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ナザレの破片  作者: Mei.(神楽鳴)
23/26

二十三、

二十三、


 貴方でしょう?盃に注いだ花びらには、彼方でしょう?人はそれぞれ秘密があるもの。僕らは、七つ星の恋人。手を繋いでも離れてしまう。

 欠けた器に、船上の瞬きが映った。


「これも、この間立ち寄った市場で買ったものだから。粗悪品ではあるけど、異国の味がして、美味しいでしょう?」

「え?」

 はっとして、顔をあげると微笑む貴婦人が居る。澄み渡った青い瞳に、何処か心を掴まれてしまいそうな予感がして、慌てて紅茶を啜った。

「苦い…?」

「少女ちゃんには、まだ早かったかしら?慣れると、そこそこ美味しいのよ。なんだが、土の味はするけれどね。」

 陶器のカップで顔色一つ崩さず、茶色の液体を飲む彼女を見て、なるほどと頷く。バルコニーから見えるのは、空と青の光ばかりだ。けれど、おそらく私が年齢を重ねた所で、このお茶を飲み干せるようにはならないだろうと、嘆息した。

「僕らは、それぞれに冷たい氷を噛み砕いていた。」

「うん?」

 ティーカップを置いて、首を捻る彼女。最近、それといって交流がなかったが、朝ご飯を食べた後に海をただ見つめていた私に声をかけ、茶会に誘った。アリスよりも、単調に誘うのを聞いて、驚きはしたものの何も言わずについてきたのだが…。

「さすが、小説家は告げる言葉が違うらしいね。」

「…いえ。」

 席に座っているわけではないものの、彼女の金髪に降れんとばかりに近づいて、にこやかな笑みを浮かべる男性に、私は息が詰まりそうになりながら答えた。

「居てほしくないなら、居なくなりますけど…。」

「そんなこと言ってないだろう?」

「?」

 不思議そうに、私達を見ている美しい純白を身に着けて、微笑む女性。小さな白い椅子に腰かけた彼女の儚さとは多少的に、後ろから虹彩の違う瞳で猛禽類を彷彿とさせる笑みを浮かべる男性。さっさと、この苦いお茶を飲み終えようとカップを傾けた時だった。

「大丈夫?」

 夫人が、そっと私の頬に手を触れさせて呟くように囁く。

「隈がひどいわ。この船の上で、婚約者の方が居るのは耳にしたけれど、大変ではない?私達でよければ、力になるわ。」

「…。」

 そんなに、疲れていたのだろうか。昨日は、フルート奏者と共に異国の地にまで降り立ち、ダンスをした。絵本だって…、進んではいないが書いている。婚約者の青年とも、少しではあるが会話を交わした。

「別に、疲れている訳では…。」

「もったいないな。絵本作家が、想像すら忘れたような顔で俯いているとは。」

 少し不遜気に低温が響き、その言葉の意味を咀嚼して驚きを隠せなかった。

「どうして知って…。」

「まあ、調べればすぐに分かることではある。それに、君が猫さんと呼んでいる男は、私の幼馴染だからな。」

「えぇ…。」

 花びらをあしらった髪飾りを、細く零れ落ちそうな金色に付けてあげながら、彼は何てこともないように言う。旦那さんに優しく上着まで掛けてもらった彼女は、私の手を取ると満面の笑みを浮かべて、私に向けて語りだした。

「貴女の絵本を読んだのよ。とても、素晴らしくて。夢を忘れてはならないことに気づかせてくれるような、ストーリー。使われなくなった言い回しや、古典的な尊重を持ちながらも、謙虚さを携えている。」

 そこで一旦目を伏せた彼女は、私の手を離して、こう続けた。

「最初は、どう関わっていけばいいかわからなくて。お友達になれた後も、なかなか時間が合わなかったわ。けれど、そんなに暗い顔をした少女ちゃんを放っては置けないのよ?」

「…。」

 どう答えたらいいかもわからない。言ってることは、支離滅裂な部分があるし。彼女の旦那さんは、何を考えているのか分からない。けれど…、

「気づいてくれたのは、貴女ぐらいかも。」

「…。」

 お茶を注いで、苦さに顔をしかめる。

「でも、貴女と飲むお茶があれば、これからどうしていけばいいのか。少しだけ、道が分かる気がする…。」

「ほう。なら、私はもう行こうかな。幼馴染の会社が潰れたら、大変だと思ったけれど、どうやらそれもなさそうだからね。」

「ちょっと!もう…。」

 むくっと膨れた彼女の頭を、ポンポン叩いて彼は去っていった。…そんなことを考えていたのか、と思う反面、その潔さがむしろ高潔なものに思えた。

「あんなこと言ってるけど、本心は優しい人なのよ?」

 まあ、夫人にとっては本当にそうなのだろう。私が頷いて見せると、ほっとした様子でバルコニーから見渡せる空と海の境界線がない、次元を変えられたような憧憬を見渡した。

「私との時間で、貴女の心が休まればいいのだけど。」

「…貴女の旦那さんは疲れるけど、この苦いお茶はそうではないから。」

「そう。」

 これ以上は語らないことにしたらしい。薔薇の中に埋もれ見る影のお茶会とは違い、太陽に照らされて冷たい雫を垣間見る、玲瓏な交わす言葉。

「…。」

 感謝の言葉を述べようとしたところを、風に攫われて。私は、まだまだ彼女にはかなわないのだと、カップの底に残った茶葉を見つめて思ったのだった。


書きながら、にっがい茶を想像していたので口の中に土がこびり付いている気分になりました。

一応、この苦みのあるお茶はゴボウ茶なのですが、僕はゴボウがそもそも苦手なので嫌いです。

ゴボウって、土の味するねん。

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