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百目鬼くんの推しごと  作者: 鈍野世海
6章・百目鬼くんとファンレター

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14/25

11話

 聞けば、遥とこのみは中学時代の同級生その当時はクラスメイト程度だったが、大学生のときに再会し、社会人になっても定期的に遊ぶほどに親しくなったらしい。そしてあるとき、有馬と泰良が出演していたスポーツ漫画が原作の舞台、さらに「No⇆CK」のライブ映像をこのみから布教として見せられたことをきっかけに遥はのめりこみ、上京するに至った。

 遥がメッセージで言っていた「用事があって近くにきていてね」というのは、このみと会うことだったらしい。

「遥ちゃんが突然「東京に転職を決めた」って報告しに来たときは本当に感動したわ。私も一緒に上京しちゃおうかと思ったもの」

「このみが上京したらこのみのお父さんまでついてきちゃうでしょ。娘大好き地元大企業の社長が」

「ふふ、それもありだったかもしれないわね。東京進出させちゃえばよかったかしら。でも、ひたすら泰良くんを思って飛行機に乗って遠征するのも、悪くない気分だから。まだ地元暮らしでもいいかも。ああ、でも……」

 ふいにあずさに目を向けたこのみがにっこりと微笑んだ。

「遥ちゃんはいつのまにかこんなにかわいい同志と知り合って、これからもいつでも語らえるんでしょう。それはちょっと羨ましいわ」

「まぁ、このみが気に入るタイプだよね。素直でかわいい男の子……って、私が来るまでに虐めてないよね?」

「ふふふ」

「百目鬼くん、この人の言う変なことは大体冗談だから、真面目に聞いたら損をするから。気を付けてね!?」

 まるで詐欺師に騙されそうになっている高齢者を必死に引き留めるかのように神妙になった遥に、あずさはこくこくと頷く。とりあえずあずさの目を奪いたいというのは冗談だったということだろう。おそらく、きっと。

「それで、百目鬼くんの前にあるそのレターセットは?」

「遥ちゃんが来る前に、ファンレターの話をしてたの。あずさくん、一咲くんのことがとっても好きみたいだから、その思いをしたためて夜公演(ソワレ)で送ってみたらどうかしらって」

「ああ、なるほど」

「でも、あずさくんは読むに値するものが書けるか不安みたい」

「分かるよその気持ち。推しを思うと大抵のオタクは語彙を失うからね。たまにIQ爆上がりするタイプもいるけれど」

 腕を組んで遥は何度か頷いた。

「でも懸念がそれだけで、ファンレターって形で応援を伝えて見たいって気持ちがあるなら、私はおすすめしたいな。伝えたい気持ちが大事だと思うし、そもそも向こうもたくさんオタクを見ているから。オタクがそう言う生き物だってある程度分かっている……と信じよう!」

 そう言う遥に、このみはそっと微笑む。軽妙なやり取りだけでなく、当たり前のように同じ意見を口にし、あずさの背を押してくれる様に、ふたりの関係の良さとやさしさをひしひしと感じる。

「有馬くんはそういうの分かってるわよね」

「そういうアンテナ張ってるからね。でもたまにずれた知識を仕入れてくるところが本当にかわいい」

「あの……日首さん。レターセットは、お返しします」

 あずさはそっと机上のレターセットをこのみの方に戻した。

「その、書いてみたい、とは思います。でも、それなら、レターセットから、伊原さんのことを思って自分で選ぶのが大事だと思って……後日、考えて、書いて、出してみようと思います。お心遣いいただいたのに、すみません」

 並んで座る遥とこのみが目を見合わせる。

「守らなきゃ、このピュアハート……」

「あずさくんは本当に見どころがある子ですね」

 遥は額に手を当て項垂れ、このみはにっこりと微笑んだ。




 翌日の月曜日、舞台休演日であり午前授業だったあずさは、アルバイトに出勤する前に文房具屋を訪ねてみることにした。

 あずさは人生で手紙のやりとりをした経験がほとんどない。父親が海外に長期滞在するときはエアメールが届いたりするものの、あずさはそれに電子メールで返事をしていた。

 だから文房具のレターセットコーナーに足を運んだのもこれがほとんど初めてで、両手を広げても余りあるどころか裏の棚まで続くほどにスペースが設けられているなんて知らなかった。そして当然その分だけレターセットは存在し、選択肢が豊富にあればあるほど悩む余地が生まれる。

