20 追放と解放
長かった一章もそろそろ終われる………
二十四話! はじまります
そろそろ日が完全に沈むだろう時間、アルテはスラム街へと帰り、シノは屋敷へと帰っていた。
そして、シノが帰ったとき、屋敷の中は、主人不在とは言えない程ばたついていた。
「そちらの幕を用意しなさい。色は分かっていますね?」
「はい!」
「そこ! 花の並びが違います。植え直しなさい」
「ご、ごめんなさい!」
「家政婦長! これでよろしいでしょうか!」
「良いでしょう。次の仕事に移りなさい」
シノは手伝えることはないと判断し、厩舎へと向かう。
そこだけは出て行ったときと同じ状態で、シノはクロの側に寄り、仮眠をとることにした。
「シノ。シノ、起きてください、話があります」
厩舎でシノは揺り起こされた。
目の前にはいつも通りのメティオノーラがいる。
厩舎の上部にある窓の外を見ると、空は既に暗く染まり、火が沈んで少し経っているのだろうということが分かる。
「おはよう?」
「はい、おはようございます。半月後、旦那様たちが帰ってくることは分かっていますね?」
シノは頷く。
この屋敷に仕える者たちにとって、己の命を握っていると言ってもおかしく無いくらい危険な屋敷の主人だ。帰還の日程位、新人の奴隷でも頭に入っている。シノが知っているのは戦々恐々としている彼らがかなり頻繁に確認しているからだ。
そして、帰還予定半月前の今日から三日間は、遠方から帰ってきた使用人たちによるどんちゃん騒ぎが行われるハズだったのだ。
それだというのにあまりにも静かで、あまりにも慌ただしい屋敷内にシノは首を傾げる。
「今日、エビュリーズから鷹が届きました。差出人はエヴァンス。内容は、帰還が早まりそうだ、ということ」
そう言って、メティオノーラはエプロンのポケットから、かなり小さく折りたたまれた後のある紙を取り出し、シノに渡す。
―――すまない、こちらで騒ぎがあり、旦那様がかなりご立腹だ。帰還が早まる恐れがある。なるべくゆっくり帰らせる予定ではいるが、それでもどこまでできるか分からない。迷惑をかけるようだが、いつでも旦那様が帰れるように支度をお願いしたい。
そう、几帳面な、執事長であるエヴァンスの文字で書いてあった。
シノが読み合わるとほぼ同時に、一抱えありそうな鷹がガラスのはめ込まれていない天窓から入ってくる。鷹は器用に柱を避けると、いつものようにクロの背に乗り、毛づくろいを始める。
「いらっしゃい、ティエリア」
ティエリアと呼ばれた鷹は、シノと数秒見つめ合うとまた毛づくろいに戻る。
シノもその数秒で何か通じるものがあったのか、目線を手紙に戻すと、綺麗に折りたたみ、メティオノーラに返す。
「本題ですシノ。あなたに関してですけど、いつ旦那様が帰るか分からないので外に出ていくのを許可することはできません。了承してもらえますか?」
メティオノーラからしてみれば、シノの久しぶりの普通の生活を打ち切る、ということであり、いつ来るかもしれない日常に首を晒しまっていろ、と命令するのと同義なのである。だから、許可、なんて言葉を使うし、その顔はものすごく申し訳なさそうだ。
「ん」
対するシノは、後でなんとかしてシーブに話を通さなくては、と考えている。
日常に戻ることについて、シノは別になんの感情も抱いていない。普通の生活に戻るだけのことなのだから。
しかしながら今日森で受けた口約束。貴族からのものである限り、それを無視するとしたらどんな被害が来るか分からない。しかもその被害をこうむるのは、シノと関わっていることが対外的に知られている、エイファの経営している散髪屋だろう。
「めんどう………」
