令嬢、告白される
「アリア」
と、言ったのはアオだった。その腕にソフィー様はしがみついたままだ。様子がおかしい。目を丸くしたまま二人を見ていたら、アオは彼女の腕を外し、ソフィー様の肩を抱いて彼女を殿下に預けた。その時そっと彼に耳打ちをしたみたいだけど内容は聞こえなかった。
「ソフィア」
と呼ぶ殿下の声が聞こえる。ソフィー様は何か答えたのか。何も聞こえない。ただ、気が付いたら二人はいなくなっていた。
「アリア」
水が噴き出す前でアオが呟く。無数の水玉が舞って落ちていく。水を含んだひんやりとした空気が肌に触れた。
「噴水間に合わなかったな。遅れてごめん」
と、小さなため息をついてアオは僅かに頭を下げた。
その後、無言で噴水のショーを終わりまで見て、約束通り祭りを見て回ることにした。けれど二人とも言葉がない。気まずい。と思っていたら、アオがフルーツを凍らせた串を買ってくれる。何も聞かずに苺とメロン。
一年生の時、初めてこの串を買った。その時は苺しか無かった。このお祭りだけで食べられる薄い蜜のかかった冷たい苺。凄く美味しかった。望めば家でも食べられただろうけれど一年間我慢した。このお祭りで、来年もアオと一緒に食べられたら良いな。そう思った事を思い出す。
去年、苺の隣に登場したメロンを買うかで悩んでいた私に、アオがメロンを買って一つ味見をさせてくれた。それも美味しかったけど。
「やっぱり苺が良い。来年も苺にする」
どうしてか、断トツに苺は美味しかった。不思議だな。と思う私は、去年の思い出と二年分の味だからということに気付かない。アオも知らない。
「あ、そ」
メロンを食べながらアオはそう言った。
そして今年。
「ん」
という言葉と苺の串を「ありがとう」と受け取った。そうしたら目の前にメロンの串がずいっと近寄ってくる。目を丸くしてアオを見上げると「食うだろ?」と呟く。お言葉に甘えてそのまま一つ頂いた。凍ったメロンが口の中で溶けていく。やっぱりこっちも美味しい。アオがいなかったら食べられなかったメロンの味。
「…ん」
と、もごもごしながらアオに苺の串を近付けた。そして驚いた顔をした彼に「どうぞ」と言ったけれども言葉にならない。もごもごしているほっぺたを指さして主張した。
「…」
暫く迷っていた様子のアオは、やがて私の手を握って苺を一つ口に放り込んだ。冷たくて暫く口の熱になじませる。歩きながら二人、少しお行儀悪いけれど苺とメロンを食べた。今日は無礼講。やっぱり楽しい。
「俺はメロンの方が良いな」
やがてアオはぽつりと呟いた。好みが違くても、アオといるのは心地良い。自分を隠さなくても受け入れてもらえるし、受け入れられるから。
…だとしたら聞いても平気かな。
「…さっきはどうしたの? 何かあったの?」
「ソフィア嬢が酔っ払いに絡まれていたから助けた」
さら、とアオは言う。なる程。
うーん。そうか。前の人生は女一人で夜道を歩いていても大丈夫な世界で大丈夫な人間だったけれど、この世界とソフィー様は違う。きっと凄く怖かっただろう。可哀想に。それでアオの腕にしがみ付いていたのか。
「ごめん。約束守れなくて」
「ううん」
笑って首を振った。アオは何も悪いことをしていない。謝る必要なんて無い。それに、これで良かったのかもしれない。なんて心のどこかで思ってる。遊びだと聞いていたし思っていたのに、やっぱり意識していたみたい。気が軽くなった。
「じゃあ、その事はもう忘れて。あっち行きましょ。さっきソフィー様と回っていて面白いお店見つけたの」
アオの袖を引っ張る。
「何の店?」
「パズルのお店! アオ好きだと思うよ! 競争するのも楽しそう!」
「俺、そういうの遊びでも負けたくない」
「知ってる。だから何とか勝ちたいー」
その私の言葉にアオが笑う。良かった。普段通りに戻ったみたい。二人で早足に出店に向かった。
「やっぱり勝てなかったー…」と、しょぼしょぼしながら同じ場所に戻ってきたのは一時間後。知恵の輪みたいなパズルや、どうやって開ければ良いのか分からない箱に悪戦苦闘していたら結構な時間が経っていた。売ってもいたけれど、席料を払ってその場で楽しめるお店だったからじゃあ十分くらいやってみる? …からの三十分、一時間。結局一つも勝てなかった。
「焦り過ぎなんだよ」
「だって負けたくないもの」
「急がば回れ」
「…」
悔しくて黙っていたら、アオが一つの知恵の輪を見せた。あ、これ。私が最後まで解けなかったやつ。買ったの? アオは解けたのに。
「冷静に考えれば、意外なほど簡単に解けるもんだよ」
そう言ってアオはあっという間にそれを二つにする。どうやったのか分からない。
「はい」
と、それを戻して私にくれる。キーホルダーになっているそれにその場で再挑戦したら、アオは笑って言った。
「上げる。ゆっくり考えなよ」
「え? …でも」
「今日のお詫び」
「…」
お詫びにストレスが溜まるものってどうなのかしら。勝てなくて解けなくてもやもやしている私は天の邪鬼にそう思う。けれど有り難く頂いた。これで時間制限無くこれに向き合える。
「ありがとう」
「解けたら教えて」
「…うん」
最近、約束をする度に胸が少し痛む。この約束を守れるのかな。そんな事を思うから。
そのままあてもなく歩いていたら噴水に戻ってきていた。お祭りももうすぐ終わり。解体作業が始まっている。本当に一度きり。もう二度と見られないそれが壊されていく。今年の噴水を、ちゃんとアオと見たかったな。ふと思って混乱した。それが私の本音なの?
