05 朝の体操
ここからは通常通り。
これからも毎日投稿できるよう頑張ります!
三十一話、始まります!
翌朝目覚めたシノは、見たことのない天井に一瞬青ざめる。
最近毎日のように感じていた堅い岩の感触では無く、柔らかい織った布と弾むようなベッドの感触に、脱力し、もう一度枕に顔を押し付け、感触を確かめる。
「よく、ねた」
ベッドから這い出たシノは、ぐっと背を伸ばし、顔を洗う為に、宿の裏手の井戸へと向かう。
少し大きいが、多分女将のエンゼに着せ替えられたのだろう服は、それなりに寒さをしのいでくれている為、外に出てもそこまで寒いとは感じない。
「あら、はやいこと! まさかこんな早く起きてくるとは思わなかったわ」
「………ねすごした」
既に太陽は昇っているのだ。
シノからしたら寝過ごしたと言ってもおかしくない時間。だが、この村で農業と言ったものが無い時点で、ここの子供が早くに起きることはない。仕事で早く起きる職業といったら警備か冒険者ギルドの者のみだろう。それも一日中仕事をしている仕事ばかり。
やはりこの村でもシノは、ものすごい早起きである、ということに変わりは無い。
「どれだけ早い朝を過ごしてたのよ………子供なんだからもう少し遅く起きてきなさい」
そう言うエンゼはの顔は、化粧をしていないので、より漢らしい顔を晒している。化粧をしていない方が迫力があるので、宿屋の顔としてはこちらの方が良いのではないかと、シノは思う。
エンゼも井戸に用事があったらしく、シノと共に宿の裏手に向かう。
「それ、なににつかうの?」
両肩に持っている、シノが余裕で入りそうな樽を何に使うのか、とシノが尋ねる。
「うん? ああ、何日か置いて煮沸してから飲料水として使うのよ」
「のめないの?」
氷の産地で、湖が近くにあるのだから、そこの水が飲めないと言うのはシノにとって、少しばかり興味が出る内容だ。
「ああ、この村が始めてだものね。この村で湧き出ている水はね、魔力とかなり親和性が高いらしくてね、ちょっと人が飲めるようなものじゃないのよ。何日か置いて魔力抜きをしなくちゃ飲めたもんじゃないの」
「ふーん」
井戸について、樽を二つともいっぱいにし、顔を洗い終わった後、エンゼは樽を宿の地下に置き、シノと共に厩舎へと行く。シノがクロの世話をするとエンゼにいい、それを聞いたエンゼがなら一緒に全ての馬の世話もしてしまいましょうと言ったからだ。
厩舎には、やはりと言っては何だが、たった一晩だがシノと会えずにしょぼくれているクロの姿があり、シノの「ごはんだよ」という声に飛び上るほど喜び、周りの馬たちを怯えさせるその様子にエンゼは苦笑を漏らす。
「じゃ、私は化粧してくるわ。すっぴんを見られるのは少し恥ずかしいもの」
そう言って迫力ある科を作ってエンゼは宿へと帰って行った。
しばらくクロと戯れていたシノだが、ふと気になることを思い出す。
女将と名乗るからには、家族、または旦那が居るはずである。その旦那は性別的に男なのか、精神的に漢なのか、真相が少し気になるが、これから少しだけこの宿に泊まることになるのだし、知る機会もあるだろうと、シノは考えるのを放棄する。
「クロ、きょうはここでまっててね」
一緒に行きたいと目で訴えるクロだが、クロを冒険者ギルドに連れて行って、何も無いとは限らないので、シノが判断を覆す事にはならない。何せ、『森の探索者』の面々もひどく驚いていたのだ、何かないという保証が無いのだ。
それに、宿の厩舎は少し広いが、冒険者ギルドの宿はそんなに広く作られていない。窮屈に思うだろうという気持ちもシノにそう判断させた理由かも知れない。
「クロにはやくめがある」
それでも一緒に行く、と言いそうな目を見つめ返すシノ。
「ここでばくをまもって。それがないとたびもできない」
クロは目線を彷徨わせ、一度鼻を鳴らすと、不承不承と言った感じで納得する。
馬具に備え付けられているカバンの中には、シノがこの先生きているのに必要と思われる様々な道具が詰め込まれている。それを置いてシノについて行くと言う行為は、シノを守りたいクロにとって、是とできる内容ではない。
残ってカバンを守る、そうクロの中で決着したようだ。
クロには、カバンを他人に任せて、シノの側に行くという選択肢はない。シノをひたすらボロボロにしていた人を、クロは信用していないのだ。
「あれぇ~シノちゃんじゃなぁい………早いのねぇ」
「おはよう」
「おはよぉ~」
朝食の時間まで、少し体操でもしようかと宿の裏手の少し広い空き地に向かったのだが、そこには先客がいた。
『森の探索者』の女魔剣士。
その手には、普通の剣が握られていて、汗をかいている事から素振りでもしていたのだろう。
