第6話 10周年の黒歴史
神喰丸という力士のことをどこで聞いたか思い出したのは、さらに翌日の午後。
刑事が釣り堀を訪ねてきたときだった。
「警視庁生活安全部テラモン課の比嘉と申します。テラモン関連事件の捜査をしておりまして、少々お時間をいただけますでしょうか?」
比嘉はマーシ地方、前世で言うと沖縄あたりで多い苗字である。
30代後半、南方系の顔立ちの男性刑事だった。
「一昨日に、伊勢さんが対戦をしたカジキマルさん、本職は大相撲の力士で神喰丸一刻と仰るんですが、覚えておいででしょうか」
「はい」
「実はその神喰丸さんのテラモンが誘拐されまして。その行方を追っています。一昨日の対戦前後で、なにかお気づきのことがあればと思い、お訪ねした次第で」
テラモン誘拐は人間相手の誘拐より難度が低く、その一方で高額の身代金を請求しやすいため、この世界ではテラモン関連犯罪の定番に位置づけられている。
「申しわけありません、特にはないですね……」
真剣に記憶を探ってみたが、本当に思い当たるところはなにもない。
ハネさんも“なんもないなぁ”とのことだったが、警察の側もオレを疑っているわけでなく、総当たりで話を聞いて回っているだけらしい。
「そうですか、お騒がせして申しわけございません。なにかお気づきの点がありましたらご連絡ください」
比嘉刑事は一枚の名刺をオレに渡すと、あっさり引き上げて行った。
その後ろ姿を見送り、仕事に戻ろうとすると、また前世の記憶が蘇った。
カジキマル。
ドヒョウガメ。
神喰丸一刻。
誘拐。
惨殺。
闇堕ち。
四騎士。
神喰らいのカズトキ。
そして――。
〈テラリウムモンスター 欺瞞のユートピア/烙印のディストピア〉
”カイトはん、その記憶”
転生者リンクでオレの頭に浮かんだイメージが伝わったようだ。ボトルの中のハネさんが言った。
――ハネさんにも見えたのか?
“なんやろくでもない世界が見えた。なんやこれ、こんなことが、これから起きるっていうんか……?”
戦慄したような声だった。かなりの衝撃だったのだろう。
――確定じゃないはずだ。あとのタイトルだとなかったことになってる。
シリーズファンからの評判がひどかったので黒歴史というか、以降のタイトルでは「未来は無限に分岐する」「未来は君達自身によって決まるんだ」とフォローされ、制作サイドからも「ひとつのイフに過ぎない」と明言されていた。
だが、あの作品に出てくるキャラクターが、この世界に存在し、そこで語られた悲劇のひとつが現在進行系の出来事として始まっているらしい。
〈テラリウムモンスター 欺瞞のユートピア/烙印のディストピア〉
テラモンシリーズでは唯一、未来を舞台にした15歳以上向けシミュレーションRPGだ。
冷徹で骨太なストーリーテリングで人気を博し、深夜帯アニメで大ヒットをものにしたシナリオライターを招聘。「大人の鑑賞に耐えるストーリー」を売りにした作品だったのだが、テラモンファンからの評価は極めて低く「テラモン世界の歴史に混ぜられた最低のゴミ」「記憶を消してもう二度と思い出したくない」「バッドエンド病患者をテラモンに連れてくるな」と大ブーイング。
支持者からも「キャラデザと音楽は良かった」「挑戦は評価したい」「テラモンであることを考えなければ……」「批判されるのはもわかるが俺は好き」と言われるタイプの作品だった。
テラモンシリーズ10周年記念作品だったのだが、30周年になってもSRPG第2弾が出ていない原因のひとつとも言われていた。
ストーリーはチュート地方セキノハラ、日本で言うと関ヶ原あたりの研究所から放たれたPOSEと呼ばれる謎の粒子の影響で、地球人類の9割の「時間が静止」。
残された1割の人間たちが「テラモンとの調和で理想の世界を築こう。調和ができない者は収容所送りだ」というユートピア派。「テラモンを支配し混沌の時代を生き抜こう。支配できないテラモンは抹殺だ」というディストピア派の二つの陣営に分かれて抗争を繰り広げる世界で「テラモン恐怖症に悩むユートピアのテラモンリーダー」または「テラモンに育てられたディストピアのテラモンリーダー」のいずれかを選び、各地のテラモンやテラモンリーダーを仲間として戦い、世界に平穏をもたらそう、というものである。