メティオノーラはまだ仕事があるから、と紙をポケットにしまい厩舎を出て行った。
静まり帰った厩舎の中で思わずそう呟いてしまったシノは、目線を感じてその方向へと顔を向ける。真っ黒なクロの瞳と、金色のティエリアの瞳が、じっとシノを見つめていた。
動物と直接言葉が交わせるわけでもないシノでも、仲良くなった動物たちの思考ならなんとなく分かるのだ。クロは「一緒にどっかに行こう?」と言う目を、ティエリアは「逃げればいいじゃん」とでも言ってきそうな目に、シノはほんわかとした気持ちに包まれる。
「ひとは、そうかんたんじゃない、から」
シノがそう言うと、ティエリアがクロの背から飛び上がり、シノの足元へと着地する。跳ねるようにして近寄ってきたティエリアに手を伸ばし羽をなでる。
クルクルと気持ちよさそうに目を細めて鳴くティエリアと、それを羨ましそうに見るクロ。
そんな少しだけ幸せそうな雰囲気は、正門の方から聞こえてきた怒声にかき消された。
「おい! あの魔女の子供はどこだ!!」
しかも、そこの声の主は止めようとする声を振り切りどんどん近づいてくる。
一番早く行動したのはティエリアだった。ぐいっと首を伸ばし、シノの頬に頬ずりすると、大きく翼を広げて天窓から出て行く。
早すぎる帰還にシノは少し戸惑いながら、クロの鼻先を撫でた後、小屋に戻りぼろい服に着替え終えたところで、怒号が扉の前で聞こえた。
数秒後、シノの体は空中に舞っていた。
「お前のせいで、この私がっ、どんな恥をかいたかっ! 知っているか? あ゛ぁ?」
肥えた腹をゆすりながら、投げ飛ばされ地面に転がったシノへと近寄る男。
その周りに人はおらず、観客である馬はどうしたものかと右往左往している。
そのたった一頭の馬をみて、シノは叔父様が怒りにまかせてたった一人でここまで馬を駆ってきたのだろうことが分かった。
普通なら馬車で三日。休憩もはさむならば五日はかかる道中を、たった一頭で、しかも一日で踏破したのだろう。シノが約一年間育てた馬たちにとっては造作もない速度と距離だが、普通は実行しない。
「………ごほっ」
小屋から受け身をとる間もなく地面に叩きつけられれば、咳き込むだけで済むわけがない。しかし治療院で快癒結界に入っていたシノは、その威力を殺すことに成功し咳き込むだけですんでいる。
「向こうの商人たちに、私はなぁ馬鹿にされたんだぞ? 商人ではなくっ馬飼いの方がお似合いだとなぁっ!」
シノを、その超えて重くなった足が容赦なく蹴り上げる。
□■□■□
エビュリーズで開かれた、上の兄の娘、クリュエルの誕生日会。
商業国家であるディルエバースにとって、豪商である実家のエドワルは上級貴族と同等に扱われる。その直系の子供の誕生日会と言ったら、腹黒い商人たちが蔓延る魔窟と化すのと同時に、貴族らしい煌びやかな場にもなる。
「随分と良い馬に乗ってらっしゃるんですね」
そう声をかけられるのも当然だ。
なにせ、最近じゃ上級貴族からも馬の注文が来るくらいだ。
「ええ。良い稼ぎになっていますね」
「あなたの馬は、軍馬のような体躯と農耕馬のような持久力を持っているとか」
「はい。あながち間違いではありませんね」
新しい顧客か?
馬の世話はあのただ飯食らいの娘と奴隷がやっているから、なぜあんなにも丈夫な馬になったかは分からない。
こういう会でも堂々と注文をとれるようになって少し誇らしいな。
「注文ですかな? この会は我が姪の誕生日を祝うものですので、後で伺いますが………」
「ああ、違います」
「と、言いますと?」
「いえ、どうすれば馬飼いの才能に恵まれるかと気になったもので」
にこっと笑ってそう言う男。
確か執事が押し付けてきた資料の中に顔があったな。同業者なのに、何が言いたいんだ?
