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魔王選定  作者: 華宵 朔灼
第三章 少年編・生きる
59/113

10 決着、雪の魔物

 一人暮らしで、米は安さを追求して1300/5kgで買うのだけれど、ふた月以上かかるのね、消費するのに。ひと月過ぎるとまずくなってくるのね、冷凍庫小さいから全部炊いて冷凍なんて暴挙はできないのね、まぁ、何が言いたいのかっていうと


 旨 い 米 が 食 べ た い で す


 五十八話、はじまりますー

 親方の家の中では、比較的皆仲良く過ごせていたようで、タクはほっと息をついた。


 「あの………手伝いますか?」

 「いや、休んでてください………生肉を扱うんで」


 手を伸ばしかけた女性の手が迷うように揺れる。

 予想していた通りの反応だから「大丈夫です」と笑顔で告げてタクは調理場へと入る。

 コートも脱がずに調理場に入るなんてことがタクにとって初めての経験だったため、なんだか違和感が拭えないが、背負っていた籠を下ろして中のものを全て調理台へと並べ、丁寧に水で洗った後、シノには劣るだろうが、ある程度下処理を終えると、大鍋の中に肉と固い野菜を入れ、床に設置された飯炊き用の穴に大なべをはめ、ぐるぐると回す。


 「シノぐらい旨くできたらいいんだけどな………」


 途中で塩と香草をぶち込み、いい匂いがしたところで水を加え、沸騰するまでその場で待つ。


 「あの………」

 「っなんですか?」


 他の野菜を切らなければと手を伸ばしかけたところで、声をかけられ、急いで手を引っ込める。

 入ってきた女性も不思議には思わないぐらい素早く手は引っ込められたので、タクの手を見ることはなかった。


 「私、手伝えます。大衆食堂で働いていたんです、手伝わせてください」


 そういう女性の手はあかぎれていて、水仕事を毎日のようにこなしているのがよくわかる。

 タクはそれを確認した後一つ頷き、今のところ調理場での仕事はないから食器の用意を手伝ってほしいと告げる。


 「布のある部屋の奥に沢山の木の皿が積みあがっているはず。足りないとは思うけど、それを取ってきて、洗って欲しいんだ」

 「分かりました」


 その女性は、また数人の女性に声をかけながらまだ木屑が付いている木の皿を出してくる。

 カトラリーはそれなりに高級なものであるため、個人で複数食器を持ったりすることは普通あり得ない。金持ちになると、遠方を訪れるときは必ず自分のカトラリーを持参し、どんなカトラリーを持っているのか、というのを見せびらかしたりするのだ。

 カトラリーを沢山持っているというのはつまり、裕福である証か、製作者である証。


 「あ、あの! この印って、ガランデナーグじゃ!」


 鍋をかき回して灰汁を取っていると、大挙して入り込んできた人たちが木の皿を持ってこっちを見てくる。

 ガランデナーグと言うのは、数年前から庶民向けに割と安めで出回っている木でできた皿だ。

 沢山の木彫りの動物たちが乗っている船についている焼印と同じものの皿の裏についているので、ガランデナーグはだれか駆け出しの木工技師が手習いのために作ったものなのだと勘違いしている。木工技師の方も説明を求められても何も答えないのでその勘違いは真実として広まってしまっている。


 「そうですよ」


 動物と船の彫り物は親方の作品だが、皿や食器と言ったものは基本タクの作品だ。親方に狩りに連れて言って貰えず、ただひたすら薪作成用に切ってきたのであろう木を怒られないのをいいことに量産していたのが始まりだ。

 それに気が付いた親方は冬に一括してそれらを売り払っていたので、タクが町で皿が売られていると気が付いたのはだいぶ年月がたってからだった。


 「な、なんで狩人がガランデナーグ製品を持っているの!?」

 「なんでって………」

 「盗んできたの?」

 「やっぱり狩人なんて」


 女とは恐ろしい。

 集団の中で生きることを幼いながらに刷り込まれることが多く、集団意識と言うのを大切にする。よくわからない事柄に対して信用するのは、大抵の場合理にかなったように思える意見だ。