主人公は〈欺瞞のユートピア〉〈烙印のディストピア〉の2種類のソフトのうちどちらをプレイするかで決まるが、違いは初期設定と仲間にできるテラモンや人間の違い程度で、大きなストーリーの違いはない。
〈欺瞞のユートピア〉でディストピア陣営についたり〈烙印のディストピア〉でユートピア陣営についたりできる上、ベストエンドはどちらのバージョンでも人類停止現象を終わらせることで「静止した人類」を復活させる、というものだ。
ユートピア派の主要メンバーとして登場するのが四騎士と言われる強力なテラモンリーダーなのだが、そのひとりの名前が神喰らいのカズトキ。
ディストピア陣営の主要メンバーとなる四神と呼ばれるテラモンリーダー4人を強襲、全員の首の骨を素手でへし折って惨殺、全員代替わりさせたという凶悪なエピソードの持ち主だ。
あくまでフレーバー的なエピソードで、ゲームに出てくる代替わり後の四神とのスペック差はないが。
その神喰らいのカズトキのプロフィールに、かつて横綱候補とも言われた前途有望な青年力士だったが、育てていたテラモン、ドヒョウガメを誘拐の上殺害された、というものがある。
激昂した神喰らいのカズトキは主犯だった元兄弟子を惨殺、さらにその共犯者たちの四肢をへし折り、再起不能の重傷を負わせた。
その後無期懲役の判決を受けるが、服役中に発生した人類静止現象によって解放され、「テラモンとの調和で理想の世界を築こう、調和ができない者は収容所送りだ」というユートピア派の思想に共鳴し合流。
ディストピア派の人間はもちろん、たとえユートピア派でもテラモンを傷つけた人間は容赦なく惨殺していく「テラモンに優しい殺人マシン」として猛威を振るうことになる。
ユートピアの四騎士はだいたい似たような「人間によって愛するテラモンを奪われた」背景を持ち、対するディストピアの四神は「テラモンによって愛するものを奪われた」背景を持っている。
どいつもこいつも未就学児向けのコンテンツでもあったテラモンシリーズに出していいキャラクターじゃないと、当時のテラモンファン達をどんびき&呆れさせていた。
その神喰らいのカズトキの誕生秘話的な事件が現在進行形で起こっているようだ。
神喰丸一刻という力士はリンクテラモンのドヒョウガメを誘拐されている。
神喰らいのカズトキは元力士でリンクテラモンのドヒョウガメを誘拐、殺害された。
〈欺瞞のユートピア/烙印のディストピア〉に出てくる神喰らいのカズトキは40代後半で引き締まった巨漢。神喰丸一刻は20代で筋肉も脂肪も多い力士体型に大銀杏。
印象は違っているが、同一人物とみて間違いないだろう。
つまり、このままだと捜査は間に合わずドヒョウガメは殺害。
神喰丸は闇落ちをして殺人犯になる可能性が高い。
気付いてしまった以上、スルーする気にはなれなかった。
取り急ぎスマホで神喰丸が所属する相撲部屋を調べる。
〈欺瞞のユートピア/烙印のディストピア〉の記憶によると、ドヒョウガメ誘拐事件の主犯は神喰丸の元兄弟子。そして同部屋の現役力士が共犯だったらしい。
ネットの情報によると、神喰丸が所属している部屋は雪風部屋といい、一年前に六根丸譲司という力士が付き人への暴力行為で解雇されていた。
主犯の元兄弟子というのは、この男のことだろう。
しかし、部屋を解雇されている人間が神喰丸の手元にあるテラモンボトルを盗み出すのは困難だ。
ドヒョウガメのテラモンボトルを盗み出した共犯者はまた別。
相撲の世界には付き人という制度があって、十両未満の幕下力士は十両以上の幕内力士の付き人として身の回りの世話をすることになっている。
十両より上の前頭十枚目の地位にいた六根丸という力士はその制度に胡座をかき、付き人に暴力を振るっていた。
六根丸がいなくなったあとも、当時の付き人は部屋に残り、今度は神喰丸の付き人にスライドした。
しかし何らかの形で六根丸とつながっていた付き人がドヒョウガメのテラモンボトルを盗み、六根丸に引き渡した。
そんな流れだろうか。