「さぁて、シノちゃんは冒険者になるんだしぃ、すぐに死なれても私たち、寝覚めが悪くなるからぁ、ちょっと一緒に遊びましょぉ~」
そう言って彼女が投げてきたのは、木剣だ。見た目に反してそれほど重さを感じないその剣の柄は摩耗している。少なくない人が使ってきた証拠だ。その木剣は、冒険者たちが多く訪れるこの宿で貸し出している物らしい。
いつも振っていたのが木の棒で、ナイフよりも重い木剣にシノは重心が上手くつかめず、少しふらふらとして剣筋になるが、何度が素振りを繰り返せば、なんとか形になった。
「あらぁ、思ったよりできそうねぇ」
「ししょうにならった」
「師匠がいたのぉ………ならぁ、少し打ち合ってみましょぉ~」
大人と子供。
その大きさと体重の差は、有利に働くこともあれば不利になることもある、大きな差だ。
「とりあえずー、好きに打って来てぇ~」
「ん」
シノは、剣の師匠である親方に教えられた通り、柔軟性と身軽さを前面に押し出した実践剣術で、少し離れた場所に居た女性へと足を進める。
「はやぁ! コレは先輩として負けていられないわねぇっ!」
彼女の剣も、柔軟性と身軽さを重要視したようなものだった。
魔剣士は、魔剣と呼ばれる魔力と親和性が高く、魔術的な属性を持っている剣をい愛用して居る。ほとんどの魔剣士は、魔力が普通よりも高いが、魔術師とはなれなかった者たちで、総じて線が細い傾向にあり、魔剣で力の無さを補う傾向にある。
「くっ………」
「………」
当然、シノの方が早く。
最初にシノが打ち込んだ剣を彼女が受け止めようとしたところで、シノは剣の方向性を変え、彼女の脇を通り過ぎたと同時にその腹を打って行く。いきなり方向が変わった剣に彼女は目を見張り、さほど痛くはないが、腹に一撃を食らったのだと、すこし呆然とする。
「ふふふ、面白いじゃなぁい」
彼女は、シノが舐めてかかれるような相手ではない、というのが分かって全力で手を出すことに決める。
「行くわよぉ!」
「ん」
シノはその速さと正確さで、剣を交わし、隙を作り、打ち込んでいく。それに翻弄され、一撃もシノに入れられなかった彼女に、シノは決定打と言えるような一撃を与えることができずにいた。
「はぁ、はぁ」
「はい、私の判定勝ちぃ」
最終的に体力の差でシノは負けた。
殺傷能力がなく、重心もよくつかめていない木剣では、致命傷となり得る場所まで剣先を持って行くことができなかったのだ。
「いぃ? シノちゃんは軽いんだからぁ、短時間で無力化を狙うならさっきの戦い方でじゅうぶんだけどぉ、倒したいときはぁ、絶対に相手が困る場所を貫くようにしないとぉ」
そう言いながら、自分に教える資格なんてないと、心で自嘲する彼女。
「まずはぁ、普通に心臓と頭ねぇ~、これはどんな生き物でも急所よぉ。だけど生き物のほとんどはそこに攻撃が加わらないようになんらかの防御をしてるわねぇ~」
胸当てや鎧は人間様ね、と笑う。
目を上に向かって貫ければ、大抵の動物は倒れるとも付け加え、耳を貫けば音が聞こえなくなり、上手く立っていられなくなると付け加える。頭は最強の弱点だと笑う。
「後はねぇー、経験則なんだけど、こことここ。あとはこことか、良く効くわよぉ」
彼女が自分の体を指差して場所を示す。
肩、足の付け根、それに股。
「男だったらぁ、ここについている玉を潰せばたいていの場合起きて来ないわよぉー」
「けいけんそく?」
「そうよぉ~」
彼女はにやりと笑い、上を向いた棒があったらグイッと下にひき下ろせば、なおよしとも言う。
「それにぃ、木剣は渡したけどぉ、石とか使っちゃいけないって言ってないんだからぁ、使ってよかったのよぉ」
「あ」
すっかり忘れていたシノである。
剣士としては失格かもしれないが、冒険者として生きていくには、そういう狡賢さも重要な一つの剣術だ。
「あらぁ、いい匂いがしてきたじゃなぁい! 汗を流してぇ食堂に行きましょぉ~」
彼女はシノから木剣を受け取り、空き地の横に備え付けられている物置小屋に二振りの木剣を投げ入れる。
シノは彼女に引きずられながらエンゼの所まで行き、一緒に体を拭きっこしましょぉ、とすり寄ってくる彼女から逃げ出し、体を拭き、服を変える。
食堂へと降りた時には、既に『森の探索者』の面々が揃っており、食事が用意された状態でシノを待っていた。
「シノちゃんおはよう」
「おはよう」
「シノちゃん! コレ、私が作ったのよ! 食べて頂戴!」
「ん」
シノの目の前に座っていたジムは、大皿を持って近づいてきたエンゼの尻圧で押しやられ、その隣に座っていた剣士を床へと叩きつける。
「ジィームゥー?」
「悪かったって、いや、俺は悪くない!」
楽しそうに喧嘩を始める二人を放っておいて、シノは大皿に載せられた料理に舌鼓を打つ。
外の気温が低いだけあって、この宿の料理のほとんどは温かい。パンだって焼き立てか、温め直されているのだと分かる。
