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百目鬼くんの推しごと  作者: 鈍野世海
6章・百目鬼くんとファンレター

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15/25

閑話・伊原くんはうらやましい

 一咲は同業者やユニットメンバーと比べると、SNSの更新頻度が少ない方だと自覚している。

 舞台出演が決まったときやユニット活動の情報などは告知するようにしているし、週に一度はプライベートに関することも呟くようにはしている。まぁ、これもマネージャーにさんざん嘆かれ、有馬からも「もうちょっと自我を出せ」と言われたからなのだが。

 帰宅した一咲は紙カップの写真を撮った。それからSNSアプリを開いたが……うっすらそんな気はしていたが、一咲はそう経たないうちにそのアプリを閉じた。

 SNSを見るのは嫌いじゃない。色んな人の興味や好きが共有されている空間は見ていて面白いし、学びもある。けれど一咲自身はおそらく、向いていない。

(百目鬼くんが、俺のために用意して、書いてくれた)

 紙カップをまじまじと見つめた一咲は、自分の頬がどうしようもなくゆるむのを感じる。

 舞台をはじめとした芸能の仕事はとても楽しくて、多少ハードでも疲れることはあまりない。だが、そう遠くないうちに初挑戦の仕事が控えていることもあり、一咲は普段以上のプレッシャーを感じて過ごしていた。その影響でか、休演日である今日にどっと疲れが現れた。

 それで一咲は午前の仕事を乗り越えようやく一息付けるタイミングを得ると、癒しを求めてカフェに足を運んだ。

 自分を推してくれている百目鬼に疲れた姿を見せてしまったのは少し恥ずかしい。でも、これを貰えた。

 この特別なもの……ともすれば、百目鬼からのファンレターともとれるそれが他の人の目に触れてしまうのは、とてももったいないと感じる。

 まだ口をつけていないホットココアの甘い香りがふんわり漂う。飲み終えたら、きれいに洗って、どこかに飾ろうと決める。

「どちらがファンなんだか」

 以前に色から言われた言葉を思い出す。

 顔についている一対だけではなく、頬や首、あらゆる目をいっぱいに見開ききらきらと熱烈に一咲を見てくれたあのときから、彼のことが忘れられない。

 特定の誰かに激しく興味を惹かれる心理がファンだというのならば、自分はたしかに百目鬼のファンなのかもしれない。

 ステージに立てば全身の目で一咲に焦がれてくれて、カフェの席に座ればどうにか一咲を避けようとする、面白くて、やさしくて、かわいい人。百目鬼は間違いなく一咲が彼を認知していることに気づいていない。そしてそれを一咲も明かす気はない。

 もちろん百目鬼の心遣いを無下にしたくないのもあるが、明かせば今の態度からしてもなんとなく、逃げられてしまいそうな気がする。それは、嫌だと思った。

 でも、本当は。

「もっと、仲良くなりたいなぁ……」

 顔を合わせるたびに、今日は前よりも少しでも多く話したいと思う。

 盗み聞きではなく本人から名前を聞き、半ば強引だった気もするが呼ぶ権利も得られたののは本当に嬉しかった。けれど、もう少し勇気を出し「あずさ」と呼びたいと乞えばよかったとも思ってしまう。

 そして、いつか。互いの素性を隠さずに話ができるようなったらと思う。むず痒くてもどかしい今も楽しいけれど、一咲はの心にはあずさともっと親しくなりたいという気持ちがすっかり大きく育っていた。

