12 『勇者』な少年
それなりに残酷です。
残酷ってか、狂ってるってか、幼稚ってか、とりあえずそんな感じ。
十六話、はじまるよー
真っ白になってしまった視界はなかなか回復せず、回復してきたときに目に入ったのは汚らしい笑みを浮かべながら目の前で短剣を振り上げる少年の姿だった。
「うっ………」
「はっ、どうだ! とうぞくよ!! いままでのこういをくいあらためよ!!!」
一発目は頭を狙っていたのだろうが外れ、肩に当たった。
二発目は振りかぶって体制を崩し、地面に穴をあける。
「うぅ………」
「あぅ………」
シノの近くまで避難していた二人の少年の意識は戻ってはいても、体を動かしたり言葉を発することができるところまで回復している訳ではないようだ。
目は開いているが、焦点を合わせることができておらず、痙攣一歩手前なのではないかと思われるその様子からすると、まだだいぶ痺れているのだろう。
マントの少年はよろよろと下がって、また短剣を振り上げた。
「しぶといとうぞくめ! せいしふもんなとうぞくはここでとうばつする!!」
生死不問なのは盗賊じゃなくて、人殺しを行った盗賊だ! と叫びたいシノだが、のどの震えが収まらず、上手く言葉を発することはできない。
同族であるはずの人に対して、討伐とはこれ如何に。他人を家畜同然に見ているのかもしれないと、シノは叔父を思い出す。
ただ暴行を受けるだけになったシノの思考は止まらない。
「うぐっ」
「はっはっは! くるしいだろう!! おまえがくるしめてたヤツらはもっとくるしかったんだぞ!」
振り上げて振り下げてを繰り返していたがなかなか当たらないと判断したマントの少年は、木にもたれかかっている状態となっているシノの脇腹目がけて横に短剣を振り回し、当てる。
体重がのっていない素人の一撃だからと言って、短剣の重さと振り回して上がった威力は脇腹にかなりの痛手を与える。
横から殴られたことでシノは横へと傾き、自重で地面へと倒れた。
「たちあがれよ! たえてみせろよ!! おまえはそのみでくるしめたヤツらのいたみをおうせきむがあるんだ!」
私は誰かをくるしめたのだろうか?
一体いつ、私は何をしたのだろう?
家政婦のメティオノーラや、料理長のシーブ、執事長のエヴァンス、他の屋敷で勤めている使用人や奴隷たち。私は彼らを苦しめたのか? 理髪師のエイファや、タク兄ちゃんや、親方、狩人の人たち、情報屋、名前も知らない町民たち。知らない間に私は彼らを傷つけたのだろうか?
ああ、叔父さんは苦しそうな顔をしていた。でも、私を好きなように殴ったら晴れたような顔をしていたじゃないか。
そもそも、なんでこの少年に殴られなきゃならないの?
誰かをくるしめたとして、この少年にやられる理由にはならない、よね?
「そっか、うごけないなら。こうすればよかったじゃん」
マントの少年は倒れたシノの上に跨り、短剣を先を下に、垂直に持つ。
尖っているわけではないが、それなりに鋭くなっている剣先がまっすぐ腹に下されるが、丁度ナイフがある場所に当たって、体に衝撃が来るものの、短剣は弾き返された。
「は? なにもってんだよ………」
マントの少年はシノから降りると、その服をめくりあげ、腹のあたりにまいてあるベルトに括り付けられていたナイフを捜し出す。
「うわー! きれあじよさそーなナイフだな!!」
ナイフはマントの少年の手に収まり、鞘は地面に捨てられる。
しかもナイフをシノの頬に当て、切れ味を確認する少年。
シノの頬に、一筋の赤い線ができ、遅れて真っ赤な血が頬を滑り落ちる。
「おんなとうぞく! このないふのほうがおまえをくるしませられるな!! なんたってなんじゅうねんもつれそっただいじなぶきなんだろう? そのぶきでいためつけられるんだから、かんしゃしろっ!」
今度はナイフが振り下ろされ、ナイフは簡単に服を突き破り腹へと食い込む。
その様子を見てしまった二人の少年。ある程度目が回復した先に見たその光景は、目が見えた安堵を驚愕に、ナイフを振り下ろした少年に対する驚愕を恐怖へと変貌させるのに、そう時間はかからなかった。
「がっ………ぐぅ」
「はんざいしゃに、おんなじあかいちがながれているなんてふかいだよ!」
少年はナイフを引き抜く。
鋭く、研がれたばかりのナイフは、まだ小さいシノの体を貫通していた。徐々に薄緑色の服が赤黒く染まり、地面にも赤いしみが広がっていく。
