15 ダイアモンドダスト
毎年GWに雪山登ってるんですが、いまだにダイアモンドダストに当たったことがありません。樹氷ならよく当たるのにね。
十九話、始まるよ!
二十九日が経ち、治療院ではシノへ、質素ながらも盛大なお別れ会が開かれ、その翌日、一月ほど馴染んだ治療院を出ることになった。
「シノ、タクに宜しく言っといてくれ」
「ん。ばいばい」
治療院、というか教会の一部である孤児院からも、シノを見送る為に、何人かが眠い目を擦りながら、朝早いと言うのにシノを送りに治療院に来てくれていた。
男爵の息子であるアキは、三十日間治療院に近づくことを領主命令で禁止されているので、タクの所に行って問題行動をよく起こしており、孤児であるアルテは、タクに会いに行くことを止められていたのだ。
―――なぁ、タクっていくつなの?
と言うアルテの質問に
―――みっつうえ
と言うシノの答えにアルテが絶句したのは記憶に新しい。
アルテから見て、同い年くらいだろうと思っていた少年は、なんとアルテよりも五つほど年下だったのだ。
身長の高さと力量、それに喋り方まで同い年、いや年上かもしれないと思っていたアルテにとって、まさかの年下という情報は少々きつかったようで、立ち直るまで数日を要した。
あの一件から暇さえあれば孤児院の裏手でボロボロになって剣として使い道のない鉄の剣を振り続け、毎日のように鍛練を続けているアルテはなんとなくがっちりとした体格になってきている。
その後スラム街の平和を背負うように成長するのだが、まだまだ先の話だ。
「シノちゃん、おかえりなさい」
「嬢ちゃんお帰り。家まで帰ろうか」
治療院を出たところで、シーブとエイファ夫妻が出迎える。
こんな朝早くに、とは思うが、アキが治療院に出入りできないのが三十日と決まっている為、タクの周辺で起きた少々面倒な出来事なども頭に入れ、絶対に屋敷から出てこないだろうとされる最終日の朝早くにシノを迎えに来たのだ。
家と言っているが、もちろん帰る先は屋敷。
シーブの家が散髪屋を営んでいて、それが男爵側に特定されている以上、屋敷が一番安全なのは仕方ないとはいえ、シーブはやるせないと思うのを止められない。
「まって、おれい」
シノは治療院の方へと振り返り、空を指差す。
「『“Aqua” manera apparet mutari mea. Diamond pulverem. 』」
シノの指が空を指しているのを見た見送りの人々。
何事かと空を見上げた彼らの目には、まだ暗い空が写る。
うっすらと昇ってきた太陽が町を照らし始めると、その効果が表れた。
「うわぁ!」
「綺麗だ………」
シノが指差した空から、雪ではないキラキラしたものが漂いながら降ってくる。掴めるところに降りて来る前に消えてしまうが、それはとても綺麗な光景だった。
「ん、ふたこと………だめ、だ」
しかし、シノは空を見上げなら不満顔。
シーブはその様子に苦笑する。
あの時の雷光が走る前に無闇に広がった魔力と、同じ現象がシノから発せられていたが、それが形になったときの繊細で精密なシノの魔力は、幻想的だった。まだ慣れて居ないから必要以上の魔力を強引に外に放出して現象を形作っている感はあるが、魔力の操作に慣れたら、一体どれだけの魔術師になるのだろうか、と苦笑するしかないシーブ。
今は滝の周りに立ち込める霧からコップ一杯分の水を人力で集める程強引な方法を取っているが、最善は滝つぼにコップを浸して水を汲む方法だろう。それをシノがいつできるようになるのか。そう遠くない未来だろうと夫妻は考える。
「お疲れ。おんぶするよ、ホレ」
シーブは腰をかがめて、シノに背中を向ける。
