え、夏休みに入ってしばらく経った、八月半ば。あずさは大、阪の地に足を踏み入れていた。

 そう——銀河歌劇(ぎんがかげき)「スター・ウィッシュ」、通称「ギャラスタ」の大千秋楽公演を観劇するために。


 遡ること半月ほど前。動画サイトの「ギャラスタ」公式チャンネルにて公園に先駆けて、舞台テーマソングのミュージックビデオが公開された。それを見たあずさは直感した——これはとんでもない舞台になると。

 一咲のダンスが素晴らしいことはこれまでの舞台やライブでよく知っていた。スキルが高いのはさることながら、役によって体の動きを絶妙に使い分け、そしてそれが完璧にキャラクターのイメージに合っている。

 あらかじめそれをよく理解してはいたが、りゅう座をモチーフとしたクールなエリートアイドル、ドーラとして踊る一咲は——他を寄せ付けない刺々しさを持ちながらも、どうしようもなく人の目を奪う美しさがあり、その様は雪花の中で無数の鱗をと煌めかせながら気高く君臨するドラゴンのようだった。それでいて、ミュージックビデオ中にたった一度一瞬だけ彼が見せたひんやりとした微笑みは、メインストーリー五章終盤かつて故郷を滅ぼしたモンスターと対峙し制圧したドーラのスチルの彷彿とさせ、動画の段階であずさは呼吸が止まったし、涙がとめどなく溢れて、ティッシュがひと箱空っぽになるほどだった。

 先行抽選等で東京公演のチケットは複数枚取っていたが、「ギャラスタ」は東京公演後大阪でも公演を行い、そこで大千秋楽を迎える。

 大千秋楽を現地で観劇したいという気持ちはもとからあったが、先行抽選時のあずさには大阪に行く勇気はなかった。

 父は全国各地や世界を飛び回る仕事をしており、幼い頃には何度か連れ回されたこともあったが、知らない景色に大量の人が蠢く光景はあずさには耐えがたいものだった。

 中学時代の修学旅行でも観光地と呼ばれるところには足を運ぶのが恐ろしく、班行動のときはできる限り存在感を薄くして隅に隠れ、自由行動はホテルで過ごしていた。そんなわけで、旅行というものに対する苦手意識が、結構強かった。

 だが、今改めて大千秋楽に思いを馳せたあずさは——気づけば公式リセールサービスへとアクセスし、千秋楽公演のチケットの抽選に応募していた。

 そしてその翌日に行われた抽選でなんと、見事当選した——しかも、最前ドセン。

 あずさは繰り返し席番号や座席表を見直したし、夢ではないかと疑って頬を抓ったりもしたが、やはり最前ドセン。あのドーラを、最前のドセンで、観られる。

 申し込んだ時点で遠征について調べはじめてはいたものの、旅行はしたことがないわけではないが旅程を立てた経験のないあずさは不安な部分があった。しかし幸運にも、推しに出会い遠征を経てついには状況にまで至る行動力を持った友達があずさにはいた。

 だから当選直後、あずさは興奮のままについ遥にアドバイスを乞うメッセージを打ち込むと、すぐに既読がつき、電話がかかってきた。そのままあれよあれよという間にこのみも加わった状態でビデオ通話することになり。

「それでは、百目鬼くん遠征緊急会議をはじめます」

 遥は高らかにそう宣言をした。

「と言っても、私は去年このみから布教されてからだから遠征歴って一年ちょっとなんだよね」

「遥ちゃん、上京に踏み切るまでが早かったものね」

「まぁ、一年だけでも遠征費とホテル代凄かったし、一生、(タマ)を賭ける趣味になるって確信があったからかな……今でも東京大阪間でたまに遠征しているから、ちょっとは力になれるとは思う! そんなわけで、遠征歴は浅いけど節約派な私と、遠征歴は長いけどブルジョワなこのみでできる限りサポートするから、頑張ってちょうどいい部分を拾って!」

「は、はい、よ、よろしくお願いします……!」

 あずさはカメラ越しにお辞儀をすると、ペンとメモ帳を構え、スマホの画面に向き合った。

「じゃあ、まず、私が思う遠征するにあたって真っ先に確保すべきなのは、交通手段ね。東京大阪間なら候補は、新幹線、飛行機、夜行バスかな」

 遥が通話の画面上に各交通手段の交通費の検索画面を表示してくれる。

「僕もざっくり調べてはみていたのですが、やっぱり夜行バスが一番安い、ですよね」

「うん、まぁ、そうだね……」

 にわかに遥の様子が渋くなり、このみもわずかに眉尻を下げる。

「私はも懐事情的に夜行バスを選びがちなんだけれど……」

「あずさくんが高校生って部分を鑑みると、安全面的におすすめしがたいところよね」

「そうなんだよね。性別や種族ごとの専用車両を設けているところはあるんだけど、年齢ごとの区分とかは聞いたこたことからなぁ」

「あずさくんかわいいしいい子だから、変な人に目をつけられないか、ちょっと心配よね」

「変な人」

「ふふ、なにかしら」

 遥が胡乱な目をすると、このみは頬に手を当てにっこりと美しく微笑む。それはやはりどこか泰良(たいら)の笑みと重なる部分があるように感じる。このみが泰良を推していると知っているからの影響なのだろうが、不思議なものだ。

