8話
(どうしてこんなことに……?)
気づけばあずさと犀川は晶太に引っ張られ、学校近くのファミレスに来ていた。以前に遥とも訪れた場所だ。
放課後友達とファミレスに行く、というのはあずさにとって憧れのシチュエーションで、学校の友達とはこれが初めてなのだが……喜びよりもなんともいえない複雑な気持ちが勝っている。
どうして、推しと同じユニットのメンバーとテーブルを囲っているのだろう。隣に座る犀川もこの状況を理解しきれていなさそうな表情をしている。向かいの晶太だけは平然として、店員にフライドチキンと山盛りポテト、それから三人分のドリンクバーを頼んだ。
困惑のままドリンクを汲み終え再び三人でテーブルを囲んだところで、晶太は汲んだ両手に顎を乗せてあずさを見据えた。
「それで。結局、ドーメキくんは誰推しなわけ?」
「えっ」
「さすがにもー俺推しじゃないのは分かってるから気を遣わなくていいよ? でも、ここまで来たら気になるじゃん?」
(ここまで連れてきたのは猫間さんだけれど……)
と思いつつ、あずさはおずおずと応えた。
「……伊原さん、です」
「いっちゃんだったかぁ。理由は? きっかけは?」
「「ヘヴ・デヴ」の舞台を観る機会があって、それで、知って」
「へぇ、「ヘヴ・デヴ」舞台なんてやってたのか」
感心したように言う犀川に、あずさはぱっと目を見開いた。
「犀川くん、「ヘヴ・デヴ」読んでるの」
「あ、ま、まぁ」
犀川はばつが悪そうに目を逸らす。心なしか頬もわずかに赤い。いったいどうしたのだろうと首を傾げると、晶太がひとつ咳払いをした。
「ちょっと、二人の世界に入らないでよ」
「別に言うほど入ってないでしょ」
「ねー、ドーメキくん、なんでいっちゃんだったの? 「ヘヴステ」にはあーちゃんも出てたし、もう一人の主役、レイを演じたのは2.5次元舞台のトップスターって呼ばれる御崎楽……先輩だよ。凄い人めっちゃそろってた舞台なのに、その中でどうして、いっちゃん?」
あまり考えたことはなかった。
たしかに、あの舞台の役者は誰も彼もが凄かった。立ち居振る舞いのすべてが、原作漫画のキャラクターたちの性格や癖、声の出し方や呼吸まで、それぞれが徹底的に突き詰めているように思えた。少なくともあずさは原作との乖離を感じることが一切なかったのだ。
その中でも、一咲に惹かれた理由は。彼が演じていたトーマというキャラクターがもともと好きだったから、というのは関心を持つきっかけであっても引かれた理由ではないと思う。初めて知るキャラクターを演じる一咲のこともとても魅力的に感じるから。
「……きらきらして、見えたから」
「舞台に立ってる人間はみんなきらきらしてると思うけど」
「そう、なんですけど……その中でも、僕にとって伊原さんはいっとう輝いて見えたというか。その、僕にとって伊原さんは、太陽であって、月であって、北極星みたいな存在で」
「属性多くない?」
「眩しくて、どうしようもなく目を奪われていて、目が焼かれても見ていたくて、どんな姿もかっこよくて、それで気づいたら道しるべになっているような、存在で。だから、推しになったんだと、思います」
つい熱心に語ってしまってから、面映ゆくなる。熱くなった頬を覚ますように冷たいオレンジジュースをストローから一気に吸う。
「本当にいっちゃんのことが好きなんだね、ドーメキくん。太陽とかつきとか北極星はよく分かんないけど、俺もいっちゃんはかっこいいと思うしいいやつだから好きだよ。好きなんだけどさぁ……」
晶太は深々とため息を吐いて、項垂れた。
「いっちゃんだけじゃない。皆のこと好きなんだけど。だからこそ、悔しくて」
「なにが、ですか……?」
