03 宿の一幕
17日に投稿できなかった分!
なんで家のMiMaxは機嫌が悪いんだろう………
二十九話! 始まります。
奇抜な外装とは違って、中は普通の宿らしい。
カゾスで割と高い部類に入る、冒険者優遇の宿であったようで、入ってすぐのエントランスには受付と上階への階段が設置してあり、奥の方には食堂があるようだ。食堂からは陽気な笑い声が聞こえてくる。
「あんらー、可愛いじゃない! そんなに村を離れて無かったのに………もしかして、誰かの隠し子!?」
「違うわ!!」
随分と仲が良いようだ。
ここらへんじゃ有名だと言っていたジムの言葉が裏付けられた対応だろう。
「女将、俺らは二部屋、二日で食事込み。ギルド払いで宜しく」
「はいはい、いつもの部屋は開けてあるわよ」
女将はジムの渡したギルドタグを受け取り、専用の機械にかざす。
その機械がほんわかと光ったところで引き落としは完了したらしい。女将がタグをジムに返したところで、女将の興味はシノへと向く。
「さて、こんばんわ、お嬢ちゃん。私はここの女将のエンゼよ」
「おかみ?」
「ふふふー、私のことは、エンゼさんって呼ぶか、女将さんって呼んでね」
コクリとシノは頷く。
女将と名乗った漢は、シノを軽々と抱き上げる。
「お嬢ちゃんのお名前は?」
「シノ」
「そう、よろしくね。ここに泊まるにはお金が必要なんだけど、持ってるかしら?」
エンゼの腕にすっぽりとはまったシノは、逃げ出すことを諦めた。
「ある、いくら?」
「そうね………」
「あ、シノちゃんは明日Fランク冒険者になるから、冒険者割引してやって。今も見習いのタグ持ってるし」
「そうなの」
「ん」
首から下げている木札を見せるシノ。
その意味を知っていたのか、女将は一度目を細めて、何もなかったかのようにシノ本人へと目線を移す。
「分かったわ、Fランク冒険者と同等の扱いにするわね」
「ありがとう」
「そうね………素泊まりなら四メクかしら、雑魚寝だけど。厩舎を使うならもう四メク払ってもらうわ。十メク払うと夕食付で個室よ。どっちでも朝食はついて来るから安心してね」
「ん」
シノは下してもらい、カバンから財布代わりの小袋を取り出し、銀貨七枚を支払う。
「はい、一週間分ね。確かに受け取りました。皆も夕飯食べるかしら?」
「いただくよ」
「お腹すいたぁ~」
「食べるに決まってるじゃないですか!」
「………」
女将の先導で食堂へと進み、シノに手を振って調理場へと入っていった。
「そう言えば、シノちゃんはこれからどうするんだい?」
Fランク冒険者になったはいいけれど、『森の探索者』としては責任を負いかねるから、少しでも手助けになることがあったら行ってほしいとジムは言う。
「この村に留まるって言うのも一つの選択だぞ」
お金は子地位で何とかしようと思えばできるしな、と笑う。
事実、冒険者ランクがBを越えている者で放浪しているような者たちのギルドバンクにはかなりの貯蓄があるのだ。人ひとり養っても余りあるほどの金がある。
「たびしながら、さいしゅ」
「そっかぁ~、出て行く予定なのねぇ~」
面々は少し残念そうに呟く。
それからは自分から話そうとはしないシノに少しずつ話題を振りながら、今までも冒険者としての暮らしなどの話をシノに言って聞かせていた。シノも興味深そうに聞いているのだが、討伐ではなく採取に依頼が偏っている『森の探索者』の面々は、そんな話で喜んでくれるシノの様子に気を良くして口が軽くなっていく。
「あら。面白い話してるじゃない」
料理を持ってきた女将さんが合流したことで、『森の探索者』の失敗談も語られることになる。あーとかうーとか唸りながら、女将の話を聞く『森の探索者』たちは顔を赤くしており、シノの目線に精一杯目を逸らしている。