「ソウネーシンパイヨネー……いや、まぁ、本当にそうなんだけど。百目鬼くんが夜行バスに乗っていると思うと私が気が気じゃなくっちゃうかも……五分に一回生存確認しちゃいそう」

「遥ちゃん、百目鬼くんの保護者みたいね」

「あ、保護者と言えば、一応確認だけど。百目鬼くんのご両親は、遠征には了承してくれているんだよね? 遅い時間に終わる夜公演(ソワレ)とかも普通に来てるから、あまりそういうところが厳しいお家ではないのかなって思ってたけど……」

 あずさはこくりと頷く。

「多分、問題ないです。後で通話する約束をしているので、そのときに話すつもりですが」

「通話って……百目鬼くんのご両親はお家には……あっ、あんまり触れない方がいいところだったりする?」

「遥ちゃんは昔から物聞きが率直ね」

「うぅ……自覚はしているけど直せないところなんだよ……」

 しゅんと項垂れた遥に、あずさは渡綿と両手と首を振る。

「い、いえ、全然、触れられたくないこととかじゃないです」

「ほ、本当?」

「はい。えっと、父はとても忙しい人で、家にいないことの方が多くて……昔はそれについて行ったりもしたのですが、僕は環境の変化についていけなくて。今はほとんど一人暮らしみたいな状況なんです。あ、でも、別に、家庭事情複雑、みたいなことではなくて。普通に仲がいいと思います。毎日連絡は取っていますし、顔を合わせるときは全力でハグされたりもするので……」

「そうだったんだ。世の中いろいろというか、だいぶ愛とパッションあふるるお父様だね」

「うちの父とは気が合いそうね」

「このみのお父さんも家族愛が凄いからね。そういえば百目鬼くんは、お父さんが妖怪?」

「あ、いえ、母が百目鬼でした。始祖妖怪直系で、だから、苗字も百目鬼で」

「へぇ……ん? でした、って。もしかして、私、今の方が触れちゃいけないところに触れた……? ご、ごめん、百目鬼くん!」

「あ、いえ、そんな、もうずいぶん前のことなので。気にしなくて大丈夫ですよ」

 あずさが幼い頃に、母は亡くなっている。もともと体が強い性質ではなかったうえに、その当時流行っていた妖特有の病にかかって重症化してしまったのだと父からは聞いている。ともに過ごした時間こそは短いが、声や笑顔がやさしく、家族のことをとても愛してくれている母だった。

「そういえば、母も観劇が好きだったんです。父と母が結婚したのも、それがきっかけで」

「あら。じゃあ、あずさくんが舞台にハマったのは、もしかしたら運命的な部分があったのかもしれないわね」

「そうかも、しれません。でも、幼い頃両親に観劇に連れて行ってもらったときは、人が多くて、怖くて……正直、楽しめなかったというか、苦手意識を抱いてしまっていたんです」

 だから、もしあの日、「ヘヴステ」を観に行っていなかったら——。

「もし、浅香さんに、観劇に誘ってもらえていなかったら。僕は今でも、もしかしたら死ぬまでずっと、舞台のすばらしさに気づけないまま、伊原さんのことを知れないままだったかもしれません。だから、本当に、心から感謝しているんです。ありがとうございます」

「そっ」

 詰まった声をあげた遥が、両手で口元を覆ったかと思うと、大きく見開いた目からぽろぽろと雫を零した。

「そんなこと言われたら泣いちゃうよ!?」

「は、遥さん!?」

「もう泣いてるじゃない」

「だってぇ~!」

 画面の向こうの遥はティッシュボックスを引き寄せ何枚も抜き取りながら、鼻をずずっと啜る。

「そもそもそのきっかけは、百目鬼くんが私を助けてくれたことだからね!? 今だからはっきり言うけど、あのとき、私、すごく感動してたの! だって私よりもずっと声をあげるのが苦手そうな気弱そうな子が、他の誰よりも真っ先に頑張って、私を助けてくれたんだよ!?」

「あの日の夜の通話で、遥ちゃんずっとその話してたわよね」

「そりゃあ、どうしようもない運要素はこの世にはあるけれど。でもたいていのいいことはね、百目鬼くんが自分で引き寄せたものだからね! 百目鬼くんが素敵に生きてきた証だからね! だから舞台に出会って、一咲くんに出会って、最前ドセンだって当てちゃえたんだから! 誇って生きて行こう!」