シノも遠慮せずにシーブの肩に捕まり、魔力枯渇でふらふらしながら、なんとか背筋を正して治療院に手を振った。
□■□■□
シノが使った魔術が効果を及ぼしたのは、治療院を中心に中央広場を覆うぐらい広かった。
効果は、シノの指先を始点に波を描く様に広がったシノの魔力が空気中の水分を急速に凍らせ、もろく細かい氷の粒をつくり、高山で稀に見られる現象をまねたものだった。寒い時期だからこそできたことであるが、その現象は繊細な現象は、見る人の心を惹きつけた。
「まさか、あのレベルの使い手がいるとはな………」
そう呟いた女は、あの規模で同じ現象を起せるか? と問われば、無理だと答えるだろう。物理的に起こすこと自体はそう難しくない。しかし、シノがやってのけた魔術は一定時間効果を持続させているのだ。
彼女の知る魔術は、自らの持つ魔力を体外に放出させて、手の、魔力の届く範囲で超自然的な現象を引き起こすと言うもの。一定時間効果を持続させようと思ったら、同じだけの魔力を放出し続けなければならない。
だからこそ、魔力を見ることができる者はその魔術の使い手を追うことができるし、一瞬で現象が終わることを知っているから魔術に対しての対抗策も簡単に取ることができる。
しかし、彼女の目で、魔術の発現者を追うことはできなかった。今目の前で魔術が現象を引き起こしているのに、だ。それは今まで誰もなし得なかった、魔力とその保有者との繋がりを消したうえで魔術が成り立つ、ということを示している。
「―――」
彼女の住処は領主邸。
自分を買っている侯爵たっての願いで、「男爵の息子に魔術を教える」為に男爵邸に身を寄せているのが彼女だ。
彼女は現存している魔術形態、特にこの国に伝わるようなものは、ほぼ網羅していると言っても良いと思っている。自他ともに認める天才で、宮廷魔術師と同等の力を保有していると確信している。
「―――発現せよ、遠視」
詠唱を終えた彼女の視界は強化され、遠くのものをはっきりと認識できるようになる。
魔力が流れた中心から見て、その近くて動いているものを探す。
そして目でとらえた、中心から離れるようにして歩いて行く三人の人間。女と男と、男に背負われた幼子。中心と彼ら三人を結んだ直線状に治療院があることから、きっと幼子が怪我をして心配性の両親が治療院に駆け込んだのだろうと彼女は考える。
「あの中の誰が………」
幼子にあの規模の魔術が扱えるとは思えないから排除するとして、男の方か、女の方か。
まだ空中に残っている魔力と、個人の魔力を見なければ特定するこはできない為、はっきり見ようとしたところで、女の方と目があった。
「馬鹿な―――っ!? 私の遠視が破られた、だと?」
最期に見たのは、女が手を振り上げ、こちらを指差したところ。
遠視をしている自分と目が合うはずがないのに、そこにいた女は目を合わせて、何かの方法で魔術を破ってきた。
彼女が知る他人の魔術を打ち消す方法は三通り。
一つ目に、相手の魔術に対して同規模・同威力の反対の属性に当たる魔術を打ち込み、対抗させて消滅させること。
二つ目に、その魔術に対する対抗手段である魔術を服屋アクセサリーに付与して身に着けておくこと。
三つ目に、魔術が発現する前、詠唱の段階で魔術師の詠唱そのものを止めること。
しかし遠視は、部分強化に当たる付与魔術。属性魔術では無い為、対抗魔術など存在しないし、他人の部分強化は触れている相手にしか効果をなさない為、一つ目の可能性は消える。二つ目の可能性は、自らの体に魔術を付与したわけで、相手がどんな対策をして来ようと魔術を発現させることはできるのだから関係が無い。三つ目だが、今でも呼吸をし、思考する余裕があるのだからこれも当てはまらない。
ならば何か?
