22 思うところ
シノは一切出てきません。
読み飛ばしてもまあ、平気です。
一章の最終話! 二十六話、始まります!
シノが旅立ち、ガラムはいつも通りの朝を迎えた。
シノがいようと居なかろうと、町はそのまま動き続ける。
シノにかかわった人々を置いて、町は動き続けていく。
□■□■□
昼過ぎ、西通りにある散髪屋に新しい客が訪れる。
「おい! なんでこないんだよ!!」
少年と、その後ろに笑みを絶やさない女性が一人。
「なにか用でしょうか?」
舌打ちをこらえながら、笑顔でエイファは接客をする。
「おれのもの、かくしたのはあんたなんだろ!?」
「もの、と言われましても………」
それがシノのことを言っているのだとは分かるが、そうとは答えたくないエイファ。後ろの女性が口を出すまで、ただをこねるアキにエイファは黙って笑っていた。
「確か、シノという名前の少女がここに泊まっていたとか。私たちはその少女と約束をしていたのですけど、時間になっても来なかったのです。だから迎えに来たんですけど………」
「そうだったんですか。でもシノちゃんはお母さんと一緒に家に帰りましたよ」
笑顔の応酬におびえる他の男性客。
「かくしてるんだろ!」
雰囲気なんて気にしないタクの発言に、エイファの額に青筋が浮かぶ。それでも笑顔を絶やさないのは仕事柄だろうか。
「隠したとして、何の得があるんです?」
「そうやっていうってことは、しってるんだろ!」
この子供は、一体何を聞いているのだろうか。
昨日の一件を聞いているエイファにとって、アキはシノの害悪でしかない。確かにシノに近づけたくないと言う思いがある限りは、現状を知らせないというのは十分隠していることになるだろう。
が。
行先は知らないし、この町にいないのも事実、特に隠しているわけではないと言えるのだ。
「シノちゃんは母親と町をでました。それ以上もそれ以下も知りません」
客から町中に、「シノは母と町を出て行った」という情報が駆け巡る。
その知らせを聞いて一番安心したのは情報屋だろう。これからはこき使われることなく、一般の依頼ばかり受ければいいのだから。
□■□■□
同じく昼過ぎ。
材木屋に木を卸したタクは、アルテが居る孤児院に来ていた。
「え? シノが町を出て行った?」
「おう、昨日の夜中にな」
二人は水の入ったコップを持っている。その脇にはお茶があるものだから、孤児院の子供たちはその少し不思議な光景に首を傾げながら、アルテがとってきた手仕事に戻る。
一定の年齢の子供たちは外に働きに行くが、そうでない子供はこの時期はずっと院内に籠っていた為、アルテとタクで出来ることを探したのだ。
「次はいつ来るんだろうな………」
いつもなら去る前に一言あると言うのに、今回は無かったことにすこし残念に思いながら、タクはコップに集中する。
「ん? 旅装だったけど、毎回そうなの?」
「そうだな………今回はかなり長い滞在だったけど、短い時は三日とかしかいない時が多いよ」
「ふーん………真っ黒い馬に乗って夜中に一人で駆け出してったから、どっか遠いところに行くのかと思ったけど、違うんだー」
「え?」
「ん?」
タクのコップから水がこぼれる。
「クロに乗って行ったの!?」
「お、おう………真夜中に、まるで人目を忍んでるみたいだったぜ」
「………」
「どうしたんだよ」
タクは、シノからこう言われていたのだ。
「「馬に乗って抜け出したら戻ってくることは無いと思う」って………前にシノが言ってたんだ」
「あー」
タクは、シノが屋敷で冷遇されていたことは知らない。
シノと会ったのも、森の中で偶然だったし、シノの身の上話だって、シーブが親方に話した設定しか知らないのだ。
「もう、会えないかも知れないんだな」
シノがどこに住んでいるかも知らないことにタクは驚き、聞いておけば良かったと後悔する。
「ああ、でも。「またね」って言ってたぜ」
正確には言わせた、だが。
そんなことはアルテも言わない。
言っても誰の得にもならないからだ。
「そっか………」
タクの表情が少し軟化したところで、アルテはほっと息をつく。
「アルテ、アルテ? いる?」
「うん? どうしたの?」
「いや、タク君にお客さんが来て………」