「アリア」
呼ばれてアオを見上げると、解体作業を見ていた目を少しだけこっちに向けてアオが言う。
「この噴水、男女で見たらどんな意味があるか知ってる?」
その言葉を聞いて何よりも先に思った事は、アオもそんな噂を耳にしたりするんだな、ということだけ。
「ええ。この前、ソフィー様に教えて貰ったわ」
「へえ。知ってたんだ」
解体作業に視線を戻してアオが言った。うん、と頷く。
「それでも今年、俺と一緒に見て良かったの?」
「アオはそんな事、気にしないと思ってた」
「うん。気にしない」
解体作業の音が私達を包み込む。それでも私達の声は届く。それくらい近くにいるから。
「でも一緒に見れたら良いなとは思っていたよ」
「…」
その意味を測りかねて私は黙った。その私に、解体作業を見ながらアオが言う。
「全然間に合わないかと思ったけれど、ぎりぎりのアウトだったな。もう少し急げば良かった。俺、何百回今日の四時に戻ったとしても全部ソフィア嬢を助けるけど、次回以降はもう少し手荒になるかも。そうしたら間に合っただろうし」
「どうかしら。喧嘩になっちゃって余計に遅くなるかもしれないわ」
「そんなヘマするかよ」
「そう?」
「うん」
そうかもね。と私は笑う。そうしたら間に合ったかもしれない。そうしたら? …別に何も変わらなかったんじゃないかしら。きっと。
そう。変わらなかった。何も。
「アリア」
「ん?」
「さっき言った通り、気にしてないから言うけど」
「…うん?」
何を? そう思った私を真っ直ぐに見てアオが言う。
「俺、アリアが好きなんだ。付き合って欲しい」
「…」
え? ちょっと待って。と、心の中で言っていた。だって気にしてないって言ったじゃない。それって、私の事をそういう風に見ている訳じゃないって意味じゃないの?
…え?
………しーん………。
「…あれ?」
と、やがて顔を顰めてアオは呟いた。
「そんなに意外?」
「…」
え? そんな事まで顔に出てた? 私、一体どんな顔してるの? やだ。そう思って俯いたらアオの笑い声が聞こえてくる。
「嘘。本当に? 俺、結構アピールしてたつもりだったんだけど?」
「あの…えっと…」
だって、本当にまさか過ぎて。
「俺が誰にでもアリアにしてるようにしてる訳じゃないのは分かってるよね?」
それは、はい。一応。そう思いながら必死に頷いた。
「それならいいや」
そう言って、距離を詰めたアオが内緒話みたいに言う。
「即刻お断りではなさそう?」
それも…はい。…はい。と、私は頷く。
「じゃあ考えてくれる?」
あの…はい。はいです。
「アリア」
とん、と額がくっついた。怖くて目を閉じるとアオの声が聞こえてくる。
「そんな事するとキスするぞ」
「!!!」
ちょっと待って!! そう思いながら目を開けたら笑ってるアオと目が合った。
「大好きだよ。いい返事期待してる」
「…」
あ。この人。
きっと私しか知らないアオの優しい表情。それを見て確信した。
私の事、これからもっと甘やかす気だ。
その時、レベルアップの音を聞いた気がした。




