二十一、
二十一、
凱旋を告げる旗が飛び交い、アリスも茶会を仕舞う様な海辺の催しが開かれる。リピートされた脳内に不思議と現象は浮かんだ。片手で繋いだ青年の手が、症候群的な観測になって私の首を傾げさせる。目を細めて天中を望めば青いばかりの空にカモメとも違う茶色の鳥が飛び去って行った。旅行と言うのは気まぐれで、ふと絵本の舞台にぴったりな商人の街を見かければ、降り立ってみたくなる。
「大丈夫かよ?」
「船の上じゃないのに、揺れる…。」
ふらつく身体を支えてもらいながらも、私は何とか下船した。海の上を漂っていた時間が長かったからだろうか?視線がふらふらと落ち着かなくって仕方ない。
「どこかで休むか?」
「いい、何とか歩けそう。」
フルート奏者は不満げに私の答えを聞いていたが、やがて頷くと私をエスコートしたまま、ヨーロッパではありえないアジアの品々を売る露店へと、足を運んで行ったのだった。
大きく見えては遠ざかって。青い流動が心に浮き沈みを与える。手でつかんだものを離しそうになるのを抑えて、傍らに立つ見目の良い青年にしがみ付けば、彼は困ったように笑った。
「やっぱ、平衡感覚失ってるんだろ?」
「そうなのかも。」
静寂が髪を風と言う。露店には賑やかで色の渋滞が、アジアンを思い起こさせ、何処かで読んだ千夜一夜物語と確かに酷似していると納得した。中華服を身に纏った人形に石畳を追い越されれば、バグと言う白黒の生き物に手を惹かれている気持ちになる。
愉快とは違う大道芸。赤い食べ物ばかりが売られた店。絹には程遠い、粗悪さの残る反物を売っている店もあれば、見たこともない装飾類を女性達が顔を隠して商売する店もあった。一つ手に取れば、聞き覚えのない言葉で金銭を要求され、ドル紙幣でこれらを買えないことを知った。
「何と形容しようか…、俺たちの国にはない文化が多いな。」
「赤いものが多い…。」
転がり落ちてくるビーズ玉に、どうやら神の名が彫られているらしい物を見止めながら、私は彼の言葉に返した。ラフな白い服に、ズボン姿の彼と違って裾の長い青いワンピースを着ている私を気遣ってか、なるべく舗装されている道を選んで歩いていく、彼。怪しげな勧誘者も居るには居たが、大抵はまっとうな商売をしているのだろう。金魚鉢と言う色素を溶かした鉢植えの様な物も売っていたが、魚は食べる物だ。興味を惹かれていそうな青年を、引っ張っていく。洗練されたヨーロッパ街とは違って、雑多な物を雑然と並べている、一種の美学ともいえる光景に感嘆さを持ちながらも、少し良い空気が吸いたいと、開けた場所に出た。
「折り返し地点と言っていたが…、ここは一体どこの国なのだろうな。」
「一ヵ月の船旅ってことは、そこまで遠くの国ではないはず…、じゃないかしら?噂に聞くようなアジアとは違って、もう少しヨーロッパに近い地方なのかもしれないわね。」
「売っているものは、取り合えずアジアっぽい物を凝縮したって感じだけどな。」
踊り行く少年と、美女が土の道を駆けてゆく。実際に住民たちがどのような生活をしているかは、港周辺の街からでは想像もつかないが、売り方を見るに恐らく豊かな国ではないだろう。やや強めの日光に、白い肌が痛むのを感じて日傘を持ってくればよかったと思いつつ、私はそう推測したのだった。
眩むような日光と、よく見ればどこまでも続く人々の群れ。青年も疲れているのか、言葉を発さなくなってしまった。色の渋滞とでもいえば聞こえはよいが、インドだが言う国の象に、踏みつぶされている気分だ。互いに離れないようにしつつ、もう船に帰ろうかと思い始めた、その時だった。
「あれ?君、どうしてここに…。」
「あ…。」
丁度、お店から出て来たらしい婚約者様を前に、思わず立ちすくむ。
「どうしたんだい?一人で来たの?」
「違う…。」
船舶で友人でもできたのだろうか。二、三人の男性と食事をしていたらしい彼は、空気を読んで先に帰っていく彼らに手を振ってから、私に向き直った。赤い提灯がぶら下げられ、多分だがアラビアの言葉で「中華風料理店」と書かれている。何故、此処で中国料理をふるまっているのかは分からないが、裸足で白い装束を着ている店員らしい男性は、中国人にはあまり見えなかった。
「え…と、君も食べていく?」
「ううん。」
微妙な距離感で続かない会話に困って、隣で何も言わずに無表情で立っているばかりの青年を見上げた。私の視線に気づいてか、黒髪を少しだけ揺らして眉をあげたが、言葉を発する様子はない。
「私は、その…。」
「ああ、困らせるつもりはないんだよ。ただ…、せっかく船を降りてきてくれたんだから少しくらい、観光を共にしようかなと。それに、此処は治安が良いほうではないから。女性一人では危ない。」
「大丈夫。連れが居るわ。」
伸ばしてきた手を、拒むように後ろに下がる。一瞬、二人の男性が互いの紫の瞳を見つめ合ったような気がしたが。それは、すぐに逸らされた。ただ、隣の青年は何か思うところがあったらしい。少し考え込むように首を捻ると、
「港まで、もう戻ろうか。」
と言った。
すぐに、賛成の言葉が頭に浮かんで、その場を立ち去ろうとする。
「連れが居るって?」
「うん。」
目を伏せたまま私が言うと、茶色い髪を普段よりも強い日光で、やや金髪に輝かせている婚約者は厳しい顔をして、私に疑いの視線を向けてきた。
「…まあ、いいよ。でも、君には婚約者がいる身だ。分かってるだろう?」
「ええ。」
私はどんな顔をしていたのか分からない。けれど、驚いた表情で私を見ている婚約者の青年を見て、きっと思った様な顔はしていないのだろうと悟った。
「大丈夫よ。貴方が思う様な…、そんなものではないから。」
すいません、今週の月曜日に投稿するの忘れてましたね。書いて満足しとりましたw
ついに、フルート奏者と婚約者の青年方が対面してしまいましたが、どうやら様子がおかしいような?
作品もそろそろ終盤に近付いてきました。多分、あと六話ぐらいで終わるんじゃないかなと。
此処まで読んでくださっている方、本当にありがとうございます。続きも、お楽しみください!