少年の手で光るナイフのきらめきは、シノの血がこびりつくことで少しだけ鈍くなっている。
「あーもうきたないな! ちでおれのふくがよごれたじゃないか!!」
泥で汚れ、自らの手で引き裂いていた服が、血で汚れることを気にする少年。
シノの指先は既に冷えており、体を動かすことがかなり億劫になってきているのが分かってしまう。
本当なら母親から教えてもらった魔術を扱うのだが、なにしろ声がでない。
「おまえはおれのいかりにふれた! そのみをもってつぐなうがいい!!」
ああ、死ぬんだ。
そう思った時、マントの少年の台詞にどこか既視感を覚える。
ゆっくり振り下ろされるナイフ。それを眺めながら、シノは考え答えを見つける。
『勇者物語』六百年前の勇者の仲間の一人が拉致られて助けに行くシーンで出てきた女盗賊アンジェラとの掛け合い。
理不尽に屈せず、何事にも前向きな姿勢を保ってきた『勇者』なのに、その女盗賊との掛け合いはかなり不自然なものだった。なんといっても、不殺を貫き仲間を作ってきた『勇者』が女盗賊を殺すのだ。
結末としては、女盗賊は実は助けに来た援軍だったと殺した後で知り、ひたすら後悔し、悪夢にさいなまれるという感じの一文が入るのだが、あの話だけ、ろくに確認も取らず『勇者』は女盗賊を殺すのだ。
シノは目を開けているのが煩わしくなって目を閉じる。
「なっ、なにすんだよ! おまえ!!」
「てめぇこそなにやってんだ!」
ドンッと、何かが蹴り飛ばされたような音をシノは聞き、ふわりと体が浮かび上がったことで瞼を開けようと努力する。
冷めていく体を包み込む温かい感触が、じんわりと伝わってきて、なんとなく安心するシノ。
「どけよ! そいつころせないだろ!!」
「嬢ちゃん、大丈夫か? 今回復薬飲ませてやるから、もう少し頑張れよっ」
呼び方でシーブが来てくれたことをシノは知る。
なぜシーブが来たのだろうと考えることもできず、少し遅れて馬の足音と、大きな足が大地を踏みしめる音がシノの耳に届く。
「シノっ連れてきたぞ!」
「っ!」
「な、なかまをよんでやがったのか!」
シノのもとへ駆けつけた親方とタクは、その惨状に目を見張る。親方の眼光に、マントの少年は「ひぃ」と叫びながら後ずさるが、だれもそれを気にしない。
シーブは抱えたシノの口元に、懐から取り出した回復薬をあてるが、口に入ってきてものどが動かず飲み込むことができない。
「くそっ」
シーブはシノが飲み込めないことを知ると、今度は回復薬を自分の口に入れ、シノの口に流し込んだ。
シノが無事飲み込むと、まず顔についていた傷口から肉が盛り上がり、傷口が消えた。他にも擦り傷や切り傷は、少し擦れば落ちるかさぶたが付いているだけの状態だ。しかし、思った以上にダメージが蓄積されていたのか、腹の傷は塞がらず、流れ出る血の量は少なくなったもののまだ流れ続ける。
倦怠感が取れず、シノはぐったりとシーブに寄りかかったままだ。
「治療院に連れて行く」
「だ、イじょブ」
「大丈夫だと? どこがだ」
シノは懸命にのどを動かし言葉を紡ぐが、シーブはここまでされても遠慮するシノを見て、苛立ちが声に交じる。
「シノ。お前がなんと言おうと俺は連れてく。タク君、これは麻痺に効く薬だ、あの二人に飲ませてやってくれ。親方、後は頼むぜ。クロ、重いだろうが、俺と嬢ちゃんを治療院まで運んでくれ」
シーブの指示に、頷くタクと親方。
タクはシーブから薬の入った瓶を受け取り、親方はシーブが持ってきた袋をそのまま受け取る。クロはシーブが乗ると、風のように走り出す。
「ゴメンナサイ」
擦り切れそうな、いつ消えてもおかしくない儚げな声が、クロとシーブの耳に届いた。
□■□■□
クロは走った。
門で発せられた静止の声を振り切り、町中で何事かと見返してくる人々の間をすり抜けて、動けなくなってしまった人の上を飛び越えて、冒険者ギルドの向かいにある治療院まで駆け抜けた。
「神父! 患者だ!!」
「あん? なんだ、調理場で爆発でもしたんかい? そんなに焦った声、で?」
神父と呼ばれた壮年の男性は、シーブが抱えている子供を見て、その綺麗な顔に親は将来を楽しみにしてるかもしれないな、などと感想を抱きながら、近くによって、シーブの足元に垂れる血を見て血相を変える。