(好きって気持ちを伝えるなら……ハートがあしらわれたもの? でも、なんかそれは違うような……じゃあ、伊原さんに似合いそうな花を考えてそれっぽい柄とか……でもどの花も似合いそう……どうしよう、伊原さんってなんでも似合う)

 しばらくうんうんと悩んでいたが、結局どれがいいのか決められないまま、時間切れとなりあずさは「cafe ZASHIKI」に出勤した。

 今日のシフトはランチ明けの時間から。制服に着替え、まばらに席を埋める客の注文を取ったり運んだり、食器洗いを手伝ったり、店回りや裏を清掃したりする。

 アルバイト先で一咲と遭遇してからそれなりの時間が経過しているが、結局いまだにあずさは去就を決められていない。一咲が店にやってくる日も時間もまちまちで狙ってシフトを外すことも出来ず、出勤のたびにうっすらそわそわとしてしまう。

「そういえば、百目鬼くん、アルバイトはじめたんだよね。オムライスが凄く美味しいお店って言ってたから気になってるんだけど……遊びに行っちゃってもよかったりする?」

 と、遥に聞かれたり。

「あずさくん、アルバイトしてんの!? どこ、飯屋? 行きたい行きたい!」

 と、晶太からせがまれたり。

「実は俺も、ちょっと気になる。喫茶店でコーヒー飲むの好きなんだよね」

 と、犀川にまで言われたりしたが、誰一人に是とは言えなかった。

 犀川は大丈夫かもしれないが、遥と晶太は一咲のことを好く知っていて、万が一にも遭遇したらと思うとあずさは恐ろしくてたまらない。

 オーナーである色に自分が一咲のファンであることを打ち明け去就を決めてもらおうかとも何度も思ったが、結局口にできていない。常連の日常を脅かす者は雇っておけないと首を切られたら……すっかり馴染んだ色や他の常連とのやりとりやこの場所を失ったら。想像するだけでとても寂しいから。

 そうしてずるずると引きずり続けた今日にも、一咲は店に訪れた。いつものように平生を装いつつも窓際の席に案内しながら、ずさは注文を取る。

「えっと……キャラメルマキアートと、チョコレートケーキ、お願いします」

(あれ……?)

 一咲は大抵、注文前に店員に今日のおすすめを尋ねてくる。あずさにとっては授業で教師に当てられみんなの前で喋らなきゃいけないときよりも緊張する時間だ。だが今日はそれを聞かれず、それに声にもどこかは気がないように感じられた。

 カウンターに向って色に注文を伝え終えたあずさは、一咲に気づかれないようにおず、と彼の様子を窺った。

 心なしか、一咲の顔色が少し悪い、気がする。

「ファンステ」は戦闘シーンがかなり多く、体力を間違いなく多く消費する。昨日もマチネにソワレと二公演行われた。それに、以前の晶太が、一咲の話題はあずさが頼んだ通り避けてはくれているがそれ以外のメンバーの話はわりとぽろぽろと零す中でこんなことも言っていた。

「あーちゃん、舞台の休演日にゲスト出演のドラマの撮影とかしててさ。あの人いつ休んでるんだろって感じ。羨ましい!」

 つまり、今日は休演日だがだからといって一咲に他の仕事が入っていないとも限らないのかもしれない。

(そりゃあ、疲れる、よね……)

 あずさが注文の品を運んだあとも、一咲はいつもよりもどこかぼんやりとした様子でフォークを動かし、カップを口に運び、たまに窓の外を見やる。

 あずさはどうにもそわそわとしてしまう。疲れている一咲に自分がしてやれることなんてなにもない、とは思う。けれど、心血を注いで素敵なものを見せてくれているのに。そんな彼がいたからあずさは今ここにいて、とても充実した日々を送れているのに。なにも返せない自分がもどかしい。