 「薄汚い狩人は盗みも働いていたのよ」


 その言葉がタクの心に刺さる。

 そのほとんどが女性であることもあって、その考えはすぐに浸透した。

 タクは自分の覚悟が揺らぐのを感じた。


 「ねえ皆さん、盗人が持っていても仕方ないわ。私たちがこれを預かるべきだと思うのだけど、どうかしら?」

 「いいわね、それ」

 「その方がいいと思うわ」


 サクラであろうその発言。しかしこの緊迫した現状、母親である者以外はその発言に乗り気になる。保護対象が居ない現状に置いて、周囲から嫌煙にされるのは一番避けたいことなのである。

 お面を被った狩人は、以前親方をバカにされて怒り狂って仲間を半殺しに仕掛けたタクを思い出す。


 「あのっ」

 「その皿」


 狩人が話しかけようとしたとき、かぶせるようにタクが話し始める。

 女性たちを見ているようで、その奥に居る狩人をすっと見据える視線に、狩人はお面の下で脂汗を滲ませる。


 「持って行ってもかまいませんけど、子供たちの分ぐらいは残してくださいね。子供たちとその母親のために作ってるんですから」


 しれっと言い放って、煮立ってきたスープをかき混ぜていた大きなへらを取り出し、それについてきた野菜なんかをとんとんとヘリで叩いて落とすと、残りの野菜を切りにかかる。


 「ま、待ちなさい。私は村長の娘よ。盗人がこの町に関わってるなんて放っておけないわ、あなたの名前を言いなさい」

 「………」

 「名前くらいあるでしょう? 町に登録されてる本名を言いなさい」


 腰に手を当て、まるで言うことを聞かれるのが当然という態度の女性にため息をついて、タクは言う。


 「ターキュギレム・ガランデナーグ。愛称がタクだ」


 ついでに首から下げていた住民であることを示すタグを力任せに引き切り、自称村長の娘に投げつける。

 タクはこれで満足か? とでも言うように肩を上げて見せ、調理に戻る。


 「俺の手仕事の皿が何枚持ってかれようとかまわないが、ここは俺と親父の家だ。別に出てっていいよ」


 ダンッと、包丁が野菜を切った勢いそのまままな板に食い込む。


 「世話する義理なんて、本当はないんだからな」


 親方でもたまに怯むほどの睨みを一瞬向け、また調理に戻るタク。

 固まっていた女性たちは、投げつけられて思考停止している女性を放っておいてそそくさと逃げ出す。


 「………はぁ」


 タクはやってしまったと落ち込んでいた。

 ガランデナーグ製品と呼ばれているが、そんなに金額をもらっていないので、親しまれているとは思っていなかった。盗んでも欲しいと言われるほど自分の腕が上がったのかもしれないと喜んでいたので、狩人をバカにされても何とか自分を保つことができた。

 タクもひねくれ者である。


 「味見味見」


 小皿に少量を掬って飲んでみると、満足とまではいかないがそれなりにおいしい出来になったと頷く。

 しかしながらあの女性たちが皿を占領してしまったので、あまり皿がない。もともとこの料理場にあるのは、親方とタク、それにまれによく来たシーブとシノの分ぐらいしかカトラリーは存在しない。どうしようかと考えあぐねていると、コートの裾が引っ張られる感覚がして、下を見る。


