04 緊急の依頼?
18日投稿予定だから、あってはいるのか?
まあ、いいや。やっと温かくなったんだ。
風で窓枠が吹っ飛ぶことが無ければ、もっといいかもしれない。
三十話! 始まります!
老人は焦っていた。
老人にとって、それがいつであっても弟子が来客の応対をすることは当然のことで、その話が重要であれば対応した弟子が伝えに来るだろうと考えていたのだ。
その考えの甘さを突きつけられて、老人は焦っていた。
□■□■□
少々、楽を使用と行動を大幅に省く嫌いがあった弟子だが、なぜかひと月前から聞き分けが良くなり、きっと自らの薬で家族に喜んでもらったとか、嬉しいと思えることがあったから態度がよくなったのだろうと老人は考えていた。
「あのぉ………冒険者ギルドの者ですけどぉ………」
「おや、弟子のひとりが接待をしていると思っとったが………ちょいと待ってくれ。この段階の調合はさせておかねばならんのだ」
「ああ、はい。下で待ってます」
二階建ての薬屋。
一階部分は薬の注文と販売、さらに来客用の部屋と、住込みの弟子たちの部屋があり、二階部分には調合部屋と薬品倉庫、老人の部屋が存在する。
「お待たせしました。何があったのかな?」
調合師の仕事は、薬となる薬草などの調合から、貴金属の調合まで、様々な物を請け負っている。薬屋を訪れるのはやはり村民が多いが、その収益はぼ冒険者ギルドや鍛冶屋から持ち込まれる定期的な大口の依頼によって賄われている。
だから本来、仕事をもってきてくれると分かっているギルド職員を放っておいてどこかに行くなどと言うことはしないのだが、どうやら弟子はそうしてしまったらしい。
老人は、きっと弟子にもいい人が見つかったか、家族に何かあったのかも知れないと思う。
「実は依頼の、あの苔の最終依頼のことなのです」
「ああ、そうですか。新しい苔の狩場でも見つかったんですかな?」
一般的には知られていないトゥー。その名称を知るのは調合に関わる者と、薬屋が依頼を出すために話したギルドの上層部だけである。
一部では未だに神獣の一角であると考えられているトゥーラエが、苔を生やすもの、という意味でつけられた名前だと知るのはさらに少なくなるだろう。
「いえ、そうではなく。近場の地底湖に住みついていたトゥーラエが消えてしまったそうです。それで、あの苔もこれからは手に入りにくくなるかも、と」
「そうですか………」
トゥーラエは、魔物の中でも弱小と呼ばれるスライムやゴブリンを何の抵抗もなく轢き潰す程の力を持っている。その皮膚からは常に粘性の液体がこびりついていて、通った跡には蛇行した粘性の痕が残る。
その粘性の痕に綺麗な水と空気が触れ、トゥーが生えてくるという植物としても獣としても勝無不思議な生態を持っている。
「まぁ、あれが無くても何とかなります。そこまで気を落さないでくださいな」
「でも………」
休まず歩き続けて一日の距離にある洞窟に思いを馳せる。
若かった頃はあの洞窟までトゥーを削ぎに行っていた、と昔を懐かしみながらその報告を聞いていたのだが、次に発せられた言葉に疑問を持つ。
「いつも通りあの苔を『森の探索者』さんたちが見に行ってくれて、この情報を持ち帰って来てくれたのも彼らなんですけど、緊急依頼を達成できず申し訳ありません、と伝えてほしいと言われたので」
「ん? 緊急依頼?」
老人は首を傾げる。
自分でギルドに依頼をした時も含め、ギルドに緊急依頼としてトゥーの採集を依頼したことは無かったのだ。
