令嬢、真実を知る
「…落ち着いた?」
むすう。と、恥ずかしいやら情けないやらで何も言わなかったけれど小さく頷く。ありがとう、と言うべきか否か。だってこの人のせいだもん。
「あんなに豪快に泣いて。明日、目が腫れたらどうするんだよ」
そう言ってアオは私の頬を指で撫でてくれる。だから。この人本当に他人を甘やかさないと爆発でもするんですかってんですよ。今の状況分かってる? 大体、そんな事を気にしてくれるなら治してくれればいいじゃない。神様なんだから。まぁ、神様ったって悪霊にひっくり返されるわ送り場所間違えるわ、女子高生一人殺せないヘタレだけどさ。
…なんか、さっきの投げやりとは違う意味で本当に馬鹿馬鹿しくなってきた。ははは。もうどうでもいいや。
「思いっ切り泣いたら悲壮感が無くなってきたわ。何かされるなら今なら気が楽かも」
この世界に生まれた時みたいに薄ら笑いを浮かべながら死ねそうな気がする。もうどうにでもして。
「え。じゃあベッドに連れて行っても良い?」
「何でそうなるのよ! 何も無かった事にする気!? 赤ん坊じゃあるまいし寝たって忘れないわよ! 馬鹿にするのもいい加減にして!」
思わず怒り心頭で叫んだら、私の顔をまじまじと見てあんぽんたんはこう言った。
「いや。寝かせないけど」
嘘やん。と、思わず前のキャラクターで呟いてしまった。え? もしかしてこの人、この状態で私を抱く気?
「いや…」
え。そんなの、無いよね? あり得ないよね?
「いやいやいや…」
「何で? 今なら良いんだろ?」
「だから! そういう…」
「それは狡いんじゃない? 分が悪くなったら空気読まないこっちが悪者? 普段は譲ってやらなくもないけれど今は無理だよ。こっちにも余裕がないし」
え。マジだったんですか。本気で言ってたの?
「…すいません」
そう言ったらアオは滅茶苦茶機嫌悪そうにため息をついた。…えー。普段そんなことしないじゃん…。
ああ。駄目だ。頭の中が滅茶苦茶。結局さっき言った通りだ。私は彼を心底信じてしまっている。それは今まで二人で積み上げてきたものだから一人で勝手に壊す事はできないし、壊れない。それ位頑丈に私は彼を信じている。それ位、彼は真摯だったから。
それなのに私は彼の正体を知って疑おうとしている。疑わざるを得ない。それなのに疑い切れない。あー。駄目だ。私は大きなため息をついて腹を括った。彼はどうしてこの世界に来て私に正体を晒したんだろう。それを聞いた方が話が早そうだ。想像だけでは何の解決もしない。もしかしたら救いの道も残されているかもしれない。結局そんな事を考えてしまう程、私は彼を好きなんだ。
「ねぇ」
「ん?」
「あの…話してくれる? あなたの事」
「何を知りたいの?」
「…うーんと…」
色々知りたいことはあるけれど、やっぱり。
「これからどうするの?」
「どうするって?」
「だから…さっきも言ったけど、間違いなんでしょ? 私がここにいるの」
「間違いじゃないよ」
「うん。だから、これから…」
そこで言葉が切れた。そしてアオを見上げると目の合った彼はもう一度言う。
「間違ってないよ。ここが未来を送り込もうとしてた滅亡寸前の世界」
「…え?」
ここが? 本気で言ってるの?
「うん。お前は気付けなかったかもしれないな」
と、ポカン顔の私を見てアオは笑う。そして機嫌を直したのか、普段の口調でこんな事を話し始めた。
「お前が生まれる前のここは、今とは全く違う世界だった。誰も口を開きがたがらないかもしれないけれど、機会があれば聞いてみな。お前が生まれた頃にある程度の年齢だった人間なら誰でも知っているし、思い出したくもない過去の筈だよ」
何があったんだろう。そして、どうして変わったんだろう。その答えを彼は教えてくれる。
「お前が生まれる前のこの世界は、外見的には今と変わりのない世界だった。ただ、そこにいた人間が違った」
「…どういうこと?」
「分かり易く言えば、かこみたいな人間しかいなかった。それがどれほど危険なことか、お前には分かるだろ?」
私みたいな?