 「ぼくてつだう!」

 「あたしもてつだう!」

 「えっと?」


 コートを引っ張っていたのは小さい子供たちだった。

 タクは子供たちの頭を優しくなでる。


 「おかーさんがせっとくしてるの!」

 「おさらくれるようたのんでる!」


 そう言われて調理場からそっと顔をのぞかせると、一番最初に助けた女性とその友人らしき女性が皿を抱える女性たちに何か言っている。


 「そっか、じゃあ、お皿が来たら、みんなでスープを飲もうな」

 「うん!」

 「おてつだい!」

 「ああ、そっか。じゃあ、布の部屋に、このくらいの平べったい木の棒があるから、それを取ってきて、みんなに配ってくれる?」

 「うん!」

 「やる!」


 幼い二人の子供は、パタパタと調理場から倉庫へと走っていく。

 そのかわいらしい様子をタクは眺めて、完成間近のスープをすする。


 「シノの、入れとくべきかな」


 思い返したのは、シノが用意してくれた風邪の予防薬。

 まだ鈍く光るその薬は、調理場に親方が作った隠し扉の裏に閉まってある。


 「入れなくても大丈夫か。そこまでやる義理、ないよな」


 そういいながらも隠し扉に伸びる手は止まらない。


 「でももしもこのあと風邪になって死なれたら親父のせいだとか言われかねないもんな」


 裏から鈍く光る小瓶を取り出す。


 「そうだよな、期限があるんだから、使っておいて損はないよな、損は」


 タクはその蓋をキュポッと外すと、ドボドボと中身を鍋に入れる。

 地味に発光するスープになったが、真っ暗闇にならないと分からない程度の発光であるため、誰も気づくことはないだろう。


 「おさらもらったー!」

 「おにいちゃん、いれてください!」

 「うん。じゃあ、君のお母さんを呼んでくれる? 俺より、多分お母さんたちが入れた方が安心できると思うんだよね」


 呼ばれてきた女性にお玉を預けると、最初の一杯を飲ませてもらい、自分のお皿にもう一杯掬うと、同僚の手に渡す。


 「ほら、食ってまた世話よろしく」

 「タク、大丈夫か?」

 「何が?」

 「いや、さっきの。………皿の」

 「………大丈夫。それより、俺ちょっと寝るから、みんなが食べ終わったら起こして」

 「あ、ああ。分かった」


 狩人がおとなしく頷いたのを見て、旨いと言いながらスープを飲む姿に満足して、タクは部屋に引きこもる。

 もう、立っているのさえ限界だった。

 痛む手を無視して手袋をはぎ取ると、パンパンに膨れた手が現れ、脱いだコートの下の肌は、ところどころ切れている。しかも、瘡蓋がこすれて何度かはがれているのか、地味に血がにじんでいる。


 「布巻いておけば、何とかなるな………」


 コートと服を脱いで、服をかみしめると、手際よく細く割いた布で傷口や腫れて動かし難い手を圧迫する。痛みで涙が出るが、布を巻いていき、終わったタクはそのまま敷きっぱなしの布団に倒れこむ。

 ごろりと上を向いたタクの目じりを何か冷たいものが滑り落ちるが、ぬぐおうとしても腕が上がらない。


 「タク………おい、タク? 入るぞ」


 もう食べ終わって有志の女性たちが洗い物をしてくれるとのことで、狩人はタクを部屋の外で呼ぶが、返事がないで押し入る。

 そこにいたのは、荒い息を吐きながら、顔を赤くさせて意識を朦朧とさせているタクだった。


 □■□■□


 親方たち四人は、町で小さな瓦解音が鳴り響き続けるのを聞いて、これは終わりそうにないから手伝いに行くべきなのだろうという結論に達した。


 「んじゃ、なるべくあの化け物に見つからないように町に入って、メティオノーラとエヴァンス、俺と親方で、そっちは屋根の上から、俺らは下から、あの化け物を倒す。で、いいよな?」