確かに最近は発注するのも面倒で、弟子も増えてきたことだし、依頼や受注に関しては全て弟子にやってもらっていた。依頼するトゥーは弟子への練習用として取って来てもらう物ばかりで、もともとトゥーを必要とする機会なんてそうそう訪れない。もしトゥーに頼らなくいけなくなったときに出す緊急依頼は、トゥーの群生地への護衛とその場で作成した薬の運搬、になるだろう。
「ええ、お弟子さんが毎回緊急依頼枠に置いてくれっておっしゃるので………」
「そうか………」
頼んだことないんだが。
「それでですね、これが地底湖の最後の苔になりそうです」
そう言ってギルド職員が横に置いてあったカバンから出したのは、二本の透明な瓶。
中に入っているトゥーは、確かめるまでもなく、弱り萎れている。
あの洞窟から直ぐに戻ってきたのだとすると半日程度かかった事だろう。それでこの萎れ具合はちょっと信じられない物がある。
おそらくあの洞窟にいたトゥーラエは一年から半年ぐらい前に別の場所に移ったか、誰かに討伐されてしまったのか。
「確かに受け取りました」
もしトゥーラエが退治されたなどと噂が流れたら、この村はトゥーラエを神獣と崇める連中から多大なる嫌がらせを受けるだろう。この件をその日に伝えに来てくれたのは賢明なのか、そうでないのか………。
そんなことよりも、だ。
「所で、職員さん」
「はい、なんでしょう」
「さっき君を迎えたのは私の弟子のひとりだろう? 彼がどこに行ったか分かるかね?」
既に老人の頭の中では一つの仮説が出来上がっている。
「さぁ………緊急依頼失敗と聞いて血相を変えて飛び出して行ってしまったんですよ。先輩に尋ねたら早く伝えた方が良いと言われて、二階に調合室があるのは知っていましたから窺ったんです………誰かにあの苔を取ってきてほしいとか言われたんですかね。これだけは『森の探索者』たちも取って来てくれたのに」
ため息をついて、弟子の事を考えるギルド職員。
苔の効能を知らなければ、こういう反応だろう。
「君、ありがとう。ギルドに帰りなさい。儂にも緊急の用事ができたようだ」
「え、あ、はい。本当にすみませんでした」
出口までエスコートし、ギルド職員は帰って行った。
もちろん婦女子をこんな時間に外を出歩かせるのには不満があるが、今日は大層安心できる護衛が付いているのだから、送らないことに不安はない。
今も少し赤い顔をしている職員の横に、同じ制服を着た男がいる。金色の髪から生えている耳は、珍しい豹のもの。この村で一番の実力者と言われている豹人のギルド職員なのだから。
「ふぅ………」
扉を閉め、空いている窓を全て閉める。
老人は弟子が一人前だと認める試験として、毎年乾季に洞窟までトゥーを採りに行かせていた。初めの頃は共に付いて行っていたが、足腰が悪くなり遠い距離を歩くことが困難になった為、冒険者に護衛を頼んで行って来いと、少しの資金を渡してその試験を行っていた。
もちろんとって来たトゥーで薬品を作らせ、十分な品質を保持していないと一人前とは認めないが。
そして、ひと月前にトゥー採取の依頼書を持っていたのは、なぜかひと月前から聞き分けが良くなった、今日薬屋の受付を任せた弟子の一人だ。
「あのバカ弟子がっ!」
『森の探索者』が泊まる宿と言ったら一つしかない。
漢が女将をやっているが、要求される宿代に対してかなり良い待遇が受けられると人気な、冒険者にかなり人気のある宿だ。
持っている情報から考えるに、あの弟子はその宿に向かったのだろうとしか考えられなかった。
「ラエナ爺いる?」