「私の知らない魔術が存在するのか!」
彼女がそう考えるのは容易いこと。
彼女を動かすのは好奇心。それ以外に頓着しない為、宮廷魔術師見習いの時に放り出され、宮廷魔術師への切符を捨てさせられた天才魔術師。
その首輪は侯爵が握っているが、彼女が本気を出したときに彼女を止められる者がいるかは分からない。
―――あの女、私のモノにしてやるっ
■□■□■
ぞっとする寒気がエイファを襲う。
「うわっ、嫌な予感がビンビンするよー」
「なんだ? 風邪か? お前も、身ごもってるんだから気を付けろよ」
エイファが何とも気味悪い視線を感じ体を震わせると、シーブはシノを背負っている為体をさすってやるわけにもいかず、気遣うことしかできない。
「大丈夫。あれよ、男爵の息子の魔術教師になってる女。彼女の魔法を霧散させたんだけど、それで目をつけられちゃったみたい」
「嬢ちゃんに目が行かないのはいいことだが、せめてもう少し自分の体も大切にしてくれよ、奥さん………」
夫の注文に「気が向いたらねっ」と言い返して走るあたり、彼女はどうも妊婦としての自覚が無いらしい。
出産まであと半年と診断されているエイファ。
「先に帰ってご飯の準備するわね」
そういってまだ冷たい空気を切るようにエイファは家へと歩き出す。
残されたシーブは、もうすぐ父親になるんだと心を震わせる。
―――嬢ちゃんのことは「お姉ちゃん」とでも呼ばせるか………
そんな、半年以上先の事をシーブは考えて屋敷へと帰る。
彼が背負うシノは、既に限界まで魔力を消費していたせいもあるのだろうが、眠りの園へと旅立ってしまっている。少々シーブの肩が冷たいのはシノの涎だろうし、首筋がくすぐったいのはシノのちょっと硬質な髪と寝息だろう。
「旦那様が帰って来なけりゃなぁ………」
「そういう発言は周りに人がいない状況で言いなさい」
「うぉ!?」
「シノが起きます、もう少し小さな声で声を発しなさい」
もはや天敵と言えるメティオノーラが背後にいることにシーブは気が付かなかった。
もしも戦場なら数回は確実に死んでいたと思い直し、弛緩していた意識を緊張状態へと上げていく。
「そう、それでいいのです」
メティオノーラはそう言うと、頷きと共にシーブの横に並ぶ。
「………そういや、今回の森に行けって命令、随分抽象的だったが、なんかあったのか?」
シーブは、ひと月前の念話を思い出し問う。
今回シーブが森に行くことになった、頭に直接響くような声の内容。
固有魔術と呼ばれる、その人にしか扱えない魔術もあるぐらいなのだから、あまり詳しく効くのはマナー違反なのだが、いつもシノに惜しげもなく、その場で見ていたかのような情報を渡しているメティオノーラのことだから答えてくれるかもしれないと思って聞いてみたのだ。
今回の場合、メティオノーラがシーブに告げたのは、かなり端的なもの。いくら
焦っていたのだとしても、あまりにも少ない情報量だったことにシーブは不思議に思ったのだ。
「………」
「別に話したくないなら話さなくてもい」
「いえ、話しておきましょう」
歩く速度を弱めず、歩きながら何でもないような顔をして話すメティオノーラ。
「これは私の固有魔術です。詳しいことは教えませんが、私よりも保有魔力が少ない者の、五感と心の機微を情報としてリアルタイムで知ることができる、と言った能力です」
「えぐ………」
他人にもメティオノーラ本人にもキツイ能力だと、シーブは思う。
そういう情報を感じ取るタイプの能力の場合、一般的な魔術が使えないことが多いが、意識をしないと様々な人の情報が割り込んでくるのだ。
大抵の能力保持者は発狂し、生きること諦めるか、専用の能力封印装置を買って能力に振り回されず無能として生きるかのどちらかであるのをシーブは知っている。
「そうですね、最近で言えば………シノが治療院に入っている間あなたが歓楽街で行為に及んだ回数は―――」
「いいから!? そういうのは知ってても言葉に出さないでくれ!」
いきなり変な例を出してきたメティオノーラに慌ててストップをかけるシーブ。
声に出された時点で翌日には奥方の元へと届くのだが、他人の固有能力を聞く代償としては軽い罰だろう。
