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王子、失恋未満をする

 それはアイオライトの将来性とアリアネルの可愛さに、国王夫妻が自分の息子と密にかかわらせるべきだと二人を度々王宮に呼び、三人で顔を合わせるようになって少し経った頃の事。


「それでは少し失礼します」


 と、アリアネルがメイドと一緒に席を外した時。


「アリアネル、可愛いね」


 それを見送りながら王子は笑顔で正直な気持ちを口にした。


「…そうですね」


 と、アイオライトも素直に頷く。


「あんな子がずっとそばにいてくれたら幸せだろうなぁー」


 と、これまた特に深い意味も無く呟いた王子の言葉にアイオライトは反応しない。当然同意の言葉が返ってくると思っていた王子は不思議に思ってアイオライトを見た。そうしたらアイオライトは低い声でこんな事を言う。


「…殿下」


「ん?」


「今の内に言っておきますね」


「何を?」


「アリアネルが殿下の事を好きで、殿下もアリアネルの事が好きで、彼女を幸せにできるというのなら私は心から祝福します」


「…」


 いや、まだそこまで具体的には。と言おうと思ったけれどもアイオライトの圧に負けて言葉が出なかった。


「けれど、もしも王子という立場を利用してアリアネルの気持ちを無視したり、アリアネルの好意が殿下にあったとしても殿下が人として褒められた人間でなかった場合、付き合いの段階から何が何でも絶対に阻止します。それだけは覚えておいて下さい」


「…え…」


 …えーっと…。と、王子は引きつりながら笑ってアイオライトにこんな質問をした。


「それって、君よりもって事?」


「別に自分を優れた人間だとは思っていませんし、基準にするつもりもありません」


「でも君は有能だよ? その意識はない?」


「できる事をやってきただけです。結果が伴わなければただの無駄足だし、やっただけで有能とは思いません」


「じゃあ、どうやってそれを判断するの?」


「アリアネルが幸せかどうかですかね」


 躊躇わずに答えたアイオライトに少し抵抗したくなった。


「アリアネルが駄目人間を心底好きになる可能性もあると思うんだけど…」


「好きな人と一緒にいても辛い事が多いというのなら、別に彼女に嫌われても構わないので私が徹底的に排除します」


 けれどそれは何のダメージも負わせられなかった。ここまで聞いていて気付いたけれど、アイオライトの基準は全てアリアネルだ。勝手な事と言いたい気もするけれど、そこを論破できる気がしない。嫌われても構わないの一言に忖度を指摘する余地も無い。


 それに、これは例え話として聞いただけでアリアネルには人を見る目はあるだろう。それを踏まえて彼はただ、その彼女に見合うだけの相手に彼女を幸せにして欲しいと言っているのだ。


 …で?


「…君にその気はあるの?」


 その質問にアイオライトは沈黙した。そしてさっきの自分の言葉を自分に向けたのか、控えめなこんな答えを口にする。


「そうしたいとは思っています」


 その言葉に、さっきは謙遜した今迄の努力が彼女の為という事を理解した。とんでもない愛情だ。さっきは自分と比較する気はないと言っていたけれど、ジャッジするのが彼だとしたら眼鏡に適う男はいないのではないだろうか。この話を今自分にしたという事は、それを踏まえて努力しろと言いたかったのかもしれないけれど。


 …ううむ。


 王子は思案した。アリアネルに対する好意は本物として持っているけれど、それが恋愛的なものにはまだなっていない。彼がこの時点で自分にさっきの事を話したのはそれが理由だろう。さて、それを踏まえて自分はどうするのか。


 少し考えた結果、王子はこの競争からリタイヤすることにした。アリアネルの事は大好きだけど、一定以上踏み込まないようにしようと心に決める。それは彼が怖いからとか敵わないだろうからという理由ではない。もしもそれだけならアリアネルの為に自分も必死で努力したかもしれない。けれどそうしない理由は、アリアネルがアイオライトに好意を持ったらいいなと思ったから。二人が結ばれるところを見たい。表立って応援はできないけれど、心の中では応援したい。そう思ったらすんなりと身を引けたし、さっきのアイオライトの言葉を理解した。確かにアイオライト以外の駄目人間にアリアネルが傾いてしまったら、自分も形振り構わず手を出してしまいそうだ。


 そんな失恋未満をした幼い日の王子だけが知っている。迂闊に手を出したらどうなるのかを。


「因みに、何が何でも阻止ってどうやって?」


「権力が通じる相手ならそれをフルに利用して叩き潰します。その為に家を建て直したんで。でも、もしも王子みたいに通じない相手なら」


「…うん」


 と、殺し屋みたいな目をしたアイオライトに大人しく頷く。


「物理的に潰さないとならないので、押し倒してから首を絞めます」


「…やけに具体的だね」


「本気で相手を殺したいと思ったら、人はそういう行動をとるらしいですよ」


 どこ情報? と思ったけれど王子は確認しなかった。これ以上踏み込むと確実にドツボにハマる。


 それにしても、何だ。と、王子はアリアネルが戻ってきて唐突にアイオライトから解放されて思う。まだ幼い癖に権力や金にがめつい男かと疑った時期もあったけれど、それが理由だったなんて可愛くて一途な男じゃないか。


 おまけに。


「あのね。さっきメイドさんに聞いたんだけどね」


 席に着いて興奮した様に話すアリアネルの明るい声が聞こえてくる。


「以前、両親とこちらにお邪魔した時に頂いたブルーベリーのタルトが凄く美味しかったの」


「うん」


「それをね。メイドさんに言ったら厨房まで伝えてくれたらしくて、今日も用意してくれたんだって。もうすぐ持ってきてくれるって! 凄くない!?」


 相当好物らしい。きゃー。と頬を抑えて歓喜している。


「…へー。良かったじゃん」


「本当にすっごく美味しいんだよ! 一口食べたら絶対気に入るよ!」


「そっか。楽しみ」


「でしょ!?」


「うん」


 幸せそうに笑うアリアネルを嬉しそうに見ているアイオライトに気付く。いつもアリアネルに注目してしまうから気付かなかったけれど、彼はこんなにも素直に表情に出していたのか。これは。


 …いい。


 その瞬間から王子はアイオライトとアリアネルのカップル推しになった。

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