「遥ちゃんの熱血スイッチがすっかり入っちゃったわね」

 勇気を出した行動によって、あずさはたくさんのいい出会いに恵まれた。頑張ってよかったと自分を褒めたことももちろんあるが、なによりも、そこにいたのが遥たちのようなやさしい人たちでよかったと何度も思っている。彼らがあずさを受け入れ、背中を押してくれるおかげで、あずさは今、前を向けている。かつての自分では想像だにしなかった景色に立つことが出来ている。

 そこから遥のエンジンはいっそうかかり、あずさの遠征会議はとんとんと進んでいった。

 移動手段は、飛行機にした。価格的にはやはり夜行バスが魅力的だが、遥たちからの心配もあるし、あずさも長時間移動や、慣れない場所で知らない人が隣にいる状況で一夜を過ごすというのはだいぶ不安に感じたからだ。態度や仕草、なにより体についている目をうっかり開いてしまうことがあれば、周囲に迷惑をかけてしまうかもしれない。それに無事辿り着けたとしても、舞台を心置きなく観られる状態にまで回復できるだろうかという不安もあった。三人で航空会社にあるサイトを見ながら、関西に複数ある空港のうち大阪に出やすい空港の便を押さえた。

 その次に決めたのは宿泊先だ。

「これは結構ピンキリかな。安さで選ぶなら、カプセルホテルか、ビジネスホテルも結構安いところは安いね」

 遥がこれまでの大阪遠征で泊ってきたホテルをあげてくれて、また三人で予約サイトを巡って見てみる。

「まぁホテルってけっこうたくさんあるから、あくまで一例ね。とりあえず、レビューが低いところは避けるって言うのは結構大事かな。あと、出来ればの最寄り駅に出やすいところ。乗り換え何回もしないと出られないってところは、あんまり良くないかも。価格面では、早割とかもあったりするんだけどさすがに宿泊まで残り半月だとないかなぁ……それでも素泊まりならぼちぼちって感じだけど」

「せっかく遠征してホテルに泊まるなら、そのホテルならではの食事も楽しみたいわよね」

「そうなの! 朝食ブッフェあるところとかさ。大阪だと、たこ焼きとかお好み焼きとか出たりして。面白いし美味しいんだよね。まぁ、でも、コンビニとかスーパーも地域によって結構違うもの置いてたりするから、そういうところで調達するってのも全然楽しいっていうか」

「時間があるなら、食事は食い倒れとかもいいわよね。大阪は、美味しいものがたくさんあるし。豚まんとか、チーズケーキとか、是非とも食べてほしいわ」

「たこ焼き……豚まん……」

 食べることは好きだ。少し前までは間違いなく店員との会話が生まれることから外食に苦手意識を持っていたが、今ではひとりでカフェやファミレスに入ることが出来るようになった。美味しいものを食べる旅には憧れがある。が、懸念も少しある。

「食い倒れ、とか、してみたいんですが。体力が、ちょっぴり心配、かもしれません……」

 かつてのあずさは、学校の登下校だけでだいぶぐったりしてしまうくらいに体力がなかった。今は、カフェでのアルバイトや、体育祭のパフォーマンス練習で多少体力はついたと感じてはいるものの、胸を張れるほどではない。昼夜公演を通しで観たりするときも、心は歓喜に満ちていても体は割と悲鳴を上げていたりする。

「うんうん。初めての遠征っていうのもあるしね。最優先である観劇に支障が出ないようなプランしたいよね。ってなると、こんな感じのスケジュールが理想かな」

 土曜日の夕方、空港に到着。電車に乗って大阪に向かい、ホテルにチェックイン。体力次第で、ファミレスもしくはコンビニで夕食を摂る。日曜日、すなわち、観劇の日。朝は可能であればホテルで朝食を摂り、午前はのんびりと過ごす。午後ははじめての土地、劇場で不安だから早めに最寄り駅までいって、お茶をしばきつつ時間を潰す。心労も体力消費を最低限に済ます……。

「それで、最終日に元気があったら、飛行機までの時間、観光したり。空港にもお土産屋さんとかあるからそこを楽しむって感じでどうかな」

「いいと思います……! ありがとうございます」

 それからあずさは遥とこのみと相談しつつ、アルバイト代は貯金もしていて予算を多めにとれたのもあり、劇場近くのビジネスホテルの朝食付きプランを確保した。「何か困ったことがあったらいつでも連絡してね!」と遥とこのみに背を押されつつ、東京公演は遥と一緒に観劇したりまた天乃とばったり遭遇したりしつつ迎えた、遠征当日。

 夕方発の飛行機で関西に向かい、電車に揺られ大阪の地に足を踏み入れた。そして、地図を頼りにホテルに到着しチェックインしたあずさは——見事、力尽き、ベッドに倒れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