「……いっちゃんは2.5次元を中心に舞台に引っ張りだこだし、あーちゃんも舞台出てるし最近はドラマにもレギュラー出演してるし、たいらんは人気雑誌の専属モデルでブランドと契約したり海外のランウェイだって歩いていて……俺だけ、舞台やドラマの出演数多くないしドラマやバラエティもゲストでちょこちょこ呼ばれる程度で、「No⇆CK」で俺だけあんまし売れてねぇの!」
むうっと頬を膨らませ、ぐっとこぶしを握り、晶太は言う。
「だから、今だって俺を推してくれているファンはたくさんいるけど。めちゃくちゃ嬉しいし感謝してるけど。もっともっと有名になって人気になりてぇの。通学の電車で「にゃんちゃんですか?」っておずおず声を掛けてもらいたいし、学年制クラスの廊下に行ったらきゃっきゃって騒いでほしい!」
「にゃんちゃんってなに」
「えっと、猫間さんの愛称、みたいな」
「俺は!」
がたん、と勢いよく椅子から立ち上がった晶太は高らかに宣言した。
「他のみんなみたいにもっと……もっとたくさんの人を笑顔にしてぇの!」
そのヘーゼルナッツの色をした彼の瞳は、燦然とした輝きを持っていた。
「ちょっと、馬鹿じゃないですか、先輩、公共の場で」
焦り呆れが大いに混ざった犀川に声にはっとしたあずさが周囲を見渡せば、晶太は店内中の視線を集めていた。自分が注目されているわけでもないのに縮こまるあずさに対して、晶太は屈託のない笑顔を浮かべながら「騒いじゃってすみません!」と頭を掻いて椅子に座りなおした。
「ま、そんなわけでさ。同性だから絡みやすいかつ、人気者であるいっちゃん推しのドーメキくんを調査して、どうしたらもっといろんな人に推してもらえるか研究しようと思ったってわけ」
「……なんつうか。意外と真面目なんですね、先輩」
「お、犀川クン分かってんじゃん。俺はすっげえ真面目ないい子なの」
「ちゃらんぽらんではあるけど」
「やっぱり失礼だな、お前!」
「……猫間さんは、すごいですね」
「ドーメキくんまで、皮肉か!?」
「そ、そうじゃなくて」
たった一歳しか違わないのに、こんなにもはっきりとした夢を持ち、突き進んでいる。晶太が夢を叶えるための努力を惜しんでいないことは、動画やライブなどでの彼のパフォーマンスを見れば分かる。
「猫間さんは、とてもかっこいい人だなって、思って」
晶太はわずかに目を見開く。それから、ほんのりと眦を染めながら瞳を細めた。
「じゃあ、俺のこと、推してくれる?」
「えっ。えっと、その……」
尊敬しているし、好きだとは思う、けれど。一咲と同じほどの熱量を求めているのだとしたら。けど、それを口にするのは。
あずさが滝のように汗を流すと、晶太はふはっと笑った。
「そこは嘘でも、「はい」って言えばいいのに。ドーメキくんって、素直だなぁ」
「えっ、あっ、すみません……」
「そこがドーメキくんのいいとこだと思うよ。ねー、ドーメキくん。俺と友達にならない?」
「……?」
今なにかとんでもないことを言われた気がして、あずさがぽかんと首を傾げると、しかし晶太は再び躊躇なく爆弾を投げてきた。
「だから、俺たち、友達になろ。俺、ドーメキくんのこと気に入っちゃった。あ、ね、ドーメキくん、名前なに?」
「あ、あずさ、です」
「あずさくんね。おっけ。ついでに、犀川クンの名前は?」
「ついでとかいう人に明かしたくないですね」
「じゃあ、親しみを込めてサイサイって呼ぶね」
「颯佑です」
「オッケー、サイサイ」
「クソ……」
「じゃあ、あずさくんとサイサイ、連絡先交換しよ!」
あれよあれよという間に晶太はスマホを取り出すとメッセージアプリを起動し、友達追加画面を表示し「フレフレで交換する? それともQR読む?」と身を乗り出してくる。
「あ、あの。そ、それはよくないと思います」
ようやく我に返ったあずさはぱっと身を引いた。もっと背もたれにぶつかり大した距離は稼げなかったが。
「よくないって、なにが?」
「猫間さんと、と、友達に、なるのは」
「どうして?」