 シーブの言葉に全員が頷く。

 結局一度もあの化け物と直接戦っていない。戦ったのはあの化け物の手下らしき腐ったものだけ。


 「じゃあ、走っていきますか」

 「シーブ」

 「なーにー?」

 「走る速さ」


 その言葉にシーブの顔が固まる。


 「私たちが先に行けばある程度敵の目もひきつけられるでしょう」

 「そうだな。俺らが先に行くから、遅れてきて先に討伐してても文句言わないでくれよ」


 そういった若い二人の顔に浮かんでいるのは侮蔑などではない。

 むしろ、片足が義足でそうそう早く走れないシーブを心配しての発言であることがありありと分かる。


 「んじゃ、お言葉に甘えて後からつけてくよー」

 「任せた」


 メティオノーラとエヴァンスの姿は目の前に作り出された吹雪の壁の中に吸い込まれるように消えていく。


 「行くか」

 「おうよ!」


 親方は大きくハルバートを振りかぶる。


 「え、ちょ、親方? 何すんの!?」


 ハルバートは木に食い込み、横にあったきはべきべきと音を立ててゆっくりと倒れていく。


 「乗れ。すぐつく」

 「ちょっ! ぐえっ」


 親方が力任せに木の幹にシーブを投げ、捕まったところで自らも幹に乗り、渾身の一撃をまだつながっていた部分に打ち込む。

 一瞬大きく雪が舞い上がり、顔が変形しそうな勢いをつけて、滑るように下り始める木の幹。


 「親方! これじゃああいつらより早く着いちゃうんじゃ!!」

 「問題ない」

 「なんで!? この速さ! かなり早いでしょ!!」

 「あいつらも同じ」

 「は!?」


 親方はしっかりとみていた。

 汗だくになった下に来ていた服を脱いで、板のように凍らせた二人の姿を。


 「何が同じだって言うんだよぉおおぉぉぉぉ」


 シーブの叫びは誰に届くわけでもなく、そのまま町まで幹は滑っていく。


 ■□■□■


 治療院の中は戦々恐々としていた。

 結界を張ったため、中から外に出られても、外から中に出ることはかなわない。

 もちろん結界を張りなおせばいいのだが、結界を張りなおしている間にもし魔物が結界の中に入ってしまったら元も子もない。


 「たすけ………」


 また一人、目の前で死んだ。

 治療院の位置口の目の前では、多くの死体が積みあがっていた。

 魔物にあぶりだされた人々が最終的に逃げ付く場所がこの治療院なのだ。町中にここ以外逃げられる場所はない。

 動けない者も幼い子供も、その光景に心を閉ざしていた。


 「神父様、このままだと………」

 「ええ………」


 アルテは、エイファと神父様がそうやって話してるのを横で聞いていた。

 アルテよりも小さい孤児たちは治療院の目の前でひどい姿になって死んでいく様子を青ざめて泣きそうな顔で見ていたが、アルテと同年代かそれ以上の孤児たちは、さも当然のようにその様子を眺めていた。