「もしかして」
耳元に相手の男が近寄る。
俺は三男だから、必然的に話しかけてくるのは兄を僻む連中か、本当に商品に興味のある連中ばかりだ。すこし辟易しながら、きっと兄の悪口を遠まわしに言うだろう男の言葉に耳を澄ませる。
「魔術でも使って強制的に改造でもしてらっしゃるんですか? あまり進められたことではありませんよ、そう言うことは」
「!?」
嗤われた。
直ぐに分かった。この男は、俺の商品を貶めに話しかけてきたのだ。
こういう場でつるし上げる為に。
「馬飼いになるのでしたら、質素な服を新調いたしますよ? あなたの体系にあった相応な服を」
そう言って体を放す男。
上の兄のように容姿が良いわけでも、下の兄のように勉学で秀でているわけでも、増してやこのエドワル家の後継者にもなれない取り替え可能な立場しかないが、この男は、俺の存在そのものを嗤ったのだ。
「では、失礼します。入用の際は私の店を御贔屓下さい」
「………機会があれば」
男は別のグループの輪に入り、何かを放しては笑っている。
こちらをちらちらと振り返るあたり、俺を笑いものにしているのだろう。殴り飛ばしたいが、こんな場所ではできない。それ相応の理由が無ければ、殴ることさえ出来ない。
「どうした? 新しい商談でも成立したか?」
「………兄上」
「次男のくせに俺は商才が無いからな。お前の才能が羨ましいよ。兄上も、ガラムの業績向上に喜んでいたよ」
「………そうですか」
勉学ができるだけの兄。羨ましいだって? 俺は三番目だからあんたと比べられて、それはもう酷く言われ続けていたが、羨ましいだと?
ガラムの業績向上って言っても、家の名を使って、慈善事業してる上の兄が本店を経営してるんだから、そういう結果にもなるさ。こいつも笑いに来たのか?
「そう言えばお前のとこの坊主どうした? クリュエルが主賓なんだから連れてくると思ったんだが」
「………しょうしょう体調を崩したみたいで、夜の親族会には出させます」
「そうか。大きくなったんだろうな。俺も結婚したいなー」
「兄上、少々出てまいります。すこし考えたいことがあるので」
「おう、頑張れよ」
裏に引っ込む。
感情を抑えられる自信が無かったのだ。
廊下を通って、割り当てられた部屋に向かう間、通りがかる使用人は俺を見て頭を下げる。当然だ。なんせ俺はエドワルの直系。三男とは言え、この家に仕える者が表面的には頭を下げなくてはいけない立場にいるんだから。
「ねえ、ここの部屋って、あのデブの部屋でしょー」
そう声が聞こえたのは、俺の部屋から。
「こら、そう言うこと言わない」
「えーだって、旦那様はあんなにスマートで王子サマみたいな顔で、上の弟様は切れ目がカッコいい秀才でしょー、で下の弟があれじゃあ………」
「思っても声には出さないの」
「なんでー? 本当のことじゃん!」
言ってくれる。
「あ! そういえば、あれの執事さん、かっこよくなかった?」
「執事? エヴァンスさん?」
「え!? 名前知ってるの?」
「だって、メティオノーラさんの同期の一人でしょ。彼も有名よ?」
これはどうでもいい。
「メティオノーラさんかー、あの人、旦那様の側仕え筆頭だったんでしょ? なんで左遷なんか………」
「まぁ、もう二度と本家には戻れない弟様へのせめてもの計らいじゃないかしら」
もう
聞いていられなかった。
頭の中で、同業者の馬鹿笑いが響く。
「私の部屋の掃除かな? もう十分だから出て行くと良い」
「は、はいっ」
「も、申し訳ありませんでしたっ」
にっこり笑ってそう言えば、顔を引きつらせて出ていった。
何が申し訳ないんだろうね? 使用人の教育がなってないな、兄上は。
手元の鈴を鳴らし、エヴァンスを呼び出す。
「………扉をお閉めいたします」
言わなくても察する能力に関して、エヴァンスとメティオノーラはかなり優秀だ。兄上はコレを俺に押し付けて、自分は当主の座に収まろうと言うのか。
何とも腹立たしい。
棚に飾られている高級そうな酒を一本取り出し、敷かれている高級そうな絨毯に打ち付ける。
「………破片をお取りしますので、あちらのソファーにてお座りになってお待ちください」
エヴァンスは何も言わず、床へ這いつくばり、絨毯から破片を一つ一つとっていく。
