13話
応援団の集まりは週に三回、朝と放課後に開催されることが決まった。
自分は人よりも練習しないといけないだろうと思ったあずさは色に相談しアルバイトのシフトを調整してもらい、犀川も所属している生徒会から許可を得てほぼ毎回出席している。二人を巻き込んだ張本人である晶太も仕事がないときは必ず来ていた。
序盤は教室で、まずどういう応援パフォーマンスをするかの話し合いが行われた。その様子を見ていると各クラスから二人ずつ選出されたメンバーたちは概ねに三種類に分けられた。
団長や晶太のようにやる気がみなぎっている者。とりあえず集まりに出席はするが見るからに惰性の者。そして最も多いのがそのふたつの間、意欲的かと言われれば微妙だが応援団に選ばれたからにはちゃんとやろうという者。
「そろそろどんなパフォーマンスをするか決定し、練習に入りたい。先週までに出た案は、学ランを着て行う歴史的で硬派なもの。半妖や妖の能力を使ったもの。流行りの音楽に合わせダンスをするもの。ドラマ仕立てのものだが。なにか意見がある人はいるか」
応援団長である三年の女子生徒、早間が高らかに尋ねる。きっちりと髪をひとつに束ね凛々しい雰囲気を持つ彼女は半妖のようで、額に一本小さな角が生えていて、足の間には豹のような尻尾が三本垂れていた。
意欲的な者たちは真面目な顔をして腕を組んだり顎に手を当て思案顔を浮かべている。選ばれたからにはちゃんとやろうという者たちは意見を探し合うように顔を見合わせる。惰性の者たちはどこ吹く風といった様子だった。
あずさはどれだと一番足を引っ張らないか考えてしまっては、いやいや見ている人が楽しいものを選ばないとと思考の反復横跳びをしていた。
「はいはい! 団長」
しばらくして元気に手を挙げたのは晶太だった。「二年の猫間か。なんだ」と当てられると、ぱっと席を立った。
「全部合体させるのはどうでしょーか!」
「全部合体……?」
「つまり、学ラン着て、ドラマチックかつファンタジックに歌って踊って応援するってこと」
あずさの隣で犀川がぽそりと呟く。
「歌ってはどこから出てきたんだよ」
「サイサイは細かいなぁ、その方が楽しいから増やしたの!」
「クソ、あいつが猫耳持ってんの忘れてた」
「これだけ目立ってんのにどうやったら忘れるのさ」
「猫間、犀川。私語は慎むように」
早間がぱんぱんと手を鳴らす。「どうして俺まで」と不服そうにする犀川に、あずさは苦笑した。
「たしかに猫間の言うような応援パフォーマンスが出来たら面白いだろうとは思う。だが、そうなると脚本が必要になるし、演出もより凝ったものにしなくてはいけないだろう。この中に心得がある者はいるか」
「言い出しっぺで猫間がやったら?」
「芸能活動しているんだからできるっしょ」
晶太の近くの席の男子二人が軽い調子で言った。
「演技はやったことあるけど、脚本はないなぁ。演出は……あ、自分たちのステージに「ああしたい」「こうしたい」は言うことあるけど、これは演出?」
「それは我儘じゃね?」
晶太以外の二年生たちが笑い出すとまた早間が手を打ち「他には」と意見を求めるが、誰も手を挙げず沈黙が下りる。
「できるものがいないのならば、全部を合体、というのは難しいな。ドラマ仕立ても同様だ。生半可なパフォーマンスにはしたくない」
「じゃあ余計なことはしないで、フツーに応援するでんじゃないの」
そう声をあげたのは三年生の席の、黒髪をリボンでふたつに結び、つんと尖った耳を持つ、目鼻立ちがはっきりとした女子だった。たしか、名前は。
(天乃のの、先輩……)
なぜ覚えているかといえば、顔合わせでクラスと名前を言うだけの簡単な自己紹介をひとりひとり行った彼女の番で、なぜか思いきりこちらを睨まれたように感じたからだった。
あずさは彼女と知り合いではないからそのときは気のせいかとも思ったのだが、二回目の応援団の集まり後教室を出る際、あずさの横を過ぎていった彼女に鋭い視線を向けられた。そばにいた犀川からもそれが見えていたようで心配そうに「知り合いか?」と聞かれたから、おそらく気のせいではないだろう。