 逃げる時間があったと言うのに、逃げずに欲に走ったからこそあまああやって報いを受けているのだ。別に不思議なことではない。


 「アルテ君」

 「え? あ、はい」


 エイファが話しかけてきたことを若干不思議に思いながら、アルテは少ししゃがんで目線を合わせて小声で話しかけてきたエイファに応えるように小声で返す。


 「アルテ君の魔力ってどのくらいだったか覚えてる?」

 「魔力?」

 「そう。十歳の時に冒険者ギルドで計ったでしょ? できたらアルテ君以外の孤児のみんなの総量も知りたいんだけど」


 うんうんと唸りながら、全員が十歳の春に計ったときの感想を思い浮かべて計算していくアルテ。

 この孤児院の中で唯一、裏方ではなく表の仕事もやったことのあるアルテは、計算ができ、記憶力も優れている。

 孤児として大きなハンデを背負っている以上、かなり有能でなければ仕事など取れないのだ。


 「えっと、俺のも合わせて、この結界一日分しか持たないと思う」

 「そう………」


 そう聞いて少し悩んだエイファに、神父様が声をかける。


 「無理はいけません。もしこれ以上………」

 「分かっています。しかし現状を打開するには」


 方法がない。

 そう言い切ったエイファに、アルテは驚く。

 現状を打開って、いったい何をするのだろうか、と。


 「分かりました。………本当に良いのですね?」

 「ええ。力を持つ者の定めだと、私は思ってますから」


 エイファはにっこりと笑うと、おもむろに治療院唯一の出口に近づき、周囲の止める声も聞かず、片手を結界の外へ出す。

 誰かが声にならないくらいの悲鳴を上げる。


 「遍く世界に根を張る大樹よ、その巫女たる我に、その子孫である精霊のお力を、僅かばかり拝借させていただきます」


 エイファが一言一言唱える度に、結界が震えるほどの魔力が放たれ、魔力を感じるほど魔力保有量が多くない人でもはっきりと分かるほどの魔力がエイファから立ち上った。

 エイファが手を出したせいか、近くを通りかかった魔物の目がこちらを見る。

 人々は身を寄せ合い、エイファが魔物を引き寄せているのではないかと見たが、近場に寄ったアルテが見た、ぶつぶつと詠唱を唱え続けるエイファの顔は、憎しみと悲しみの混じった、凄惨な笑顔だった。


 「―――、劫火」


 その、一言と共に、すぐ目の前に迫っていた魔物は赤く染まって弾けた。いや、燃え尽きたというのが妥当な言い方なのだろうが、側で見ていたアルテには、周囲が赤く染まると共に黒い影が内側から破裂するような、黒い者がぼろぼろと崩れ落ちるような様は、燃えるという表現があっていないように感じたのだ。


 「エイファ、さん?」


 下を見れば、さっきまで助けを求めていた人々さえも、真っ黒い、もともと何だったか分からないただのゴミと化している。


 「―――、劫火」


 寄ってきた魔物はエイファが放つ容赦のない炎に包まれて、黒い塊へと変化し、吹雪と共に散っていく。


 「な、何あれ」


 ざわりと耳障りな音がしたと思うと、今まで見たこともない大きな足が治療院の前に止まった。そんな大きな足ならば足音がしたと思ったが、足が来たと認識したのも目に映ったからであって、音のせいじゃない。

 むしろ、足音よりも粘性の液体の中に空気が入ったような、ゴポゴポとする音がしてきて、わけもわからず背筋が冷える。


 「―――、劫火」


 アルテは神父様に引っ張られ、人々の固まる場所に連れて行かれ、出入口に立っているのはエイファだけである。

 ふと、エイファの肩が震える。

 目を凝らすと、空中に赤く血走った眼球が浮かんでいた。


 「―――っ、劫火!」


 その眼球はすぐエイファの詠唱の炎で焼かれたが、また同じような眼球が漂うようにやってくる。


 「ひっ」

 「うわっ」


 悲鳴を上げた人々の視線の先を見てみると、小窓からなんとも言えない化け物の体が見える。

 眼球なんて生易しい。

 心の底から叫びたくなるような、その叫びさえ飲み込んでしまいそうな化け物が治療院を覆っていた。粘液が結界にこびり付こうとし、阻まれ火花を散らす。


 「―――、劫火! ウソでしょ!?」


 エイファが放った劫火は、寸でのところで金属鎧に阻まれた。

 表面はどろどろに溶けてしまっているが、それでもまだ十分に劫火を防げそうである。

 眼球はそれをゆっくりと確認し、まるでエイファの行動そのものをあざ笑うかのように、金属鎧を笑わせた。

 ケタケタと子供のように笑う声もあれば、ただカタカタと骨のなるような音もあれば、とにかく、笑っている、と分かる音がそこらじゅうから響いた。


 「―――」


 顔を青くしながら、それでも詠唱を続けるエイファをあざ笑うように、黒く焦げた金属鎧は剣を振りかざし、エイファの手を半分に切った。

 もし、エイファが悲鳴を上げていたら、人々はこれが人生の終わりだと達観し、生きることを諦めただろう。

 しかしエイファはそうしなかった。


 「―――、劫火ぁっ!!」


 詠唱の終わりと共に、腰元から一本の短剣を抜き、自分の手を切り落としたのだ。


 「エイファさん!」


 神父様の手を何とか引きはがし、後ろに引かれるようにドサッと倒れたエイファの元にアルテは駆け寄ると、血がどくどくと波打エイファの手首に布をあてがい、その元をギュッと握りしめる。


