12話
あずさの通う高校では七月の夏休みに入る前週に、学年制単位制合同クラス対抗体育祭が開催される。一日きりで大々的に保護者を招いたりはしないものの、六月の中ごろから実行委員会を設立したり、出場種目を決定するなど、結構しっかりと準備は行われる。例年上位に入賞すると図書カードや学食のサービス券などの景品も得られるようで、体育の授業、朝や放課後を使って練習をするクラスも少なくないのだとか。
あずさは運動が苦手なため、幼い頃からこの手の行事はすこぶる苦手だった。それでも不参加というわけにもいかないため、足を引っ張るにしてもせめて個人戦であればまだマシだろうと思い、卓球を選んだ。
出場希望種目の決め方はクラスによって異なるが、あずさのクラスは事前にアンケートを取ってから、今日のロングホームルームで最終決定の話し合いをすることになっていたのだが。
「六組の体育祭の出場種目なんですが、特に定員割れ、余りがなかったため、アンケート通りで進行します。各人の出場種目は掲示板に貼っておくのでご確認ください」
開始早々学級委員長がそう宣言し、クラスメイトたちも異論はないようで、あっさりと自由時間に突入した。
万が一にも店員我をし団体戦のメンバーになってしまったらと少しひやひやしていたのでよかった。ほっとひと息吐いたあずさは、今日出された宿題をしようと広げたが——。
「百目鬼。あいつ、やりやがったかもしれない」
掲示板を見に行っていた犀川が前の席に戻ってくるなり、険しい顔で言った。
「えっと、いったいなにが……?」
「俺たちの出場種目——応援団パフォーマンスになってる」
犀川に伴い、まず学級委員長に確認しに行った。そうしたら集計を取ったのは担任だからと言われ、ロングホームルームを生徒に任せ職員室で仕事をしていた担任の元へ向かった。
「ああ、単位制の猫間からお前たちは応援団志望に変更って聞いたから変えた」
しれっと、言われた。
「今日の放課後、応援団の顔合わせがあるから参加するように。部活やバイトがあるだろうから毎日出ろとは言わんが、それなりに目玉イベントだからできるだけ頑張った方がいいぞ~」
パソコンから目を離さないまま間延びした口調で言った担任はこれ以上話すことはないとばかりにひらひらと手を振る。
あずさと犀川は晶太が週に二、三度、彼と昼休みをともに過ごすようになっていた。その中の雑談で体育祭の話や応援団に興味があることは聞いていたから、犀川はすぐに彼の仕業だと閃いたのだろう。
そして放課後がやむをえず向かった顔合わせには、二年生の単位制クラス席に晶太の姿があった。あずさと犀川を捉えた彼が浮かべたぺっかーとした笑顔に、さすがにあずさもしてやられたらしいと確信した。
「先輩。なにしてくれてるんですか」
顔合わせが終わるなり、犀川はずかずかと晶太の元に向かい詰め寄ったが、彼はちっとも意に介した様子も悪びれもなくにこにことしている。
「なぁにがぁ?」
「なぁにがぁ、じゃないですよ。担任に聞きました。先輩が勝手に俺たちのエントリー種目変えたって。俺はサッカー、百目鬼は卓球にエントリーしていたのに」
「サッカーはあれだけど、卓球なんて体育祭ネガティブ勢ばっかの競技より絶対こっちが楽しいよ」
「猫間~、今年から自部活動の種目に参加OKになったからガチ勢もいるぞ~」
「え、マジ?」
「競技説明で説明したろーが」
「今の卓球部にちくっといてやるからな」
「やめてーーーー!!」
大仰に縋る晶太に、他の二年生がけらけらと笑って教室を出て行く。それを一瞥した犀川は、いっそう眉を顰める。
「なんで俺たち巻き込んだんですか。先輩他に友達いないわけじゃないでしょ」
「友達がいるとかいないとかじゃなくて、お前たちと一緒に応援団やりたいと思ったんだも~ん」
「……」
「それに、百目鬼くんには応援が似合うと思って?」
「そ、それとこれとはわけが違うような気も……」
「まぁまぁまぁ。細かいことは気にしない気にしない。っていうかさ」
晶太はあずさと犀川の肩をぽんと叩いた。
「一度、応援団に決まっちゃったからには変更は利かないんだから。腹くくって、体育祭まで一緒に頑張ろうぜ!」
犀川は心底うんざりとした様子で項垂れ、あずさはどんな顔をすればいいのか分からなかった。
応援団あくまでパフォーマンスだから成績も何もないかつ競技への参加が不要となる、ある意味最もクラスの足を引っ張らずに済むポジションではある。それでも候補に入れなかったのは、応援団パフォーマンスは団体かつ体を使って行うもの。あずさは足を引っ張るに違いなく、迷惑をかける矛先が変わるだけに過ぎないと思ったから。なにより、人前に立ってなにかをするというのは昔から苦手だから。
だから、無事乗り越えられるか不安ではある、けれど。
「僕……運動、すごく苦手、なんですが。でも、応援団。頑張って、みたいです」
応援団パフォーマンスはグラウンドのトラックに囲われたフィールドをステージとししっかりと時間を取って行われる。そう顔合わせで聞いたとき、ちょっとした舞台のようだと思った。
あずさはこれまでに舞台上から光を届けてもらい、何度も背中を押してもらっていた。彼らが心血を注いで作り上げている舞台に、高校の体育祭、応援団パフォーマンスが届くことはないことは分かっている。それでも、あずさが頑張ることで、光を届けたいと願うことで、ほんの少し、一滴でも誰かを元気づけることが出来たら、なんて。そんな憧れを抱いてしまった。
「お、いいね、あずさくん。そのいきだ!」
「百目鬼……お前がいいなら、俺はいいけど」
それに犀川と晶太もいる。あずさひとりだとへこたれてしまうかもしが、友達が一緒だと、心強い。
ここ三か月、あずさは本当に人生とは思いがけない出来事の連続だと痛感している。そしてそれは間違いなく、あずさの世界を広げていた。