知り合いでもなければ、彼女になにかをした覚えもない。それとも無自覚に……あずさが気づかないところで、あずさの常人にはない数多の目が開いているところを観られてしまったとか。それで、気持ち悪がられてしまっているのだろうか。
確認したいような気もするけれど天乃の雰囲気が怖くてこちらからは近づけない。あずさは釈然としない気持ちを抱き続けていた。
「応援パフォーマンスなんて頑張ったからなんになるっていうの。クラスの戦績にカウントされるわけでもないし、ちょっと内申が上がるくらいでしょ」
「体育祭の士気を高められるだろう」
「なに、それ。教師に書かれた台本でも読んでんの。うちの担任も士気だの目玉だの言ってたけどさ、去年のあの格落ちクソ無気力ショー見といてよく言えるわね」
「……天乃、君は望んで応援団になったんじゃないのか」
早馬の問いかけに、天乃の表情は見るからに歪んだ。
「はぁ? 今の話聞いてた? それとも早間さんには私がクソ無気力ショーに参加したそうに見えるわけ?」
「そうじゃないが」
「ていうか、あたし含め、ここにいる大半が種目選びであぶれて応援団になっちゃったってやつらでしょ。やる気があるやつの方が少数。なら、できるだけ労力がかからないようにするのが、民主主義だと思うんだけど? 特にあたしたち三年は受験生なんだから。こんな生産性のないことに時間を費やすなんて、心底ばかばかしい」
はっきりと紡がれた刺々しい言葉に、誰も彼もが何とも言えない目配せをしあう。その中で、天乃の隣に座っていたおそらく同じクラスであろう女子が彼女に曖昧に笑んだ。
「天乃さん。ちょっと、言いすぎだよ。一応、学校行事なんだしさ……」
「佐崎さん、応援団の朝練と放課後が決まったとき、勉強の時間が減るって嫌がってなかったっけ」
「それは……」
「なのに大勢の前だと正しい、いい子っぽいことを言うんだね。そうだよね、クラスでも、みんなの前ではあたしのことを庇ったりするけど、廊下で他の子と一緒に陰口叩いてるタイプだもんね」
「あ、天乃さん……」
「天乃」
不穏になりかけた会話に、早間の硬い声が割って入る。
「私語は慎め」
「……」
黙り込んだ天乃はやがてふんとそっぽを向く。
その後も会議は続いたものの、妙になったこの空気の後でろくに意見できる人はいなかった。結局、次回までに脚本と演出が出来そうな者に心当たりがあれば声を掛けてみてほしい、候補がいなければ自分たちでできる範囲で再度方向性を検討し今度こそ決定する、ということでその会は終了した。
「いやー、応援団ってこんなにギスギスするもんなんだな」
なんとも言えない空気から解放され、あずさがほっと息を吐いていると、晶太がやってきた。
「さすがのおれもびっくりした」
「猫間先輩なら、あの状況でも意見言いそうだと思ってました」
しれっと言う犀川に晶太はむうっと頬を膨らませる。
「えー、そこまで無神経なつもりはないんだけど。や、言おうとは考えたけどさ」
「考えてたんじゃないですか」
「でも、受験生ってことを言われちゃうと……俺も高校受験苦労したから、あんま、強くは言えないなって」
「ああ……」
「含みのある相槌に聞こえたのは気のせいかね、サイサイ」
「ところで、団長に噛みついていた先輩って、前に百目鬼のこと睨んでた人だよな」
「そうなの? あずさくんの知り合い?」
あずさはぶんぶんと首を横に振る。
「けど、もしかしたら、無自覚に嫌な思いをさせてしまっていたのかもしれません……その、どこかで偶然、僕の体の目が開いているところを見かけていたりしたら……やっぱり、気持ち悪いと思う人はいると思うので」
「百目鬼」
「だ、大丈夫だよ、犀川くん。前ほど、ショックじゃ、ないよ。その、受け入れてくれる人がいることも知っているから。ただ、もし嫌な思いをさせちゃっていたなら、申し訳ないとは思うけど」
「それはあずさくんが生まれ持った体の特徴にすぎないんだから。別に、それを悪用したわけじゃあないでしょ? なら謝る必要はないと思うけどね」
「ちょっといいか」
割って入ってきたのは、会議の後片付けをしていた早間だった。気づけば教室に残っていたのは、彼女とあずさたちのみとなっていた。