「エンゼ………」
防寒具を着込んでいたら、店の扉から件の女将が入ってきた。
「多分ラエナ爺の弟子、来てるわ」
「そうか………直ぐ行く」
「ありがと」
簡潔に話して出て行ってしまった。
こんな時だが、やはりあの服は無い。目に痛い桃色に輝く防寒具なんて、こんな夜に見たくない。
急いで宿に向かうと、「ああ、やっぱり」としか思えない声が聞こえてきた。
「はぁ? ガキ、お前はもう黙ってろ。大人の会話に割り込んでくるんじゃねぇ」
弟子の声。
食堂の方から聞こえてきた為、息を整えながらゆっくり進む。
弟子は何かを言われ、それが気に入らなかったらしい。
聞き分けの良かったひと月は、兄弟子にもうすぐ一人前として認められるかも、などと言われたのが原因だろう。そしてトゥー採取の依頼を持って行かせたことで、兄弟子と同じように自分も一人前になれると錯覚した。
その傲慢な性格をどうにかしなければ、一人前として認めてやるわけにもいかないということを理解してほしい物だが、きっと本人は気が付いてさえいないのだろう。
「あなたはまだ、ちょうごうしになってからいちねんにもなってないはず」
「な、なんだよ、いきなり」
「いちねんめでこけをあつかうわけがない。いらい、あなたがししょうのなまえをつかってだしたんじゃないの?」
反論していたのは、少女、いやもっと幼い女の子の声だった
そして、そいつは一年以上修業はしているが、ちっとも上達せず、調合師にさえなっていないのだとその少女に伝えたい。
調合師がレシピ通り薬を調合し、薬師が調合した薬の効能が変わらないように、患者に合うように混ぜ合わせたりなどをしてまとめる。その機能が行われるのが薬屋であるのだ。まだその弟子は調合すら、一人前として十分な能力を持ち合わせていない。
「はあ、その通りですな。儂は何も依頼しとらんのに、ギルドの職員が頭を下げに来て驚きましたわい」
「し、師匠!?」
当たり散らしていたのだろうその弟子は師匠の顔を見て、さっと青ざめた。
自分が仕出かしたことがどういうことが分かったのだろうか。
いや、きっと従順な自分が一人前としての資格を貰えないのではないかと、必死に言い訳を考えているに違いない。なんせそう言う弟子だ。
自分の仕出かしたことの重さなんぞ、全く気が付いていないだろう。
「女将、知らせてくれてありがとう」
「いえ、きっとあなたの所の子だと思ったからね」
女将は幼い少女の髪を拭いている。何かがこびりついているように見えるが、一体なんだろうか。
にしても、この惨状は何だろう。
あの少女の周りに料理だったものが散らばっている。順当に考えればあの弟子がやらかしたのだろうが………破門して冒険者になってもらうのも一つの手かも知れないな。
「すまなかったな、『森の探索者』。不快にさせてしまったことを詫びよう」
「いや、いいんだ。依頼を失敗してしまったのは俺らの責任だし、あの依頼のおかげでこの子と出会えたから」
頷く『森の探索者』の面々に深く頭を下げる老人。
出来の悪い弟子を持つ師匠は苦労する、と食堂にいた者たちは思ったことだろう。
「しかし………何か儂にできることは無いかの? 迷惑をかけてしまったのも事実、そうでもしなければ儂の腹の虫が収まらん」
「し、師匠。彼らはそれでいいと………」
「おぬしは黙っとれい! いらん依頼を緊急の所に置いたりするからこうなったんじゃ。後で弟子全員を集めて尋問するしかないんだからのぉ」
弟子の顔は青を通り越して白くなっている。
やっと気が付いたのか?
