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令嬢、驚愕する

「でも、私は何も…」


「うん。何もしてないな」


 アオは笑って頷く。


「未来だってお前に何もしなかった。けれどお前は夢中になったんだろ?」


「…そうだけど…」


「それと同じ事。それだけだよ」


 何か…納得ができかねる。この世界、やっぱりおかしいよね? そんな簡単な事?


「じゃあ、もう少し分かり易く教えてやろうか」


 頭を抱えた私にアオが言う。


「この世界の人間はな。アリアネル推しなんだ」


「…おし?」


 以前とは真逆のやり取りをして思い出した。私推し?


「もう全てのランキング振り切ってオンリーワンのランキングの頂点に君臨してるっていうか。存在していてくれることに感謝っていうか。だっけ?」


 にやにや。からかうようなそんな表情は、アオじゃなくてあんぽんたんを思い出させるけど不快じゃない。…っていうか。


 見てるだけで何時間も過ぎていくし、無条件に可愛くて仕方がないし、頑張ったことが報われたらただただ嬉しいし、何て言うかこんなに愛おしい存在初めて。あの時の自分の言葉が鮮明に蘇る。やだ。待って?


「ままま、ううう、嘘。嘘そそそ。」


 悪霊になって四六時中未来につきまとい、最初は…まあ、何かいい子っぽい。かな。可愛いかもね。…うん。良いんじゃない? 別に、そんなに凄くとは言わないけれど? と、一人で勝手にツンデレかましていたあたしは、最終的にはきゃー! 今日も尊い! とか、うっはーたまらん! はあはあ。可愛いいいー! とか、誰にもばれないのを良い事に狂気的なストーカーをしつつ身悶えていたんですわ。それはそれで恥ずかしいけど、未来の立場だったら? そんな目で見られるとかどんな罰!? だって私のやってる事ってはっきり言って変態でしたよ!? ってことは、この世界の皆変態って事!? ぎえー!!


「あたた、たたたた、し、無理。むりりりり。そんなの無理」


「あはははは」


 涙目で縋ったらアオは楽しそうに笑った。


「別にストーカーされてる訳じゃないんだから大丈夫だよ。お前のことを皆が可愛いって思っているだけ」


「ややや、やだ。やだ」


「どうして?」


「無理無理やだやだ」


 私はそういうキャラじゃないの。目立ちたくない。ひっそりと、それこそ推されるよりも推して生きていきたいの。何にもない生活に鬱々として、挙句死んじゃうくらい根暗なのをあなたも知っている癖に!! そんな事を心の中で叫んだ私を見て眩しそうに目を細め、優しい声でアオが言う。


「俺は誇らしいよ。絶望しかなかった世界に、お前が笑顔と喜びを教えてくれた。そんなお前を皆が好きになるのは当然だし、幸せなんだからそれでいいじゃん」


「…」


「未来もこの世界も、お前は全部守ったんだ。もう少し胸を張っても良いんじゃないの?」


 何て優しい事を言うんだろう。このあんぽんたんは。狡い人。


「…確かに未来はこの世界に必要だったかもね」


 あなたの選択は、きっと間違っていなかった。邪魔したことを後悔してはいないけれど、未来が来てもきっと同じ結末だった。それを私が台無しにしなくて良かった。


「どうだろう」


 けれど小さく笑ってアオは言う。


「未来が来たとして、同じ結果になったかどうかは分からない。それこそ周りに流されて、未来も駄目になっていたかもしれない。全部たらればだけど、その事をお前が気にすることはないよ」


 そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。そんな不明確な事ですら、口にする彼は私に優しい。


 …そっか。それなら良かった。じゃあ、これで一段落なのかな。心底ほっとした。ここに生まれた事が間違いじゃなくて、これからもただの一人として生きていく権利が私にはあるんだ。以前には無かった生に対する執着を感じる。苦しいけれど心地良い。生きる事が楽しいってこういう事なんだ。それをこの人生では得られて良かった。


 …そっか。でも、アオは? これからどうするの? どうなるの? 何でわざわざ彼の体に入ってこんなにも長い間人間として生きてきたの? もしも私が駄目だったらこの世界を救う為? それでこうして世界が救われて、私にも色々と教えてくれて、この世界にいる理由は無くなったけど、この先もここにいる? 無くなったから消えてしまう?