「あ、ごめん先輩、ここでしない方がいい話題だったよね」
「いいや。ギスギスとした空気にしてしまったのは私の落ち度だし、会議に対する率直な意見は助かる」
「まぁ、直接伝えに来てくれる方がもっといいがな」と苦笑する天乃に晶太が笑いながら頭を掻く。
「ところで、天乃に睨まれた、というのは、君か?」
ふいに視線を向けられたあずさは、狼狽えながらも頷いた。すると、早間はなぜかあずさを見つめ出す。
青と銀が混ざったような瞳。草食獣の弱点を探りどう捕えようか検討する肉食獣のように、厳めしく、じっくりとした観察。
悪意は感じずとも、緊張はする。それに人と目を見て接しようと心掛てはいるものの、やはりあずさの中で他人に見られることに対する苦手意識は根深く、まだ克服できていない。だんだんと耐え難くなり、顔を俯かせ身を縮めると、あずさと早間の間に手が挟まった。
「早間先輩。こいつ、人見知りなんで」
「ああ、すまない。つい」
「あ、いえ……」
それからしばし考え込むように顎に手を当てていた早間が、ゆっくりと口を開く。
「天乃は、天邪鬼の半妖なんだ」
「天邪鬼……人の心を読んで揶揄うとか、あえて神経を逆なですることを言う妖怪、だっけ」
「サイサイ詳しいね」
「……友達にそれなりに半妖がいるなら、そこらへん調べとくに越したことないでしょう」
「あーちゃんみたいなこと言うじゃん。てか天乃先輩が早間先輩たちへのあたりが強かったのは、その血の力ってこと?」
「そんなところだ。半妖は元の妖怪ほどの力を持たないというのは周知の事実だろう。天乃も例外ではない。まぁ、もともと少し気難しいところがあり口も悪かったが、それでも人の心は慮れるやつで、本来は無闇に攻撃的な言動は取らないんだ。ただ特定の条件下では、思っていることを思っている以上の悪意を乗せて言ってしまう、らしい」
「特定の条件下って?」
「好きなものを貶されたとき」
「応援団のことも、きっと……」と呟いた早間は首を小さく横に振ってから、再びあずさを見た。
「私が思い当たる、あいつの一等好きなものは、舞台なんだ。たしか、特に、アニメや漫画を舞台化したというもので——君は伊原一咲、という人を知っているか」
「えっ」
思わぬ名前が登場し、あずさは目を瞠った。すると、早間は眉を顰めた。
「知っているんだな」
「俺のユニットのメンバーだよ」
「そうだったのか?」
「う、俺の知名度……」
「すまない、私は芸能に明るいわけではないんだ。ただ一年の頃、同じクラスだった天乃からその名前を聞いただけで。伊原一咲が出ていてる舞台とやらを勧められたんだよ」
「先輩たち、さっきはすごいぎすってたけど。前は仲良かったの?」
「まぁな」
苦く笑った早間は小さく咳ばらいをし、それで、と話を続ける。
「そのときに、彼女はこう言っていたんだ——舞台は観てほしいけど一咲くんのことは絶対に好きにならないでね。あたし、同担拒否だから、と」
当然の如く、犀川と晶太の微妙な視線があずさに集まった。あずさはなんとも言えない気持ちになる——あずさと天乃は間違いなく、同担ではあった。
「でもどうして天乃先輩はあずさくんがいっちゃん推しって分かったんだろ? リュックにつけてるキーホルダーもあくまで俺たちがユニットで作ったゆるキャラ「コンくん」のだし」
「百目鬼の言い分的には、観劇のときとかに接触したことがあるとかでもないんだろ」
「ない、と、思います。同じ公演を観に行っている可能性はあるかもしれませんが……」
「俺たちの現場で男性客って結構目立つからね。それで天乃先輩の方はあずさくんを認知してたのかも? で、あずさくんがいっちゃん推しって気づいて、同担拒否って睨んでた、みたいな」
「私には、同担拒否というのがどれくらい大きな感情を伴うものか分からない。だからその可能性もあるかもしれない、とは思う。ただ……私は天乃が、好きを貶されたわけでもないのにむやみやたらに攻撃するやつではないとも思うんだ」
逡巡の素振りをしてから早間は、躊躇いがちに言った。
「もしかしたら。天乃は君に……貶されたと思っている可能性もある。その、伊原一咲を」