「猫間さんは……その……芸能人、なので」
「芸能人は、友達作っちゃダメなの?」
「そんなことは、ありませんが。でも……」
あずさがもごもごと言い淀んでいると、犀川が口を開いた。
「詳しいことは知りませんけど。要するに、百目鬼が好きな芸能人と、先輩、同じユニットなんでしょ」
「そうだけど。だから、なに?」
「だから……なんつうか、分かりませんか。百目鬼は明らかにその人のことを遠い世界の存在だと思っているでしょ。それと同じ場所に立つような人と、友達になるイメージがつかないし。縁を持つことへの抵抗とかもあるんじゃないですか」
「なんで抵抗なんて持つの? むしろ嬉しくない? メンバーしか知らないいっちゃんのエピソードとか全然話すよ?」
「だからそういうのが後ろめたい気分になるっていうか……って、勝手に代弁して悪ぃ。俺が言ってること、お前が思っているとことと合ってる?」
横から向けられた気づかわしげな眼差しに、あずさは何度か視線を彷徨わせながら、頷いた。
概ね、犀川の言う通りだった。芸能人と友達になるイメージは湧かないし、それにあずさには今ただでさえ、一咲に対して後ろめたい気持ちを持っている。これ以上彼のプライベートを侵す危険性を増やしたくない。
「んー……分からないけど、分かったような気も、する? でもさぁ……なんつうかそれって、小学生の頃、人間の子に、半妖だから友達になりたくない、って言われたときの気分」
「え……」
瞬くあずさに、晶太は「だってそうでしょ?」と続ける。
「俺、いっちゃんのチームメイトや芸能人である前に、ただの高校生だもん。そりゃあ、絡んだきっかけこそいっちゃんだったけど。俺は今、ひとりの高校生として、あずさくんとサイサイに興味を持って、友達になりたいと思ったんだよ」
そう言う晶太は寂しそうで、その表情は年相応かそれよりいくらか幼く見えた。
(猫間さんの、言う通りだ)
人間だから、妖怪だから、半妖だから、その種族を理由として誰かに良し悪しをつけることはない、個々がどういう性質を持っているかが大切だとあずさは思っていた。なのに、別の事柄においては……芸能人とそれ以外という大きな括りで分けて、晶太と自分を別の世界に置いて考えていた。それで、彼の真心を拒んでしまった。
「ご、ごめんなさい……、猫間さん。僕、ひどいこと、言いました」
「うん、ちょっと、ショックだった」
「でも、あの……正直、まだ、猫間さんと友達になるイメージは、ついてなくて」
頭で理解はできてはいても、心の準備がすぐに追いつくわけではない。だからこそ、あずさは自分の中にある
「でも、なれたらきっと、素敵なんだろうなとは、思っていて。猫間さんが、僕なんかと友達になりたいと言ってくれたのは、嬉しかったから。猫間さんは、とても、かっこよくて、楽しくて、いい人だから」
だから、とあずさは勇気を出し、まっすぐに晶太を見つめた。
だから……その、も、もしよければ、少しずつ。高校生の猫間さんと、お、お近づきにならせてもらえないでしょうか……?」
しばし晶太はあずさを見つめていた。やがて、彼はヘーゼルナッツの瞳を綻ばせた。
「ん、分かった。少しずつ親交を深めて行こう」
「あ、ありがとうございます。お願いします」
「あずさくんにもっと親しみを覚えてもらえるよう、いっちゃんの面白い話題たくさん用意しとくな」
「そ、それはお願いですからやめてください……」
「そんな本気で嫌がる?」
「僕のためにお願いします……」
これだけは譲れなかった。なにせ、アルバイト先であるカフェの常連に一咲がいたというとんでもない状況についても誰にも下手に相談できず去就を葛藤している最中だ。これ以上一咲のプライベートを勝手に知って罪悪感を増やしたくはない。
「やっぱよく分かんねぇなぁ」
晶太は首を傾げながら、晶太は少ししなびたポテトをつまんだ。