「タクに客?」
「俺?」
孤児院に一人の女が訪れた。
「こにゃにゃちわ!」
「は?」
獣人の一種である猫人がそこに立っていた。
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でっぷりとした腹が揺れる。
床に飛び散った、花瓶だったガラス片がキラキラと輝いている。
高かったのに、もったいないと内心考える執事長エヴァンスは、目の前で真っ赤になって怒り続ける主人を見つめていた。
「なんであれがいないんだ!」
水浸しとなった床を拭く者はいない。
挿されていた花は窓から外へと飛んで行った。
「旦那様、ご自身で仰られたではないですか。出て行け、と」
「俺が、そんなこと、言う訳がないだろう!」
ドスンと音を響かせながら、革張りのソファーへと勢いよく腰掛ける主人。
しかし怒りが収まらないのか、足は休みなく動き続けている。
「あれは、ここで使いつぶしてこそ意味があるんだ! くそっ、なんでだ」
「旦那さ」
「出て行け! この部屋から出て行くんだ!」
「分かりました」
エヴァンスは躊躇なく外へと出る。扉を閉めてすぐに聞こえてきた破壊音にため息をつきながら、懐からシノ特性の胃薬を出して厨房へと向かう。
「エヴァンス」
「メティ………」
そこには既にシーブとメティオノーラがいて、厨房の料理人は総じて顔を青くしながら仕事をしていた。
「ほれ、水だろ?」
「ああ、ありがと」
シーブが手渡したコップに口をつけ、一気に飲み干す。
「現状変わらない。異常と言えば異常だな」
今朝、まだ早朝と言っていい時間に起きた主人は、シノが居るはずの小屋に突撃し、朝一番になぜシノがいないのか、と怒声を張り上げ使用人たちを起したのだ。
その行動自体ありえないと言えるのだが、
「変わらないですか………流石にあの言動はおかしいですからね」
「だなぁ………嬢ちゃんが出て行くことに大賛成! って感じだったろ、昨日は」
正門から静止を振り切って押し進んだ主人の怒声を、屋敷の使用人のほとんどが聞いているのだ。
怒声を聞き、シノへの暴行をその眼で見て、使用人たちはそれぞれが持っていた、感謝の証をシノへ渡す為に準備しに駆けずり回ったのだから、まず聞いていない者はいない。
「なにか無かったんですか?」
「今回のエビュリーズ行きでか?」
「ええ、そこで何かあったとしか考えられないじゃないですか」
いきなり帰ってきて、静止も聞かずに暴走した原因なんて、旅行先で何かあったからとしか思えない。
「って言われても、俺は奥様たちと共にセーフハウスにいたんだぞ? 知るわけないじゃないか」
「いや、おまえ本邸から報告書貰ってるだろーが」
「あ」
本来本邸に一家全員で行くはずだったのに、主人の息子のカールが体調を崩したということで、エヴァンスは隣に建っているセーフハウスで主人の帰りを待っていたのだ。
「で、報告書に破損報告とかあったんじゃないですか?」
「あー確かにあった。………クリュエル様の誕生日会で酒瓶を割っている、それも控室で」
「多分それだな」
「そこで何かあったと考えるのが妥当ですね」
報告書とは言っても、それは書面に書かれた物ではない。
エルドワ家の執事は記憶力の良い者が選ばれる。それは、表沙汰にできない取引を大旦那の側で聞き、書面にできない事柄に全て対応して見せなければならないのだ。
エヴァンスは、本家の執事から、全ての報告を受けて記憶しているのだ。
「だけど………酒瓶を割った以外に問題は無かったぞ」
「うーん」
「本邸で酒瓶を割るなんてこと、普通はしないと思うんですけど………」
彼らを基準にするから劣ったと思われている主人だが、実はそんなに悪いわけではない。豪商としての才能はないものの、普通の商人よりは才能があるのだ。シノが世話をした馬があまりにも表に出てしまっているが、それ以外にも彼は実益を出して居るなど、シノ以外の点においてはそれなりに有能だったりしたのだ。
それが、自らの傷になる可能性のあるシノを簡単に手放すなど、選択するはずがないのだ。
本来であれば。
「その時に何かあったとしても知ることはできないな………」
「まぁ、今回のことはこれで良かったとしよう」
「そうね」