暖かい場所で食べる、温かい料理に、シノは目を細めて味わう。
「そう言えば、シノちゃんはお昼にギルドの講習会を受けるの?」
「ん」
「筆記試験もあるんだけど、大丈夫?」
「だいじょうぶ」
「少しは冒険者ギルドの事を知ってないと試験で良い点取れないと思うけど、大丈夫?」
エンゼは割りとお節介である。
行きすぎている訳ではないからこの宿は好かれているのだ。
「多分大丈夫じゃなぁ~い? 少なくとも剣の師匠って人は冒険者なはずよぉ~」
「そうなの? そう言うってことは裏で振って来たのね。実力は?」
「下位の冒険者なら絶対に敵わない、かなぁ」
冒険者が使う絶対とは、どんな状況に置いても、という意味が込められる。例え、どんな困難な状況に置いても、相手の謀略に囚われなければ、剣ひとつで相手を無力化できると言って居るのだ。
「しかもぉ、状況によってはぁ、私たちでも全滅するかもぉ~」
付け足された言葉に目を見開く『森の探索者』とエンゼ。
「うっそだー」
「嘘なんてついてないわよぉ~、シノちゃんさえ良ければ相手してもらいなさぁい」
剣士の男の言葉に少しむくれながらそう返す魔剣士。
だったら、昼まで剣を合わせようと『森の探索者』男陣の申し込みで、シノは模擬戦を庭先で繰り広げることになる。
「魔物って、基本デカイから気にしてなかったけど、ちっこくて早いのって倒し辛いな………」
「ただ向かって来るだけなら何とか先読みしてってなるけど。向こうも考えて行動してくるとなると、な………」
シノが木剣では動きづらそうにしているのを見た二人が、シノに愛用の剣を持ってくるように言った後の戦いは、シノの圧勝となる。
地面に倒れ、肩で息をしながら自分に足りない物を確認し合っていた男二人を魔剣士が指をさし、目に涙を浮かべながら笑う。魔術師も肩を震わせて横を向いているのを見ると、明らかに笑いをこらえているのだろうことが分かる。
「あっはっはっはっはっは」
「笑うな!」
顔を赤くして立ち上がるが、ハンデだと言いながら脱いだ鎧に守られていない肌から覗く、紫色にうっ血した打ち身の痕を見て、彼女はさらに笑い続ける。
「あー笑った笑ったぁー、この二人が動けなくなるなんていつ振りかしらぁ~」
「………すごかった」
女性陣の褒め言葉にシノは首を傾げる。
別にすごくなんてない、と言うのがシノの常識だ。シノに体術を教えたのはエヴァンスであり、知識を与えたのはメティオノーラであり、剣技に関して教えたのはシーブで、剣術を教えたのは親方なのだ。
誰もかれも、シノの周りに居る武人たちは、シノよりもはるか高みにあった。
「もぉー、いい師匠で良かったわねぇ」
「ん」
シノの師匠である親方が元冒険者であることは告げていたが、親方の名前などは言っていない。もしジムたちが、親方の名前を聞いたら何もかもを放り出してガラムに向かっていたのかも知れない。
親方の名前は、実力はSランクに及んだであろうと、冒険者名鑑に載っているのだ。元Aランク冒険者『一足の剛剣』という、肩書までそれなりに広まっている。
冒険者ギルドがBランクで止めてしまった親方に、その功労とせめてもの手向けとして退職金を渡す為にそのランクを上げたなどと言うことは、その時の冒険者ギルドの面々しか知らないことだ。
「あんたら! シノちゃんに遊んでもらってないで、さっさと部屋を片付けなさい!!」
「はーい。じゃ、シノちゃん、頑張れよ!」
「………また、ね」
もうすぐ昼になると言うのに、部屋に荷物を置きっぱなしでシノとの模擬戦に時間を費やしていた『森の探索者』の面々は、エンゼの呼びかけで、しぶしぶ部屋へと戻る。
魔術師が少し微笑み、シノに分かれを告げると、男どもがぎょっとした顔をする。
「お前が他人に進んで喋りかけるなんて………今日は霰が降るかもな………」
「もぉー、不吉なこと言わないでよぉ~、今日の討伐依頼は雪豹なんだからぁ~」
「はいはい」
『森の探索者』が受けた依頼は、最近ここらに姿を現す真っ白い豹の討伐。
雪の降る寒い日に多く出現すると言われていて居るが、豹が生活出るほどの寒さではない今の時期になぜ出て来るのか、その調査とできるならば討伐、と言うのが、『森の探索者』が受けた依頼の内容だ。
「おひる、いかないと」
各々部屋に戻るその背中を見送ったシノは、自分も部屋に戻り、荷物を整える。
厩舎によって、馬具のカバンの中に手持ちのカバンに入れていたトゥーの小瓶などを突っ込むと、シノは立ち上がる。
「いってきます」
いってらっしゃい。
そう、クロは嘶いた。
シノは普通に強いですよ?
一応これ、主人公最強ものなので。このくらいシノが強くないととてもじゃないが一人旅なんてできません。
さて、明日投稿!