本来主従はこうあるべきなのだ。俺は上から見下ろせばいい。
エヴァンスが破片をとりきり、入れてくれた紅茶はとても美味しかった。あの庶民の料理長が作るものに比べると、何もかも見劣りしてしまうが、このぎすぎすした雰囲気で飲む酒よりもうまい。
「あら、叔父様。いかがしたんですの?」
「クリュエルちゃん」
幸せに浸っていたのに、とんだ邪魔が入ったのもだ。
この空気の読まなさは兄上譲りだな。
「すこし、考え事があってね。何分、私は地方の商売を請け負っているから」
すこし考えているそぶりを見せながら、そう言う。
「そうなのですか………私は商売についてまだよく分かっていませんけど、兄や父はいつもこう言ってますわ「腫瘍を排除してこそ大勢が決する」と」
そんなことを兄上が言うはずがない。
あのお気楽主義がそんなことを言っていたら、きっと王室御用達の称号を奪われることにはならなかったはずだ。
「悩んでいることがどういうことかは分かりませんけど、しこりそのものを切り取れたら、悩みは軽減すると、私は考えます」
特に何も考えていなかったが、腫瘍の切除か………。
「助言ありがとう。ほら、早くパーティーに戻りなさい。主役がこんなところにいたら、折角来てくれた皆さんが悲しんでしまう」
「もう! それは言いすぎですわっ。ふふ、失礼しました」
笑って話しかければ、何とも素直な反応を示す。
このエドワル家も終わりかも知れないな。
「馬………腫瘍………ならば」
俺が嗤われているのは、家族のこともあるが、疑われる原因は白魔女か?
妻の姉が白魔女だったな………なら、あの汚らわしい娘が、俺の嗤われる原因か?
ならば、この俺の、この苛立ちは。
「旦那様?」
「会場に戻る」
「いってらっしゃいませ」
やはりあの娘にぶつけるべきなのだろう。
■□■□■
シノの体に、容赦なくけりが食らわされる。
「お前は消えろっ! 二度と俺の馬に手を出すなッ!!」
最後に踵でシノの腹を踏みつけると、屋敷の主人は大股で本邸の方へと歩いていた。
シノは、目まぐるしく変わる状況についていけないながらも、もうこの屋敷には居ることを許されないのだと、なんとなく理解する。
痛む腹を押さえながら小屋へと入り、藁の中から、藁に見えるように偽装した母親の手記を一枚一枚取り出し、この屋敷から出て静かになったら、また一冊の冊子に戻そうと、そう思いながら、取り出し広げて重ねていく。
「シノ嬢! 居るかっ!!」
小屋を壊すような勢いで扉を開けたのは、エビュリーズに居るはずの執事長エヴァンス。
どうやら彼も単騎で駆けてきたらしい。
「………どうしたの?」
「いた、どうしたの? はこっちの台詞だっ! そんな顔で………」
今シノの全身は、暴行の影響で所々紫色に変色している。
「それより、何してるんだ?」
「でていけっていわれたから、じゅんび」
「はぁ!? 言われたのか」
「ん」
「………そうか。なら何が欲しい? 何か欲しい物はないか? せめて餞別くらいは渡させてくれ。何せ俺の命の恩人の門出なんだから」
「?」
振り返らずに話していたシノが見たのは、玉のような汗をかき、すこしくたびれた執事服を切る、悲しいという感情を目にたたえたエヴァンスだった。
汗が頬を伝っていく様は、まるで涙のようにも見える。
シノは、なぜそんな目を向けられているのか分からない。ここから出て行くことに喜ぶか、それによる弊害を考えて起るか、それしか向けられられる感情は無いと思っていたのだ。何に悲しんでいるか、全く分からない。
「欲しくない、なんて言ってくれるなよ」
「………やえいセットとパン」
「ならクロをつけよう。まだ行くなよ! 今からシーブとメティに話してくるからっ」
そう言って走って消えた。
別に出て行けと言われたものの、屋敷の主人がここに来るまでに出て行けば問題ないので、シノはそのまま出立準備を続ける。
この屋敷でお世話になった二年間を思いながら、シノは痛む体を動かして、準備を続ける。
何も見えないくらい真っ暗な小屋の中、シノは見えているのか、ゆっくりと動いていた。
シノちゃんがここを逃げ出す理由は、まぁ、後々書けるかな?
もう少し、もう少しで一章が終わるんだ!
明日更新するさ