「はー、明日からも頑張ろ」

 このままでは日が変わるまででも眺め続けてしまいそうなファンレターからいったん目を離し、キャメルマキアートに口をつけた。

 それから一咲はしっかりと夕飯を食べ、あたたかな湯船につかり、ストレッチをして、その日は何も考えずに寝ることにした。

「一咲くん、今日はなんだか、羽みたいだった」

 今日は夜公演(ソワレ)のみのため、午前は一日空いた分の感覚を取り戻したりと稽古に励んだ迎えた昼休み。弁当を食べていると、隣に座る泰良がにこにこと言った。

「羽?」

「すごく動きが軽やかだったから。昨日、ちゃんと休めたみたいだね」

「ああ……うん。泰良は、どうだった? 地元からきてる従姉(いとこ)と出かけたんだっけ」

「うん。なんだっけ、あの~……お皿がいっぱい重なってる、おいしいやつ」

 泰良が首を傾げるとともに、彼のシルバーヘアがさらりと靡き、蛍光灯の光にちらちらと透ける。

「お皿がいっぱい重なってる、おいしいやつ……? なんだろう……ミルフィーユ?」

「それは生地がいっぱい重なってるやつかも。でも、ミルフィーユもあったな。いっぱい重なっているお皿にいろんな食べ物が乗ってて」

「バイキング、とかでもないよね」

「似てはいるかも? でも、自分で選ぶんじゃなくて、最初から乗ってて。メニューはほとんどスイーツなんだけど」

「あのぉ……」

 向かいの席で弁当を食べていた後輩の役者がそろりと手を挙げる。

「アフタヌーンティー、でしょうか?」

「ああ、それそれ。ふふ、若い子は詳しいね。従姉が前から行ってみたいって言ってたから、サプライズで予約しておいたんだ。そうしたら、すごく喜んでくれてね。ああ、そうだ、これ写真」

 泰良がスマホを取り出し、話に入ってくれた後輩にも見えるように机上に置く。泰良の隣で艶やかな黒髪の綺麗な女性が微笑んでいて、の白い首が常人より数センチ伸びている。

「夢川先輩って、たしか、(ばく)の半妖っすよね。従姉さんは、ろくろ首の半妖っすか?」

「うん。俺は、獏のお父さんと、人間のお母さんの間に生まれて。従姉……このみちゃんは、内のお母さんのお姉ちゃんと、ろくろ首の旦那さんの間に生まれたの。だからね、テンションが上がるとつい首が伸びちゃうことがあるんだ。ふふ、かわいいでしょう」

「ほえ、ろくろ首ってそう言う感じなんっすね。つうか、さすが泰良先輩の従姉さんっていうか、すげぇ美人っすね」

 従姉と仲がいいらしいことは聞いていたが、想像以上に親密らしい。後輩の誉め言葉に泰良は「ふふ、でしょう」と自分のことのように誇らしげにしていた。

 と、その泰良のスマホが震え、机上に置いてた一咲のスマホも同時に振動した。

「晶太くんからだ」

 ともに、「No⇆CK」のメンバー間やりとり用のグループチャットに、晶太からのメッセージを受信していたらしかった。仕事の話だけでなく雑談もここで交わし、特に晶太は他愛ない話題を流す。時間的に学校に行っている頃だろうから今回もそういった内容だろうと思いつつ、アプリを起動する——。

「晶太くん、応援団になったんだ」

「うん、みたいだね……」

 晶太から届いたのは、『体育祭で友達と応援団やることになった!』というメッセージと一枚の写真だった。

 そこには、同じ高校の制服を纏った男子が三人映っていた。ひとりはいつものようにキラキラとした笑顔を浮かべた晶太。ひとりは、呆れたっぷりの表情をした知らない子。そして最後のひとりは——困ったように俯いている、以前と比べたら少し短くなったもののそれでも長い前髪を持った、男の子。

 どうして、いつのまに。晶太はどうやって百目鬼と知り合い友達になったのか。

 彼が一咲を推し、一咲もまた彼を推していることを知ってか知らずか。そんな混乱と同じくらい、一咲の中にはもやりとした感情が生まれていた。人生ではじめて覚えるその感情の名前を、一咲はなんとなく察していた。

 気を抜けば唇から「ずるい」という言葉が、漏れてしまいそうだった。


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