「そして、この町で私が直接干渉できない人が三人います。一人目はシノですね」
「でもあんたは嬢ちゃんのこと、良く知ってるじゃないか」
「知る為にずっとそばに居ますから」
ほぼストーカーじゃないか、と思うが既にそうなっていそうなメティオノーラの発言に軽く引くシーブ。
「残りの二人は、あなたの奥方のエイファと、情報屋」
「あれ? でも情報屋を探したとき、確かに情報を掴んでいたじゃんか」
「色々と制約があるんです」
人に干渉するというが、人以外に干渉できないとは言っていない。
情報屋の情報を得るのに使ったのは、そこらじゅうにいる虫の視線。虫の視界は慣れないと酔いそうになるが、慣れれば幅広く、どんな場所でも見渡せてそれなりに便利なのである。
「今回雷を振り下ろしたのは男爵の息子。近くにシノがいる限りその情報を捕捉することはできませんでした。子供が四人森にいることが分かり、森からかなりの速さで近づいてくるのがクロとタクだと分かれば、その答えに行くのは簡単でした」
たから知ることができず、情報が少なかったのだと。
それはそれでずいぶん使い勝手のいい魔術だとシーブは考えるが、その内容を聞いたら使いたいなどとは思えないだろう。シーブは魔術的適正が低いから使いたいと思っても魔術は使えないのだが。
メティオノーラだからこそ使える魔術であるとだけ言えるだろう。
「まぁ、俺は嬢ちゃんが痛い目見なきゃなんでもいいんだが」
「無難に地位がある分、直接的に痛めつけられないのが残念です」
「嬢ちゃんが望めば、誰にだろうと突き立てられる牙はあるんだけどなぁ………」
まだ人がいない往来で、物騒な会話を続ける二人。
「そうそう、奥さんに「もっと目を鍛えた方がいいですよ」と、お伝えください。ここでシノは預かりますね」
「は?」
いきなり妻への伝言を伝えられ、固まったシーブの背からそっとシノをおろし、メティオノーラは優しく抱きかかえると、屋敷の外壁を飛び越えて中に入って行った。
残されたシーブは、わけが分からないまま、家へと帰っていく。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「なあ、上司から伝言」
朝食を食べながら、シーブはさっき言われた意味不明の伝言をエイファに伝える。
「?」
「もっと目を鍛えた方がいいですよ、だって」
「………そう」
「どういう意味?」
目を鍛えるなんて、どうやるんだろうな。と冗談のようにシーブは笑うが、エイファが真剣に頷くことで、ちゃんとした意味があることを感じ先を聞こうとするシーブ。
「私が先祖返りってことは話したでしょ?」
「ああ」
エイファは両親共に人間だが、先祖に妖精種のエルフが混ざっていたらしく、妖精種の特有魔術である精霊魔術をあつかうことができるのだ。
万物に宿る精霊を使役すると言われる精霊魔術だが、精霊を見、会話することができなければ、精霊魔術を扱う事ができないとされている。
「私が使える精霊魔術の中に、秘術と呼ばれている、かなりきつい修業を経て使えるようになる術があるの」
「それが、目を鍛えるっていうのにつながるのか?」
「そう。術の名前は『精霊の眼』。感覚を精霊と同調させる技」
「ってことは………精霊が見ているものを見ることができるってことか?」
「そんな感じで大体あってるよ」
一番簡単な同調が目で、一番わかりやすいのも目だから『精霊の眼』と呼ばれる秘術。極めると、精霊と同化して魔術を扱えるようになるとも言われている。
「シノちゃんを守りたいなら、のぞむ情報を精確に得たいなら、自分の意志で情報を得られる『精霊の眼』を会得しなさいってことなんだと思う」
取得しようかと悩んでいたところに、背中を押す発言。
エイファの目指す目標は、メティオノーラである。
「ふーん」
翌日、夫の歓楽街通いを精霊たちから聞いたエイファは、早く『精霊の眼』を会得しなければと燃えるのだが、その逆に知られたハズなのに怒られないシーブは一日中変な汗を流していたとか。
しまりが悪い………
文章力が欲しい。
明日更新で来たらいいなー