 「エイファさん! ………え?」


 苦しげに顔をゆがめるエイファの頭から、いつも被っていた帽子が落ち、耳が露わになる。


 「エイファさん、その耳………」


 アルテの思い違いでなければ、それなりに希少価値があるとされ、人と唯一違うのがその容姿と目や髪が緑色をした森の種族。


 「あは………うん、ただし、私は半分。妖精族でも人間族にもなれない半端モノ」


 苦々しげに笑うその顔がなんだか泣いているように見えて、アルテは目をそらしたくなる気持ちを懸命に抑える。

 場は、明らかにエイファが森人種であることを示めす耳のおかげで恐慌状態に陥らずにすんでいた。

 森人種は人間とそりが合わず、隠れ住むことを選択した種族である。現代魔術よりも強固で強大な力を振るう森人種は、それはもう恐れられ、半端物と分かれば差別対象になる。半端物は一生、奴隷として生きるか逃げるかを選ばなければならないと言われるほどだ。


 「偉いね、アルテ君は。私はいいから、結界を強固なものにする為に、神父様に次にやることを仰ぎなさい」


 痛みと貧血による眩暈を堪えながら、エイファはまた結界に近づこうと歩き出す。

 治療院の位置口では、結界に阻まれて入れない眼球が、切り落とされて外に落ちているエイファの手首をまじまじと見つめ、観察していた。


 「なんでそこまでするんですか!」


 アルテの声にエイファの顔は笑みを浮かべる。


 「この町の人が好きだから」


 また歩き出したエイファを止めたのは、アルテでもなければ、治療院にいる人々でもなかった。


 「俺の妻の柔肌に何してくれとんじゃあぁあぁあ!」


 ゴウッという風圧が治療院まで吹き込む。

 義足の片足と片手剣の男は、地面に落ちた手首をなんの躊躇いなく拾い上げる。遅れて追いついた強面の男は状況を一瞥すると懐に手を突っ込んで小瓶を取り出す。


 「ほれ、もう落とすなよ」

 「回復薬」


 空中を舞う手首と小瓶。

 手首をエイファが、小瓶をアルテがキャッチしたところで、駆けつけた男二人はまた駆けだす。


 「俺の妻の体に傷つけてくれやがって! 三枚下ろしにしてやるわ!!」

 「うるさい」


 長い耳の先まで真っ赤にしたエイファの顔は、どう見ても恋する乙女と変わりない。魔術の威力にエイファのことを恐れていた人々も、そんな姿と周囲から轟音や斬撃によって何かが崩れるような音と共に聞こえる夫ののろけにうんざりした顔をしながら、辱めを受けているエイファに同情の視線をよこす。

 まだ切り落とされたそう時間も経っていなかったため、手首は切られた痕が残るものの、ちゃんと動かせるまでに回復した。


 「エイファはなぁ! 指股が性感帯なんだぞ!! 妻のイイところを奪おうとしたお前に天誅を下すっ!」

 「もうやめてぇえぇぇぇえぇ」


 轟音とのろけと悲鳴は、一刻ばかり続いたと言う。

 苦手な戦闘シーンをくり抜いて、いろいろ書いてたら文字数が半端ないことになって、最終的にエロが世界を救ってしまった。

 こんな予定ではなかったのだが………


 そしてついにタクの本名解禁。

 ターキュギレム・ガランデナーグ。

 なんて呼びにくい名前なんだ………


 そうだ、全ては寒いのが悪いんだあぁあぁあ(逃避)

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