 周囲を見渡していたあずさは、ふと、あるものを見つけた。

 こんなことに意味はないかもしれない……自己満足かもしれないし、むしろ迷惑かもしれない。それでも、なにもせずにはいられなかった。

「あの、沢座さん」

「なに、百目鬼くん」

「ちょっと、ご相談があるんですが……」

 念のため一咲に聞かれないように声を潜めて色に耳打ちすると、彼はあっさりと許可を出してくれた。

 キャラメルマキアートを飲み終えた一咲が、席を立ち、カウンターにやってくる。あずさは会計の対応を終えてすぐ。

「あの。これ」

 用意していた紙袋を彼に差し出した。

「テイクアウトの注文はしていないけど」

「あ、えっと。その、常連さんへの、差し入れ、というかなんというか……」

 きょとんとしながらも一咲は、とりあえず紙袋を受け取てくれた。

 そして、中身を覗きこむ。

 中身は、テイクアウト用のクッキー詰め合わせ。それから、ホットココアを注いだ、蓋つき紙カップ。

 一咲は紙カップを手に取るとまじまじと見つめた。

「……これ」

 あずさはつい顔を逸らし、一歩下がる。そのまま適当な仕事を口にして逃げてしまおうかとも思った。

「君が書いてくれたの」

「え、えっと……はい」

 紙カップにあずさは「お疲れ様です」としたためていた。

「この猫の絵も?」

「い……犬、です……」

「犬」

 文字だけじゃ味気ないと思い絵も添えてみたが、あずさは自分の不器用さをすっかり忘れていた。別のカップに書き直そうとしたが、色から何やら熱心に「そのままがいいと思う」と言われてそのまま出してみた。

「お客様、とても、頑張っている方の顔をしていたので。その、差し出がましいかもしれませんが、応援、出来たらと思って……」

 一咲は先からずっとじっとカップを見つめている。気に障ってしまっただろうか。やはりやめておいた方がよかっただろうか。あずさがもう一歩さがりかけたとき、一咲が口を開いた。

「……ありがとう。すごい、元気でた」

 いつになく静かな、けれど、たしかに真心を感じ声が、まっすぐにあずさの胸に届く。

 それは瞬く間にあずさの胸をあたたかくし、眼窩にまでも熱を齎した。涙腺がうずりと疼いて、ちょっぴり泣きそうになってしまって、あずさはたまらず俯く。

「よかった、です」

「あの、店員さん」

「は、はい」

「お名前、聞いてもいいですか」

「あ、えっと……百目鬼、あずさ、です」

「百目鬼、あずさくん」

 そう丁寧になぞられてから、あずさははっとした——なにうっかり推しに名前を名乗っているんだ。自分は今、推しに名前を呼ばれてしまったのではないか……!?

「百目鬼くんって、呼んでもいいですか」

「へ、いや、あの」

「駄目、でしょうか」

「駄目なことは全然ないのですが!」

 捨てられた子犬のようにしゅんとした彼に、あずさはぶんぶんと首を横に振る。駄目なことなんてない、ないはずだ——これがただの店員と常連客であれば、世の中的にないシチュエーションではないのかもしれない。だが、あずさと一咲はそれだけじゃない。一咲は、あずさにとっての推しなのだ。一咲にとって間違いなく自分は危険性を孕んだ存在だ。

 内心慌てふためくあずさの一方で、一咲はふんわりと花が開くように微笑む。

「よかったです。俺、実はずっと、百目鬼くんともっと話してみたいと思っていたんです。だから……今日はもう時間がないけれど。また、来るんで。そのときには、本日のおすすめ以外の話をしてもいいですか」

 激しい動悸で、胸が苦しくい。泣きそうな気持ちになる。スポットライトを浴びずとも燦然輝くその人の、花のような笑みとせせらぎのような声が合わさったその問いかけを拒める者はいるのだろうか。誰か教えてほしい。

「その……仕事に、影響が出ない範囲でなら」

 そう答えざるを得なくなったあずさは、ついに、決意をした。

 じぶんはここでは絶対に、店員であり続けようと。

 大学受験か、進学か、就職か……いつかは分からないがいずれこの店をやめざるを得ないタイミングが来るまでは、決して自分の趣味嗜好をこの店内に微塵も持ち込むことも匂わせることもなく隠し通し、ただの店員であり続けると。


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