そんな楽しい、かなり遅めの夕食に声が割って入ってきた。
「おい! 『森の探索者』はいるか!?」
「あん? 俺たちだけど?」
「お前ら、ト………苔の採取依頼失敗って、どういうことだ!」
本来ギルドで受注した依頼については守秘義務が設けられており、成功か失敗かは公表されていない。それを知っているのは、基本的に依頼主とギルド、そして依頼を受けた冒険者のみとなる。
そして、冒険者の個人情報となる依頼達成状況は、知っていたとしても誰にも言わないと言うのが暗黙の了解だ。
宿の食堂で食事をしていた、というより飲んでいた連中の多くは冒険者だ。『森の探索者』という有名な高ランカーが依頼を失敗したという事実に驚き、それを言いふらした男の存在を覚えようとその一幕を見ていた。
「いきなりなぁにぃ~?」
「お前らが簡単な採取依頼を失敗したってギルド事務員から聞いたんだよ!!」
「簡単だと?」
「そうだろ? お師匠様曰く、森の洞窟の地底湖に生えてる苔らしいじゃないか! 徒歩でも一日で行ける距離にある依頼だぜ? 失敗する方がおかしいだろ!」
まだ若そうなその男は、『森の探索者』たち相手にそう言ってのける。
徒歩でも一日という発言は、彼が村の外へ行ったことがないのだということを裏付けている。確かに距離を考えれな一日で行けるだろう。だがここは山脈だ。明確な道があるわけでもなく、森の中には野生の動物たちが溢れている。
なんの警戒もせず、特に荷物も持ち歩かずに行って帰ってくるだけなら、往復二日で行けるかもしれない。そんな想像上の話が実現できるとは思えないが。
さらに言えば、洞窟にはトゥーラエがいたのだ。その脅威は会った者しか分からない。
「なら勝手に行けばいい。俺たちはお前の命まで保証することはできないけどな」
そう言って夕食に戻ろうとする『森の探索者』たちの座るテーブルへと駆けより、勢い付けてテーブルを叩いた。
「そうやって逃げるのか!?」
男の声は虚しく食堂に響いた。
誰もその男の声を聞いていない。
なぜか。
男の手が叩いたのはジムの目の前、つまりはシノの真ん前。
最初はその横、男が割って入った場所に女将が居たのだが、男が来た時点で問題が起こりそうだと判断し、そのテーブルを去っている。
テーブルに乗っていた食事の類は叩かれた衝撃で持ち上がり、またホカホカのスープがシノの頭から降り注いだ。
「シノちゃん!」
「大丈夫か!?」
慌てたのは『森の探索者』だ。
目の前で脅してきた男のことなんて、既に彼らの頭の中になかった。今あるのは、まだまだ幼い中貴族であろう両親に捨てられ、洞窟の中で愛馬と共に暮らしていた少女が、久々に人のいる場所に出てきてこの仕打ちを受けたら、どんな思いをするだろう、ということだけだった。
こんな年齢で人に見切りをつけたら、早死にするか、賊に身を落すか、そんな結末が簡単に目に浮かぶ。
「う、ん。へいき」
コートと鞄は隣の椅子に置いてあったから汚れることは無かったが、チュニックとズボンはそれなりに汚れて見える。
とは言え、ズボンは防水の術式が込みこまれている為、皺が寄っているとこに液体が溜まっているのにすぎないし、チュニックは蜘蛛の糸製なので染みた、とか汚れがついた、とかそういうことはない。ただ細かい隙間に液体が入り込んで染みたように見えたり、装飾の施されているところに液体が溜まっている、と言うのだ妥当だろう。
一番ひどいのは髪と下着だ。
「シノちゃん。いまタオルと雑巾持ってくるから、動いちゃダメよ」
「ごめんなさい」
「いいのよ、悪いのはシノちゃんじゃないから」