 …いなくなってしまう?


「…アオ?」


「ん?」


 あんぽんた…神様。と、呼ぶべきか迷って彼の名前を口にした。この先の事はアオじゃなくてあんぽんたんに聞くべきことだから。でも、私がそばにいて欲しいのはアオで。好きなのもアオで。…同じ人なんだけど、何か…。


 …何て言おう…。俯いて、もじもじしながら私は呟いた。


「アオは、これからどうするの?」


「どうするって?」


「このまま…その…この一生を生きるの? それとも…あ…の、えっと…神様に戻るの?」


 その質問に、アオが私に向けていた視線を全然違う方向に向けて何か考えていたのを私は知らない。もしもそれを知っていたら、迷っていると思ってここにいて欲しいと縋ったかもしれない。そうしたら彼は。


 喜んだだろう。きっと。


「えーっと」


 そうか。と、呟いた彼の声に指先が冷えた。言うなら今しかない。彼の答えを聞く前に「行かないで」って。でも言えない。さっきまで散々詰った自分にそんな権利ある訳ない。でも、どうか。


「そこも誤解しているのか。あー…と…あのな。俺、今、ただの人間なの」


 …はあ。そうですか。


 …で?


「じゃあ、あの…まだアオとして、ここにいるの?」


「えっと…だから…」


 困った様に言い淀むその声にも体が冷えた。え? 違うの? 駄目?


 ああ、情けない。私本当にどれだけこの人の事を好きなの? そばにいるって。この一生はこのまま生きるって、ただそれだけの言葉が欲しい。それを血が冷える程望んでる。


「…アリア」


 呼ばれて恐る恐る顔を上げたら、困った表情のアオと目が合う。その彼はこう言った。


「だから、うーんと…何て言えば良いんだ? だから俺、もう、ただの人間なんだって」


 結局さっきと同じ事を言う。


「…? うん」


「あー。まだ伝わってないな。だから、えーっと…もう神じゃないの」


「ん?」


 神様じゃない?


「…え? じゃあ、人間って事?」


「さっきからそう言ってるじゃん」


 ううん? ちょっと意味がよく。


「えっとー。この世界で生きるからには平等に、ズルとかしないように人間として一生を生きるつもりって事?」


 何というスポーツマンシップ。偉過ぎるだろ。それで死んだら神様に戻るの? そういう事? ああー。それで又聞きだったりとか、よく分からないと言ったりとかしていたのか。…え? あれ? だとしたらどうしてこの世界に来たの? 私が力不足だったら代わりにどうにかするつもりで来たんじゃないの? それも一人の人間として何とかするつもりだったって事?


「いや…違くて…」


 え? 違うの?


「何て言えば伝わるんだ? ええーと、俺は今も今後もずっとただの人間だし、神に戻る事もできないし、今現在何の力も無い」


「…は?」


 何て?


「ど? どういう事? 何で」


 え? ええ? ちょっと待って。


「あなた、え!? 人間そのものってこと!? ちょっと人間に化けて遊びに来たとかからかいに来たとか、そういう理由でここにいるんじゃないの?」


「いや? そんな気持ちは微塵も無かったよ」


「じゃあ私が何の役にも立たなかったらどうするつもりだったの? どうやってこの世界救うつもりだったの!?」


「その場合はなるようにしかならんだろ。今の俺にできる事なんてたかが知れてるし」


「!? え!? どういう事!? じゃああなた結局、何でここにきたの!?」


「…うーん…と」


 その質問に少しだけ考えてからアオはこう言った。


「お前を送り出した後、色々思う事があったんだよね。人間って、まぁなかなか面白いもんだなと。それにお前の未来も気になった。神として見守る事もできたけど、それより人間同士で向かい合ったらもっと面白そうだと思って」


「…!!!???」


 え!? そんな訳の分からない理由で!?


「そんな簡単に? 辞められるの? 神様って」


「別に何の決まりも無い」


「じゃあ今、他の誰かが神様やってるの?」


「知らない」


「知らないって…」


「分かる訳ないじゃん。だから俺はもう、ただの人間なんだって」

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