ただ、つまらないと死んでしまった前世の私。普通の生活にすら不満を持って、何の喜びも無かった私。のような人間? だけの世界?
「それは…」
駄目。そんなの絶対に駄目。そのまま何もなければ、きっと世界は滅びただろう。それ程、かことして生きていた私は生気のない人間だった。
「それが…何で…」
信じられない。だって今と全然違う。皆幸せそうで表情も明るい。何の奇跡が起こったらこんな。
「うん」
と、その疑問に頷いてから、アオは楽しそうに笑った。
「ここからは又聞きだからそのつもりで聞けよ?」
「? うん」
何で又聞き?
「まず、お前がミルクを飲んで満足げな顔をしているのを見て母親がやられた」
ん?
「次に、にっこにこ顔ではいはいをしまくるお前に父親がやられた」
はい?
「ここからは順不同だけど、掴まり立ちをしてどやってるお前に使用人がもれなく打たれた。そこら辺の頑固親父達も辿々しく言葉を伝えようとするお前に夢中になった。ありがとうと笑顔で言われたその他大勢が倒れた。気難しい家庭教師も真面目に頑張る姿とできた時の満面の笑みに屈した」
「あの?」
「なんやかんやあって、そっからはただのドミノ倒しだ。お前が楽しそうに過ごしているのを見た人間が次々に変わった。こうして世界は幸せになった」
「…は?」
…え? 何を言っているの? そう思って目を丸くしていたらアオはその私を見て笑う。
「何も覚えがないのか?」
「覚えがないというか…意味が…」
「じゃあ、お前小さな頃、得意げな顔をしていた意識は?」
「え? …まぁ…赤ちゃんの頃から意識はあったから…」
ぷっはー! ミルク最高! お腹いっぱい! 食っちゃ寝食っちゃ寝最高ー! ここは天国ー!! …すやぁ…。
寝返りでっきたー! 天才天才! はい天才ー!!
はいはい!! はいはい!! 自由やー!! わしは自由やでー!!
立ったーー!! はい! 立ちましたー! とうとう縦方向をこの手に…!!
…あ。うん。何か、変なナチュラルハイになってた記憶はある。最初は何が起こるのかとびくびくしてたけど、ちゃんと面倒見て貰えるようだって安心してから滅亡云々忘れて、できる事が増える度に浮かれてた。こりゃ、どやってるな。相当どやってるな。
「…あの…はぁ…お恥ずかしながら、多少はあったかもしれない…ですけど…だって赤ちゃんてそんなものでしょう?」
「いや? 普通の乳児はそんな事しない。それが凄い事だなんて分からずにやっているからな。それに多分、周囲の空気にももっと影響された筈だ。失望の中で育てられた赤ん坊は、物心ついた頃には同じように成長すると思う。それまでだって子どもは産まれていたのに世界は変わらなかったから」
あー。ああ、そうか。私、周りの事なんて全然気にしていなかった。安全ならそれで良かったし、自分の成長に夢中になってた。気が付いた時には皆にっこにこだったし。
「それからもずっと、まあまあ楽しくやってたみたいじゃん」
「それは…まあ…」
確かに、何でもかんでも勝手に面白くないと決めつける前に今回は思いっ切りやってみるかー。と、変なテンションを継続し続けたのも覚えている。勉強…あら、結構すんなりと理解できるわね。色んなことに興味が持ててわくわくする。マナーの授業も窮屈だけど、決まりを守ると確かに美しい。ダンスまでするのかー。こんなドレス着たこと無いけど凄く綺麗。靴も慣れないけど素敵ね。いつか誰かと踊ったりするのかなー。なんてな。それにしても貴族の家って至れり尽くせりだわー。結構自由な時間もあるし、興味があれば何でもやらせて貰える。いい! …みたいな。…あれ? 何か私、リア充みたいじゃない?