戻ってきた女将が見た光景が丁度シノが頭からスープを被る様で、とにかく火傷をしていなくて良かったと胸を撫で下ろした。子供用ということで女将がスープを常温に戻していなかったら、そのスープを被ったシノは火傷をしていたかも知れないのだ。
「が、ガキが。こんなとこで飯食ってるのが悪いんだ。とっとと家に帰りやがれ」
その場の空気が完全に男にとって不利になったことを悟り、男はシノに矛先を向ける。しかし、それが当たり前だったシノにとって、男の発言こそ当たり前で、女将の発言に驚いていた為、反応することができなかった。
「き、聞いてんのか!」
その男の声で我に返ったシノは、言われた言葉に返答する。
「わたしのいえはここ」
「はぁ?」
「わたしはぼうけんしゃ、じゆうをあいし、ひとにてをさしのべるもの」
「冒険者?」
「そう」
この言葉を聞いて固まったのは、食堂にいた冒険者たちだった。『冒険者たる者、自由を愛し、他人に手を差し伸べよ』その文句は過去冒険者ギルドを設立した偉人が言ったとされる言葉で、少なくとも属国を含めるシシラギア全土の冒険者ギルドの一階部分の天井に刻まれている言葉だ。
それを少女が読めたことに感心する反面、その意味を理解し、それを依頼主に言うことの意味に、冒険者たちは黙ってその様子を見守る。
「あなたはこまってない」
「んだと!?」
「あなたのししょうをしょうかいして」
「はぁ? ガキ、もうお前は黙ってろ。大人の会話に割り込んでくるんじゃねぇ」
そこへ女将が戻ってきて、たらいの中にタオルを浸して良く絞ってシノの髪を丁寧に拭いて行く。本当ならば風呂に入れたいと思う女将だが、この村の水は魔力を帯びてしまっているのでそう簡単に風呂は沸かせないし、水をかけることはできない。
しかも連れ出したくても、シノが宣言してしまったので、女将の一存でシノをこの場から連れ出すこともできなくなったのだ。
「あなたはまだ、ちょうごうしになってからいちねんにもなってないはず」
「な、なんだよ、いきなり」
「いちねんめでこけをあつかうわけがない。いらい、あなたがししょうのなまえをつかってだしたんじゃないの?」
『冒険者たる者、自由を愛し、他人に手を差し伸べよ』という言葉を基にした宣言を冒険者が他人に言うということは、その志をを侵略しているから、あなたが困ったときに差し伸べる手はありませんと宣言するものなのだ。
責任能力のない男の発言にかなり呆れていた冒険者の面々が彼の依頼を受けることは今後とも一切ないだろうが、シノは誰かが依頼を受けるということを無くしたかった為、その宣言を使ったのだ。
シノがそこまでした理由は一つだけ。
汚れていないと分かっていても、今シノが来ている服は、シノにわざわざ贈り物を選んでくれた優しい人たちの心遣いなのだ。それを汚されるというのは、シノにとって許せないものだった。
「はあ、その通りですな。儂は何も依頼しとらんのに、ギルドの職員が頭を下げに来て驚きましたわい」
「し、師匠!?」
食堂に入ってきたのは濃い赤髪を一つに結わえ、髭を短く刈り込んだ老人だった。見た目に反して、かなり快闊そうな瞳を持っていて、老人というのははばかれる印象を持つその人は、すっと目を細めて男を見ると、いきなり柔和になった目線で女将とシノを見ると、言う。
「女将、知らせてくれてありがとう」
「いえ、きっとあなたの所の子だと思ったからね」
どうやらこの話はすぐまとまるのかも知れない。
そう判断したシノは、ただ黙って女将に髪を拭かれることに徹することにした。
女将に下が付いているかって?
そんなことはきにしてはいけないのだ!
女将は女将であり、女将であるのだ!
(結局なんなんだ………)
一時間後に更新します。