「薬は飲ませたのか」
「飲ませた! それでも塞がんねーんだ!! 圧迫することしかできねぇっ」
シーブは悔しそうに唇を噛む。
傭兵だったシーブは、魔術を自在に扱えるほどの魔力を保有していない。もし魔力を保有していても、シーブの魔力の型は攻撃補助型であるため、治癒に関する魔術は扱えなかっただろう。
他人の魔力に馴染み、自らの魔力で他人の魔力を活性化させて治療するなんていう荒業は、治癒補完型と呼ばれる、かなり珍しい魔力の持ち主でないと扱うことができないのだ。
「そうか、何としてでも回復させよう。ここからは私たちの仕事だ」
神父はシノをシーブから受け取ると、中に入っていく。
珍しい治癒補完型と呼ばれる魔力を持つ者はいないが、教会では快癒結界が施された空間があり、そこに入れられた人の生命活動は一時的に止まり、完治すると生命活動が元通りに始まるという結界を保有している。一度起動すると中の者の傷が治るまで永遠と外部から魔力を吸い取り、途中で魔力が切れると中の者の生命活動が始まることはない、と言われる少々使い勝手が悪い物ではあるが、こういう時はかなり頼れるものである。
「頼んだ………」
シーブは中で膨大な魔力が一か所に集中され、その形が保たれたのを確認し、横で微動だにせず治療院を見つめているクロに目を向ける。
「クロ………そうだよな、お前は嬢ちゃんの側に居ると良い。後で迎えに来るから」
その場にいる、どこにもいかないと目で訴えるクロにそう言い残し、シーブは警備隊の駐屯所に向けて走る。
服についたおびただしい量の血液に人々が悲鳴を上げ、シーブから離れて行き、大きな騒ぎになりかけたがなんとか駐屯所までたどり着き、迷子の子供とその装いと年齢などを告げ、親を探してもらうと共に、南の森まで彼らを案内することになった。
□■□■□
親方は静かに怒り狂っていた。
傷ついたシノが馬上で「ごめんなさい」と告げた事には、あまりの衝撃を受け何ともいえない無力感にさいなまれたが、彼らが去った後二人の少年を治療していたときに呟かれたマントの少年の言葉はどうにも許せるものではなかったのだ。
「なんだよ、あとすこしだったのに。あれじゃ『ゆうしゃ』になれないじゃん」
耳を疑った。
「ちゃんところさないと『ゆうしゃ』にはなれないのに………」
この餓鬼は『勇者』になるなどとほざいているのか。無抵抗の少女を蹂躙しておいて、勇気ある者の称号を得ようと言うのか。男として、いや人として間違っている。
親方は怒りを口に出すこともできず、ただ信じられない、という目線をマントの少年に向ける。
「ひぃっ………なんだよ! おっさんはかんけいないだろ!!」
礼儀もなっていなければ性根も曲がっている。シノとタクの中間と言った年齢なのだろうが、その精神はかなりの格下。比べるのもおこがましいほど、少年の精神は稚拙なものだった。
「親父、殺気出てる。とりあえずそいつは布でも噛ませて武器を取り上げよう。何をしでかすかわかったもんじゃない」
タクの横では二人の少年が痺れから解放され、それぞれにお礼を言いながら、体の不具合を確かめている。
親方はまだ喚いている少年を一睨みし、その奇抜なマントを引き裂いて口に詰め、手首を後ろで縛り付け、喚くのも暴れ出すのもできないように、縛っていく。
ただそれだけでは安心できず、半ばあてつけのように、頑丈なロープで、急に動き出さないように、急に動くと首が閉まるようにロープを結び、地面に転がす。
「うううぅうぅうううぅぅぅ!」
不服であろうことは伝わるが、口の中いっぱいに詰め込んだ布のおかげで何を言っているかは全く分からない。
「行くぞ」
「多分、警備隊が森の入り口あたりで待機してくれてると思うんで、あと半刻、頑張って歩きましょう」
ボロボロの切れ端を纏った少年は親方に引きずられ、泥だらけの少年二人はタクと共に歩いて行く。
「じゃあ、あったこと。話してください」
「あ、ああ」
少年二人は、なぜこうなったのか。
森の入り口につくまで話すことになる。
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彼がどれだけくるっているかはこれからどんどん出て来ることになるでしょう。
痛い思いさせちゃってごめんね、シノちゃん!!
明日更新できたらいーなー