シノが無事町を出たようで一安心。それが三人の共通認識だ。
■□■□■
孤児院を出たアルテは、家に帰り、手仕事をする。
「親父、聞いた?」
「シノか」
「早いね」
「………言ってみろ」
まだ何も言ってないんだけど、と苦笑するタク。
親方は木彫りをしていたナイフを脇に置き、タクの目を見つめる。
「………俺さ。少しは頼られてるって思ってたんだよね。でも、シノは俺に何も言わずに出て行っちゃってさ」
「………」
「ちょっと、さ」
タクは覇気の無い笑みを親方に向ける。
親方はシノの身の上について、シーブからしか聞いていない。
聞いていないが、シノの母親らしき人物と共に一時旅をしたことがあった。シノに直接話を聞いたわけでは無いが、顔の造形から、きっと母親だろうとあたりを付けたのだ。
そして、違和感を持った。
シーブが姪だと紹介してきたのにも関わらず、シノへの態度は親族に対するそれではなく、拾った愛玩動物にたいするそれにしか見えなかったのだ。精一杯愛情を注いでいる、という言い方もできるが。
「親父、将来のことなんだけど」
「………」
「………冒険者になって、旅をしたいと思ったんだ。正式な冒険者として認められるのはDランクからだけどさ、それで旅をして、シノを探したいんだ」
「………お前の人生だ、好きにしろ。止めはしない」
まっすぐ見てそう告げる親方。
それをタクは受けて苦笑する。
止められないことは分かっていたが、親方の目は、冒険者の先輩としてこれから沢山教えてやろう、と語っていたのだ。
「そうだね、俺もっと頑張るよ」
「おう」
「でさ、奉公の話なんだけど、行商人に奉公してみようかなって思ってるんだ」
「………難しいだろうが頑張れよ」
「ああ。頑張るさ!」
タクと親方は笑いあい、手仕事に戻る。
手を動かすことでシノのことを考えないようにしていたタクだったが、そんな器用なことができるはずもなく、親方に頭を叩かれ作業を中断するまで手元がかなり危うかった。
□■□■□
夕日によって町が橙色に照らされた頃、子爵家の子供部屋に二つの影が動いていた。
「あの娘、町から消えたってな」
「無事に逃げてくれるといいけど………流石にもうアキに捕まって欲しくない」
「そうだね」
表向き自宅謹慎中となっている彼ら少年二人は、ボードゲームに勤しみながら、使用人が町で仕入れてきた情報の共有をしていた。
「そう言えばあの殺されたメイド、どうなったか聞いたか?」
「行方不明、だろ」
「そうそう。あの家から何人行方不明者が出るんだが。父様も辟易してたよ」
地下で何か、人に言えない実験でもしているんじゃないか、と思えるほどの行方不明者数。それほどに、男爵家の使用人の多くが行方不明になっていた。
理由はあえて言わない。問う必要もなければ、分からない訳でもないからだ。
「俺たちは侯爵様の所に戻って奉公だからまだ救われたな」
「こればっかりはな。家が子爵で本当に良かったよ」
「ただ、アキも来そうだよな………」
「それでも俺らは十五になったらスコルダスに行けるし」
「前途多難だな………」
二人そろってため息をつく。
今年で十歳になるこの二人の子爵家の息子たちは、春から侯爵の下で奉公することが決まっている。この町から離れられるのだ。
そして十五になれば、学園都市国家スコルダスにある貴族院に入学が決まっている。
「この町での次の標的は、あのタクってやつかな?」
「あれで八歳とは思えないけど、そうじゃないか? それ以外に年齢が近いのって普通の町民か孤児院のだろ」
「かわいそうに。………あ、王手」
「うそっ!?」
「ホントー」
二人の間に流れた重い空気は流れ、一人は頭を抱え、一人は誇らしげに笑う。
次の勝負を挑む頃にはまた新しい話題に移っていた。
□■□■□
同じころ男爵家では、すげなくエイファにあしらわれていたアキと、その後ろにずっと付いていた女性が帰ってきていた。
「なあ! おまえがこのあいだおしえてくれたまじゅつ、つかえねーじゃん!!」
ここに居るのは魔術師の師弟、という関係のはずなのだが、アキに礼など存在しなかった。
「訓練が必要だと言ったはずです。そう簡単にできるようなものでもないのですよ」