気が付いても気が付かなくても、この弟子に待つのは同じ結果だが。
「あーならあの子のお願い一つとかなら、いいですかね? 俺たちは治癒術を扱える魔術師が一緒に居るんで薬屋に頼むことはあまりないんですよ」
「そうか。少女、何かあるかね」
老人は弟子を後ろに下がらせ、少女を見て聞いてきた。
少女は一瞬悩むように視線を振り、真っ直ぐラエナの目を見て言う。
「なら、すりばちがほしい」
老人は一瞬目を見開くと、面白いものを見たかのように目を細める。
「ほぅ………新しいと言うのは?」
「あなたのすりばちがほしい」
それを聞いて、一瞬怒気を出す弟子。
ラエナはその弟子の腹に一発入れ、弟子を昏倒させる。
一番驚いたのは、薬師と言う特に必要としないものを売る人と侮っていた冒険者たちだろう。年齢に似合わないその素早い動きは、冒険者たちが賞賛を贈る程度には洗練されたものだった。
「ならば、これから来るかい?」
ラエナは少女に向き直りそう言う。
老人はシノの返答で、シノが既に薬師とまではいかずとも、調合師としてはかなりのレベルにあるのだろうと分かったからだ。
「あしたいく。あしたのひるからようじがある、から」
「相分かった。儂の薬屋は治療院の横にある。いつでも来るといい。儂の名前はラエナ、この村の者はラエナ爺と呼んでいる」
「シノ」
ラエナは宿から出て行く。
弟子は襟首を掴まれ、引きづっていく。
足腰悪くて室内で粛々と薬を作り続けていると噂されている薬師の老人という印象はがらがらと崩れ落ちていることだろう。ここにいない村の者に話したとしても信じてもらえないとは思うが。
■□■□■
薬屋に帰ったラエナは、全ての弟子を呼び出した。
薬屋に下宿している弟子はもちろん、この村に居る弟子全てだ。
ラエナがまだ足腰が健在だった時に育てた弟子のほとんどはこの村にいないが、その頃からごまかしが聞くはずもないので、今回集めるのは、この村にいる弟子たちだ。
「さて、なぜ集められたか、分かっておらんな?」
ほとんど全員が、また眠そうな目を擦ってる。
自分の焦りが通じないことに苛立ちを感じながら、至極優しそうな声でそう問いかけると、数人の者の目に真剣さが戻る。
「眠いものはコレを食べなさい」
眠そうな弟子たちに、小さな黒い丸薬を渡す。
大抵の弟子は首を傾げながらそれを受け取ったが、だいぶ前に一人前と認めた弟子は大層顔を青くして受け取った。
「奥歯で噛んで食べなさい。決して飲み込むんじゃないぞ、気付け剤だからのぉ」
ガリッと音が薬屋の中に響き、弟子のほとんどが口を押えて目を見開く。
その顔は蒼白だが、尋常じゃない汗をかいているのを見ると、まだ自分の薬師としての腕は悪くなっていないのだと安心できる。
まだ床に寝転がる弟子の口を開かせ、奥歯に丸薬をくっつけ、顎を閉じさせる。
「うわぁ! えっ! はがっ!」
随分とうるさい。
「さて、皆起きたかな」
涙を潤ませ必死に頷く弟子たちを見て、ラエナは続ける。
「自らの手でトゥーを採りに行った者以外に免許皆伝をやるわけにはいかないからな………どのくらいの制裁にした方がいいか、皆で話し合おうと思ってよんだんじゃよ」
ラエナは思い出していた。
親子ほどに年が離れた妹弟子の事を。
数年で師匠に免許皆伝を貰ったその少女は、エビュリーズのどこかの町で暮らしていると師匠から聞いたことがある。最近はめっきり連絡をよこさないと師匠は嘆いていたが、儂からすると、あの娘が噂にならないと言う方が不思議で仕方がない。黒檀のような黒い髪と、何もかもを見通すような透き通った青い目が印象的だったその娘の名はなんだったか。
「さて、お前たち。儂に何か言いたいことがあるかのぉ?」
翌日から、薬屋では、弟子の若者が目元に隈を張り付けながら仕事をしているのが村中で噂になり、村に住む老人たちは、ラエナが久しぶりに怒ったのだろうと笑っていた。
あの優しそうな赤髪の老人が怒るなんて、そんなの信じられないよ、という若者を残念そうに見る老人たちは、もしラエナの本性を彼らが知ったらどういう反応を示すのだろうか、と賭けを行っているのだが、それは当人もあずかり知らぬことである。
威厳と年は比例します。
過去の弟子たちは、この気付け薬を無理やり飲まされることが多かった為、慣れていますが、最近の弟子たちはそう言うのに慣れていない軟弱で甘えきったやつらばっかなのです。
仕事を辞めて隠居生活をしている村の老人たちはその気付け薬を愛用していた方々です。
さて、更新は明日だぜ☆




