令嬢、問い詰める
「まずは何を思ったのか聞こうか」
と、薄暗かった部屋を明るくしてアオが言った。それだけで窮屈な世界から解放されたことを感じる。すぐに何かが起こる恐怖が少し遠のいた。
はい。と、ハーブ水をくれる。もう。本当に何なの。その体に入っていると誰かを甘やかしたり気の利く人間じゃないと死ぬの? 今、私達そういう状況じゃないよね? それなのに何でそういう事ができてしまうのかしら。それ位「アオ」という人間は優しい。もしも私を騙す為に二十年近くそんな事をしていたのなら大したものだわ。そう思ったら少しだけ溜飲が下がった。
「…ありがと…」
と、素直に言って受け取った。冷たい水がまだ生きている実感を連れてくる。前回はあんなにあっさり死ねたのにな。
「で? 何を考えていたの?」
そんな事、私が言わなくても分かるでしょう。と、いつかの様に言いそうになって飲み込んだ。俺はお前の言葉で聞きたい。あの時も彼はそう言った。
「だから…この世界、おかしいわよね?」
「おかしい?」
「だってあなたが言っていたことと全然違う。滅亡寸前なんて嘘じゃない。この世界は平和で安全だわ。皆幸せで、問題なんて何一つない。要するにあなた、私の送り先を間違えたんでしょう?」
「…」
その言葉に、彼からは何の返事もない。私は沈黙の中、そこにあった彼の手をぼんやりと見ていた。この手はずっと私を甘やかしてくれていた。嘘だとしても優しかった。言い方を変えるべきだろうか。優しかったけれど嘘だった、と。
「いつも思ってた。いつか、この人生は突然終わるかもしれない。ある日あなたがやってきて、あたしを清算するかもしれないって」
そこまで言って笑ってしまう。
「でも、まさかこんな形で再会するとは思わなかったわ」
なかなか捻りが利いている。うん。いきなり来られるよりも手が込んでいて秀逸だわ。悪趣味だけど。
「あなたはずっとその中にいたの?」
「うん」
「生まれた時から?」
「うん」
その返事で、ずっと騙されていたと知った。けれどどこかにいたかもしれない本当のアオがいなくて良かった。こんな茶番で人生が狂ってしまったら可哀想だ。
「もっと早く来れば良かったのに」
「すっとそばにいたじゃん」
「そうじゃなくて」
騙された憤りよりも諦めや許しが強いのは、それだけ彼に甘やかされていたからだと今気付いた。こんな回りくどい事をしなくても良かったのに。もしかしたら罪滅ぼしのつもりだったのかな。だとしたら相変わらず考える事がずれてる。その方が相手は大きく傷付くのに。
「もっと早く教えてくれれば良かったのに」
「どうして?」
と、唐突に質問されてびっくりした。俯いたまま目を丸くした私にアオの声が触れる。
「知ったらどうなってた?」
「…だから」
リセットするなら早い方が…。
「知っていても、同じ様に好きになってくれた?」
「…?」
不思議に思って顔を上げると、目が合ったアオは笑う。
「絶対無理だろ」
「…そこ、重要?」
「重要だよ」
話が噛み合わないな。と、笑ってしまった。神様は全能な分、人間にとって重要な事やそうでない事もきっと一緒くたなんだろう。そんなゲームに付き合わされた相手の気持ちなんて分からないんだ。
「どうして?」
「何が?」
「私を落としてどうするつもりだったの? 押し倒して首を絞めた仕返し? ちょっと趣味が悪いわね」
「好きになって欲しかった理由?」
「うん」
「俺がお前を好きだから」
「…」
その言葉に、頭が真っ白になった。その私を、いつもの様にアオが笑う。
「好きな子に自分を好きになって欲しいって頑張る事がそんなに珍しい?」
「…何言ってるの?」
「何で?」
「何でって…」
「俺、ずっと言っていたし、態度でも示したつもりだよ?」
確かにそれは明確で、本当。みたいだった。
でも。
「真っ直ぐに伝えていたつもりだよ? 疑われるようなことをした覚えはない」
そう。だから私はこんな状態になっても彼の気持ちを疑えないんだ。と、その言葉で確信した。それ程、まるで本当の愛を与え続けてくれた、気がしたから。
「…嘘」
けれど私は踏み止まった。さっきの絶望を思い出した。ここで溺れてしまったら、さっきよりも大きな絶望に襲われてしまう。そんなの怖い。耐えられない。だから彼を疑ってでも回避したかった。だって彼のせいだもの。彼が悪いんだから。
「…ほらな?」
と、アオの声が聞こえてきた。笑っているような悲しんでいるような、そんな声。
「好きだと言ってくれた後でもこんななんだから、そうなる前なら二度と会って貰えないに決まってる。言える訳ないじゃん」
そんなのそっちの都合だわ。と思ったけど言えなかった。
「本当は、一生言わなくても良いかと思ってた。何も知らないままの方が幸せなのかもって。でも、さっきのお前の言葉で、昔の事も含めて全部受け入れて貰えるかもしれないって欲が出た。そうして貰えたら嬉しいと思って言った後に少し後悔した」
あなたはいっつもそうよ。前からそう。人の気持ちなんて全然理解できないんだから。
「けど、まさかそんな勘違いをしているとは思わなかったな。今まで辛かっただろ」
「…」
「ごめんな」
何よ今更。心の中で会話していたその声がそう答えた。けれど、その前に私の体が反応した。彼が嘘偽りない愛情を示してくれたように、私もその言葉に喜びを隠しきれない。それ程、この人間は私の心を刺激する。
「…あなたが、悪いのよ。全部。全部」
うわぁぁーん。と、声を上げてはしたなく泣いた。この体になってからこんな泣き方は赤ん坊の頃にしかしていない。それくらい泣いた。
「本当に無神経だわ。前からずっと思っていたけど、あなたのやることなすこと全て無神経!」
「…ごめんて」
「無神経だから分からないのよ。あなたの態度や言葉が相手にとってどれだけ影響しているか。思った事をそのまま渡されて戸惑う気持ちなんてこれっぽっちも考えていないんでしょ!!」
詰る私の言葉を、彼は黙って聞いていた。誰だって子どものようにそうやって表現できたらどんなに良いだろう。現実はなかなかそうもいかない。けれどそれができる彼を、素直に気持ちを伝えて謝罪をできる彼を好きだった。周りの目よりも大切な人や自分の信条を大切にする彼を信じていた。どんな事を言っても、彼の言葉は嘘じゃないって。
そう。私は結局、この期に及んで信じている。さっき嘘つきだと言った癖に、どうしても彼を信じてる。だから辛いのに。それなのにこの男は。
「私はそんなあなたを信じているの。だからそんな事を言ったらこうなる事は目に見えているでしょう。私をこんなに泣かせてあなた一体どう思っているの?」
「だから…悪かったって」
「口先だけの謝罪なんていらないのよ!」
「信じているって言ったじゃん」
「信じてるわよ!! だからこうなっちゃったんじゃないの!」
その言葉を最後に、声も出せずに私は泣いた。その私を、アオはやがて抱き締めてくれる。そして背中をとんとんと叩いて宥めてくれる。
結局、この人は分かっていた。私がどうして欲しいのか、ちゃんと分かっていた。そしてそれを与えてくれる。
悔しいのに嬉しい。そう思いながらアオにしがみ付いて泣いた。