「おれは『ゆうしゃ』だから、なんでもできるはずなんだ! おまえのおしえかたがわるいんじゃねーのか!?」
礼を欠いたアキの発言など、女性は気にしていなかった。
彼女は子供にひたすら興味が無かったのだ。子供なんて駄々をこねるだけでうっとおしい邪魔な存在、それが彼女の子供にたいする認識だ。
しかし、彼女が興味をもった存在が一人。
まるで子供らしくない、冷めた表情と、見渡す目をもった少女。しかしその少女は、なぜか探索系の魔術に反応しないのだ。今この町に居るかどうかさえ分からない。
「ほら、基礎の基礎から練習しなさい。そうすれば保有する魔力の量も増えて、大きな魔術も使えるようになりますよ」
右から左に受け流していた会話を終わらせるために、そう提案を持ちかける。
「ほんとうだな! ならくんれんしてやろーじゃないか!!」
アキは訓練と言う名の、対人実験に向かう。
今日も多くの犠牲者が出ることになるのだろう。
本来大規模な魔術は精密な魔力操作ができるようになってからしか教えない。しかし彼女は、アキにそれを教えなかった。もともとアキは普通では考えられない程の量の魔力を抱えていて、力任せに大魔術を使えるから、特に必要ないと考えて、と言うのは建前で、精密操作を教えるには師弟の信頼関係が重要で、個人の才能に依存する為大抵面倒なのだ。
「あの店主が加護でも付けたのかしら?」
アキが部屋を出て行ったあとに思ったこと。
彼女が目の裏に浮かべるのは、こちらを見て強制的に魔術を遮断して見せた女性店主。今度は一人で行ってみるのもいいかもしれない。
「いい実験材料に、なってくれるといいのだけど」
誰も居ない部屋で彼女が零した微笑みは、人を凍りつかせるような残虐性に満ちたものだった。
■□■□■
シノが居なくなったことでかなり落ち込んでいたエイファ。
「はーいっ! 今日の営業はおっしまいっ!!」
最後には一言ぐらい言いたかったのだ。
精霊は、自分の好きな者に情報を与えるが、自分の好きな者の情報を他人には与えない。精霊魔術を扱うのでもっとも重要ともいえる精霊視のスキルを持っていないのに好かれるというのはかなり珍しいことなのだが、シノは精霊に好かれている。エイファがシノのことを知ろうと思えば、直接会いに行くか、精霊の目を借りて直接遠くの風景を見る『精霊の眼』という精霊術しか方法はない。
「いつかまた、会いたいなぁ………」
せめて最後に一言言いたかったが、自分が行ってしまえば、町民はシノがあの屋敷に居たということを勘づい入てしまうかもしれないし、シノに追手を差し向ける切っ掛けになってしまったかも知れない。
頭で分かってはいても、それを是とはできなかったのだ。
「はぁ………」
「おーい、飯出来たぞ!」
旦那であるシーブの呼ぶ声で、無限ループから這い上がるエイファ。自分よりも辛いはずの旦那があんなに明るく振る舞っているのだから、私が沈んでいるわけにはいかないと気合を入れ直し、夕飯にする。
その日の夕飯の献立は『からあげ』という料理。
「これさ、嬢ちゃんが発掘した料理なんだ。美味いだろ」
「え………」
「いや、嬢ちゃんが居なくなったって聞いて、寂しそうにしてたからさ」
いつの間にが自分より料理が上手くなっていた旦那。
「もうっ、余計なお世話よ………」
少し塩っ辛くなってしまった料理を掻きこむエイファ。
「おいしい」
「だろー」
この時ばかりは、いい意味で空気を読まない夫で良かった思った。暗に励まそうとしている、かなり不器用な夫に苦笑しながらも、嬉しく思うエイファだった。
それから彼女は『精霊の眼』の取得にのめり込んでいく。
□■□■□
雪が降り続ける。
降り積った雪はすべての跡を消していく。
まだ冷気は去っていない。
北の山。
「うそだろ………」
偵察に出ていた騎士団。
彼らが聞いたのは、風に紛れた魔物の鳴き声。
「ヤバいっ」
「逃げろ! なんとしても情報を伝えるんだっ!!」
吹雪を身にまとったその魔物の目が騎士団を射抜く。
町へ訪れる不吉は、まだこれからだ。
□■□■□ → 視点が変わります
■□■□■ → その視点、時間軸が終了します
って意味でつかってます←今更w
次は二章第一話です、明日更新できればいいが………




